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(02年12月23日) |
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士階級の身分にもとなう義務(noblesse oblige:ノブレス・オブリー ジュ)である。> こう定義したとき、西洋の支配階級が、騎士道(Chivalry)から、そ の内容を理解しているノブレス・オブリージュとのつながりができた。 武士が生まれながらにして社会(世間)に義務を負うと考えたのは、 武士階級が生得の身分だったからです。武士になるのではなく、武士 として生まれる。こうした身分は、今はない。原則として四民(士・ 農・工・商)は平等です。神官たる天皇家を除きノブレス(貴人)は 消えています。 (注)株主兼経営者の2世、3世は、相続によって武士階級と似た意 味での身分を受け継ぎます。そうすると、こうした人たちのノブレス ・オブリリージュは何かということを社会と従業員から問われること になる。相続ではありませんが、日本の会社に多い、先代社長の後継 者指名でも、おなじようなことが言えます。事業を引き継ぐのは、実 際は事業創造と同じような困難があります。ここでもキー概念は義で しょう。 ■2.武士道の構造 武士道には、以下の構造があった。 [社会]→[社会への義]→[武士の義務:言い換えれば義理]→ [勇:義を行う不屈の実行力] 社会への義は、正義(Justice)または「正道」として、絶対的なもの とされた。絶対的とは人が超えることのできないものという意味のも のです。 現代風の言葉では、仕事に求める社会的な意義になるでしょうか。肉 体労働が生活の資を稼ぐ色彩が比較的に強かったとすれば、頭脳を使 う多くの知識労働は、生活の資を稼ぐということを含みながら、「社 会的意義」や、社会的な意義を果たした結果として与えられる「名誉」 という別の角度から動機付けられる部分が多くなる。 人を、マネーのみのインセンティブ(報償:奨励)で動かすことはで きない。実際にプロジェクト、会社運営、チーム運営を行えば、それ は1日で分かります。 マネーの枠からは溢れる「社会とメンバーから認められること(名誉)」 という喜びと、それに不確かな内容を含むものでしょうが「自己 実現」と言われるものへの希求は確かにあります。 中国との関係も同じです。経済や契約を超えた「信義の朋友関係」が 中国人社会のコアにはあります。 マネーは生活維持や、生活の幅の拡大のための必要条件ではあっても、 人の仕事の動機付けに十分な条件ではないというのが、経営学の結 論でもある。人がマネーだけで動くなら経営学は要らない。報酬の分 配体系だけでよくなります。 株式会社は、資本主義の制度として利潤を目的にするものです。しか し[株式会社=人間]ではない。会社は、人を取り巻く人工的な制度 です。そうすると、人が行う仕事にもマネーだけに還元できない[正 道]のようなものがあるのか。 マックス・ヴェバーが、資本主義の営利追求の根底に、プロテスタン ティズムの倫理があることを明らかにしたのは有名です。(『プロテ スタンティズムの倫理と資本主義の精神』1905) <実を言えば、今日、我々によく知られてはいるがその意味が決して 自明でない、職業義務という独自な思想がある。・・・単なる利潤追 求の営みに過ぎないにもかかわらず、各人は自分の「職業」活動の内 容を義務と意識すべきだと考え、また事実そうしている。(同書)> ヴェバーは歴史と世界についての溢れる知識をもとに、職業義務はプ ロテスタンティズムの労働を自己目的とする倫理に由来するという仮 説を立てています。 武士道が考えた、義を果たすための正道、道というものを、こうした 関連からも考察すれば、広がりが得られるでしょうね。 [武家社会が与える義]←[正道]←[個人] この「正道」とはどんな内容をもつものか。 これを現代風に言い換えれば、以下の、構造に相当するでしょう。 [会社のへ義:会社が存立する条件としての利潤]←[意義]←[個 人] 社会への義務は理解できる。しかし、その「義」と個人をむすぶ「正 道」とはなにか。生まれながらに、社会に義務を負うとされた武士は どう考えたか、それを導きの糸にします。 以下の第2項では、この武士道にこの「正道」を与えたものの、宗教 的淵源を新渡戸稲造をたどりながら考えます。 ■3.仏教・禅・神道の混合から、自然崇拝へ 日本人は無宗教と言われます。外見ではそうでしょう。今年の夏、ス イスの村を訪ねた。日曜日の午前、ホテルの周囲を散歩していると、 人気のない通りを、正装とまではいかないのですが、整えた身なりで 歩いてくる数人連れの人々を、多く見かけた。 なにがあるのかと思っていると、そこは教会でした。教会なら誰でも はいれるので中に行くと、20名のくらいのひとが木製ベンチに静か に腰掛けていた。礼拝のためです。米国でも見かけることです。衣装 を凝らした肌の色の異なる人々が、日曜日に教会に集まる。 スイスの村の人々は、ただ習慣的に教会に行くのか。 あるいは、何かの、大きな意味があるのか。 こうしたことを見れば、確かに、我々に(少なくとも私には)この習 慣はない。普通は神や天のことを考えることもない。宗教書も経典も 読まない。私は海を見るのは好きですが、その理由はわからない。宗 教的なものではないでしょうね。 しかし、無宗教とは言っても、何かが根にあるかもしれない。新渡戸 を引用しながら、すこしゆっくり読んで一緒に考えましょう。 こうした機会は、日常では、少ないはずですから・・・(笑) 実は、私には、うまく解説はできないのです。 しかし2週間後に迫った正月には「習慣的」に神社に行くこともある。 (笑)京都では、寺社にも行きます。寺社の空間は、好きなものの 一つです。仏教の素養は、稀に、儀式で意味不明の退屈なお経を聞く 以外に、何もないのですが。 新渡戸は、武士道の淵源の章の最初に以下のように書く。 <まず、仏教から始めよう。運命に任すという平静なる感覚、不可避 に対する静か受容、危険災禍(さいか)に直面してのストイック的な る沈着、生を賤(いや)しみ死を親しむ心、仏教は武士道に対してこ れらを寄与した。p32> 描写されているのは行動のスタイルです。私は、襲ってきた非常時に そうできるかどうか、実際は慌てふためくでしょうが、従容として受 け入れることは、心構えとして理解できます。しかし、生を賤しみ死 を親しむというところは仏教的です。ここへの私の理解は至りません。 新渡戸は続ける。 <ある剣道の達人(柳生但馬守:たじまのかみ)がその門弟に業(わ ざ)の極意を教え終わったとき、これに告げて言った。「これ以上の ことは余の指南の及ぶところではなく、禅の教えに譲らなければなら ない」> 新渡戸は、武士道の淵源を仏教としたあと、つぎは禅に至る。 <禅とは、ディヤーナの日本語訳であって、それは「言語による表現 の範囲を超えた思想の領域に、瞑想(めいそう)をもって達せんとす る人間の努力を意味する」> <その(瞑想の)目的は、私の理解するかぎりにおいては、すべての 現象の底に横たわる原理、可能なら、絶対そのものを確知し、かくし て、自己を絶対と調和させるにことにある。> ここまでくると、不可思議の思いにとらわれます。瞑想という方法が あるのはわかる。謎はこの「絶対」ということです。無限とも言って いい。イスラムのアッラー、絶対神とも言えるものでしょうか。 言葉と数字以外の表現手段はないので、こうした絶対を表現すること はできない。 数学的無限に対しては、有限の数はすべてゼロだった。その無限や絶 対と、自己を調和させるとはどういうことか。言語が至れない領域で あるとすれば、沈黙と瞑想の他、方法はないでしょう。 新渡戸は、さらに続ける。 <仏教が与えなかったものを、神道が豊かに供給した。神道の教義に よって刻みこまれた主君に対する忠誠、祖先に対する尊敬、ならびに 親に対する孝行は、他のいかなる宗教によっても教えられなかったほ どのものであって、これによって、武士の傲慢な性格に服従性が付与 された。> ■4.神道:祖先崇拝 神道の教義が、主君への忠誠、祖先への尊敬、親への孝行を解くとい うことは記憶しておいていいでしょう。 この日本独特に見える神道とはどんなものか。 神社に行くことはあっても神道も知りません。 <神道には(旧約聖書のような)「原罪」の教義がない。かえって反 対に、人の心は本来善であって、神のように清浄なことを信じ、神託 で言う聖なるところとしてこれを崇(あが)め、貴(たっと)ぶ。神 社に詣でる者は、誰でも観(み)るように、その礼拝の対象および道 具は、はなはだ少なく、奥殿にかかげられた素鏡がその備え付けの主 要部分をなすのである。> 旧約聖書が人は原罪を抱えるとするのに対し、神道が人の心を本来は 善であるとみなすということは対照的です。しかし人の心を、それだ けで善であるとすれば、放縦に至らないか。邪悪も人の心ではないの か。 神社の素鏡は、なにを写すのか。 <それは、人の心を表すものであって、心が完全に平静かつ明澄なと きは神の御姿を映す。このため、人が神前に立って礼拝する時は、鏡 が輝く面に、自己の像が映るのを見るであろう。p33> あぁ、素鏡に神が観(み)え自己に至る。[自己]−[心]−[神道 の神]が鏡を介してつながる。これを新渡戸は別のところで「道徳的 内省」と言います。これが善なる心です。 基底で、こうした構造を持つ神道はどう展開されたか。 [自己]−[心]−[神道の神]の背景になにがあるか。 <神道の自然崇拝は、国土を我々の奥深い魂にとって親しいものとし、 その祖先崇拝は、系図から系図へとたどって、皇室を全国民共有の 遠祖となした。我々にとって、国土は金鉱を採掘したり穀物を収穫し たりする土地以上の意味を有する。それは、神々、すなわち我々の祖 先の神聖なる棲所(すみか)である。p33> 以上をまとめれば、以下の心の構造になるでしょう。 [自己]→[神道]━[祖先崇拝]━[系図]━[皇室]┓ ↑ ┗[自然崇拝]━[国土]━[神々]┛ ↑ ↑ ↑ ↑ [自己]−[鏡]− [心] − 「神道の神」 これが、神道であり、系図の頂点が皇室だったことは分かりますね。 祖先崇拝と自然崇拝が、神道の本質だということもわかる。 【土地】 また、日本人にとっての土地が、農耕民族だったからという説明から ではなく、命を支える穀物を産むからというだけではなく、それ以上 に[祖先の棲所(すみか)である神聖な場所]とみなされてきたとい うことを知れば、日本が、なぜ世界に価格で類例がない「土地バブル」 を起こしたかも了解できる感じがします。 農耕民族はアジアのモンスーン地帯に共通です。しかし土地を神々の 棲所(すみか)と見るのは、神道に由来するでしょう。この土地は死 んでも動かないとする、高齢者にしばしば見える態度は、ここからき ていることも理解できます。我々の日常の行動や判断には、源流をた どるなら実にいろいろな宗教的なものが混じっています。 他方、近代経済学にとって、土地は収穫(収益)を生むためのもので、 そのコストはレント(地代:地価)です。価格があるから、等価交 換が可能で、収益還元法で価格を決定できるものでした。収益還元法 は別の表現では、ディスカウント・キャッシュフロー(DCF)とも 言いますね。経済学は社会科学とされる。科学は、歴史性や文化性を 排除し、法則の再現性を見ますね。 実際、このDCFの思想は、日本人の土地観を根底から変えるものに なる可能性があります。金融改革も、一種の経済思想ですね。 ラスベガスの砂漠や山脈を見ても、水平線と空が一致するテキサスの 農場を見ても祖先や神々が住むとは思えないのですが、確かに日本の 土地や山々からは、なにか「気配」とでもいうべきものが漂う感じを 受け取ります。土地を守ることが、日本人にとって宗教的な色彩を帯 びていることもわかる。 【自然崇拝の頂点である天】 ここで現れる天皇は、どういったポジションとされてきたか。 <我々にとって、天皇は法律国家の警察の長ではなく、文化国家の保 護者(パトロン)でもなく、地上において肉身をもつ天の代表者であ り、天の力と仁愛とを一身に兼備したものである・・・神道の教義に は、わが民族の感情生活の二つの支配的特色と呼ばれる愛国心および 忠義が含まれている。p34> 天皇の現人神(あらひとがみ)というポジションが、こうしたものだ ったことが分かります。自然崇拝が天皇に至る、日本教としての神道 がここにあるでしょうね。 根底で言えば、日本人の伝統的な自然信仰が崇拝する「天の力」と、 「天がもつ仁愛」、ここに鍵がありそうです。近代的な会社のオフィ スの一角に、神棚があることの意味も天につながるのかも知れません。 (注)我々は「愛国心」というものに対し、どこか割り切れない心を 持つことが多い。これは、軍国主義への無条件の忠義が愛国心とすり かえられ、軍国のヒエラルキーの頂点に天皇を位置づけた戦前の歴史 をもつからでしょう。忠は、主君や目上のものに対する忠義ですから、 すげ替えも容易です。 祖先崇拝や自然崇拝が、武士道の根底にあったとしても、この方向で は、伝統的な淵源を探ったに過ぎない。次に考察すべきは天皇を権威 づける背景となった、天と道です。 ■5.「天」と「道」からミッションへ 天とか道とか、こうしたものが、おそらく日本人の倫理観の根底にあ るものでしょう。 しかし現代では、特に「天」は古色蒼然とした死語になっています。 短い表現の中に、天、道、愛、誠というすべての要素がちりばめられ た文があります。 <道は、天子自然のものであって、人はこれを行うものであるから、 天を敬うことは目的となるものである。天は人も自分も同一に愛する から、自分も自分を愛する心をもって人を愛するのである。 人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして、己を尽くして人 をとがめず、自分の誠が不足していることを責めよ。> これが西郷隆盛です。「天(自然信仰での神)」からみれば、人も自 分も、なんら変わらない。とすれば、自分を愛するよう他人を愛し、 人をとがめず、ただ自分の「誠」が足りないことを責めよという。こ れが心的構造です。 江戸城攻撃の軍勢を率いる西郷は、1868年の3月14日、総攻撃 が予定されていた前夜、勝と会う。 後年の『氷川清話』で、勝海舟は会談の模様を以下のように述べてい ています。 <いよいよ談判になると、西郷は、おれのいうことを一々信用してく れ、その間一点の疑念もはさまなかった。 「いろいろむつかしい議論もありましょうが、私一身にかけてお引き 受けします。」 西郷のこの一言で江戸百万の生霊(人間)も、その生命と財産を保つ ことができ、また徳川(慶信)氏もその滅亡を免れたのだ。 このとき、おれがことに感心したのは、西郷がおれに対して、幕府の 重臣たるだけの敬礼を失わず、談判のときにも、終始坐を正して、手 を膝の上にのせ、少しも戦勝者の威光でもって敗軍の将を軽蔑すると いうような風が見えなかったことだ。> 西郷隆盛と勝海舟の、双方が命をかけた、江戸から明治へと時代を転 換させる談判の場が見える。西郷には、天の愛に発する「誠」と「礼 」がありました。 会談の直後、西郷は攻撃の中止を命じる。江戸城は無血開城されます。 武士にとって、城は命をかけて守るべき主君への忠誠の象徴だった ことを思えば、この重みは想像できるでしょう。 西郷と勝の会談に外交術や交渉術という匂いはない。誠の大きさの対 決を見る思いです。礼の姿や意味も、十分にわかる。 実は、天や道を解くことは、私には到底できません。ただ、孔子以降 の東洋思想の中心に、「天」と「人の道」があったことは事実でしょ う。伝統について深く思考した小林秀雄も、たびたびこれを考えてい ます。 ■6.メンター(Mentor) <私は、長い歴史を通じて、人の自覚という全く非実用的な問題が現 れるごとに、この言葉(天)が人の内的生活のうちに現れたのは、あ たかもおなじ木の葉が、時至れば、繰り返し色づくのをやめなかった ようなものだ。天という言葉はたくさんの人々によって演じられてき た自覚という精神の劇の主題の象徴であった。それを想っている。・ ・・『天という言葉』:小林秀雄> <自然になにか意味があるように考えざるを得ないのは、私たちが人 生にはなにか意味があると考えていればこそだ。まず、人間の生きる 意味が問われ、道という言葉の発明があったから、自然に関しても、 自然の道と「(自然から)借りてもって言うのみ」である。『歴史』 :小林秀雄> プロテスタンティズムでは、職業を天職(=道)と見て意義を与えた。 他方、武士道は武士の掟です。しかし、その掟の根源となると、「 天が与える道」という、または天職という(これも古色蒼然とした言 葉ですが)共通のものに至っているように見えます。 私は、90年代の米国リーダシップ論を学んだとき最初にミッション (使命)という用語にひっかかったのです。今、米国の企業は、多く のところでミッション・ステートメント(会社の使命の宣言)を掲げ ます。 読めば、その会社の利潤追求の枠にはおさまらない社会的意義、社会 貢献を含むビジネスの目的が書いてある。プロテスタンティズムが与 えた天職と見れば、これはこれで、すんなり理解できます。 しかし、多くの日本人にとってプロテスタンティズム風のミッション は遠い。新渡戸の、極めて日本的なるものを解いた『武士道』を読み ながら思いをめぐらせば、異和の違いではなく、根底ではつながりが あることを思います。 今の仕事そのものに意義があるかどうか、わからない。しかし、意義 を与えよう、見出そうとする人間がいる。そうした人間の自然な心性 から、仕事の意義は見出せるのではないか。 逆説的ですが、もともと絶対的に意義がある仕事というようなものは ないのかもしれない。しかし、今の仕事に、または明日の仕事に意義 を見出そうとする人間がいる。 そして、古来、答があるかどうかわからないその問題を、人は数千年 の思想の中心で、考えてきた。そうすると、意義は誰かから与えられ るものではなく、自分が探し続けるものになる。 おそらく目標も似ているでしょう。そして自己が見つけた目標や意義 が信念になって、その信念を果たすことが義(自らが課す義務)にな り、義の意識は、不撓不屈の徹底と、実行の勇を与える。 武士道を考えることで、西洋的ミッションが「義」にも通低すること を見い出せば、本稿の目的は達したことになるでしょうか。 「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」を、「武士道の倫 理と日本の資本主義の精神」と等価に置き換え、新しいリーダシップ 論の構築へと向かうことができるかも知れません。 米国のリーダシップ論を最初に知ったとき感じた、東洋的な匂いのも とを探れば、解答はここにあった感じです。 日本の資本主義の精神と言うなら、単に状況論理での有利性、共同体 の絶対性のみではなく、個人と社会との間に「義」を嵌(は)め込ん でみれば、確固としていて、ある時ふと振り返ったとき、迷いのない ものにすることができる可能性があるかもしれない。 今、世間は悲観論の合唱です。根底には、日本の資本主義が、西欧や 米国からの借り物であるという意識があるのではないか。 グローバリズムと市場原理主義は、要は、マネーを支配的な価値とす る平板な論理です。欠けているのは、ミッションや義が含むような奥 行きと香り、礼、仁、誠、行動の美学、そして意義です。私にもこれ らは欠けている。武士道が様式化したものはアイデンティティの淵源 にはなっても、そのままでは、感応や共感を引き起こすものにはなら ないかもしれません。 先日、あるところで、専門誌の編集者の1人からチェーンストアの目 的は何でしょうか、利益の目的は何でしょうかと聞かれた。テクニカ ルな答えをしたのですが、自分自身が納得できなかった。本稿の考察 は、まだ、考えるヒントとしては抽象的でしょうか。 意味を探し続けながら行う仕事は、意味ある仕事をもたらすでしょう。 それが、我々にとっての唯一の解答かもしれませんね。 see you next week!! 【案内1】 『販売革新』の新年号に「ウォルマートに見る商品管理作業のエンジ ニアリング」を寄稿しています。1月の初旬の発売でしょう。 【案内2】 『ウォルマートのデータウエアハウス:Data Warehousing,Using Wal -Mart Model』が翔泳社から1月末に翻訳・出版されることになりまし た。私は序文、解説を書くことの依頼を受けています。お楽しみに。 【案内3】 2月19日の第71回商業会ゼミナール(シェラトングランデ東京 Bay)で、新しい商品管理の講演をすることになりました。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 【ビジネス知識源 読者アンケート】 1.テーマと内容は興味が持てるか? 2.理解は進んだか? 3.疑問点や質問点は? 4.その他、感想等 5.差し支えない範囲で読者の横顔情報があると助かります。 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