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中世的世界のあとはルネサンス
                   (02年8月20日)
こんにちは、吉田繁治です。先週は1日、今週は2日遅れの配信にな
っていることを、深くお詫びします。今週の作業で追いつきます。

配信した<サム・ウォルトンの遺言(1)(2)(3)>では、ウォ
ルマートの創業者サム・ウォルトンの、自伝的回顧:『Sam Walton
Made in America(邦訳はロープライスエブリディ)』を読みながら、
彼がどんなことを考えていたのかを、彼と対話するつもりで考察して
きました。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
1.Think One Store at a Time(一度に多数の店舗を考えるのではな
く、一店のことを集中して考えよ)

4000店を超えるチェーンで1店を考えるとはどういうことか?

2.Communicate ,Communicate, Communicate(全部の情報を知らせて
話し合い、話し合い、話し合い続けよ)

コミュニケーションは双方向です。本部は情報を現場に与え、現場は
店舗のナマの声、顧客の動勢、競争状況を伝える。

3.Keep Your Ear on the Ground(地面に耳を接するように、現場の
生の声に耳を澄まし、現場の地鳴りを聞け)

4.Push Responsibility ---and Authority----Down(組織が大きくな
るにつれ、責任と権限を現場に、組織の下の階層に与え続けよ)

5.Force Ideas to Bubble Up(現場のアイデアを、沸騰した水中の泡
が上にあがるように、「強いて」上にあがらせよ)

6.Stay Lean, Fight Bureaucracy(効果を上げるに必要なコストしか
掛けない身軽な組織を保ち、官僚主義の煩雑な手続きを撲滅するため
に戦え)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

上記4.5.6.についての記述は、また、まとめて行います。

本稿では、時事問題を素材に、「会社」の生命になる部分を考察しま
す。技術の問題ではない。精神、エスプリ(esprit)に関わる部分で
す。

雪印食品の産地偽装事件を取り上げますが、本考察での視点は、会社
というものを考えることであり、雪印事件の評論を行うものではあり
ません。雪印食品はあくまで、時事的な事例です。事例にする理由は
、会社の行動様式の本質が、危機に直面したとき、典型的に現われる
からです。



     <Vol.112 中世的世界のあとはルネサンス>

【目次】

 1.感想:腐敗構造の原因
 2.会社と個人
 3.タテ社会の人間関係
 4.人間関係の崩壊
 5.ウチとソト
 6.行きついて急展開




1.感想:腐敗構造の原因

輸入牛肉の産地偽装の雪印食品事件に続き、日本ハムの類似の事件が
起こっています。先月末、ある会合で、偶然、食肉輸入の現場の仕事
をしていたことがある人に会った。まさに現場を知っていた。

案の定「ああした事件が、次々に発覚するのは、当然でしょう。まだ、
私が知っているだけでもいっぱいあります。」と言っていた。暗澹
としますが驚かなかった。読者の方の多くも、同じ気分でしょう。

▼リスクマネジメントのまずさではない

企業の危機管理(リスク・マネジメント)の不備が言われますが、問
題の筋が違います。

危機が起こったときの処理の巧拙ではなく、外部に漏れ、それが「報
道」されれば、一瞬で、企業の命取りになるようなことが、危機意識
がなく現場で行われている。

「一瞬でブランドイメージが裏返り、企業崩壊の危機につながる」こ
とは、情報化時代の新しい現象です。

8月20日(火)の朝日新聞に、雪印食品の(元)ミート営業調達部
長の証言が出ています。以下に、記事を要約します。目的は、日本の
「会社」というものを、この機会に改めて考えるためです。雪印事件
の評論ではありません。

要約

1.経緯:
雪印食品の元部長は、昨年10月下旬、元専務に対し、業界内で輸入
牛肉を国産牛肉と偽って、(狂牛病対策のための200億円の買取り
処分制度を使って)買取り申請する動きがあることを報告し、「うち
も参加したい」と伝えた。
元専務は、「やり方は任せる」と了承したという。

1.モチーフ:
輸入牛肉の国産牛肉への偽装は、膨れる在庫を減らし「会社に損をさ
せないため」にやったと元部長は証言。

2.上司の承認:
元専務が了解しているから、問題になったとき抑えてくれると思って
いた。しかし事件の発覚後、頼みにした上司の反応は冷ややかだった。
「お前のおかげでクビになるわ」・・・専務から開口一番、こう言
われた。

3.危機対策:
報道後、社内に設けられた調査委員会の調査で、事件は、元部長や関
西、関東のミートセンター長ら5人の責任となされ、会社ぐるみでな
いことが強調されていた。

4.世の中:
「そういうことで会社が残るのであれば、やむをえない」、公表され
た結果についてそう思い、役員らが責任を問われないことについて「
世の中そんなものかもしれない」と受け入れた。納得はしなかったが、
「会社に愛着があった」

5.会社の解散:
雪印食品が(02年)4月限りで解散する話を耳にした。「このまま
ではすべてが終わってしまう」と思い、役員の(産地書き換えへの)
関与について明かし始めた。

6.裏切り:
元専務と元常務が、偽装について「共謀したことはない」と起訴事実
を全面的に否認していることについて、元部長は「敵前逃亡みたいな
ことではないかと思う」と述べた。

読めばやりきれない気分になります。ちょうど1年前の8月、こうし
たことに関するテーマは、官僚の行動原理を解いた「共同体の二重規
範」でとりあげたことがあります。

やりきれなさは、どこから来るか。多くの人が属する組織、または共
同体の行動の、本質を示しているからです。そして、ああした、ひど
い事件は、雪印や日本ハムの、一部の堕落と腐敗がもたらしたものだ
。自分たちの組織には、無関係だと思いたくなる。

最近、よく言われるコンプライアンス(compliance:遵法)という概
念があります。コンプライアンスの原義は、積極的に法を遵守すると
いうニュアンスではなく、会社の利益追求と外部規範たる法や、社会
正義との妥協という感じです。

会社の利益追求行動は、社会倫理や法とは反することがあるというこ
とが暗黙に前提されていて、それで、法にも従属しなければならない
という受動的なニュアンスをもつのがコンプライアンスです。

▼共同体の二重規範

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
<共同体組織の二重規範>
「二重規範」は、徐々に示しますが、簡単に言えば、
(1)組織の不文律である内部規範が、
(2)外部規範(つまり法・正義・倫理)に優先するという共同体組
織の本質的な性格です。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
詳細は↓
http://www.cool-knowledge.com/0810Kyoudoutai-Niju-kihan(1).html

二重規範とは「生活共同体(ウチ)」になった組織(または集団)の
内部規範(または行動様式)が、「ソトである社会」の法・正義・倫
理に優先するという原理です。

組織は役割や序列がはっきりしたもの、集団は役割と序列が曖昧な集
まりという意味で用います。

雪印、日本ハム事件で共通に、(あるいは外務省問題、政党を含む他
の事例で)いつも典型的に「共同体の二重規範」で定義ができる行動
が繰り返される。

今回、再度「共同体の二重規範」のテーマを展開する理由は、いつか
は遭遇する「ギリギリの選択」に当たって、われわれは、「個人」と
してどんな態度を取るべきかを考えるためです。雪印事件、日本ハム
事件は、特殊なものではないと判断します。

更に言えば、共同体の二重規範は、日本社会に特有なことではない。
例えば、CIAにも似たような匂いを感じます。宗教的共同体でも同
様です。軍隊でも類似している。世界の会社組織にも見られます。

もっと言えば、国家という共同体にもある。ナショナルインタレスト
の追求の前には、国際正義というべきものは、従属してしまう。

論理構造

雪印食品の元部長の証言で明らかになったことは、以下に示す構造を
もっています。

(1)価値観:会社(または組織)は、その外部社会では違法とされ
ること、または人間の共通倫理や常識に背くことを行っても、「存続」
すべきである。
(2)展開:法には違反するが、発覚しなければ利益の機会がある。
上司に報告し了解を得て、外部に漏れない作戦として実行する。
(3)外部に漏れたときは「危機対応」で、役員が関係筋に手を回し
押さえる。
(4)万一、報道されたときは、会社ぐるみではなく「現場が、不法
行為を勝手に行った」と外部に発表する。
(5)現場の長の足切りを行うが、現場関係者の家族を含む生活は、
共同体である会社が、何らかの形で面倒をみるという期待もあったか
もしれない。

■2.会社と個人

雪印食品の元部長は、報道された証言から推察する限りでは「会社が
存続するなら」、「会社ぐるみ」のものではない、自分が勝手にやっ
たと証言することに決めていた。

「会社の解散」という事態を迎え、同時に、事件発覚後の上司の冷酷
さを知り、証言する気持ちになったという。

元部長にとって「会社の存続」が至上価値とされ、会社という枠組み
がなくなってしまうと、会社を離れた、「個人」としての意識が覚醒
するという心理構造がある。

考えるべきは、雪印や日本ハムの当事者を非難するだけの、ワイドシ
ョー的な「社会正義」ではなく、自分をこの元部長のポジションに置
いたと仮定したとき、自分自身がどういう行動をとり得るかという観
点からのものでなければならないということです。その視点をとらな
いと、考察する意味はない。

不法なことまでいかなくても、不法すれすれか、常識的な倫理または
自分の(一種の)主義と、「会社の利益、または存続」のための行動
に乖離、矛盾が生じることを経験されている人は多いはずです。

または、今後、判断を下す幹部になればなるほど、こうした事態に直
面する機会も増え、苦渋の選択に迫られる可能性が高い。

雪印や日本ハム、そして官僚組織は、自己利益を図る悪の集団ではな
い。普通の人が、ギリギリの選択を迫られたときの行動が、典型とし
て現れているのです。

私も、違法ではないのですが、すれすれではないかと思うことを、「
会社のために、みんな(従業員)のために」と思って行ったことがあ
ります。組織体は、神経を麻痺させる部分があります。

その行動が間違っていたのかどうか、未だに、決めることはできませ
ん。外部社会に対し害を及ぼすことではなかったので、心理的には救
われますが・・・

(補注)中国社会でも同様です。日本の「家」に類似する、ただし父
系の「宗族」という縦の血縁共同体と、横では、強い同志結合がみら
れる「幇(ほう)」という共同体がある。

いずれの共同体でも、社会の法や規範(外部規範)に、共同体の内部
規範が優先するという反社会的結合性がある。

3.タテ社会の人間関係

日本の社会の人間関係を「場を強調し、ウチとソトの区分を強く意識
する」ものとして分析した古典的名著『タテ社会の人間関係』(1967
:中根千枝:講談社現代新書)があります。8月20日の新聞記事を
読み、先ほど、書架から探してきました。

書かれたのは35年前ですが、改めてとりだしても、新鮮なところが
ある。多くの人が『タテ社会の人間関係』をベースに、日本の会社論、
または社会論を展開しているので、原典を読んだことがなくても、
論の筋はご存知の方が多いでしょう。

<(株式会社は)株主のものではなく、(株をもたない)われわれ(
従業員)のものという論法がある>P31

つまり、近代法では会社の所有者である株主ですら、会社内部の従業
員から見れば、「ソト」になる。

<・・・「会社」は、個人が契約関係を結んでいる企業体であるとい
う、自己にとって客体としての認識ではなく、私の、またはわれわれ
の会社であって主体化して認識されている。そして多くの場合それは
自己の社会的存在のすべてであり、全生命のよりどころというような
エモーショナルな要素が濃厚にはいっている>p31

<日本社会に根強く存在する特殊な集団認識のあり方は、伝統的な日
本の社会の津々浦々まで浸透している「イエ」(家)の概念に明確に
代表される>p31

こうした伝統的な「家」が、「会社」に受け継がれていると仮定すれ
ば、会社でのタテの人間関係、外部社会との関係の意味を解くことが
できます。

<重要なことは、この「家」集団内における人間関係というものが、
他のあらゆる人間関係に優先して、認識されているということである
>p32

4.人間関係の崩壊

【裏返り】
元部長が、証言を決めるのは、まずは、生活共同体、つまり「家」で
ある雪印食品の、タテ社会の上司であった元専務が、「お前のおかげ
でクビになるわ・・・」と冷酷な態度を示したように思えたことが最
初のきっかけになる。

記事を読むだけでは、元専務は、一方的に悪者のように見えます。事
実は、おそらくそうではない。元専務もフツーの人でしょう。その時
、元部長に見えた側面だけを切り出せば、冷酷に見えたと解釈すべき
でしょう。

価値の崩壊

このことで、元部長にとって何より大切にすべきと考えてきた「タテ
社会の人間関係」を、優先すべき価値として守る意識が切れます。

彼の想定は、法を犯したことが発覚し、重大な事態をむかえたときで
も、「専務が盾になって抑えてくれる」という信頼関係だった。

会社の、タテの信義の絶対性に比べれば、ソトの法は、従属的なポジ
ションです。リーダシップ論で言うなら、Valueは社内のタテの人間関
係にあったのです。

等価交換

こうしたタテ社会の人間関係には、「会社の利益に貢献すれば」、ま
たは「引き立ててくれる上司に忠誠を尽くせば」、身分的または金銭
的な「保証」を会社や上司がしてくれるという「等価交換の期待」、
そして「過去の忠誠に対して等価交換でポジションを与える」原則が
ある。

【伝統ある名門企業】
こうした傾向は、シェアが安定していた伝統ある大企業ほど強い。
再就職の先である系列会社、関連会社が、どんどん拡大してきた理由
を構成しています。そこで、内部取引をベースに、本社部門を頂点に
するワンセット型のピラミッド組織を形成した。

官で、特殊法人を含め政府系機関、第3セクターまでが拡大し、公共
事業の精緻な下請構造を作る理由と全く同じです。

【官僚組織】
こうした組織文化(コーポレート・カルチャー)は、外部からのモニ
ター(監視)が薄い官僚的組織ほど強くなる。外務省が外部からの、
わずかな人数の人材導入にすら、組織をあげて抵抗する理由は、組織
内部にでき上がっている派閥を含むタテ社会の構造と、序列が崩れる
からです。

タテ社会の構造が崩れれば、過去につみあげてきた、人間関係におけ
る自分の資産が、ソトの目からは、無価値なものになるからです。

入省年次での序列が、未だに深く根強い組織が、官です。官には外部
との競争がない。つまり外部からのモニターがないのと同じです。唯
一の外部は、マスコミでしょう。ところが記者クラブ存在は、ソトの
目を内部化していた。

【中小・新興企業】
弱い立場で競争に晒されることが多い中小企業、または、全員の社歴
が浅い新興企業では、無形の「会社資本」とも言える、タテの強い絆
(きずな)にもなる紐帯は薄くなる。

人の入れ替わりが激しく、タテの関係ができる時間がないことと、非
効率な人材を抱える余裕がないことが理由です。

▼信義の裏切り

牛肉の産地偽装が外部に発覚し、「お前のおかげでクビになるわ・・
・」という態度が見えたとき、元部長にとって、不法行為の実行相談
をするまでに信頼していた元専務に「裏切られた」という心理になる。

そして、裏切られたという心境が、「法廷で、証言しよう」という社
会的な正義に傾斜する最初のきっかけになる。

社会の法を超える信義で成立していた「人間関係が切れた」ことを契
機に発生した、個人的な恨みからもくる報復の意識がこもっています。
イエの内部の「身内」と思えていた人が、最も手ごわい外敵になる
のは、こうした瞬間です。

<個人と個人との間に理性的な、あるいは抽象的なコントラクト(契
約)の関係の設定が困難であるということは、人間関係が、極めてパ
ーソナルな、直接的な人と人との関係によって設定されるためという
ことができる>p167

【信義】
おそらくこの元部長と専務の間には、元部長が一方的に思っていたか
もしれなくとも、信義と言えるような関係があった。

外部の法や社会規範を超越する、内部の信義の関係があったから、「
不法行為」をあらかじめ相談した。お互いの身内意識、共同体意識よ
りもっと強い信義の関係がないと、「他には絶対に漏らすことができ
ない作戦」の相談はできない。

▼現代社会の根にある任侠的世界

人間関係の信義が、社会の法を超越するほど強い関係に至るのは、一
家と、親分・子分、義兄弟の信義を重んじる任侠の世界に見られます。
任侠の世界は、しばしば理想化して描かれることもある。新興宗教
の世界も、自民党の派閥も似ています。

<ある保護施設の園長の言によると、ヤクザの世界を一度味わった子
供が、何回連れもどしてももどってしまうのは、ヤクザの世界では、
その子にとって、その子にとって、保護施設や里親などからはえられ
ないような理解と愛を受けるからであるという。親分、子分関係の強
さ、エモーショナルな要素は、弱いものにとって安住の世界を作って
いる>p168

鈴木宗男にとって、親分は野中広務です。世論やマスコミに叩かれて
も、強気で動じない。しかし野中広務の一言で、彼は離党し、落涙す
る。

鈴木宗男が重んじたのは、野中広務との信義の関係です。同様の形式
で、自分が親分になることができる相手に対しては、服従と信義を求
めた。「親分」とは子分の生殺与奪の権を握り、忠誠に対しては報酬
を与える人です。封建領主が、武士の勲功に対し、領土を割譲し、武
勲としたことと同じ構造。

(注)狂牛病問題を契機に、牛肉の買い取りを政策化した先鋒は鈴木
宗男でした。

こうした忠誠と信義の関係に通暁していた政治家が、田中角栄です。
角栄は、行動の根を抑える天才だった。

高級官僚は、自分の才と知識によってポジションを得ていると考える
傾向が強い。縦社会の人間関係の重要性を知ってはいても、機能論で
それを無視する風を装う。そこに、つけいられる間隙が生じる。

強い紐帯がある任侠的世界で、嫌悪されるのが、幹部の自己保身であ
り、称揚されるのが自己犠牲です。任侠的世界のリーダーは、部下の
ために自己犠牲的でなければならない。その自己犠牲と引き換えに、
部下の忠誠を獲得する。

雪印食品の元部長が、上司である専務の自己保身を感じたとき、証言
の動機が構成された。

5.ウチとソト

元部長は(自分が犠牲になって)、<「そういうことで会社が残るの
であれば、やむをえない」、(現場が勝手にやったこととして)公表
された結果についてそう思い、役員らが責任を問われないことについ
て「世の中そんなものかもしれない」と受け入れた。納得はしなかっ
たが「会社に愛着があった」>と言う。

ウチ

元専務との縦の信義の関係は切れた。しかし、彼はまだ、孤立した「
アパシー(虚無)」の心理にはならない。人間関係を包んでいた会社
という「ウチ」が残っていた。

まだ、彼の内部では、外部世界との間には、ウチである会社があって、
ソトと対立していた。

<エモーショナルな全面的な個々人の集団参加を基盤として強調され、
また強要される集団の一体感というものは、それ自体閉ざされた世
界を形成し、強い孤立性を結果するものである。ここに、必然的に家
風とか社風とかいうものが形成される>p46

肯定的に捉えれば、情緒的な面でも結びつく強い絆の集団意識は、外
部を敵とする強い組織を生む。

しかし、その組織が社会性をもたなければならないくらい肥大したと
き、あるいは業界のリーダーとなったとき、別の表現では社会を覆っ
たとき、社会と対立するものになる。

<一体感によって養成される枠の強固さ、集団の孤立性は、同時に、
枠の外にある同一資格者との間に溝をつくり、一方、枠の中にある資
格の異なる者の間の距離をちぢめ資格による同類集団の機能を麻痺さ
せる役割を果たす。すなわち、こうした社会組織にあっては、社会に
安定があればあるほど、同類意識は希薄となり、一方「ウチの者」「
ヨソ者」の差別意識が正面に打ち出されてくる>p46

ここが、必要な労働の流動性を阻害する根底の理由になっている。経
済全体のパイが拡大しているときまでは、こうした閉鎖性が問題を大
きくすることはなかった。業界序列が守られ、学会、官界、業界を含
むタテ系列が機能していた。暗黙に残った、巨大な徒弟制度と言って
もいい。

今、日本の社会と(特にタテ支配が強い大企業の)次への展開を阻害
しているものが、こうした「場」の支配の強固さでしょう。

<場による集団帰属というものは、その場に入ったからすぐできると
いうものではない。安定したネットワークをそこの人々と結び、個人
の位置づけが定着するまでは、どうしても相当の時間を要し、そこで
次第にはぐくまれた相互の人間関係は、いったんでき上がると強い定
着度を示すのである>p57

ヨソの組織に移ると、長期間、「浮く」感じを否めない。機能的な「
コミットメント」より、不文律の人間関係がある。こうしたことの克
服は、お互いが「情緒的な場」に埋没するのではなく、それを分析的
に「知る」ことでしょう。人は「知」によってのみ、克服ができる。
「知」は人にとって第2の本能になり得るからです。

世の中とは・・・

元部長は、(当人にとっては理不尽に)タテの人間関係が切れても、
会社が存続するなら、役員が責任逃れをするのも「会社の存続のため
」であれば、「世の中そんなものかもしれない」と受け入れる。

この時点では、元専務に個人的な恨みはもっても、証言をしようとい
う決断には至っていない。

【価値の序列】
彼の価値観で、重要な順に言えば、
{ウチ=[共同体たる会社]>[タテの人間関係]>[個人]>}−
{[ソトの世界]}だった。

タテの人間関係が消えても、会社が残れば、自分だけはソトの社会に
放り出されて犯罪者になるが、「世の中そんなものかもしれない」と
受け入れていた。

このあたりの心的構造までくれば、米国人の意識とは違うようです。
会社が共同体であるという意識には共通性がある。しかし、自分だけ
が犯罪者になって、会社を救うことで、「世の中そんなものかもしれ
ない」と受け入れる心的構造は、一般に薄いように思えます。

むしろ、法廷での真実の証言と引換えに、自己を救うという意識があ
る。証言法にも、これを保証する制度がある。

元部長は、会社がある間は、自分が罪を引き受けるということが「世
の中だ」と考える。

彼は余裕をもって、冷静に思考しているのではない。県警からの激し
い訊問を受けながら、意識の混乱と心理的錯乱、ギリギリの選択で考
えている。彼の意識では、ソトの社会規範を裏切っても、ウチを守る
ためだという自己正当化があるため、犯罪の意識は薄い。

・(彼の証言では)同業者にも同じことを動きがあった。
・会社の過剰在庫を、利益に転じる機会である。
・元は会社や自分たちが払った税であって、政治的に準備された
買取り資金200億円はだれのものでもなく、救済制度を利用するだ
けだという心理がある。

雪印食品が、4月限りで解散すると聞いたとき、彼の、最後の心理的
な防波堤が崩れる。

「このままではすべてが終わってしまう」と思い「役員の関与」につ
いての証言を始める。

そして「家族をも罪人の家族にしてしまった」と語り、「情けない、
申し訳ない」と繰り返す。

元部長が、価値を置いていた、会社とタテの人間関係が一瞬のうちに
崩壊したとき、それまではソトと思っていた社会の法や規範の中に一
人放り出され孤立無援になる。

そうして、最後に残った共同体である家族に対し、「家族をも罪人に
してしまった、情けない、申し訳ない」と繰り返す。

犯罪は、犯罪を犯した時点で犯罪と意識されるのではない。マスコミ
に追われ、発覚し捕らえられ調書を読まれ、法廷に立ち、証言すると
き「犯罪」になる。

6.行きついて急展開

組織体が、長期で安定し、ピラミッド構造の裾野を拡大していくこと
ができた時期、およそ1980年代まではタテの人間関係を保証する
会社組織は、拡大することができていた。

封建領主が、国取り物語で支配する領土を広げるとき、忠誠を尽くし
、武勲をあげた幹部は、領地を分割して与えられた。戦後は物理的な
領土の拡大はなかったが、支社の設立、出店、商圏の拡大、部門の拡
大が、つまりは、GDPの拡大が、それらを保証してきた。西欧と米
国に比べれば、失業率は驚異的に低かった。

刀の代わりに、ツールは情報機器に代わりつつあったが、心的構造は、
国取り物語となんら変わらない。企業間の競争は、「戦略」と
言われた。

目標に向かった経営資源(人材・資本・技術・組織)の最適配分と設
計を意味する経営学的Strategyは、国取り物語の方法によるシェア拡
大の方策と同義になっていた。

90年代になった。花火のようなバブルを経た。突如、全体のパイの
拡大がなくなった。リストラと、企業合併、M&A、希望退職、賃金
の停滞、切下げ、つまり西欧の1970年代が20年遅れで、米国の
1980年代が10年遅れでこの国に押し寄せてきた・・・というこ
とすら回顧的に思えるほど、土地資本で確固たるものに見えていた企
業が流動的になった。1000兆円の土地含み資本の消滅は、安定を
許容しない。

株価は短期で10倍になることもあるが、つかの間の時価総額を与え、
ビジネス雑誌に登場し、そして1年後、2年後には消える。
資本の性質が変わった。80%の下落、90%の下落は、西欧でも米
国でもアジアでも珍しくはない。2000年から、世界の時価総額は
40%下落した。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
各国主要株式指標          ピークからの下落
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
オーストラリア(All Ordinaries)    −11.8%
オーストリア(ATX)           −34.3%
ベルギー(Be120)            −38.7%
英国(FTSE100)             −38.7%
カナダ(Toronto Composite)       −42.0%
デンマーク(KBX)            −39.1%
フランス(SFB250)            −47.7%
    (CAA40)             −50.7%
ドイツ(XetraDAX)            −54.1%
イタリア(BCI) −46.2%
日本(日経225)           −74.6%
  (Topix)              −66.5%
オランダ(AEX)             −48.2%
スペイン(Madrid SE)           −42.8%
スウェーデン(AffarsvardenGen)      −60.6%
スイス(Swiss Market)             −38.2%
米国(ダウ)               −25.5%
  (S&P500)               −40.3%
  (Nasdaq)               −73.7%
ヨーロッパ(FTSE Eurotop300)            −43.7%
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世界債権市場              −2.0%         
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       (02年6月末):The economist:02.8.03号

80年代までは、就職して自分が仕事をする約30年の期間より、企
業の寿命のほうが短いだろうと想定していた人はいなかった。自発的
な離職や転職くらいは、視野にあったが、不文律であったタテ社会に
忠誠を尽くしてさえいれば、能力面や成果面で、排斥されることはな
かった。

今、生涯就職を前提としている企業が、いくつあるだろうか。
社員の意識で、生涯就職を前提としている人は、官においてすら減少
しつつある。90年代は、景気対策の名目で官とその周辺のみが拡大
してきた。

今後は、官の周辺から、縮小にはいることは確定している。それによ
って、官が吸収してきた資本によるクラウディング・アウトの時代が
終わり、民間は活力を回復する。(筆者が関係している企業でも、ま
だ、マスコミには登場しない21世紀型の急成長企業が誕生しつつあ
ります)

確かに、企業は5年後すら保証できない。就職さえできれば、保証さ
れるように見えていた安定したライフ・プランは、とうの昔に崩れて
いる。

まとめれば、強固なハイアラルキー(hierarchy:権力的階層)を構成
していた会社組織は、今、等しく、独立採算の短期プロジェクトチー
ムの離合集散を、連続的に繰り返すグループとしての枠組みに過ぎな
くなっている。ゆっくりした変化しかできなかった、階層社会が根強
く残る西欧に比べれば、驚異的なダイナミズムは、この国には残って
いる。

今激しく変わりつつあるのは、中国を筆頭に、アジア、そして日本で
しょう。

そうした渦中で、過去の名門企業で、業界のトップ企業で、あるいは
ブランド企業で、時流を錯誤したタテ社会の、とりわけ幹部層に残る
旧時代の共同体の残滓(ざんし)が、音をたてしかも瞬間に崩れよう
としています。

現象的には、大きな車輪が、回転しています。問題は、心理構造です
。心理構造の変化には時間がかかる。

35年前、中根千枝は書いた。
<・・・日本においては、どんなに一定の主義・思想を錦の御旗とし
ている集団でも、その集団の生命は「その主義(思想)自体に個人が
忠実である」ことではなく、むしろお互いの人間関係自体にあると言
えよう>P172

<コントラクト精神とは異質な、恒久的の設定される単一の「タテ」
の人間関係というものが根強く潜在していることを知るのである>p166


文中の主義・思想をVision(幻視または高い目標)に、コントラクト
をコミットメントに置き換えれば、当世風でしょうか。

雪印事件の風景は、35年前の日本社会と会社組織の分析が、そのま
ま適用できる内容をそろえています。35年という期間では、働く1
世代が、そっくり入れ替わる。

私には、日本社会の特質であるエモーショナルな結びつきを、仲間意
識として含みながら、それに埋没しない、あらたなリーダシップとチ
ームワークの組織体が、日本のみならず世界で、生まれつつあると感
じられるのです。情緒的な結びつきは、美しい。

AでなければBという2項対立のみが世界ではない。[A+B]の弁
証法的合一がある。例えばウォルマートという組織、そしてホームデ
ポも、エモーショナルな結びつきを創業精神とし守り、しかし、ビジ
ョナリーで、社会性があり、激しい成果主義を透徹する。ウォルマー
トはびっくりするくらい東洋的精神です。

月一度、ある急成長企業の会議に出席しています。売上げは昨年の3
倍。何があるか。笑いです。そしてユーモア。だれも相手の欠点を責
めない。部下の失敗を、社長は「今のうちに経験しておいてよかった
な、次は気をつけろ」と諭(さと)す。

役員以外は、全員役職がない。組織に壁がない。自発的ハードワーク
をしている。時に徹夜でしょうか。目がくぼんでいます。全員、食い
入るように話を聞く。即座に実行する。実行プロセスで、走りながら
修正する。書類は整っていない。全員、整える時間がない。

当然、企業拡大とともに「技術化・専門化・組織化」が必要になる。
しかし、部下の失敗を「今のうちに経験しておいてよかったな、次は
気をつけろ」という精神が続く限り、この企業はおおらかに伸びる。
真のリーダーは、組織を変え、そして市場を変える。そうした人たち
がいる。

株価の急落は、急騰があることの裏の現象です。ハイスピードで、事
業を作ることができることも意味している。ベンチャーという概念す
ら古い。ベンチャーであることが条件になったからです。

3年も、同じであれば、世間は必要としなくなるでしょう。サム・ウ
ォトンが言ったように、大きなビジョンをもって、顧客を信じ、小さ
く、具体的に、現場から、一人の顧客から考えること。世界のだれも、
最初から大きく考えることはできない。自戒をこめた言葉です。

See you soon from NY.

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