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鋭利なメスをもつ精神分析医:カルロス・ゴーン(第1部)
  日産の改革に向かうカルロス・ゴーンの手法を解析
        
              企業の構造改革に、共通な方法
※友人、知人、同僚、部下、上司、取引先への転送は自由です。
<知識のこころ>のプレゼントになれば、幸せです。


2001年6月4日(Vol.50)<50号記念>:経営分野
        鋭利なメスをもつ精神分析医:カルロス・ゴーン(1)

ビジネス知識源:良質な経営・IT・ビジネス知識の提供を目標に

  Systems Research Ltd. chief consultant吉田繁治
著者へのひとことメール⇒  yoshida@cool-knowledge.com


こんにちは、吉田繁治です。今回のシリーズは<50号記念>です。

瀕死(ひんし)の日産自動車を、約束通り、01年3月期に黒字化させ、世界の産業界に衝撃を与えた「カルロス・ゴーンの改革手法」を考察します。難しい?大丈夫です。ゴーンがやったのは、単純化です。

なぜ5回にわたって「東電OL渡邊泰子のアイデンティティの構造」を分析したか、その理由もわかるはずです。もう、ここで分かった人は凄い、洞察力に拍手!(読みながら、考えてくださいね)

まだ気がついている人はすくないけれど、今後の企業のキーワードは「ブランド・アイデンティティ」。単にブランドではない。「ブランド・アイデンティティ」とは企業の自己実現です。

さて、50号はメルマガ開始からの半年間での記念号です。


<Vol.50記念>鋭利なメスをもつ精神分析医:カルロス・ゴーン(1)

■目次
<項目から、内容を想像する3分間>

1.視点と、理解のためのガイド
2.桟橋が燃えていた
3.焦燥で自分を追い詰めた歴史
4.カルロス・ゴーンの最初の選択の理由を考察
5.日産リバイバル・プランの内容:部門横断チーム
6.リバイバル・プランの社会的な影響   (第2部へ続く)


■要約
<インテリジェンスの3分:要約からの内容の読み取りを>

日産の危機を救ったカルロス・ゴーンの施策は、特殊なものではない。改革を断固としてやった。その断固さに非凡がある。企業の危機を救うリーダシップの見本としてケース・スタディができます。

ゴーンは明晰で、論理的です。着任当初のスピーチを見ると、発想方法、表現方法、問題認識が分かる。<桟橋(さんばし)が燃えていた。一刻の猶予もできなかった>

日産は、販売力と釣り合わない過剰な生産設備を抱えていた。みんな、それを知っていた。みんな、何もしなかった。部分最適で一所懸命に、振りかかった火の粉を払う対処を行っていた。縦割り組織のセクショナリズム。全体不適があった。

ゴーンは1999年5月に着任し、組織の上から下まで数百人と徹底して話し合いを持つ。わずか5ヶ月後にリバイバルプランの発表を行う。<2年で黒字にできなければ、私と役員全員は会社を去る>、断固たるコミットメントに、日本の産業界とマスコミは衝撃を受けた。

ゴーンは言った。<本来なら、会社のために自分が何をすべきか考えるところを、他人が何をすべきかを語ることに、時間を費やしている。これでは、企業に死があるのみです>
               (vol.50 summing up)


<さぁ、ここから一緒に「知」のジャーニーへ>

1.視点と、理解のためのガイド

日産のリバイバルプランは、6兆円、15万人社員の巨大グローバル企業の、一世一代の改革のモデルと言えるものです。

【主語の置き換え】
「日産」の主語を日本に、GMSに、金融機関に、建築に、農業に、そしてわが社に置きかえれば、そのまま再生プランとストーリーになる。そのつもりで書きます。

ゴーンに関して書かれている記事の主要なものに目を通しました。
どうも、部分的な視点で、浅い印象を否めないなかった。

私の関心は、誰もができなかったことを、突然乗りこんだブラジル出身の、当時45歳のゴーンが「わずか1年」でできたのか、そこにあります。ここで彼は、実は「精神分析」の手法を使うのです。

日産は1996年のかすかな黒字を除き、1992年から7年も赤字を続けた。2000年3月期の赤字6843億円(連結売上は5兆9770億円)という、わが国事業会社で最大の赤字額です。これが、2001年は3316億円の黒字に転化した。

産業史上で最大規模の利益回復は、目の前で起こった。

一体、なにが起こった? 劇的な回復(revive)が(1)どんな手法で、(2)どんな意志でできたのか?

2001年は日本企業の10年も遅れた「構造改革」を始める時期。ゴーンは、鮮やかな先覚者になる。日本企業が直面する共通問題の解法がここにある。苦吟するGMS、金融、建設も同じ。

大切なことは、この視点です。
(1)業種は違っても、改革手法は同じである。
(2)製造、GMSを含む小売、卸でも共通である。
(3)企業規模が1億円であれ、5兆円であれ手法は共通である

ブラジル生まれレバノン系フランス人ゴーンがとった方法は、(1)オーソドックス、(2)普遍的、(3)当たり前のことです。やらなければならないこと決め、それを果敢にやった。

大改革は、一挙に、断行しなければ成功しない。2001年の3月〜4月に7回に渡って示した「新しいリーダシップ理論」に照らしても、格好のケース・スタディになります。

■2.桟橋が燃えていた

全体イメージを作るために最初に日産の業績の概要を示します。

         1991年    1998年
(1)世界シェア  6.6%  ⇒   4.9%  (―26%)
(2)国内シェア 17.8%   ⇒  13.3%  (―26%)
(3)生産台数  308万台  ⇒ 246万台 (―62万台)
               ※シェアは、軽自動車を含む。

【借入金】
1989年に1兆2000億円だった有利子負債は、1998年では2兆4000億円に倍増。赤字を借金で埋めた。改革はなんら進まなかった。あとは、落城、M&Aの日を待つのみと見られていた。

状況

ゴーンは、サンパウロ大学卒業後、フランスのエリートが集まるポリテクニックで学び、タイヤのミシュランを経て、ルノーの副社長になった。明晰なコトバの使い手。明晰なコトバ、論理的なコトバは異文化が混在するグローバル経営で必須です。

ゴーンが行った講演の趣旨を示します。

桟橋が燃えている】
<当時の状況を説明します。海に突き出した桟橋が燃えていると想像してください。そこにしか板がないのですが、火がついている。足元が燃えている。このままでは、溺れてしまう。しかし、どうしたらいいかわからない。日産は、足元ががんがん燃えていたのです>

映像を喚起し、同時に、行動を促す言語。何を表現しているか?桟橋が燃えている状態を止めない限り、全員の安全が保証されないということ。緊急事態であること。導入部での効果を狙った言語です。

26年間のシェア低下】
<数字を見ても、国内のマーケットシェアが26年間、減少を続けていました。企業の生み出す利益を見ている人は、そうはいません。しかし、社内の誰もがマーケットシェアには注視しています。社員一人のこらず毎月の国内販売高、そしてマーケットシェアを見ているわけです>

士気:心理】
<26年間、日産の社員は、マーケットシェアが下がりつづけるのを見てきた。社員の気持ちがどうなっていたか。社内の雰囲気がどうなっていたか? ご想像がつくと思います。世界的にもマーケットシェアは10年連続して下落しておりました。'98年末には2兆円以上の債務も累積していました>

35年前、プリンス自動車と日産が合併したころ、1位のトヨタとの差はシェアで2ポイントに迫った。しかし1976年の石原時代から、国内シェアが低下しはじめた。それで26年間。技術のニッサンと言われながら、シェアはトヨタの半分以下になり、新興のホンダにも抜かれ、3番手になっていった。

根を張った部門最適の企業文化】
26年間という期間、22歳で入社した人が48歳になる。その間、シェアの低下で負け続けた人や会社が、どんな心理状態であるか。想像できますか? (俗には「負け癖」がついて抜けない状態)

(1)「現実の全体」をまともに見なくなり、(一部のみを見る)
(2)部門セクショナリズムの、自己正当化をおこなう。
個人の「自己正当化」と同じこころの構造です。組織は個人のこころを写す。改革のCOOは、精神分析医でもなければならない。

日産の企業文化は「部門最適」であった。ゴールドラット用語で「部分最適」と言っても同じ。購買、製造、販売が、それぞれ自己を正当化。われわれがやっていることは正しい。悪いのは他の部門だ、他の人だ。だれも「トヨタや新興のホンダに負けた全体」つまり「現実」を見たくない。悪しき巨大組織の分業。

<セクショナリズムの最大の問題は、だれもが自分こそが正しいと信じていることです。だれもがいい気分でいるということです>
ゴーンが使うのは精神分析用語、彼は「組織の精神分析医」

10年の赤字】
<10年にわたって黒字が出なかった、あるいは出たとしても大したものではありませんでした。足元は燃えていた。社員全員、何かが変わらなければいけない、このままでは、会社の存続が難しいことが分かっていた>

根の部分で、存続が難しいと分かっている会社に勤務する社員。今、日本全体に、建設・土木、金融、保険、小売、卸、製造に、こうした会社が山のようにある。「こころの平静」を保つには、自分の目を誤魔化す。トップ以下全員が、目先の短期的な対処策を続ける。
「それしか、方法がないじゃないか・・・」

ルノー(1999年に日産へ36.8%の出資)からゴーンが乗りこんだとき、マスコミと産業界は、異口同音に、<フランスの2流自動車会社に、なにができる?>と言った。今は称賛、とても軽い。マスコミの悪癖。知的能力の衰退です。

迫られる改善】
<少しでも改善するためには、大きな変化が必要かつ重要です。多くの兆候が表れていたわけですから、社内で何かが変わらなくてはならないというのははっきりしていた。工場の作業員は、私がはじめて訪問した際に、機器の50%以上が稼動できない状態を気に掛けていました。このことだけをとっても、何か問題があるということは工場の人たちは分かっていました>

工場の稼動率がなんと50%!!、誰(だれ)が見ても生産部門が過剰であることは明白。工場もそれを知っている。しかし誰も手をつけない。恐るべき事態。これでは、潰(つぶ)れるのが当然です。

開発の弱さ:資金の枯渇】
<一方で、商品に関して、開発すべきであったものが開発されていなかった。資金が整っていなかったわけです。リサーチプログラムも実行すべきものがされていなかった>

開発プログラムはあるが、実行されない。資金枯渇で実行できない。

目先の対処】
<経営者が当面のサバイバルだけに疲れていた、将来のことは考えられなかった。長期的なビジョンが必要なのはどの企業でも同じです>

企業の最終段階は、怠けるのではない。必死に働く。しかし振りかかった火の粉を払うだけになる。部分で一所懸命になる。活動の成果が無駄になる。明日を考えれば悲観になる。意識して未来を見ない、語らない。人間心理です。死が迫ったときは死という現実、将来を見ない。代わりに、過去を見る。

冷静な、現実の診断】
<足元が燃えていて、このままでは溺れることはわかっていました。当然、明確な目標を立てなければいけないのですが、その前に診断が必要です。なぜ我々の足元がこんなに燃えているのかということです。なぜこういう状態になっているのか「診断」し、理解しなければ将来の準備が何もできないのです>

原因を明確にすること。多くの原因を、絞ること、つまり「会社の全体」を見て、最も根幹的な原因を見つけることです。

建設的な目】
<そこで我々は目標を立てました。建設的に厳しい目で現状の批判をし、目標を立ててきました。結局わかったことは、かつて我々は充分に動機付けをせず、利益に焦点を当てず、顧客志向でもなかったということです。また、国境を超える考え方をしていなかった。社内的ヒエラルキーに縛られていた。行動しなければいけないという切迫感が欠けていた。長期的な視野もなく、日産の将来も深く考えていなかったのです>

仕事に動機付けがない、利益に焦点が当たってない、顧客志向がない、グローバルに考えない、官僚主義で行動する、切迫感もない、26年も停滞が続き、目先の生き残り(Survive)だけを続ければ誰でもそうなる。まとめれば「建設文化」が消えた「防衛文化」
(⇒<リーダシップをめぐって>:7部作)
http://www.cool-knowledge.com/0418leadership(1).html

売上6兆円の巨大企業。グループ企業と関連産業を含めれば、世界で78万人が働く。家族を含めれば200万人。どうやって動かし、再生(Revive)させるか? 一人でできるのか? 明晰な言語の異邦人、ゴーンは取り組んだ。1個人の知の力は巨大です。

岐路でのリーダーの選択:ゴールの設定と、ゴールへの集中

カルロス・ゴーンの判断は、現在の利益を確保できなければ、長期の戦略には誰もついてこないということだった。長期の戦略も、無駄な絵に描いた餅(もち)になる。これが、彼の選択。普通、ここで間違える。
巨大企業ほど、対策は単純であることが必要なのです。

緊急策は、あれやこれやをやってはならない。日産に今最も必要な、「利益」が確保できるということを全力でやって、そこから再生(revive)を図るべきだとした。
彼はリーダシップ理論で重要なキーワード<ゴール>を使っている。

<利益を生まなければ、何も始まらない。私は、特別なイデオロギーを持ち、別のモデルを引っさげてきた闖入(ちんにゅう)者ではありません。目的は、周りの人々とともに、何かをつくりあげることです。やってはいけないのは、ゴールを見ないまま、自分が今していることに集中してしまうことです:ゴーン:船橋洋一のインタビュー>

最終目的は、日産に「建設的文化」を甦(よみがえ)らせること、これが自分に与えた使命。そのために必要な緊急の手段が、利益を出すこと。ゴーンはそう考えた。

<ゴールを見ないまま、自分がいまやっていることに集中する>、これが日産グループ15万人の、病の原因に見えた。プランのゴール、到達点、これを明確に設定すること。

岐路における、リーダーによる選択の重要性。ここで間違えると、全(すべ)ての対策が、水泡に帰す。「症状」を原因に遡(さかのぼ)って診断しなければならない。ゴーンの診断と選択は、正しかった。
じゃどんな方法で、ここに達したのか? そこを見る必要がある。

その前に、日産がどうしてここまで追い詰められていたのか、その歴史を、かいつまんで見てみましょう。アウトラインです。


3.焦燥で自分を追い詰めた歴史

プリンス自動車との合併】
1966年にプリンス自動車と合併し、トヨタのシェアに数ポイントに迫った。「栄光の日産の自己実現」ができそうと思えた瞬間、1976年の石原社長時代から、国内シェアの低下が始まった。

技術の日産、販売のトヨタ】
トヨタは、販売の神様といわれた神谷正太郎が、地場の有力者を組織化し、強い販売網を築いていた。「1にユーザー、2にディーラー、3にメーカー」。つまりユーザーを独立変数として他を従属変数にする方針=SCM。日産の販売店も、次第にトヨタに流れた。国内の足が、弱くなった。

販売力の伴わない車種拡大競争】
<技術のニッサン>にアイデンティティをもつ日産は、トヨタと「車種拡大競争」を行った。当然、トヨタより1車種当たりの生産・販売量は少ない。販売現場では値引きが横行。過剰生産で、利益とブランド力の両方が低下する。販売店は、赤字にあえぐ。変数の順が逆だった。

最終需要からの「引っ張り型生産:SCM」で無駄のないトヨタと、「プッシュ型」の日産には、埋めようのない収益格差がついた。

海外展開に活路を求める:石原時代】
石原はトヨタに対抗するために、1980年代に海外展開(現在、日産の販売の50%は海外)で先行しようとした。結果は思うように行かなかった。国内で成功した後の海外進出は成功する。国内で逃げて、海外進出では、手法に「失敗の構造」が組みこまれる。石原はこれに気がつかなかった。つまり、本当の現実をみなかった。

新車開発への注力:久米時代】
つぎの久米は、開発に目をつけた。新車開発で担当者に権限を与え、新機種開発に奔走させた。1988年にシーマ、セフィーロ、シルビアが売れ、史上最高益を確保。時は、あぶく銭消費期だった。

急速な業績回復で、久米は九州第2工場を含む最新鋭の投資を行い、多角化のための不動産投資をやった。それは、バブル崩壊とともに抱えきれない過剰設備として残った。この悪乗りから「転落」が始まる。

赤字の構造化:辻時代
1992年に、久米は辻に後を譲った。国内販売の落ちこみ、過剰な生産設備、無駄な多角化投資の結果、7年の赤字に転落。1992年の1兆2000億円の有利子負債は、1998年には2兆4000億に膨らむ。93年2月の座間工場の閉鎖、5000人のリストラで追いつくような赤字規模ではなかった。赤字の構造化です。

資金繰り難:塙時代】
1996年に辻の後を継いで、塙(はなわ)義一が社長に就任。出遅れていたRVの開発を行い、20%まで落ちこんだシェアの奪回を目指した。

しかし環境は金融危機、資金は返済を迫られ、資金繰りが悪化、資金ショートのギリギリの時点でルノーに助けを求めた。塙は、ルノーの副社長「コスト・カッター」と言われていた弱冠45歳の、レバノン人カルロス・ゴーンを招聘(しょうへい)した。

生産力が過剰で、販売力が釣り合わず、ブランド力が低下、社内は各部署が部門最適。怠けてはない。部門の枠のなかで一所懸命。「根の焦燥」を隠すための、表面の勤勉。哀(かな)しい労働の儀式。

<セクショナリズムの最大の問題は、だれもが、自分こそが正しいと信じていることです。だれもがいい気分でいるということです>という状態だった。部分の自己正当化の、心理構造があった。

改革のキーはここにあった。<部分の原価計算の最適が、全体の利益の不適>になるという「制約理論」(The Goalのユダヤ人:エリヤフ・ゴールドラット)
未(いま)だに、多くの日本企業は気がつかず、陥っている罠です。


4.カルロス・ゴーンの最初の「選択」の理由を考察

【テストコースで疾走するゴーン】
ゴーンは、時速200キロでテストコースをドライブし、周囲を驚かせる。歴代の社長・役員は、自分で車を運転することなど、思いもしなかった。車作り集団が、車から距離を取っていたのです。

【車作りの魂への点火】
ゴーンは車マニアであることを示した。衰えていた「ブランド・アイデンティティ」の再確立(revive)を推進することの演出。デザイン・技術は、それを見て、何かが変わるという息吹を感じた。「車作りの魂」に点火するための、演技的儀式です。

ブランド・アイデンティティ=日産としての、他との差異化、つまり日産の存在理由。

【セブン・イレブンというニックネーム】
ゴーンは社員に「セブン・イレブン」というニックネームで呼ばれる。着任早々、朝7時から午後11時まで、全部署を動き回ります。

ニックネームには別の意味も含んでいた。<便利で親しみがあって、欲しいものがリーズナブルな値段で手に入る。もちろん夜もOK。問題があれば、ゴーンさんのところへ行こう、アドバイスがもらえる>
これは、リーダーの要諦(ようてい)です。こうなると強い。

さらに、寸暇を惜しみ、家庭教師をつけて日本語を勉強した。
日本人、日本文化、行動様式を理解するためです。言語は行動文化。

【深いヒアリング:精神分析の基本手法】
着任直後から、本社の部長クラスや各地の工場長、製品開発、財務などあらゆる部門の責任者、系列会社・販売会社の責任者の数百人と会い、日産の現状について、納得がいくまで、徹底的なヒアリング、意見交換を行った。<成長のチャンス>についての意見を聞きだした。

そして、5ヶ月後の10月18日に、単純化し自らコミットメントしたゴール(目標)を示した「日産リバイバルプラン:約20ページ」を発表。彼は、病の原因は単純と言った。

忘れられていた「武士道」のコミットメント】
さらに産業界に衝撃を与えた発表を、日本語で自ら行います。

<2年間で日産を黒字にできなければ、私と全役員は、去ります>

断固とした口調だった。TVで放映されたので、ご覧になった方も多いでしょう。私はこれを見て、戦後産業の歴史の転換を示すものだと思った。

断固たる<コミットメント>、これがまさに今必要です。

責任逃れに終始する企業トップ、金融機関、政治家。世間に迷惑をかけたと、卑屈に頭を下げる光景しか見たことがなかったこの国で、ゴーンの「道(どう)」は鮮烈だった。ブラジル生まれ、レバノン系フランス人に、「いき」の「行動の美学」があった。

1999年10月18日に発表された日産リバイバルプランは、三つのコミットメントを掲げた。自らコミットというコトバを使って。コミットは、西欧・米国のビジネスではとても強い意味をもちます。

(1)2000年度(2001年3月期)の連結黒字化
(2)2002年度の連結売上高営業利益率4.5%以上の達成
(3)2002年度の自動車事業関連での有利子負債の半減(7000億円以下)である。

トップのコミットメントとは、株主と社員に対する成果契約です。
約束した成果をあげられなければ、自分を含めて、全役員が去る。

情けない対比】
流通では「俺の責任ではない」とうそぶき、倒産前に多額の個人預金を引き出した人はいた。金融トップも、官僚も、誰も自分の責任とは言わない。首をすくめ、じっとしている。武士道だった国で、今はモラル・ハザード(道徳的障害)が大きい。鮮やかな対比。

総額150兆円といわれる不良債権処理が、遅々として進まない根底には、金融トップが融資実態を隠すことがある。要は自己保身、自己正当化で、地価上昇の「神風」を待った。10年を過ごした。

バブルだった。俺に責任はない、共同責任だ。これで構造改革ができるわけがない。不良債権処理の国際公約も、追い詰められて成された。あと2年。果たしてその約束の重みを、誰が受けとめているのでしょうか?

この国ではバブルが免罪符だった。しかしもう猶予(ゆうよ)はない。日産のみならず<桟橋が、あちこちで燃えている>のです。

改革のキーとなった組織であるCFT(Cross Function Team)

ゴーンは、中核となる200名のチームを作った。それが、社内ヒエラルキーにとらわれない、精鋭からなるCFT(Cross Function Team:部門横断の改革チーム)です。

ゴーンの人選の結果は、現会長 塙義一が出したメンバーと、多くは違う人だった。

CFTは9つのチームとチームリーダーに分割し、それぞれの<コミットメント>を求めた。総勢200名の、ヒエラルキーを無視した精鋭です。

リバイバルプランは、部門横断チーム(CFT)から出された全部で2000のアイデアから、400に絞りこまれた骨子のまとめです。CFTは、6兆円企業の再生案をわずか3ヶ月でまとめた。

しかし、<プランは5%であり、後の実行が95%>とゴーンは言った。実行は「信念のコミットメント」でしか保証されない。この国の多くの人は、今「コミットメント」を忘れています。


5.日産リバイバル(再生)プラン

以下は巨大企業の再生で、核になることを端的にまとめたものです。複雑になるものを絞ってまとめ、単純化した再生のゴールにすることが要諦(ようてい)ですね。

【1.「事業の発展」チーム】
 コスト削減の原資を、新商品開発に充てる。
(1)2000年から2002年で、合計22の新車種を開発する。
(2)連結設備投資額を25%増加させる。

2.「購買」チーム】
 購買の集中化、グローバル化、及び取引先の半減により調達コストを削減する。
(1)総コストの60%を占める購買コストを2000年から2002年で、20%削減する。

3.「製造」チーム】
最適な生産効率、グローバルなコスト競争力を確保するため国内の過剰生産力を削減する。
(1)5工場での車両及びパワートレインの生産中止
車両組立て(村山工場、日産車体京都工場):パワートレイン組立て(久里浜工場、九州エンジン工場、愛知機械港工場)
(2)上記以外の工場における生産性の上昇

4.「研究開発」チーム】
企業競争力の核となる研究開発分野の絞りこみと、ルノーとの提携による開発分業体制の構築による、資源の効率化・重点化を図る。

5.「購買・一般管理費」チーム】
グローバルオペレーションの効率化を図るために非効率部分の削減、組織改正、人員削減を行う。
(1)一般管理費の20%削減 
(2)国内営業・販売部門の組織改正
(3)北米オペレーションの合理化
(4)欧州販売マーケティングの見なおし
(5)グローバルで2万1000名(14%)の人員削減

6.「財務コスト」チーム】
ノン・コア資産の売却による自動車事業への集中と、有利子負債削減をすすめる。
(1)保有株の売却
(2)在庫の30%削減
(3)ノン・コアビジネス資産の売却

7.「組織と意思決定」プロセスチーム】
プラン実行にむけ組織のグローバル化と意思決定の効率化を図る。
(1)欧米では枢要な意思決定機関としてマネジメント・コミティーを創設
(2)グローバルな戦略立案機能の強化と、実行段階での各地域への権限委譲の強化
  (日産会社概要データ版2000:2000年7月発行より)

以上が日産リバイバルプランの、集約された内容です。

CFT(組織横断チーム)に、ゴーンが与えた選出ルールと行動綱領

組織横断チーム】
<日産の多くの人は日産に問題があるということは自分では知っており、自分は最善を尽くしている、と言います。問題は、自分ではなく会社にある、と:ゴーン>

こここそ企業の、「死に至る病」の根幹です。多くの会社で、自己正当化と、他への転嫁がある。そして、昨日と同じように目先に対処する、<それしか方法がないじゃないないか・・・>

<私が作りたい横断型チームCFTは、このパターンにはまらない。彼らは、問題が各部署にあることを知っている。そう認識すると、だれも、自分はいい仕事をしているが、あなたはしていないとは言えないのです>

【選出のルール】
部門横断チームには、<各分野で最も優秀な社員を出すように>という唯一の選出ルールを、ゴーンは与えた。

【唯一の行動の綱領】
ゴーンは、9つのチームに対して以下のValueを与えた。
(1)いま日産に何が必要なのかを、グローバルな視点で考え直し、立案する。
(2)立案のルールは<聖域、タブー、制約は一切設けない>という行動綱領(Value)。CFTの精鋭たちは燃えた。

従来の低収益構造:焦燥の空回り

【生産優先の企業文化】
日産は生産を基に、販売を考えた。トヨタとホンダは販売をベースに生産を考えた。日産の15万人の社員もトップも、そこに大きな問題があると、気がついていなかったわけではない。

無意識のブランド・アイデンティティ】
企業文化は技術優先、生産優先だった。日産は、そこに「ブランド・アイデンティティ」を求めた。だれも、根底の改革ができなかった。トヨタ生産方式のマネは暗黙のタブーだった。

過剰設備を抱えた構造での標準原価計算の罠(わな)】
まず工場の稼動率を考える。「標準原価計算手法」では稼動率が上昇すれば、見かけ上の製造原価は低減する。利益が出たように見える。

こうして会社全体での「スループット」でのキャッシュフロー(現金)は減る。現金は部品、仕掛かり、製品在庫に化(ば)ける。在庫は会計上、経費ではない。それは、計算上は資産として評価される。

魔のサイクル:部分最適≠全体最適:目的が消えた嗜癖の行動

過剰生産・過剰在庫。日産はディーラーにインセンティブを提供し、在庫をはかす方法を取る。利益率は低下。値引き販売で、車のブランドイメージも低下。「収益低下、ブランド力低下の魔のサイクル」が構造化された26年だった。巨大な損失。

販売不振でディーラも赤字になる。販売網の維持のため日産はディーラーに資金供給し、販売網の維持の目的で直営店にした。そしてさらに多くの資金が必要になる。至る所が、出血の症状。

ゴーンは言った。
<本来なら、会社のために自分が何をすべきか考えるところを、他人が何をすべきかを語ることに時間を費やしている。これでは、企業に死があるのみです>

悪しきチームワーク:相互依存】
会議は自己正当化の場になる。自己正当化は他の部門の間接批判。批判は自分にも返ってくることを知っている。ここで、心の「相互依存構造」が出来あがる。15万人の悪しきチームワーク。結果は、全体に誰も責任を持たない巨大企業の6800億円の赤字。待つのは、失血死。筋肉はあるのに。<でも方法がない・・・>


6.日産リバイバルプランの社会的な影響

1999年10月に
(1)21000人の雇用の削減、
(2)主力生産拠点である村山工場を含む5工場の閉鎖、
(3)部品、素材供給メーカー1145社を半分に絞りこむこと、
(4)部品・素材の購買コストを20%カットすることが、リバイバルプランの骨子として発表されると、産業界とマスコミは、衝撃を受けた。

<具体的な再建策が次々と明かされていくたびに、場内を埋め尽くす報道陣からは驚きの声が挙がろうとする。しかし、壇上の男性はそのどよめきを押さえ込むかのような、鋭い眼光と力強い声で、発表を進めて行く。そうして内外のマスメディアを集めた会場は、次第に異様な緊張感に包まれていった:プレジデント編集部:桂木栄一>

底意地の悪いマスコミも、ゴーンの、ゴールへのコミットメントの迫力、分析の的確さ、言葉の明晰(めいせき)さ、対策の単純さに気おされた。

労働組合

工場閉鎖を受ける村山工場では、決起集会が開かれた。

<日産闘争は、単に日産の仲間を支援する、村山工場を残すたたかいではない・・・200万人を超える労働者とその家族に犠牲を強いるものであり、日本経済全体をいっそう深刻化させるものだ・・・
そのために、現地闘争本部は全力でたたかい続けるし、今後とも皆さんの大きな協力、共同のたたかいを訴える・・・:日産現地闘争本部事務局長 下村三郎JMIU副委員長>

しかし先に延ばせば、日産が潰(つぶ)れることで、グループ企業、関連企業、取引先の200万人の生活が、根こそぎ奪われるという事態の迫力の前には、「生活闘争」も力をなくす。

残された選択肢はない、桟橋は燃えている。ゴーンは迫った。事業悪化に手を染めたトップは、これができない。温厚な塙義一のゴーン招聘(しょうへい)は正解だった。

重要なこと:配役

ゴーンにはスポットライトが当たる。塙は過去の失敗を、黙って引き受け、全失敗を象徴する黒子に徹し、ゴーンの活躍の舞台を作る。

塙が留まらなければゴーンは活躍できなかった。過去の失敗を引き受ける辛い役を、塙は引き受けた。私にはそれが見える。見ている人はここにもあそこにもいる。世間はバカではない。成功の後の、中興の祖は、塙会長であることになる。彼には、美学があります。

日本の各地で、各企業で、日産村山工場(3000人雇用)に類似したことが起こる。GMSで、建築で、金融で、官僚組織で先送りになった改革を、さらに先送りはできない。船もろとも沈む。多くの会社が「選択の時期」に来た。カルロス・ゴーンの改革のリーダシップ、果敢な実行が必要なのです。

ゴーンによる、日産の経営のリバイバルが及ぶところ

ゴーンの改革は「緊急対策」とはいいながら、以下を含みます。
(1)長期雇用、(2)年功での階段状の人事制度、(3)部品業者とのケイレツ取引、(4)株式の持ち合いという日本の大企業経営の4点セットに、修正を加える。

具体的には4点セットを、以下の方向へ向かわせることです。
(1)組織の壁、階級の壁で埋もれていた人材の発掘
(2)10階級、20階級にまで細分化された職能資格等級制度を、くくり直し、ブロード・バンディング(4から6階級)にする。それによって、抜擢(ばってき)人事を可能にする。
(3)部品・資材を最適コストで調達するネットワークを作る。
(4)株の持ち合いを解消し、資金を自動車事業に活用する。

プランは作った。明晰(めいせき)な組織の精神分析医、鋭利なメスをもつ外科医:カルロス・ゴーンが立ち向かう先は?(第2部へ続く


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copyright : Systems Research Ltd. Chief Consultant 吉田繁治