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リーダシップをめぐっての雑感:(第6部)
         リーダシップ理論で解く新聞社のケーススタディ

こんにちは、吉田繁治です。世間は連休で、私は原稿を書き溜めしています。

きょうは、軽く<リーダシップをめぐっての雑感>
時には気楽な<雑感>を送ってくださいという要求があったので、そのつもりで書きます。大型の連休でもあることだしね。

でも若干過激です。いつも過激か・・・いいですよね。
リーダシップ理論の、ミッション、ビジョン、バリューの道具を応用して使います。

具体的なケースで考えるとわかりやすくなって、「リーダシップ理論」が、
i)普通は見えないこと、
ii)意識されないこと、
iii)しかし根底的に大切なこと、
iv)外部や顧客からはっきり見えることに解決を与えることを了解できるはずです。それが目的。

今までの経営分析の方法では、こんなに切れ味のいいものはなかった。米国人が夢中になる理由がわかります。まとめてくれた米国人に感謝ですね。

日経新聞を取り上げますが、個人的な恨みがあるわけではないのです。
比較すれば、A紙より役に立つ。日経新聞には、今まで・・・そうですね、縮刷版等を含めると少なくとも300万円は払っている顧客です。その立場から。


本号の項目】
 1.ケーススタディ:
  日経の社説から見える行動様式を、リーダシップ理論で解く
 2.新聞記者のミッションは?
 3.情報の価値とは
 4.メールマガジンを始める時考えたこと
 5.編集方針という価値観(Value)
 6.本質:Value(大切に守る価値)
 7.の成功のために大切なこと
 8.私の新聞論説の読みかた
 9.今後の就職での1つの考え方について


ケーススタディ:日経の社説から見える記者の行動様式を、リーダシップ論で解くと

ある日の社説】
5月1日の日経新聞で、やっと今になって、「個人金融資産の実態を開示せよ」(つまり1390兆円の個人金融資産の使いみちを示せ)という社説がでていました。あ、日経をとってはいても、社説は見ていないひとがほとんどでしょうね。

取材とはどんなこと?

おいおい、またまた暢気(のんき)なことを。「・・・を開示せよ」という前に新聞記者なら取材をして、調査し報道するのが、顧客に対する職業義務(ミッション)なんじゃないの。
私は、社説のタイトルを見た途端、こう思ったのです。

社説って面白いところもある。考え方の構造や意識していない前提、そして新聞ムラの行動文化が、透けて見える。たまには読んでみたらどうでしょう? 朝日の社説も、実に面白い。

【無意識の表現から見えること】
「開示せよ」という文体(スタイル)にも、新聞社の「無意識の」独善が現れています。自分だけは正義の味方で、悪事を暴く検察のような姿勢です。

コトバのスタイルって本性を現すことが多い。小林秀雄は言った。内容はマネできる、スタイル(文体)はマネられない、独特のものだって。逆説的表現ですが、真実ですね。

新聞記者って彼らが自認するような正義の味方でしょうか?

皆さんはどう思っていますか? 正義の味方とは思ってはいないとすると、このムラには世間離れした、選良意識と傲慢があることになる。

少し寄り道しますね:「4年後」から現在を見ると

独善のムラ社会はインターネット時代には残れないなぁ。インターネットは過去の権威を次々に暴く。情報発信は、過去は少数者、特権階級のものだった。今は1時間もあれば、誰でもできるのです。

日本の「実質的」な司令塔だった大蔵官僚の矮小(わいしょう)なスキャンダルの暴露が典型でした。これは内部告発から発覚。

【実質的とVirtualということ】
ああ、実質的って、英語ではVirtual 
Virtualと、日本語の仮想の意味の違いに、英米の学と日本の学の違いが現れているっていうエッセーを、インターネットについて5年前に書いたことを思いだします。

Our deputy manager is the virtual head of our business.
(Oxford Advanced Learner's Dictionary:これもいい辞書)
わが部署の副部長は、(形式上はそうではないが)会社の実質的(本当の)ヘッドだ。

英語のニュアンスでの「仮想世界」は実質的な機能を持つ世界ということになる。これがインターネットの世界(Virtual)だとなると、日本語の仮想のイメージとは逆転します。

Virtual Shop(仮想店舗)は、実質的な(ある意味で本当の)店舗機能を果たすインターネット上の店舗という意味でしょう。こうしたところから、書店より多機能で、選択のためのあらゆる本を集めたアマゾンのビジネスモデルが生まれた。店舗よりVirtual(ホンモノ:実質)でなければならないからです。忘れていたのは在庫と物流。

英語でいう「Virtual Shop」は形を持つ店舗ではないが、実質的に店舗の機能を果たすものというイメージがある。日本語の「仮想店」は偽物のイメージです。

こうした微妙な、大切な意味の質の違いが、英語と日本語では至る所にある。われわれは国語を使って考える。それしか方法はない。言葉で意味することは大切なことですね。ミスが起って、違って解釈されてしまう翻訳って本当に難しいのです。

語学の天才Picoが言ってたように「翻訳は言葉の置き換えではなく文化と文化との緊張した全面対決」ですよね、Picoさん?

英国に留学した夏目漱石に限らず明治の知識人はこれを知っていた。
だから「和魂洋才」って言ったのでしょう。魂、精神は和だ、技術は洋を使う。今われわれは、安易に置き換えて、情報は増えたが、かえって、多くのことを誤解している。誤解とは分かっていると思っているが、実際は違っていることですね。誤解は危険なのです。分かっていないと思うほうがずっと安全。

情報世界は4年で激変する】
もうしばらくすると、日本の一流大学の、偽の権威があばかれて地に落ちます。一方で本当に有能な教授は、ちょうど予備校に多いようなスター教師になる。権威の裏が、誰にでも見えるようになるんです。

インターネットはいろんなものを最初は破壊する。そこから新しいものも生むのです。

日本の大学の多くの教授は、教え方は素人です。研究者と自己評価しているから、Teacherが少ない。研究者は高級なことを考えるから偉く、教師は下級だという後進国的な価値観。本当にそうか? 教師って深い意味を持つ概念でしょう?

リーダーを「指導者」と訳すから変になる。むしろ「教師・導師」に近い。教えることって、同じ立場での人格と人格の全面対決でしょう。そこから「自律的」な意欲が生まれる。リーダシップの本質は「教育:教え育てること、導くこと」でしょうね。

米国の大学では、教授の勤務評定で、学生からの評価に重きを置くのが普通です。学長と教授は、学生からの評価を真剣に話し合うのです。

【MITのインターネットでの授業の一般公開】
MIT(マサチューセッツ工科大学)が、インターネットで、授業を学内以外にも公開し、データベース化したテキストを公開し始めたのはご存知でしょう? どういうわけか、日本の新聞は報じませんが、約1ヶ月前のNYタイムスでは大騒ぎでしたね。

MIT to make nearly all course materials available free on the World Wide Web.
(マサチューセッツ工科大学は、インターネットでほとんどすべてのテキストを一般に無料公開)
http://web.mit.edu/newsoffice/nr/2001/ocw.html

ITバブル崩壊の影になっていますが、本当の変化はこうした時こそ着々とすすんで、とてもすごい時代へ向かっているんです。MITのテキストは、もうタダで使えます。

変化が起ったとみんなが気が付くのは、約2年、24ヶ月くらいは遅れますね。最初のインターネットブームがちょうどそうでした。

【ブロードバンド時代へ】
2005年(実際は2003年ころから)のブロードバンド(広帯域)のインターネット時代になると、学校を含めて、情報世界は、本当に一変します。わずか4年です。
今、その変化が、始まっている。確実なことです。

情報世界の変化は、企業間や対顧客のモノの取引の変化の比じゃない。通信回線の中で個別に送れて、インターネットでは通信コストが限りなくゼロ。

しかしブロードバンド対応では、コンテンツ作成コストは何倍にも上がります。そのコストをどう回収するか、ここが勝負です。

ブロードバンド時代の、メールマガジンに想像をめぐらすのもいいでしょうね。クリックするとその場で私の顔と声が出たり・・・これはダメか。でも、ここ約2年でメールマガジンも激変でしょう。

【必要な信念】
こうした時は、自分で懸命に考えた信念に立ち戻ること、それで、「本当の変化の先頭に立つ」ことでしょうね。「建設文化」と言いましたね。私だって、書きながら、整理し、想像をめぐらせていろいろ考えてるんですよ。

あれやこれやの偽の変化に翻弄(ほんろう)されて消耗するのが、「防衛文化」です。こうはなりたくない。ブームに追随した第一次IT企業に多かった。膨大なコストを使った歴史から学ばないとね。

ここで本題に戻ります。

個人ワークに劣るようになった組織ワーク

新聞が論説で、特殊法人に問題がある、郵貯を使う財政投融資に問題があるというのなら、プロジェクトを組んで、克明に取材すればいい。

猪瀬直毅氏は特殊法人の問題の追及を、個人でやっているではないか。プロジェクトは要らない。一人ででもできる。日経新聞の経済部記者という名刺をもっていけば、特殊法人のキーマンや官僚は会うはずです。私が取材に行っても、拒否されます。新聞記者には、法ではなく社会が、人々が、そんな特権を与えている。

特権には、ノブレス・オブリッジという高い義務が付きまとうはずです。社会が特権を与えるのは、倫理的に高度な義務への期待があるからです。特権だけをもらえば、社会は、いずれその特権を奪うのです。

【取材の手順の堕落】
新聞や雑誌の記事データベースを集め、数字の矛盾を突けば、時間をかけず、1日で実態は明らかになる。しかもトクダネになる。取材の事前準備といいます。記者が行う初歩の初歩の事前準備はどうなっているのでしょうか。
ホンモノの時代に必要な、質が犠牲にされていますね。

(読者の方はもうその内容はお分かりでしょう。3月14日の<ライフ・プランの戦略>で明かにしました。)
http://www.cool-knowledge.com/0314LifePlan(1).html


■新聞記者のミッションは?

真の情報開示は今後もない

特殊法人であれ何であれ、自分にとって都合の悪いことを、進んで情報開示するはずがない。開示すれば困ることが起ることが分かっているから、明かにしないのです。当たり前でしょう。

金融機関の不良債権の額も同じです。本当の不良債権の額はどこまで行っても隠すべきものです。それを金融機関がすすんで公表すれば、1夜で、取り付け騒ぎが起る。金融制度のシステミックリスクです。

取り付けが起れば金融機関は、連鎖で潰(つぶ)れます。そんなことは常識でしょう。だから不良債権では、事実に基づく論理と推論しかないのです。正確には、相手先が破綻して返済不能が確定しなければ不良債権ではない。

不良債権の実態

真の不良債権の金額は、推論によるしかない。銀行のトップや本部自体も把握しているとは言えないのです。不良債権が把握できるような組織なら、もともと、驚愕すべき不良債権問題は起らなかった。

支店長の判断で、または支店長すら知らず、課長の判断で握りつぶされていることが現場では多い。銀行マンのワークスタイルを見れば、これが実態でしょう。

実際のところ、分かって意図的に隠(かく)していることではない。組織内部ではうすうす感じてはいるが、本当のことは誰も分かっていないのですことが多い。アフターファイブの酒席では、話題になるでしょうが。

事実と論理での積み重ねしかない

とするなら、不良債権の実態を明かにする際、事実の取材での論理的な推論を重ねることがジャーナリズムの機能になる。その会社にいる人でも自分の会社の情報を、多くは新聞から得ているのです。

会社で公式に流される情報は、ごく少数の当事者を除けば、大本営発表だからです。山一、長銀、拓銀、長崎屋、そごう、多くの生命保険がそうでしたね。社員にとっては、ある日突然の、青天の霹靂(へきれき)の破綻(はたん)だった。社員は事情に疎(うと)い。

<事実を開示せよ>と言っても当事者の金融機関すら知らないことが多いのです。

▼新聞記者の想定されるミッション

不良債権問題に取り組むなら、調査し、論理を組みたてて紙面を使って公表するのが新聞記者の、国民に対する職業のミッションでしょう?

そうしたジャーナリズムのミッション、ノブレス・オブリッジを認めているから、取材の相手は時間を割(さ)いて会うのです。それ以外に新聞にどんなミッションがあるのか? あれば教えて欲しい。

仮に、日経新聞の社説が求めるような情報開示があっても、事態は変わらないのです。

開示されるであろう情報のレベルと記事の情報価値

例えば民間金融機関の情報は、有価証券報告書やプレスリリースで開示されている。その開示されている中味では、真の不良債権の情報は見えない。

取材での事実集めを行い、集めた事実を論理で構成し、実態に迫るのが「記事の価値」でしょう。

じゃ、5月1日の日経新聞の社説が求めたのは、新聞記者が知りたい情報を、進んで発表してくれということか? それは新聞の自殺ではないか? 記事っていったいなに?


情報の価値とは

ジャーナリズムの価値

開示されない情報を、取材と事実分析から明らかにするところに、ジャーナリズムの本来の価値があるのではないか?それがなければ、単に丸写しで、右から左へ渡しただけで、記事が付け加えた、または加工して加えた情報価値はない。

相手が進んで公表するような情報なら、ますますインターネットで得られるようになる。新聞を買う価値はないではないか?

記者クラブとプレスリリース依存体質

収入が増えず、量が増えて、楽に流れる仕事】
記者クラブで官庁情報を得てそれを写すこと、企業情報はプレス・リリースの内容を要約して写す楽な仕事に慣れているから、情報を開示せよ、なんていう要求しか言えなくなるのです。
広告収入が増えないため、量が質を追いやっているのです。

片隅の小さな経験ですが、プレス・リリースの原稿を書いたことが数回あります。記者は取材をせず、そのプレスリリースを単に短くして、そのまま載せた。取材はゼロです。

だから新聞は企業からも政府からも、誤魔化(ごまか)されるのです。簡単ですよね。発表する側の企業や政府は、今の新聞なら、意図を持った宣伝に使える。

記者クラブは、新聞社や放送局の特権です。宅配できることが情報権力の源泉になっている構造です。

【ミッションとイマジネーションの欠落】
社説を書く論説委員の頭の構造は、どうなっているんだろうと思います。ミッションと、原動力のイマジネーションが消えている。これじゃ危うい。

組織がある日潰(つぶ)れるのは、外部からの攻撃ではなく内部の文化崩壊からです。ですから自己破壊です。国家も同じ。その国の文化が破壊された時、国家機構は支配装置にしかならない。消極的防衛文化と言います。

社説が読まれないのは理由がある。読んでも発見や驚きがなく、したがって面白くないからです。


メールマガジンを始める時考えたこと

実は昨年の10月にメールマガジンを開始する時、以上のように思っていたのです。本来のジャーナリズムの価値が、なくなっている。

クール・ナレッジはジャーナリズムではありませんが、多くの雑多な事実の、単純であるはずの本質に迫ることができれば、読者にとっては他では得られない情報価値があるかもしれないと思ったのです。
これを、私のミッションにしたのです。

まだまだ修行中です。言い訳じみているかなぁ(笑)

事実情報を超える情報価値が目標(Vision)

事実の羅列はうんざり、もう、あちこち事実情報だらけ。情報の少ない時期は、それでも価値はあったでしょう。今は、事実情報の価値は、「無化」している。読者の方々が求めているのは、事実から、変わらない本質に迫ることである。それを考察し、提供することをビジョンにしたのです。

【修行】

新聞と雑誌を、手間をかけてスクラップすることを、約15年続けています。熱心な読者といえるでしょう。スクラップでは、1ヶ月でスクラップ帖(A4の約50ページのノート)が3冊。150ページ、記事数にして約300から400になる。1年で約1メートル。しかし、あとで調べる時は、数字しか役に立たないのです。

書棚には、黄ばんだスクラップのストックがあります。一時期、重く厚い縮刷版も買っていた時期があります。あまりに大量になって、集合住宅の鉄筋の床が抜けたらという恐怖で、心で泣きながら捨てました。本を捨てるって、イヤですね。

縮刷版と雑誌は、集まると、これはなんだというくらい重い。
引っ越し屋が、これ、中味は何がはいってるんですかって言います。

その後は一戸建て住宅ですが、入居する時、建設業者に電話して耐過重は何トンかって聞いたのです。相手は、この客は変な客って感じで、普通は、大丈夫ですと答えた。その普通とはなにか? 私の使う部屋は普通じゃないんだと言うと、いったい何を持ちこむんですかと、埒(らち)があかない。戦車は持ちこまない、本だ。本は大丈夫ですと言う。どれくらいまでなら大丈夫かと聞いても数字は出ませんでした。その直後、阪神・淡路大震災が起ったけれど大丈夫でした。

スクラップを続けたということの自分にとっての効果はあった思っています。試行錯誤(しこうさくご)で、情報の価値の判断がぐんと短時間でできるようになった。嗅覚が働くのです。犬がクンクン嗅ぐような感じかなぁ。あまり絵にならないけれど。

犬って、イヤな匂いが好きで、香水のような匂いはなぜ嫌いなんでしょう?横で犬が目をしばたいて、曇らせています。

試行錯誤とTry and Errorの違い

試行錯誤で、思い出しました。英語のTry and Errorには、とても肯定的な意味がある。進んで試行錯誤をするという感じです。リスクを取るということが、将来の大きな価値になると考えているようですね。失敗が発明の母、というよりもっと強く、彼らは「失敗しなければ成功はない」って思っていますね。失敗から独自のものを発見する。

日本では試行錯誤のコスト(=リスク)を避けるために、先行事例を求める。それを真似る。外観と概略を真似るから、大切なものを逃し本質に近づけない。大切なものは企業文化とリーダシップでしょう。

結局、自分でいろいろ考えて試行錯誤したもののなかからしか、次々に現れる応用問題の解法は出ません。あたらしい価値はそこから生まれる。紆余曲折(うよきょくせつ)のあと、信念に立ち戻るのです。そうしてホンモノになる。

しかし、応用問題でも、また事例を求める。これが日本の企業の創造面での欠陥でしょう。こうして、i)意思決定が硬直化し、ii)横並びになって何が自分の事業の存在理由かわからなくなり、iii)目的が消えて防衛文化に陥って、2001年のいま、最大のリスクになっています。



新聞の編集方針という価値観(Value)

【編集方針】

記者や論説委員個人としては、社の方針、無言の行動様式、編集方針(ここに価値観が現れる)に抵抗を感じながら仕事をしている人も多い。でも、結論は、長いものには巻かれろでしょう。

新聞は言説が商品です。言説の商品価値について、問いなおす必要があるでしょうね。そうでなければ、今の新聞は、追いやられてますます苦しくなるはずです。若い人のメディアはもう新聞ではない。

▼ジャーナリズムの社会的機能

ジャーナリズムが果たすことのできる機能は、現代社会では実に大きい。多くの人は間接情報で世間を知り、判断し行動するからです。日本の新聞記事の編集方針が変われば、内閣が数個以上が変わったくらいの変化があるはずです。

20数年前、立花隆が田中内閣を退陣に追いこんだ『田中金脈の研究(でしたか?)』を文藝春秋に書いたとき、新聞記者はあんなことはわれわれは知っていた、常識だと言った。であるなら、なぜそれを報道しなかったのか? 報道できなかったのか? そうではないでしょう。書くことを抑圧したのです。なぜ自己抑圧したか?

立花隆は田中角栄は許せないと考えた。取り巻きの記者は、まさに取りこまれていた。利権に目が曇っていたのです。

▼個人ではなく、企業文化と、大切に守る価値の問題

私は記者個人の才能や能力を否定しているのではないのです。そうではなく、組織としての行動様式、組織のミッションの空洞化、組織の暗黙の価値観に問題がある。つまり新聞ムラの企業文化の問題。


問題の本質:Value(大切に守る価値)

他のなにより優先して大切に守る価値

多くの会社がダメになるときは、個人の問題は実は小さい。個人の行動は、組織の価値観、なにを優先して大切にするべき価値かが変わり、リーダシップ、方向付け、大切にすべきものが変われば、変わるのです。個人は、暗黙の企業文化に忠実です。

企業の価値は、多くの価値のうち、その会社が何を優先しているのか(Value)で決まる。組織をその価値に方向付けて集中させるのが、ビジョンであり、顧客はそれを評価する。

【ちいさな例】

大学生がアルバイトでディズニーランドで働く時は、素晴らしい仕事をする。同じ人が、第3セクターのレジャーランドでは、ダメなサービスしかできない。サービスとして、優先して大切にすべきものが決まっていない、またはそれが与えられていないからですね。個人の責任ではない。

社長の責任か? 社長すら、訓示とは違う、いつの間にかできあがった現場の行動様式や、暗黙のワークスタイルに、気がついていない。だから、ある日「おい、それは本当か」となる。8つの類型を持つ防衛文化では、情報は上から下にしか流れないのです。そのチャンネルしかない。トップは裸の王様です。

トップがカラスは白いと言うと、幹部も部下も、そうです白いと合唱する。誰かが黒いんじゃないですかというと、お前は科学はわかっても「世の中」が解ってないと言われて、ああ、そうかなって染まるのです。

多くの会社で見かけることです。サラリーマン人生はそんなものだと積極的に思っている人も多い。これが、せっかくいい商品は持っていても、経営資源があっても、情報社会には潰れる典型の組織ですね。早く気がついて欲しいなぁ。「おい、それは本当か」は名言だった。
その後、どこかの自動車会社でも、同じことが次々に、現れましたね。

リスク・マネジメントが流行ってますが、本質はそんなことじゃない。パッチワークに過ぎませんね。

悪しき生活共同体:消極的防衛文化に陥っている

日経の5月1日の社説も、リーダシップ理論で言う消極的防衛文化の典型に陥っていることがはっきり見えますね。これは組織のありかたの危機です。リーダシップ論の企業文化の12分類は、とても有効です。

消極的防衛文化では、個人のワークスタイルが、内部の暗黙の価値観に巻かれる行動様式になる。しかし個人ではダメなことが分かっている。お金をもらう仕事はこんなものだという諦めが、みんなを支配しているのです。

【現象】

こうした時、個人的な見解では・・・と断って発言するひとが多くなる。悪しき生活共同体になって、次第に組織全体の顧客に向かった目的が消えるのです。

多くの組織が、意識する人がいないままに、大切にする価値に踏みとどまる人が少数派になって、この消極的防衛文化の罠に陥っている。

【輝き】

だからこそ、今、顧客のために正当なことを優先すべき価値にするリーダシップが輝くんです。他がダメというのは、大きなチャンスでしょう。他がダメだから自分もダメでいいというのを、横並び業界発想と言います。

悪しき生活共同体になった横並び業界発想では、ある日、突然、全部が再編成になる。セーフガードで守っても、守り切れるものではない。

(注)企業が生活共同体を目指すことは正しいことです。しかしそれが、建設文化ではなく、防衛文化になると悪しき共同体になる。



改革の成功のために大切なこと

どこまでいっても顧客の立場から

顧客の立場で見れば、わが社の製品とサービスに満足していますか?この問いから始めれば、多くの、やるべきことが見つかる。でも、ここで大切なことがある。問題意識の旺盛な人は、10も20も問題を見つけて、膨大な計画書を書いて、改革しようとすることがある。
これは、失敗する改革の典型です。

実行できないのです。問題に優先付けと、順序付けをして、番号をつけ、その解決の方向を示すのがリーダシップです。リーダシップは目標の優先付けを行って方法と技術を示し、目標のために最適な人員配置をすることです。

達成感の喜びを与えることの大切さ

コツは、まず1つの問題を徹底して、原因から解決する、そこで達成感の喜びを味わう。原因からの解決とは、2度と同じ問題がおこならいように仕組みを変えることです。チームメンバー全員に、課題の達成感の喜びを与えることが大切なのです。

創造的な建設文化へのきっかけは達成感

チームや個人が達成感の喜びを味わうと、つぎの問題に取り組む時は、もうやる気と姿勢が変わります。

目がキラキラ輝いて、相手から視線をそらさなくなる。これが体質を変えるということの意味ですね。これの繰り返しでしか、体質は変わらない。自発的な動機付けがなければならない。

50点の人は70点の達成感を、70点の人は80点の達成感を、チームメンバーが相互に「自然に」喜べる評価を作るのが建設文化のリーダーです。


■私の、新聞論説の読みかた

私は、新聞を読むとき、数字やグラフに着目し、記憶するようにしています。(時々記憶ミスが起ります)数字は、真か誤りしかない。その点日経はいいですね。数字が多い。

論説や意見が含まれるものを読むときは、「これがハヤリの典型」、こうした人の論理構造と前提はどうなっているのかと、いう解読の気分です。そう読むととても興味深い。

稀にいいなと思うものがありますが、1年に数回です。外部の人の署名論説は、参考になることが多いですが。

▼でも新聞には感謝

別の面で新聞には感謝、1紙1ヶ月約5000円で、これだけの事実を自分の脚で集めることは無理。朝見るのは、朝食と同じような楽しみ。読んで文句を言うのも楽しみなのかもしれない(笑)

リーダシップ論を学ぶと、いろんな会社の行動様式や大切にしていること、そして将来が、透けて見えてきますね。

▼透けてみえると困るって・・・

就職活動中の数人の大学4年生の方からの、メールの主旨。

<リーダシップ論を読んでから、憧れていた会社の裏が透けて見える感じになって、行く気がしなくなった。御社の社風や、企業文化は?と聞くと、マガジンに書いてあるように、担当の方は答えることができない。その質問が一番困るという答えです>

「いい会社」を選ぶ方法って難しい。入社してみることしかないのです。結婚も同じでしょう。10年後にお互いがどう変わるか予測がつかない。まぁ、賭けです。(笑)
結婚も就職も、自分の責任でいい関係を作っていくものですね。

とりあえず、長期目標を聞いてみたらどうでしょう。年率30%成長の目標のところや長期目標がはっきりしているところは仕事はきついですが、すぐ責任ある仕事が回ってきます。5%目標のところは、普通は、いつまで経っても実らない苦労が多い。

長期目標をどんな手段で実現するんですか?って聞いたら、担当者は答えられるかなぁ・・・担当レベルが論理的に答え、納得できたらそこの会社は買いですね。検察官のように聞いたらダメですよ。

■今後の就職での「1つの」考え方について

会社訪問のシーズンで採用担当の人も、学生の方も忙しいでしょう。私の考え方が、1つの参考になれば、と思って示します。
あくまで「参考」です、その通りには、行動しないようにね(笑)

現場というもの

業績の上がらない現場で苦労するのもいいこと。ケース・スタディの素材になる。ゲーム感覚を持って、軽く生きることでしょう。気楽に楽観的に考えていいんじゃないかぁ。私は、いつもそんな態度です。防衛文化での気ばたらきは消耗する。建設文化が感じられ、どんどん頭を使うことができれば、やる気が出て面白くなる。

私は気に病(や)むことはしません。気に病みそうになったら、真正面から分析する。問題の根が見えると気に病むことはなくなって、解決を待つ課題になるんです。他の問題でも解法は共通。意識に乗せれば、おおかたのことは乗り越えられる。

中小企業はいい勉強の素材じゃないでしょうか。全てが見える。28才までの経験は、血と肉になる。染まってはダメ。そのためには、何かを決めて勉強を継続し、いつも、頭を働かせるんです。

ストラテジック・ビジネス・ユニット(SBU)の時代

これから組織間のネットワークは縦横になる。個々のビジネス・ユニット(独立した損益の単位)は機能を研ぎ澄ますが、規模はどんどん小さくなる。

戦略的ビジネスユニットではいろんなことができないといけない。最初から大組織に入ると、歯車であり部品です。仕事の全体が見えない。後で大組織が解体される時、困るでしょう。

仕事の全体、分業の全体を見ること。SBUとは固いコトバですが、要は中小企業化することです。下請けではなく機能を研ぎ澄ました中小企業が、対等の関係で契約。研ぎ澄ますとは同業に比べて、どこかに差別的な価値を持つこと。全部で、ではありません。

自信があるひとは、中小組織を目指してください。自信がないひとは、大組織がいいでしょう。ブランド価値で、一時は誤魔化(ごまか)せる。今後は、1つの会社で一生を過ごす人は稀になります。

日頃思っていることを、リーダシップ論の観点で、雑感風にまとめてみました。どこを見てもリーダシップのケース・スタディの格好の素材がある。今後リーダシップ理論は日本の企業改革の、根幹の方法になるはずです。

対症療法でなく、原因療法です。
人間の病も、企業の病も体質=企業文化からくる。

いかがでしたか? <雑感>、肩の力を抜いて読めたでしょうか?
まだ私の修行が足りないかなぁ・・・って思っています。
リーダシップをめぐっての第6部は、この雑感とは別に配信します。まるで1冊の本になった。アタリの感覚がある(笑)


(第7部:完結編へ続く)
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2001年5月4日臨時号:リーダシップをめぐっての雑感

ビジネス知識源:インターネット時代の経営の成功原理と原則
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執筆者:Systems Research Ltd. chief consultant吉田繁治
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copyright : Systems Research Ltd. Chief Consultant 吉田繁治