中央銀行がマネーを増刷する仕組みと、その信用の元になるものは何か?(2)
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さっきお送りした、<584号:中央銀行がマネーを増刷する仕組みと、
その信用の元になるものは何か?(1)>の続きである(2)です。

中央銀行のマネー印刷が、どんな仕組みであり、どんな効果を生むのか
の追求です。歴史的なことも振り返ったので、若干長い論考になりまし
た。

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<584号:中央銀行がマネーを増刷する仕組みと、
                       その信用の元になるものは何か?>
                2012年3月28日号

【目次】

1.最初に、ユーロの中央銀行の仕組みから
2.中央銀行のマネーはどこから来るか:その発祥
3.ジョン・ローが作ったフランス王立銀行(1716年~)
4.『貨幣論』のケインズが言うこと
5.中央銀行のバランスシート
6.国債が通貨(紙幣)の根拠であることは何を意味するか
7.通貨の増発の意味
8.日銀のインフレ・ターゲット1%が実現すると・・・

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■1.最初に、ユーロの中央銀行の仕組みから

【ユーロの中央銀行の仕組み】
米国には中央銀行としてFRB(連邦準備銀行)が、日本には日銀がありま
す。中国には人民銀行です。

17ヵ国がそれぞれ別の国家機構を残したまま、通貨連合を作ったユーロ
は、特殊です。この仕組みを知ることは、「どこがマネーを出したのか
」を知る上で役立ちます。

ECBの本部は、ドイツのフランクフルトにあります。そして加盟17ヵ国
には、それぞれECB傘下の中央銀行があります。

アテネには、ギリシアのECB支店がある。90年代まではドラクマを印刷
していましたが、2000年以降はドラクマの印刷はできません。

【事例】
ギリシアの民間銀行が、ドイツの民間銀行に借りていた1000億ユーロ(
10兆円)の満期が来て、支払わねばならないとします。しかし、ギリシ
ア国債の不良債券を抱えるギリシアの銀行(アロム銀行など主要20行)
には、そのマネーがない。

銀行間で借りようとしても、短期資金の市場は消えています。ギリシア
の銀行に、1週間でも、ギリシア国債を担保にして貸すユーロの銀行が
ないということです。(注)スペイン、ポルトガル、イタリアの銀行に
対しても貸付けする民間銀行が消えています。これが、金利の高騰です
。

【ECBの支店と本部】
以上のため、ECBアテネ支店は、フランクフルトにあるECB本部(元はド
イツの中央銀銀行)に、1000億ユーロを貸してくれるように依頼します
。ECBアテネ支店が、ギリシアの民間銀行に1000億ユーロを貸すためで
す。こうした時期の銀行の資金繰りは、綱渡りです。

ECB本部が、アテネ支店への融資を断れば、ギリシアの銀行の同時破産
(デフォルト)です。1000億ユーロが戻ってこないドイツの民間銀行も
、資金不足から同時破産するでしょう。

これを防ぐためECBの本部は、1000億ユーロ(約10兆円)を印刷し、ギ
リシアの銀行の代わりに、ドイツの民間銀行に、その1000億ユーロを振
り込みます。(注)実際は、口座への金額振り込みです。

以上で、ECBの本部が、アテネのECB支店に、1000億ユーロを貸し付けた
ことになるのです。アテネのECB支店は、この1000億ユーロを、ギリシ
アの民間銀行に貸し付けます。

これが、3月危機を回避したユーロのマネー印刷の仕組みです。

▼結局、ドイツの中央銀行がマネー印刷している

◎ECB本部からの、17ヵ国のECB支店への貸付金の増加額は、2012年2月
までに、5740億ユーロ(46兆円)に達しています。

このマネーはどこから来たか? ドイツ中央銀行です。ドイツが、ドイ
ツ経済への信用を担保に、46兆円のユーロ印刷を増やしたと言えます。
17ヵ国の統一ユーロを支えているのはドイツの中央銀行です。

【底流】
ドイツ国会が、「(ナマケモノの)PIIGSへの支援金は、戻っては来な
い。ドイツ国民が貸し付けるようなものだ。いずれ、物価のインフレで
ドイツを貧困化させる」と反対しているのは、このためです。

【近い経験】
東西ドイツを統一したとき(1990年)、東の支援を目的にして、コール
首相の太っ腹で、1東ドイツマルク=1西ドイツマルクとして交換に応じ
ました。このため西ドイツの金融資産が、東ドイツに、大挙して移転し
た記憶が、ドイツには残っています。PIIGSはドイツ国民ではない。こ
のため「なぜ援助金か」となるのです。

東西ドイツの統一後、ドイツの経済成長率は低下しました。一挙に増え
た東ドイツ分のマネーからのインフレを抑えるため、ドイツ銀行が緊縮
策(マネー発行を減らすこと)を取らざるを得なかったからです。

(注)韓国が北朝鮮との統一を避けたいとしているのも、韓国の富が北
朝鮮に行ってしまうことを避けることが原因です。1韓国ウォン=1北朝
鮮ウォンで交換するなら、北朝鮮の国民と政府は、韓国の富の分与に預
かることができます。北朝鮮の1000ウォンで、韓国の1000ウォン(邦貨
で73円分)の商品が買えるようになるからです。

0.1円付近だった韓国ウォンは、円に比べ現在約30%安い(1ウォン=0
.073円:12年3月)。

日本の家電と自動車メーカーが輸出で苦労している原因のひとつでもあ
ります。

■2.中央銀行のマネーはどこから来るか:その発祥

▼(1)金貨の時代は、中央銀行のマネーは改鋳から生じていた

古代エジプトから、商品との交換に使うマネーは金貨でした。ローマ帝
国の時代を含み、財政が赤字になる政府は、たびたび、金貨の改鋳を行
っていました。これはどんな意味をもつのか?

データが残っている18世紀のフランス(ルイ王朝)ことを言います。フ
ランス政府は、国中の金貨を法を作って政府に集めます。政府が国民に
渡したのは、金貨と交換できる兌換紙幣でした。

ルイ王朝が1000万枚の金貨(含有量100%の純金)を集めたとします。1
000万枚を炉で融かし、純金80%に銀などを20%混ぜ、1250万枚の金貨
に増やしたのです。18世紀初頭のルイ王朝は、金の含有を20%減らしま
した。

政府は嫌われる増税をしなくても、金貨250万枚の利益(税収:250万フ
ラン)を得たことになります。フランスでは金貨が1000万枚から1250万
枚に25%増えます。250万枚が政府分、1000万枚が民間分です。1枚1フ
ランとします。

金貨の増加は、経済的には、何を意味するか? 金の含有が20%減った
貨幣は、民間経済では、20%価値が下がったと見なされるでしょう。結
果は、物価の20%上昇です。

政府が20%の消費税を、商品にあまねくかけたのと同様に、パンの値段
が20%上がります。政府が、フランスの国民経済から20%の消費税を徴
収したことと同じなのが、20%の金の含有を減らす改鋳です。改鋳によ
って、国民のマネーが政府に移転するのです。

(注)以上は経済学で伏せられていることです。ケインズはさすがに慧
眼でした。マネーの増発、またはインフレは、政府が行う見えない課税
であると言っています(『雇用、利子、貨幣の一般理論』)

以上が、中央銀行のマネー増発の原理です。紙幣であろうが、改鋳した
金貨であろうが方法は同じです。

「中央銀行がマネーを増発した分、政府に富が移転し、国民経済の中で
のマネーの価値(購買力)は減る。」これがインフレです。

フランス王立銀行は、事実、これを行いました(1716年~)。フランス
に限らず、金貨の長い歴史は、政府による改鋳と金以外の通貨を増やす
ものでした。

常に、幕府の財政が不足していた江戸時代も同じです。増税は直接に国
民を窮乏させるために政治的に困難です。このため、「分からない増税
、つまりマネー増発」という手段をとってきたのが世界の政府です。

増発でマネーの価値が減ると(同じことですが物価が上がると)
(1)負債を抱える企業と、国債を発行している政府は、助かります。
     負債の実質額が、「負債額÷(1+インフレ率)」に減るからです
。
(2)他方で、負債がなく純金融資産をもっている国民や企業は、
金融資産の価値が、「金融資産額÷(1+インフレ率)」で減るため、
損をします。

通貨増発から生じるインフレの結果は、純負債があるか、純金融資産が
あるかで、非対称な効果をもちます。

▼(2)紙幣と準備銀行の発明は、13世紀のベネチアから

ベネチアはアドリア海に浮かぶ海上都市です。中世からルネサンス期ま
で、西欧の国家は、城壁で囲まれた都市国家でした。ベネチアは、東方
貿易を発達させた商人の国でした。

中東から香辛料を輸入し、西欧の貴族に、高く売っていたのです。肉は
、焼くとき香辛料を振れば美味しくなる。地主だった貴族の食卓で使わ
れる香辛料の一握りは、宝石と交換されるくらい高価でした。この東方
貿易で、ベニス(英語)の商人はヨーロッパ中の金を、集めます。

中世のベニスで発達したのが、金のアクセサリーや宝飾でした。海の都
市ベネチアに行くと、今もサンマルコ広場の周辺が宝飾を売る店で溢れ
ています。金を集めていたメジチ家の本拠フィレンツェにあるベッキオ
橋も同じです。当時のマネーは、当然に金貨でした。

貴族や大商人は、貴金属を金細工師(金匠)に預け、修理や別の装飾品
を作ってもらう習慣がありました。パーティで夫人が飾って見せびらか
す衒示的欲望(ヴェブレンの用語)のためです。権勢を示すのが金でし
た。

宝飾を預かった金匠は、「純金の含有量を計って金証券(セキュリティ
=証券)」を発行します。

金貨も、安全のため金匠の金庫に預けられるようになって行きます。当
時は、武装した強盗が多かったからです。

13世紀にはじまった金証券は、100年、200年を経て、金貨の代わりに買
い物に使われるようになってゆきます。「金証券=金=紙幣」になって
行ったのです。

◎あるとき、明敏な金匠が、金庫には1トンの金を預かっているが、1年
に交換要求されるのは、10%の100Kg分に過ぎないと気がつきます。

金証券が紙幣として通用していたので、金貨と交換して戻す必要がなく
なっていたからです。この意味は、金匠の金庫に100kgの金現物を残し
ておけば、残り900Kgの金はなくてもやって行けるということです。

ここからです。ついに、自分の金所有という根拠がない紙幣の発明です
。

金匠は、預けた人が交換に来ることがない900kgの金の、金証券を、密
かに作ります。その金証券を、いつの時代も多数いるお金が必要な貴族
や王そして商人に、金利をとって貸し付けたのです。

これによって、金匠が発行した金証券は、「預かった際の最初の1トン
分+交換されない900kg=1.9トン分」に倍増します。900Kg分は、金匠
が預かった金によって、不正に発行した証券です。このニセ証券も、そ
の都市では、金証券として通用します。

「あの金匠の金庫には、金証券に相当する金がない」という噂が立って
、「とりつけ」が起こると、たちまち金匠は破産します。詐欺師として
、ギロチンの刑になっていたのです。こうした金匠には、『ベニスの商
人(シェークスピア)』が描くようにユダヤ人が多かった。

金匠は見かけの信用が肝心と考え、(1)あらゆる信用に配慮する、(2
)派手な生活をしない、(3)ニセ証券の発行は、極秘にするという3項
を厳重に守ります。

こうしたニセ証券の発行は、現在に至るまで秘密とされているため、経
済学でも、触れられることがない。中央銀行は合法的ではあるがニセ証
券の発行をしていると指摘すれば、経済学の正統派からは異端の「陰謀
論」とされるのです。

信用されるマネーは、フリードマンが言ったような謎ではない。
ニセ証券への信用です。

当時の金匠は、1トンの金準備(10%)に対し、総額では10倍の10トン
分の金証券を発行します。交換されない9トン分は、自分のものとして
貸し付けたのです。

9トン分の金証券の金利を10%、貸し倒れを3%とすれば、実質金利は7
%です。

7%の実質金利は10年で2倍です。30年で7.6倍、50年で29倍、100年な
ら868倍の金証券に膨らみます。この金利で膨らんだ金証券で、10%の
金を買い増して行く。

こうしたことを行って、国家を超える富の隆盛を誇ったのが、王も決め
ていたメジチ家でした。中央銀行のを準備銀行(FRB: Federal Reserve
 Bank)と言います。何を準備した銀行か? 

当初は紙幣(金と交換できる兌換紙幣)の発行額の10%のゴールドの現
物でした。これが中央銀行制度の始まりです。Bankは、金をせき止める
堤防のことです。

■3.ジョン・ローが作ったフランス王立銀行(1716年~)

ルイ王朝の末期は、政府財政は赤字が続き、国債の残高(30億リーブル
)は、1年間の税収(1億4500万リーブル)の20年分に達していました。


国債の金利が5%なら、税収の全部が、金利の支払いだけで消えます。
王家の支出、官僚の給料、兵士の俸給は、まるで払えない。

当時のフランスは、ベネチア流の民間銀行はあっても、金貨と金証券の
時代でした。幼いルイ16世の摂政を勤めたのが、オルレアン公フィリッ
プでした。

サロンには、貴族用のカジノがあり、カジノを主宰していたのが、英国
から流れてきた、才気煥発で貴族に声望が高かったジョン・ローでした
。ジョン・ローはオルレアン公に近づき、3つの革新的なアイデアを提
供します。

(1)フランス中の金貨を、預かり証を発行して集め、20%の含有を減
らすよう改鋳して再発行する。これで、フランス政府は、国内の全金貨
の25%の収入を得る。

更に、大量の持ち運びは不便で、安全な保管にも問題がある金貨に対し
ては、政府が、ベネチア流に金証券(兌換紙幣)を保有金を超えて発行
する。兌換紙幣は金と交換できるものですが、その90%が交換要求され
ないことが、ベネチアの金匠の経験から分かっていたからです。

(2)王家の土地を担保にした証券(紙幣と株)を発行し、国民に売る
。国民は金貨で株を買う。これによって、政府は、増税したのと同じ金
を得る。

(3)フランス国民が行ったことがないアメリカの新大陸に、金を採掘
する「ミシシッピ会社」を作ったとして、株を売る。

この株の配当は、金ではなくフランス国債で払う。当初は政府は信用さ
れ、「ミシシッピ会社」の株券はブームを呼び、10倍に上がります。

以上が、世界の、紙幣を発行する中央銀行の発祥でした。
ほぼ300年前の18世紀のことです。

最初、フランス中に、紙幣になったマネーが溢れたため、商品購買が増
え、経済が活性化します。需要が増えたため物価も上がった。増発され
た紙幣がインフレを呼んだのです。

紙幣を発行したジョン・ローは、フランスを富ませた英雄になった。
しかし、これは約4年間だけの、つかの間のことでした。

(注)紙幣を増発した政府が信用されていた4年間という期間は、重要
です。

ミシシッピ会社の工員として雇われアメリカに渡り、帰って来た人たち
が、「株価に見合う金は、発掘されていない」ことを言い始めます。株
価は、「嘘と本当」の評価の間で、乱高下する。いつまで経っても、本
当の埋蔵量が分からない金鉱山の株価と同じです。

4年後のある日、金と交換できる兌換紙幣を満載した貴族の馬車が、王
立銀行に乗り付け、金貨との交換を要求します。王立銀行には、発行さ
れた兌換紙幣に相当する金はないと感じた貴族がいたからです。

パリ中が騒ぎになって金貨への交換要求が増える。金鉱山株だった「ミ
シシッピ会社」の株も、高値で売られて利食いされる。

危機を感じたオルレアン公(政府の本当の金保有高を知っている)は、
金貨の使用を禁止する法令を作りますが、王立銀行の窓口での交換要求
は、逆に日増しに増え、混乱と暴動が生じます。このため、数日で金貨
の保有を禁じる法令は取り下げられます。

政府は、不足した金貨に換えて銅貨も発行します。紙幣を袋一杯の銅貨
に換え、舗道を引きずって歩き、これで安心と満足する人もいたからで
す。

この間、大量発行されていた紙幣の価値は1/10に下がり、フランスの
物価は10倍に上がったという。

政府は今度は、インド会社を作り、貿易の独占権を与えようとして、株
を発行します。国民から金貨を得るためです。

ところが、これには特権を取り上げられた数千人の貿易商が反抗したた
め、議会は承認を拒否します。そして、いよいよ王立銀行に、ゴールド
がなくなったのです。国民には、根拠のない紙幣と株だけが残った。

最後は、政府が年金の支払いに充てていた額面1000リーブルから1万リ
ーブルの高額紙幣を、インド会社株の購入にしか使えなくします。つま
り、兌換紙幣の無効化、無価値化です。預金封鎖ではありませんが、預
金封鎖に似ています。

以上が、紙幣を発行したフランス王立銀行の帰結でした。

資産の根拠がない紙幣の発行と、金の裏付けがない株を売って詐欺師に
なった50歳のジョン・ローは、フランスに来て5年後に、ダイアモンド1
個をもって、密かにベネチアに向かい脱出します。逃亡を続けて死んだ
ときは、一文無しの乞食のようだったと伝えられています。

((注)以上、『信用恐慌の謎』(ラースト・トゥヴェーデ)より、骨
子を要約)

■4.『貨幣論』のケインズが言うこと

ケインズも、『貨幣論』の中で、18世紀に中央銀行を発明したと言える
ジョン・ローを短く描いています。

紙幣の歴史の中で、重要な事象だからです。ただし、その記述は、ケイ
ンズの他の著作のように、無意味に晦渋(かいじゅう)です。翻訳の問
題でもあります。()内は筆者の注です。

<古代に中国(蒙古時代)で流通していたと主張される紙幣や、ジョン
・ローおよびその他の先駆者たちのものを無視すれば、代表貨幣(=兌
換紙幣)の歴史的重要性は、フランス革命というような、ごく最近の時
代からはじまったものである。その結果として生じた緊急事態(=意味
不明)が、その当時の主要な金融の中心地だったフランスとイギリスと
で、代表貨幣(兌換紙幣)のみならず、多年にわたって法定不換紙幣(
紙幣)を発行させるに至ったのである(P15)>

要は、ゴールド(金貨)に替わって、紙幣が用いられてきた人類の歴史
があるということです。

次の記述には、デリバティブ(=債券から生じるキャッシュ・フローの
請求権)にもつながるものがあります。

<債務に関する権利は、貨幣(金貨)に対する(請求の)権利と一歩の
差に過ぎないのであって、その債務が速やかに貨幣(金貨)に交換され
るという信認がある限り、またその範囲内では・・・有効である(p16
)>

貸し付けたお金の回収権も、中央銀行に金貨を請求できる兌換紙幣と50
歩100歩だという意味です。

貸し付けたお金の回収権を、(1+期待金利率+リスク率)で割り引い
て、現在価値にしたのがデリバティブです。

事例を言えば、MBS(住宅ローン証券)です。MBSは、住宅ローン(債権
)がもつ毎年の回収権(元本償還+金利受け取り)を、(1+期待金利
率+リスク率)で割り引いたものです。

まとめて言えば以下です。

<貨幣(=金貨)に対する請求権(=兌換紙幣)の譲渡は、商取引の決
済のための貨幣(=金貨)と全く同じように役立つ(P23)>

これは、金貨の請求権であった紙幣(当初は金兌換証券)がマネーにな
って、商取引で使われるから、それでいいという意味のものです。ベネ
チアとフランスがこれでした。金貨ではなく1万円札、ユーロ札、ドル
札でいいということです。

<従って、社会の成員(=国民)は、多くの場合、譲渡可能な請求権(
=紙幣)を所有することで満足し、それを現金(=金貨)に換えようと
努めはしないであろう。(p23)> 

こうした考えが、貴族でもあったケインズが、国民を見下すところです
。国民は馬鹿だと言っていることに等しい。

紙幣が、買い物で価値があると見なされ、正常に使われている限りは、
人々が金貨を求めることはないという意味です。

13世紀からのベネチアの金匠と、18世紀のジョン・ローが、歴史で証明
したことでもあります。

なるほど、紙幣の本質は「請求権」です。1万円札は、1万円の価値があ
るものの請求権です。じゃ、日銀の窓口に行って、1万円に相当するも
のを請求したらどうなるか? 新しい1万円と交換してくれるだけです。
金は渡してくれません。「不換紙幣」だからです。

その1万円札の価値の根拠は何か?

■5.中央銀行のバランスシート

バランスシートは、資産と負債を対照したものです。
日銀の最近のバラスシートを見ます。(2012年3月20日)

       資産                   負債と資本
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
国債保有       86兆円     紙幣発行        80兆円
貸付金         45兆円     当座預金預かり  31兆円
社債・株等保有  5兆円     国債売り現先    26兆円
米ドル保有      6兆円     その他引当金等   7兆円
その他資産      2兆円     資本金           1億円
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
日銀資産      144兆円     負債&資本      144兆円
http://www.boj.or.jp/statistics/boj/other/acmai/release/2012/ac120320.htm/

(注1)26兆円の「国債の売り現先」は、日銀が金融機関から買い戻す
ことを約束して、金融機関に一時的に売っている国債の金額です。日銀
による国債の売買は、この現先勘定で行われることが多い。

(注2)40兆円の貸付金は、民間金融機関と政府への貸付です。資本金
の1億円は1兆円ではありません。日銀の資本金は、明治14年(1881年)
の旧三井を母体に、英国から金を借りて設立して以来、ずっと1億円の
ままです。財務省が5500万円の額面の株(55%)をもつと言います。後
は天皇家など、詳細は不明です。

【日銀の資産】
日銀の資産は、政府が発行した国債86兆円と、貸付金45兆円です。

金もわずかにありますが、簿価では総資産144兆円の3%の4412億円に過
ぎません(756トン:時価では3兆4000億円)。

この金は、ほぼ全部が、米国FRBによる保護預かり(カストディ)です
。日銀に現物はなく、請求権だけしかありません。なぜ、日銀が保有し
ないかと言えば、米国が、日銀の金現物の所有を禁じているからです。
日銀が金を買うと言ったこともあるようですが、米政府から拒絶にあっ
ています。

ケインズが言っています。<従って、社会の成員(=国民)は、多くの
場合、譲渡可能な請求権(=紙幣)を所有することで満足し、それを現
金(=金貨)に換えようと努めはしないであろう。> 

日銀も、米国から見れば、社会の成員(=国民)でしょう。この意味は
、円はドルの付属通貨であるということです。戦後占領以来、67年間の
米国の政策がこれです。金融の歴史は長い。

1971年に、金・ドル交換が、米政府によって禁じられて以降、世界の中
央銀行の準備資産は、上記の日銀のように「金から国債」に替わってい
ます。米国FRB、欧州ECB、大英銀行、人民銀行でもまるで同じです。

中央銀行の資産は、国債(政府への貸付金)と貸付金(銀行への貸付金
)でしかない。逆から言えば、政府と銀行の、日銀からの借入が、われ
われが使って、貯蓄もしているマネーの担保であるということです。

1971年以前は、1トロイオンス(31.1グラム)の金貨が、$35でした。
金1グラムに換算すれば$1.1です。現在、金1グラムが4500円付近($
56)です。42年間で、米ドルは、金に対し1/50に価値を減らしていま
す。

原油が高騰するのは、継続的なドルの減価が原因です。1970年には1バ
ーレルで$2くらいだった原油は、現在$125です。ほぼ、1/60ですか
ら、金に対する米ドルの減価の割合に、見合います。資源が高騰したの
ではない。ドルや円が下がったのです。

米ドルが下がった原因は、FRBが、フランス王立銀行ほどではありませ
んが、ドル紙幣を大量発行したからです。

ドル紙幣だけではありませんが、世界の政府がもつ外貨準備(70%くら
いが米国債)は、600兆円を超えています。米国債の50%は、海外が買
っています(中心は日本政府と中国政府)。これは、海外に向けたドル
紙幣の発行と同義です。

<再びケインズ:従って、社会の成員は、多くの場合、譲渡可能な請求
権(この場合はドル国債)を所有することで満足し、それを現金(=こ
の場合はドル紙幣)に換えようと努めはしないであろう。>  国債をも
つ人を馬鹿にした言葉であることが、分かるでしょう。

米国の期待金利が上がらず、米国債が、市場でその価格を保って売れる
間は、世界の政府は、米国債をドル紙幣に換えようとはしないというこ
とになる。金利が高騰して、国債の時価価値が下がると予想されれば、
国債は売られるいう意味にもなります。

国債は、政府の財政信用によって価値があるものです。PIIGSのように
、政府の財政信用が減少すると、金利が高騰して通貨の価値が下がりま
す。通貨の価値下落の現れが、物価の上昇です。株価や資産の上昇と言
っても同じです。

現在は、ユーロに属しているため、
・ドイツの財政信用(財政赤字のGDP比は1.5%と低い)と、
・ドイツの対外経常収支の黒字(GDP比4.7%)が支えています。

このため、ドイツ中央銀行(ECB本部)が、アテネECB支店や、ローマ、
マドリッド、リスボンのECB支店に、5470億ユーロ(55兆円)を貸すこ
とができているのです。(注)マルクが単独通貨なら、高騰しているは
ずです。

ユーロの増発には、経常収支で黒字のドイツ経済という信用があるので
、100兆円分のユーロを増発してもユーロの価値減少になっていません
。

同じことですが、ユーロ圏の平均物価も、前年比で2.7%(12年2月)
の上昇でしかない。

繰り返しますが、物価の上昇は仮に3%とマイルドであっても、本当は
、通貨価値(購買力)の3%の下落です。このため、通貨の側では、1年
に物価が3%上がる期待があると、3%以上の金利を要求します。

自分が100万円を貸して1年後に返済してもらう契約を結べば、簡単に分
かります。1年後の物価が3%上がるなら、1年後に戻ってきた100万円は
、97万円の購買力でしかない。これは損です。この損を補うには、3%
以上の金利をつけて、103万円になって戻ってこなければ貸す人はいま
せん。

このため、金利は「期待物価上昇率+回収のリスク率」に向かうのです
。

(注)中央銀行が経済浮揚のために、物価がほぼ3%上がる中で、長期
金利を2%に抑えるようマネーを増加供給することはあります。

現在の、ユーロ(物価上昇2.7%)と米国(物価上昇2.9%)がこれで
す。このときは、過剰なマネーで株や、資源への投機が起こります。こ
れが、将来のインフレです。

逆に、日本の約15年間のような物価の下落は、円価値の上昇です。長期
金利が1%でも、企業の借入れが増えないということの意味は、1%の金
利で借りて投資をしても、利益が上がらないということを示しています
。

日本は、名目GDP(企業の粗利益高に相当します)の期待成長率が0%以
下だからです。

■6.国債が通貨(紙幣)の根拠であることは何を意味するか

1971年以降、世界の紙幣の、価値の根拠は国債に替わりました。米国の
ニクソン大統領が、1971年の8月15日に、突如、TVで世界に向かって発
表し(大統領令)、世界の金融界を震撼とさせたのです。

8月15日は象徴的です。第二次世界大戦が終わった日です。以来、近年
も毎年、8月の中旬に向かい、世界金融の大きな動きが起こっています
。

・07年8月の住宅証券の下落が原因だったフランスのBNPパリバの危機、

・08年8月の米国住宅金融(ファニーメイ、フレディマック)の国有化
、
・同年9月15日のリーマンショック、
・2011年8月初旬の世界の株価暴落は、いずれも「8月」が中心です。

2012年8月に向かって、次は何が起こるか?

1971年以前は、国際通貨のドルを基準に、他国の通貨とは固定相場でし
た。当時は1ドル=360円でした。米ドルが金と交換できましたから、円
も金と交換できていたのです。

ニクソンが交換を停止した理由は、米国の貿易が赤字になって、ドル紙
幣が海外に流出したからです。$35と、31.1グラムの金を交換可能に
しておけば、米国FRBがもつ金(8133トン:現在の時価では36兆円)はす
ぐに無くなる。

これは困る。だから、金とドルの交換を(一方的に)停止するというこ
とです。米国政府が、金とドルの交換を停止した理由は、本当は、金に
価値があると認識していたことになります。FRBが言うように、本当に
価値がないものなら、ドル紙幣との交換に応じたはずだからです。

米国は、国内の法や制度を、世界に適用する性癖をもっています。自国
が世界だと考えているからです。

■7.通貨の増発の意味

▼見えない税が、通貨増発

政府が通貨を増発することは、経済では何を意味するのか。フランス王
立銀行が行ったような、金貨の改鋳と同じです。20%マネーを増やして
増発すれば、20%の課税と同義です。国民の金融資産から、20%ずつ価
値を奪うことです。

これはインフレと同じです。インフレは、物価の上昇分だけ、紙幣と預
金(=金融資産)の価値が下がるということです。

【大きなインフレになっていない原因】
ただし、現在は米欧の金融機関に巨大損があるため、米欧の中央銀行が
、ほぼ3年間で400兆円のマネーを増発しても損を埋める分に多くが使わ
れて、それが消費者物価の大きな上昇にはなっていません。

PIIGSの国債危機に対しては、ドイツがその危機(金融機関の損)を抑
えるためユーロを刷っています。これは、ドイツ国民の富(金融資産)
を、PIIGSの5ヵ国に与えていることと同じです。

ドイツ国民の金融資産(現金と預金の名目金額)は減っていません。し
かしそれはドイツの物価の2.7%上昇という形で、ドイツ国民の金融資
産(マネーの実質購買力)を減らしているのです。

ECBが100兆円のユーロを刷らなかったら、PIIGSは国家破産し、ドイツ
も日本のように物価が下がって、ドイツ国民の金融資産の価値が高まっ
たはずです。これは、負債の価値がデフレ分高まることでもあります。


■8.日銀のインフレ・ターゲット1%が実現すると・・・

日銀は、2012年2月に、インフレ・ターゲット1%を表明しています。

インフレ率が現状の0%から1%に上がるには、日銀のマネー供給が、わ
が国の、民間マネーストック(世帯+企業)である1458兆円(広義の流
動性:2012年2月)が、1%以上(15兆円)は増えねばならない。(注)
円安でも物価は上がります。

2012年2月のマネー・ストックの増加は、0.5%(+7兆円)です。1月
はマイナス1.1%(-15兆円)でした。2ヶ月で、8兆円減っています。
このため、物価はまだ下がっているのです。
http://www.boj.or.jp/statistics/money/ms/ms1202.pdf

↑このバランスシートの資産額は、日銀による金融機関へのマネー供給
額を示します。2012年1月10日は、139兆円でした。2012年3月20日は144
兆円であり、ほぼ2ヶ月で増やしたのは5兆円(1ヶ月で約2.5兆円)で
す。

日銀が2ヶ月で5兆円のマネー供給を増やしても、この2ヶ月間の、民間
マネー・ストックは、マイナス8兆円であり、減っています。日銀が、
マネー供給を増やしても、民間はマネーを増やさず、逆に8兆円減らし
たという結果です。
http://www.boj.or.jp/statistics/boj/other/acmai/release/2012/ac120320.htm/

現在の日銀のペースで言えば、毎月2.5兆円で、年間で30兆円の増加供
給になるでしょう。これが、日銀が言うインフレ・ターゲット1%の政
策です。このうち、国債の購入予定は、40兆円です。

日銀はすで85兆円の国債を持っています。平均満期が6年として、〔85
兆円÷6年=14兆円〕が満期償還です。2012年度の、日銀の国債保有の
純増は、〔40兆円の新規購入-14兆円の償還=26兆円〕でしょう。

日銀が、金融機関に対し、国債を買い上げて26兆円のマネーの純増加供
給をしたとき、金融機関ではなく、民間(企業+世帯)が持つマネー・
ストックが15兆円増えるかどうか。

12年2月で1458兆円のマネー・ストックが、15兆円増え、1473兆円レベ
ルに増えることが数ヶ月続けば、物価は1%上がるでしょう。その時期
は速ければ7、8月、遅ければ10、11月です。円安が進めば、7、8月です
。
〔マネー・ストックM×流通速度V=物価上昇率P×実質GDP増加率T〕で
す。

◎付加的な要素として、2012年度からは火力発電のための、原油とLNG
の輸入が1年間で3兆円は増えるため(3月14日号:582号で予測計算済み
)、円安が進むかも知れません。

火力発電の燃料費として輸入が3兆円増えることは、467兆円のGDPに占
めるエネルギーの負担増が0.6%ということです。この0.6%が、消費
者物価の上昇には必ず加わります。7月、8月には期待物価上昇が1%に
向かうと見ていいでしょう。

▼狙い通り、インフレが1%になると・・・

物価が1%上がるという期待が確実になると、どうなるか? 
現在は、1%付近の長期国債金利が、2%に向かって上がります。

長期国債の期待金利が1ポイント上がるとどうなるか? 1000兆円の国債
の時価が、5%は下がります。50兆円の含み損が、国債をもつ金融機関
に生じます。

日本の金融機関の合計自己資本は、100兆円程度でしかありません。そ
の中で、含み損が50兆円も生じれば、大変です。1998年が再来したよう
な金融危機が起こって、民間マネー・ストックの増加どころではなくな
ってしまいます。

以上の意味で、インフレ・ターゲット1%という金融政策は、日本経済
に、金融危機を招き、経済活動を1998年からのように、縮小させる誤り
になるのです。

理由は、国債の残高が、1024兆円(名目GDP467兆円の2.2倍)と大きす
ぎるからです。1998年の金融危機以降からの14年間で約500兆円も増え
、国債残は倍増しているからです。その間、政府が500兆円も赤字を出
して、国民の金融資産を使ったのです。

PIIGSですら、国債発行残は、GDPの1倍でしかない。状態で言えば、PII
GSは、日本の1998年(国債残がGDPの100%)です。

【後記】
12月以来の3ヶ月で5刷りになったと、今週、出版社から連絡を受けまし
た。リアルな書店にも、少しは出ているのでしょうか。少ないかも知れ
ません。

アマゾン(紙)            : http://www.amazon.co.jp/
紀伊国屋Web(紙+電子)  : http://bookweb.kinokuniya.co.jp/
楽天書店(紙)            :http://books.rakuten.co.jp/
廣済堂bookgate(紙+PDF版): http://www.bookgate.info/
セブンアイネット(紙)    :http://www.7netshopping.jp/books/

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切れです。お手間をかけますが、「新しい有効期限とカード番号」を再
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。該当のメールにカーソルをあてて右クリックし、出てきた迷惑メール
の項で「送信者を差し出し人セーフリストに追加」すれば、元に戻りま
す。
(以上)



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