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| リーダシップをめぐって(完結編): 現在の日本企業に共通の問題を描き その解法に迫る |
こんにちは、吉田繁治です。<リーダシップをめぐって>は雑感を含めると全7回の配信です。1冊の単行本の文字数。1回はA4で17ページ、メール・マガジン配信システムでの設定リミットです。 毎回、大切なことを書き残したと思う。特にリーダシップ論では、そうした感が残るのです。とても豊穣(ほうじょう)で深いか、私の洞察力が足りないのか。 時にバッハの平均率クラヴィア曲集をかけて書く。いつもカナダの夭折(ようせつ)した天才:グレン・グールドの演奏。装置は小型のBOSE。20年いろいろ使って、たどり着いた。ピアノがキレイに聴こえるように調整。文章にピアノの音が聞こえますか? 『Leader to Leader』(ドラッカー財団:1999)という本を読んだ。米国研修の時、立ち寄った書店で見つけたものです。リーダシップ論と実践の先端を走る、執筆者達の37編のアンソロジー。英語で読むと何倍も時間がかかる。著者と対話するつもりで読めば発見がある。いい本には「徹底」がある。イマジネーションの冒険の時間です。 【繰り返し熟読のお願い】 日本企業が抱えている問題の根源と解法に取り組みます。ほとんどの人がまだ気がついていない。要は、商品単価の下落が終れば解決するとしか思ってない。認識がズレてるなぁ。熟読してください。自信があります。世界が変って見えることを目標に。ちょっと大げさ? 【本号の項目】 1.X理論とY理論で整理する 2.全体の目的と分業の有機的な結合はあるのか? 3.専門的ということ 4.企業文化の分類 5.仕事の方法と手順の変質に気がついていない 6.仕事の階級が上がることはだんだんアマチュアになること 7.ふと目にした典型的な組織問題の事例 8.根本的なことに目をむけるということ 9.信念に至るということ ■X理論とY理論で整理する マネジメント(経営)の実践の2つの大きな流れ、X理論とY理論。ご存知の方も多いでしょう。ここから整理(Organize)しましょう。 ▼X理論 X理論とは、社員は自律した責任を持てず、コミットメントつまり作業成果を約束することができないが、報酬は求めるという人間観をベースとするもの。 組織の統制を固め、現場には手順・方法・ツールを守らせ、命令で動かすというマネジメント・スタイルになる。 理由は?自己管理が必要な場や、作業を任せる場に置くと人間は怠けて成果を出せないと見ること。東洋のコトバでは「人間性悪」に立った経営技法。 日本型チェーンストアのマネジメントはこの人間観だった。自発的な動機付け、現場の自律的判断よりも、定型作業マニュアルを与えて作業統制することが、生産性を上げる組織運営とされてきた。今日も同じです。巨大な機会損失がある。 X理論では、 (1)現場作業は判断を必要としない。 (2)分業の各現場が判断したら、全体の能率が落ち、作業と商品品質のバラツキが増える。 (3)判断は、階級の上にいる管理者が行うべき、とする。 1920年代のテーラーイズム(単純作業への分業と、統制管理)に基づくものです。X理論の原型(プロトタイプ)は80年も前にできた。 ▼Y理論 Y理論はX理論を超え、現代リーダシップ論を生んだものです。 (1)人間は部品ではなく全体、自律した責任を持ち得る個人。 (2)自発的な動機で、組織や人に貢献し、自己成長することを生き甲斐にし、自発的な動機付けがあると、いい仕事をするという見方です。 動機付けにマネーや地位は必要な条件ではあるが、それがいちばん大切な動機にはならない。「自然」な人間観です。無理は続かない。 (1)軍隊のような「縦」の階級(Job Class)は生産性の障害であり、 (2)個の分業は、「専門性と必要技術」の違いを理由に、 (3)個と全体が「有機的」に「横」につながるべきとします。 ■全体の目的と分業の<有機的>な結合はあるのか? チームワークは、全体の目的と個の分業の「有機的」な統合。 この説明で、そうか、チームワークと分業の本質がわかったという人は「システム設計の本質」を知っている人です。 システム設計とは、コンピュータプログラムのことだけではない。 敷衍(ふえん)すると「目的を持たせた系」がシステム。 ▼レンガ工 あるひとが聞く。なにをしているんですか?<私はごらんの通りレンガを組んでいる> いつできます?<仕事は明日で終るけれど> 別の現場のレンガ工に聞く。なにをしているんですか?<私はごらんの通り家を建てている>、いつできます?<家ができあがるのは4週間後。このままでは、顧客納期に4日くらい遅れます> 2つの建築現場でレンガを組む作業は「外形」では変わらない。 i)自分の作業の、建築作業全体の中での意味づけ、 ii)自分の作業への動機付け、他の作業者との連動、 iii)顧客との関係=「全体目的と個人分業の関係」が違う。 レンガを組んでいると答える組織は、X理論が前提。 全体目的と個々の作業が分離し、システムとは言えない。 家を建てていると答える組織は、無意識に、Y理論がベースになっている。 全体目的と個々の作業は、相互に関連したシステム(系)。 これが、今後の組織分業でなければならないのです。 ▼レジ係り レジ係りに聞く。あなたは何をしているのか、<レジ打ち作業です> 別の会社で聞く。あなたは何をしているのか、<お客様の買物の、最終工程のお手伝いです> 2つの会社のレジ係りは同じ賃金と技術で働く。 しかし、現場で必要な無限の応用作業に、顧客に対する態度と応用サービスに、根本的な品質の違いが出る。 「会社の信念、組織の心」が出る。顧客はそこを感得する。差別的価値とは顧客は言わない。家に帰って「あそこの会社は違う」と言う。 こうしたところが、「全体の目的と分業の有機的な結合」です。 分かりにくい「有機的(Organic)」ということが、通じたでしょうか? 悪しき分業は、企業目的を消す。良質な分業は、企業の理念を発現させる。 ここまで具体的に言えば、慧眼(けいがん)なトップやマネジャーなら、読んで、居ても立ってもいられないはずでしょうね。 一体、わが社の現場は、XかYかどちらだ? なぜ、いつから、どんな理由があってそうなったのか? ▼CRMで多くが失敗する原因はどこにあるか? i)個々の分業のポジション、 ii)つまりは企業目的の全体との関係、 iii)作業と顧客との関係に、根本的な認識の違いがある。 以上のことを無視し、上から、さぁCRM(顧客との良好な関係の維持)と言っても、現場は理解できない。また上が新しいことを思いついたとしか思わないのです。自分の作業とつながらない。 指示命令と分業の壁で分かたれた現場で、わかるはずがない。 結果は、新たなCRMの部門ができる。役に立たない。CRMは「全部門が顧客中心で整列(Alignment)」しないと意味がない。 CRM専門部門が増えてコストアップになる。サービスは向上しない。増えた電話でたらい廻しになる。よく経験することですね。根本的な誤りがある。 80年代の米国でCS(顧客満足)と言い出したが、むしろ顧客サービスが低下した。なぜか分かりますか? 考えてみてください。考える価値があるはずです。 こうしたところが、個々の作業のミッションと作業品質で大きな違いが出るところです。直感では、X手法の採用企業が90%を超えるはずです。理由がなく、気がつかないままに。 ■専門的ということ ▼大きく異なる専門知識・技術の意味 専門知識や技術のイメージでは、 i)研究、教育、訓練(Training)だけで得られる共通的なものだけではなく、 ii)もっと幅広く、いい仕事をするのに必要な「現場知:Knowledge of Spot」のほうに重点がある。ここが個人領域。 ▼80年代までの米国風Specialistとその障害がわかった私の瞬間 ずっと以前(約15年前)、ニューヨークのヒルトンホテルでセフティ・ボックスのキーをなくし、フロントデスクの女性に言うと<Specialistを呼ぶから30分待て>と言われた。 スパイ映画風の、どんな頑丈な鍵でもピンで優雅にあけるスペシャリストが来るのかと期待していると、工具をぶら下げたレスラー風の黒人があらわれた。鍵にバールを当てかなづちでカンカン叩き、鍵をぶっ壊した。アメリカは何事もダイナミックで乱暴です。 あぁ、これが米国の仕事でのSpecialistの日常イメージかと納得した次第。$150くらい取られましたが、とてもいい教育を受けた気分。80年代のアメリカ社会とその障害がわかった感じを受けた。「Specialistとは特定のことだけをやる人」という意味だった。 日本語の専門と英語のSpecializeはニュアンスが異なる。日本では専門は高級というイメージがあり、高級な仕事をする人となる。 このイメージが専門家を特別な人と見なす原因。専門家とは職業の階級が上の人ということになる。現場作業は単純作業、階級が上になると高度な技術の高級な仕事で賃金が高いとなる。 しかし、私が言う「専門家」はある特定の分野、分業化された個々の仕事について、実際に役に立つ「現場知」を多く持っている人という意味です。だから組織は専門家だらけ。専門家をどう動かすか? 米国の80年代、モノを作る現場が減りサービス部門へ流れ、サービス化社会と言われた。サービス化に対して、工場の現場作業のように単純作業に分解して与えたため、サービスのレベルが低下したのです。人と接するのがサービス業の本質。サービス業では顧客は、全体を受け取る。人間は部分ではない、心を持つ全体です。 スーパーマーケットのレジの担当は、レジ作業及び接客の専門家である。マネジャーが知らないような現場技術、現場の知識、情報を持って全面的に顧客対応の仕事をしている専門家と見る必要がある。 ■企業文化の分類 前にその内容を示した、企業文化の12の分類をならべてみます。 【防衛文化の8類型】 1.消極的防衛文化 (1)承認文化 (2)伝統文化 (3)依存文化 (4)逃避文化 2.積極的防衛文化 (1)対立文化 (2)権力文化 (3)競争文化 (4)完璧文化 【建設文化の4類型】 (1)達成文化 (2)自己実現文化 (3)人間性促進文化 (4)提携文化 防衛文化は、X理論に基づいた経営(マネジメント)と作業の様態(ワークスタイル) 建設文化は、Y理論に基づいたマネジメントとワークスタイルです。これで、更にクリアになったでしょう。 リーダシップ理論では、「Y理論(人間性善説)による建設文化」でのチームワークを目標とする。「チームワーク」ということにも個別分業とはちがう、専門技術や知識を使った相互協力での分業、企業目的に向かった共同作業という意味が含まれているのです。 実際の会社の多くはY理論をベースにするものでなく、X理論で運営されている。どう考えるか? 商品やサービスは変わる。組織の形は固定する。この面では、人間は保守的です。組織をいじると大騒ぎになる。騒ぐ理由は、大切なものだとわかっているからでしょう? ビジョンに向かう最適な組織設計は、リーダーの最も大切な仕事。組織戦略と言います。組織戦略を忘れ、外形をいじる会社が多い。 【問い:答えを考えること】 (1)会社の組織の基本は、いつ、誰が、設計しましたか? (2)どんな人間観、仕事観、顧客観に基づくものですか? (3)なぜ、その組織の形をとっているのですか? (4)そのままで、いいのですか? ■現場の仕事の方法と手順の変質に気がついていない ▼見えていない仕事の変化 現場作業の目的や最終成果の外形は、以前と特に変わってはいない。 昔から営業は販売目的で電話をし歩き回るし、調理士は素材を選び帳場で料理を作る。プログラマはコーディングをする。 しかし必要な情報の量、知識の質が大きく変わった。作業に取りかかる前に、または作業工程で多くの判断事項が含まれるように変わったのです。プログラマも自律的なクリエータでなければならない。 作業の見える外形が変わっていないため、過去のマネジメント手法、つまり指示と命令と分業で動かせると考えている。それは、商品種類が少なく、単純な商品の時代の物語だった。 ▼認識の間違い 認識の間違いがある。現場では単純作業を、同時に一勢に行うことはなくなっている。現場を観察すると、ある時間では一人一人が異なった情報を使って考え、個々に判断し違った作業をしている。 作業の外見は定型的に見える。内容は、マネジャーが一律に命令して動かせるような現場ではなくなっている。 部下とマネジャーが1対1で話し合うことが増えている。なぜそうなるのか? 一律の命令や指示では、仕事ができないからです。更にそれはなぜか? 個々人が作業上で直面している問題、成果目標、作業方法・内容・技術が異なるからでしょう。事実上、個人に任せている。無管理です。しかし、形式では管理していると思っている。なぜなら、今日も部下は私の命令を聞く。本当に聞いているのか? 昔の量産工場のような100人が並んで一勢に同じ単純作業をやる現場は中国です。そして、中国並の30分の1の賃金しか得られない。 管理を考える頭は、30年も前からの惰性で、現場作業は機械的に処理できると考える。知的堕落です。 ダイエーの創業者中内氏は2000年に言った。コンピュータがあれば人はいらない。私は、これがもし心底からのコトバなら、このひとはもう救いようがないと思った。 あらゆるところで、類似のコトバが発せられている。 ▼現場から見る組織:上から見る組織 現場にいると、中小組織でもピラミッド階級、上や他の部署に意見は言えない雰囲気。現場からは組織の壁、分業の壁は厚く見える。 ところが組織の上から見ると、分業の壁、階級のカーテンは見えない。顧客に直面する現場が、本当のところ何に悩んでいるか、何が問題なのか見えない。 いや、現場は実は悩んでいない。自分の責任ではないと思っているから。仕事がそう与えられているのです。 ■仕事の階級が上がることは、だんだんアマチュアになること 多くの会社で、根本的な認識の誤りがある。以下描きます。注意深く、「素直に」読んでください。防衛文化で拒否的に読むのではなく。 ▼昇進ということ 階級が上になると、判断の権限が増え、サラリーマンとしては成功。 自分は「プロ」として評価されたから、課長や部長になった、役員に迎えられた、部下も増えた、だから給料も上がったと満足する。 プロになった? とんでもない。ここに大きな錯覚があるのです。ピラミッド組織で、仕事の階級が上になるということは、管理する部署、部門、現場、人員が増えることでしょう。 ▼変質した現場作業 上の立場から、50人の現場の仕事の全部の内容を、把握できるか? そもそも、あなたは自分が管理を行い、命令ができる部門の個人作業全部のエキスパートであるのか。そんな人はいない。現場作業が数種しかなく、定型作業・単純作業だった時代は、現場作業の細部まで把握できていたかも知れない。 製品やサービスが単純だった1960年代までのことです。 ▼現場の作業生産性があがるということ 1970年代以降、成功した組織・成長した会社は、どの部門でも違うはずです。現場作業は、個々人で異なり、専門的な技術と知識、多くの現場知が必要なものに変わっているはずです。 もしそうなっていないとすれば人的生産性が上がっているはずがない。利益が出ない組織・部門・部署・作業になっている。究極は中国の賃金レベルに落ちるしかない。そこへ向かうのが経済の原理です。 管理の範囲が広がって、その頂点にいる管理職は、各現場作業ではアマチュアになっている。そのアマチュアが、現場に対して的確な指示、命令、教育、訓練ができるのか? できるわけがないでしょう。 ここに、ある日から組織の生産性の上昇が低下し、利益が消える根がある。 上からの命令や指示が、現場が直面している問題、必要な技術・手順変更・単位作業から見ると空回りし上滑りしたものになる。 ▼昇進すると、管理すべき現場のアマチュアになると認識せよ 上に立つものは気がつかない。多くの部下の、個人の仕事内容については、アマチュアになっているからです。アマチュアは気がつかない。 問題に直面した現場はそれを言わない。問題は、隠す。現場は自分の責任じゃないと考える。膨大な損失がある。今日も明日も続く。 部下は上からの訓示を聞く。礼儀上、忠誠の態度を示す。部長はなにもわかってないといえば、不利益を受ける。成功談を心では違うと思いながらも拝聴する態度で。部長は訓告を与えて、気がついてよかったと満足する。 明日から働きが変わるだろう。しかし業績は低下する。 上に立つものは、自分は現場のアマチュアになっていると認識しなければならない。そうわかれば現場を命令や訓示で動かすのは、論理的に無理だということになる。無理なことを、気がつかずやっている。 顧客は分業を買うのでない。分業の組み合わせ、具体物になった全体(商品+サービス)を買う。誰が、その全体に責任をもてるか? ▼米国では、90年代に、ここに気がついた そうすると「命令―統制型組織」ではない。現場を専門家として尊重する「リーダシップ―チームワーク型組織」への移行が、生産性上昇のためには、必然だとなる。こうしたシステム思考は米国人は得意です。日本人は個々に見る。米国人の超エリートには、少数ですが、全体システムの観点から考える人がいる。 米国で生まれた現代組織論、リーダシップ理論は、80年代までの停滞の反省に立っている。リーダシップ論はハヤリではない。 21世紀の新しい経済と仕事に向かう、必然です。 この国では、またもリーダシップ論に飛びついた。深い理解はない。 導入に失敗し、逆に、組織を混乱させる。はっきり見える。 ■ふと目にした典型的な組織問題 ▼危機で綱渡りの、リストラ途上の風景 ダイエーの新任の高木社長、平山副社長を囲む店舗全員ミーティングがNHKスペシャルで放映された。沖縄の店舗の、婦人服の売場担当の一人の女性が、思いつめたように勇気を奮(ふる)って発言した。 映像は、編集で意図されたもの以外の、細部と全体を写す。いろんなものが見える。 <本部から来る商品リストは、夏が早い沖縄では季節はずれが多く、現場では全く使えないんです。どうなっているんでしょう> 髭をたくわえた平山副社長は、ひな壇から答えた。 <今まで、あまりに金太郎アメでやってきた、それを直さなければダイエー再生はない。話し合いができなければならない> 各社に共通の象徴的な現象に思える。本部と現場の関係を含め、管理システムの現代対応ができていない。 顧客に直面する現場は、ダメなことをある程度はわかっている。しかし商品リストは本部が決める。現場がバラバラになれば、個店経営と変わらなくなる。大規模チェーンのメリットはでない。 統一性を保ちながら、顧客と現場の変化に適合するにはどうしたらいいか、この方法が確立されていない。本質は、商品や価格問題でなく、X理論の組織の古さにある。商品と価格は結果です。 平山副社長は、<現場が発言できるようにすることから始めよう>と言った。チェーンストアでは、本部が全てを決め、店舗現場は人間ではなく部品だった。組織は軍隊。10年でダイエーが小売業ナンバーワンに昇りつめた1973年ではない。30年も経った21世紀です。 ▼作業の変質があっても、変わっていないマネジメントスタイル 必要な現場作業の内容が、至るところで、根本から変わっている。 変わっていなければ、生産性の上昇はない。早晩、中国に負ける。 しかし、本部も現場も、マネジメント体制とワークスタイルの根幹が、30年も変わっていない。ダイエーの例を象徴的に取り上げましたが、各社に共通な問題のはずです。さて、わが社は? ▼全体目的に添う、現場の自律的判断 現場が、個々人が、大量の情報を使って、「自律的な判断」を行いながら、しかも大組織としての統一性、及び規模の利益を獲得しなければならない。現場は本部からの一律の指示では、最適に動けない。 そのマネジメントの方法として、1990年代に研究開発されたのが、「米国発のリーダシップ理論」だと気がついているかどうか。 おそらく、違うでしょうね。 手法と価値観がもう古いのです。いろいろあるが、要は価格と粗利益、コンピュータシステムの問題だという認識しかない。違う。 次は、リーダシップに必要な、「信頼と信念」を解きます。 ■根本的なことに目をむけるということ 『Leader to Leader』の中から紹介します。 マックス・デ・プリーはオフィス家具の一流メーカー:ハーマン・ミラー社(ミシガン州)の名誉会長、リーダシップ経営の優れた実践で著名な人です。リーダシップの本質に目覚めたtouchingな体験。 ▼出会った看護婦がメンター(Mentor:導師)だった 孫(名前がズー)が危険な早産で生まれた。産院に行くと集中治療室にはいっている。安心できる状態ではない。どうしたらいいか戸惑っていると、係りのルースという看護婦がアドバイスをくれた。 <どうか、来る日も来る日も、病院に来て下さい・・・来たら彼女の身体と脚を、あなたの指で擦(さす)って、その間中、自分にとって、どんなにズーのことが大切で愛しているか、言い続けてください。ズーはあなたの声のトーンと、指でのタッチを結びつけるんです> デ・プリーは、ルースからズーの扱い方だけではなく、このとき<リーダーに最も必要なことが何であるかの、この世で得られる最高の導き>を受けたと語っている。 もう1度をゆっくり、かみしめて読んでください。心が伝わるはずです。(日本の産院では新生児を触らせないでしょうね) これはきっと伝わる。リーダーに必要な、コミュニケーションの核心。 いや人間として必要な、最も大切なことかもしれない。 ああこれか・・・とわかった価値は100万両(この表現は古いか) ▼信頼が生まれる根源 方向付けをし、メンバーを成功に導くリーダーに根本的に大切なことはチームメンバーからの「信頼」です。 信頼がなければ、どんなに素晴らしい内容のことでも、空回りして、効果が消える。チームメンバーからの信頼は、相手が自分にとってかけがえのない大切な個人だと伝えることからのみ得られる。 この信頼感はどこから生まれるものか? 最も大切なものが、メンバー個々人が、リーダーから「大きな愛情を受けている」という感覚でしょう。看護婦が、デ・プリーに教えたように。 そのためには、発言するときの自分の声の調子・使う言葉と、全体的なタッチが、メンバーにとって調和して結びつくように努めなければならない。人間は、その全体を、瞬時に受けとる。 なるほど、こうなると、外形のコミュニケーションのテクニックを超えるなぁって。われわれは仕事上でも、こうした「全体の印象」が、部下やメンバー、人を、顧客を動かすことを知っているはずです。そうしたものを「心」とあらわす。 リーダーに必須のコミュニケーションのCommunicationは、「共通のものを作る」ということから発している。態度と言葉によって共通の価値観に立っていることを示す。その共通の価値観が、コミュニケーションが成立して、言葉が意味をもつための条件です。 ▼ある体験 多民族・多文化の国に生活する米国人は、コミュニケーションに配慮する。根の文化が違う人達が、一緒の目的で、仕事をする。 日本人は、米国人のコミュニケーション技法を学ぶ必要がある。日本人は、人間なら価値観が同じであると前提する。米国人は、人間はみんな価値観が違うという前提から、出発する。 米国人が、本能的に、見知らぬ人でも目が合うと微笑む理由は、敵意がないことを表現する幼いころからの文化からです。日本人の男は、あの女性は自分に気があるのではないかと誤解する人がいる。まるで見当違い。実は、私も最初はそう思った。(笑) 【ふと目にしたこと】 ノースカロライナ州の学園都市、ラーレーの郊外物流センターを訪問した。倉庫管理システムのソフトを提供していた会社の、一緒に行った社長は、受付の女性と顔を合わせると、肩を抱いて背中をさすり、再会を心から喜んでいるということを、態度とタッチで示した。 それを見て、私はびっくりした。 日本の会社では見ることができない風景。円熟した社長は、相手を自分にとって大切なものだと表現するコミュニケーションの本質を、自己訓練し、勉強していたんです。リーダーの条件。 看護婦がデ・プリーに教えた赤ちゃんへの接し方と同じです。米国人のエリートにはリーダシップを深く学んでいる人がいます。 私も、早速この方法を取ろうとは思いました。しかし、もし訪問した会社の受付け嬢に、思いつめたように抱きついて、何かを耳元でささやいたら警備を呼ばれる。握手が限界でしょう。それもだめか。じゃ、目を合わせた微笑み。でも、どうやって、コトバをかけるんだろう(笑) 文化が違えば、表現技法は異なる。本質は同じでしょう。 【リーダーの第1条件】 リーダーの第1条件: メンバーに愛情をもって接することができるか。人は愛情で育つ。みんな心の奥ではわかっているはずです。 愛情とは? 「チームメンバー個々を自分(リーダー)にとってかけがえのない人」だと思えるかどうか、でしょう。知や技術にはしる人が忘れているもっとも大切なことです。社員は、それを瞬間に知る。子供が親を知るように。 名コーチとは、まず選手の個性を深い愛情をもって見守れる人です。選手がそれを感じると、自発的なやる気を起こし、苦しい訓練に耐え、誰もが持つ才能を開花させる。 技術は、その後に来る。人は、期待に応えることができる。 誰もが持つ才能とは「努力する才」です。 【他人を尊重すること】 甘いコトバをかける? そうではない。相手が自分にとってかけがえのない大切な人であるということを、日々の言動、態度でメンバーに伝えることができなければ、信頼感は得られないということです。子供の成長や成功を心から願う、親のような態度と、願いです。 われわれは父母をどこまでも信頼する。なぜか? 両親にとって自分が、かけがえがなく大切な取替えのきかない個人であるということを知っているからです。多くの人は父や母になれる。皆がリーダーの資質を備えている。親が子供の成長を見る目、これがリーダーの根幹。 ここまでくると、単純でクリアになったでしょう? 【悪しき機能論に陥って人間不信になった経営論】 過去の経営論は、ここに、気がついていない。根本で、人を強制で動かせる部品や機能と見た。リーダシップ理論は、20世紀の人間部品論・機械論が行きついたところで21世紀へ向かって生まれた。 テクニックや流行の学説で世間を見て、表面上の現象を見ている。過去も将来も変わらないこと、当たり前のこと、誰もその一言を言われれば、ハッと気がつくこと、ここに早く立ち戻ることです。 失われた人の心を取り戻すこと。私には、21世紀は、紆余曲折(うよきょくせつ)を経ながらも、いい世界に向かいそうだという予感があります。世界は進歩している。組織運営は、乱暴で遅れている。 ■信念に至るということ リーダーの資質で、「信頼を得ること:Credibility」のほかに、もうひとつ、根本的に大切なものがある。それが「信念」です。外部世界の変化に翻弄(ほんろう)されず、信念を貫いて、外部に変化を引き起こす。信念は周囲を、強制ではなく内発的に動かす。 他が起こした変化を追えば、二流でしかない。 一流は、変化を引き起こす。 変化は、周囲を、社員を、顧客を動かす信念から生まれる。企業の、社会での存在理由の核(Core)をつくるのがこの信念です。 そうすると本質的に重要なものはこの「信念」ということになる。 約30年前、団塊の世代は学生紛争を起こした。その後、沈黙し、会社の中核を形成する世代になった。理は利に変わった。 信念や理が語られることはなくなった。ここ30年くらい日本人は、世界でも特殊だったのではないかと思う。マネーや地位や権力が、全てを決めると「漠然と」思っている。 仕事はテクニックだ、目的はお金、それ以外に、なにがある? 本当にそれだけか?団塊の世代は今50歳を越えた。彼らは、また黙して、退職後の生活準備にはいっている。 仕事上の信念とはなにか? これが、わからなくなっている。 あなたの信念は?あなたの会社の長期の信念・理念は?と問われても、普通はその中味を持たない。 信念がないトップやマネジャーは、変化にもてあそばれ、右に左に揺れる。揺れれば信頼は得られない。人はマネーや権力で強制的に動かすこともできるが、それは自発的なものではない。チームメンバーを社員を内発的に動かすのは、信念です。繰り返される「生き残り」というコトバは、信念ではない。 著名コンサルタントは言った。<時流適合である。時流は常に変わる。だからトップが行うべきは、朝令暮改(ちょうれいぼかい)だ> ご都合主義と言う。言葉だけがあって、中味に意味がないソフィスト風の修辞学。ある大手会社のトップはこれを聞いて我が意を得たりと膝を叩いた。その会社は、今は潰れる寸前になった。 右へ左へ揺れた「防衛文化」で経営資源を食いつぶした。防衛文化と建設文化の違いを深く知っていたら、こうはならなかったかもっしれない。でももう遅い。事業には「時期」というものがある。 朝令暮改には、前に解説した英語の<Try and Error>のような深い意味はない。この国では、今、低レベルのメッセージが多い。 ▼信念が生まれる共通プロセス リーダシップに必要な「信念」とは?信念はどうやってできるのか。もともと、信念に至る方法なんか、あるのか? トム・ピーターズ・グループの会長、ジェームス・M・クーゼスは言う。美術館でクーゼス夫妻が絵を鑑賞したあと、一緒に行った友人の画家がポツリとつぶやいた。 <画家は3つの時期を経験する。最初は、外部の景色を懸命に写す。次は、自分の内部世界を描く。第3の時期は、外部世界と内部世界が統合されて、真に個性的なユニークなものになっていく> このとき、リーダシップに必要な信念と、個性(Identity)に至るプロセスも同じではないかとクーゼスは啓示を受けたと言う。 【ビジネスでの信念が生まれる共通プロセス】 <最初は、過去の偉人、優れた仕事、大きな仕事をした人の本を読んだり、多くのセミナーに出たり、スピーチを聞く。画家が外部の景色を描く修行時代と同じである。この時期に、基本や原則、ツール(戦略)、技術を学ぶ。その時は不器用で成功より失敗が多い。次第にスピーチがうまくなり、ミーティングでのふるまいもスマートになる。そして、社員をうまくほめることができるようになる> <次は、こうした外形的なことがつまらなく思える時期がくる。自分のスピーチは型にはまっているしミーティングもうんざりする内容。ある日、自分のしゃべる言葉が、自分のものではないことに気がついて愕然(がくぜん)とする。自分の心からでてきたものではない。みんな借り物とマネだ> <この瞬間はこわい。いままでやってきたすべてのことが、一体なんだったか、無意味に思える、とても苦しい時期。しかしこれが大切な瞬間> <ここから、自分の内部からくる本当にやりたいこと、他人のマネではないこと、技術を超えるものを求める。自分のアイデンティティに立ちかえり、自己表現が始まる。画家が内部世界を描く時期。それを通じて、次の時期は、真に個性的なものの表現になる。これが信念に至った時である> 「外部世界の学習⇒自分の内部世界へ⇒外部世界と内部世界の統合」のプロセス。この共通プロセスを経て、信念が生まれる。最初はチームメンバーを、つぎに顧客を、そして社会を動かすうねりになり大きな変化を作っていく。 どんな変化でも、誰かが先頭に立って作る。誰にとっても、1度きりの人生。信念と合一した個性に至ること。そこで仕事と人生の意味が決まるはずです。変化に翻弄されれば、残るのは生き残りの消耗。 消耗で、生き残れるのか? お疲れさま、<リーダシップをめぐって>の第7部、完結編。 でも、まだ、書き足りない・・・ ■主要参考文献 『大逆転のリーダシップ理論』藤原直哉著:三五館:2001年 『Leader to Leader 』ドラッカー財団編:1999年 『ビジョナリーカンパニー』ジェームス・C・コリンズ、ジェリー・I・ポラス共著:山岡洋一訳:日経BP出版センター:1997年 ▼クールナレッジ掲示板(BBS)で意見や感想の投稿 http://cgi.members.interq.or.jp/venus/yoshida/BBS/light.cgi ▼吉田繁治へのご意見、ご感想、連絡 yoshida@cool-knowledge.com 本マガジンの知人、友人、同僚、取引先への転送は自由です。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 2001年5月7日号:リーダシップをめぐって:その第6部 ビジネス知識源:インターネット時代の経営の成功原理と原則 良質な経営・IT・ビジネス知識の提供を目標に http://www.cool-knowledge.com 執筆者:Systems Research Ltd. chief consultant吉田繁治 感想・意見・連絡は⇒ yoshida@cool-knowledge.com ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ |
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