紙幣を発行する中央銀行の敵は、ゴールド価格だった(2)
This is my site Written by admin on 2011年12月14日 – 09:00

おはようございます。NYにいると、圧倒的な街の景観に気圧される
ため、アメリカ経済の強さを感じます。このため、日本、中国、新
興国がドル債を買う。このドル債の買いが、ドル基軸通貨体制の支
えです。対外負債が多い経済数値では、米国は弱い。しかし国土と
景観は、世界を圧倒しています。

逆に言えば、ドイツに次ぐ貿易黒字国(相手国は欧州)、つまりド
ル債を買う国になっている中国(相手国は米欧:世界2位、日本は3
位)が、事実上のドルペッグ制(対ドル準固定相場)を、元変動相
場に変えたときが、ドル債が売られてドル基軸通貨体制が終わると
きです。2000年代のドル基軸は、外貨準備を$3.2兆に増やした中
国が支えています。(注)日本は中国のほぼ1/3の、$1.2兆です
。

サウジアラビアとアラブ首長国連邦がとっているドルペッグは、中
国では元が高騰したとき(つまりドル売り・元買いが増えたとき)
、共産党政府が、元を売って、ドル債を買い元相場を下げることで
す。

ドルを通貨の主軸とし、自国通貨をドルの付属通貨にすることと等
しい。中国と米国は、政治では「冷戦下の緊張」です。国家主権の
最たるものである通貨では、米ドルに人民元が服従する体制をとっ
ています。日本だけでは、経常収支の黒字の減少のため、そして今
後も減少するという予想のため、ドル債を増加買いし、ドル基軸体
制を支えること(これを日本政府は国際協調と言う)はできなくな
っています。

中国が貿易黒字でドル債を買うことが、FRBが、量的緩和という通
貨増発を続けることができている理由です。これは、FRBが、金融
危機に対し、マネーを刷って貸し与えることができる理由でもある
のです。

他方、世界貿易で30%の国際通貨だったユーロは、違います。ユー
ロの国債危機と金融機関の危機が起こると(いずれも金利の高騰)
、日本、中国、新興国の金融機関は、ユーロ債を売っています。米
国と中国の政府は、もともとユーロ債の保有が少ない。中央銀行が
ユーロへのドル貸付に協調しているくらいで、政府が外貨準備でユ
ーロ債を買い支えることはない。

ドルもユーロも、強いか弱いかは、FXで30倍のレバレッジがかかる
ため1日に500兆円もが売買される、世界(ウォール街、シティ、フ
ランクフルト)の外為市場で、買い手があるかどうかにかかってい
ます。

(注)円とドルの間の1日の売買は、50兆円程度(世界の通貨売買
の10%のシェア)です。日本政府は総額で9兆円のドル買いを行っ
ていますが(11月末~12月)、巨大化した外為市場で、政府の9兆
円がいかに少ないか、かわるでしょう。

                           *

2000年代の世界金融が、1990年代までと大きく変わった点は、レバ
レッジがかかるデリバティブ(金融派生商品:先物、オプション、
スワップ、CDS、CDO、ABS等の多種がある)が、ほぼ邦貨換算で5京
円~6京円(世界のGDPの10倍:10年分の金額:BIS)に対しかかっ
ていることです。

無規制のためと、課税を逃れるオフショア金融で、2000年代で10倍
に増え、実物売買(現物株や現物国債の売買)をはるかに超えてい
ることです。

デリバティブの急増のため、中央銀行と政府の介入額が、「バケツ
の一滴」になってしまった。民間金融機関の間で売買されているCD
S(債権の回収を保証する保険)が国債金利を決めるようになった
時代です。

世界の国債、社債、債権(3者をまとめて証券)にかかるCDS(保証
保険)は、2011年6月で、その保険対象となる金額は$32兆(2560
兆円)もあります。

世界の、2560兆円の国債・社債・住宅ローン証券に対し、CDSがか
かっています。多くの人が証券(たとえばPIIGS債やユーロ債)の
下落を予想し、そのCDSが売られると、PIIGSユーロ債の、金融市場
での金利が上がる。このため、政府の財政破産と、金融機関の破産
の危機に向かう。

中央銀行(ECB)やユーロの連合政府(EU)が買い支えても、市場の
実勢のほうが金額が多く、強い。

(注)この点の理解は、ユーロ首脳に、浅い。日本の政府首脳は、
デリバティブとシャドーバンキングへの初歩の知識が欠けています
。安住財務大臣は、国会で「CDSとは何ですか? どうなっているの
ですか?」と質問を受け、「あのう、それは・・・(もぐもぐ)」
としか答えていません。この人がG20のサミットで発言する。知ら
ないという発言には勇気が要ります。「私は**は知っている。*
*は知らない。だから、**が責任をもって担当している。」でい
いのです。トップは、担当から聞いて、ふんふんとうなずく知った
かぶりが最悪です。

100年スパンでの、重大な、通貨の危機にある金融を統括する財務
大臣です。他のことでも、政府首脳の、初歩の知識のなさが目に余
ります。時折、国会中継での、質問(これもレベルが低い)と答弁
を聞き、思うのです。

準備答弁は、財務省(ここの知識はどうか?)が書いています。こ
のことは、欧州の首脳も同列です。ユーロの危機対策の迷走を見て
いて、感じます。共通するのは、政権幹部の無知です。ユーロ17ヵ
国の合議でしか決定できないことに問題もあります。

通貨の売買である為替の取引が少ない時代(1990年代まで)は、中
央銀行による金融機関の不良債券の買い取り(=非常時に行う特例
の貸付)も有効だったでしょう。中央銀行による、市場への介入が
占める比重が、大きかったからです。

政府・中央銀行が、本当に危機を回避したいと思うなら(短期避難
ですが)、PIIGS債、ユーロ債にかかったCDSを、緊急に引きうけれ
ばいい。

CDSの料率(プレミアム:保険料)が高騰する(=国債金利が上が
る)のは、CDSを引きうけている金融機関(多い順に、フランス、
ドイツ、米国、英国)の保証力に問題があるからです。

以上が、デリバティブ時代のユーロ危機の本質です。CDSを、「EU
の連合政府+中央銀行(ECB)+米系の国際通貨基金(IMF)」が引
きうけることは、PIIGS債、東欧債、ユーロ債(ドイツ債、フラン
ス債)の支払いを、EU政府・中央銀行が保証することです。

米国の住宅ローン証券(MBS、RMBSを含み1000兆円)が約束してい
る年間配当を、米国政府+FRBが、08年9月以降、事実上、保証して
いることと同じです。これで、米ドルの危機が一段落しています。
住宅証券が解き放たれれば(いずれ実行せねばならない)、米ドル
は奈落に落ちます($1=60円以下)。

このCDSにまで、ユーロの危機対策が行くかどうか? 行かなければ
、ユーロは、12月は市場で紆余曲折しながら、2012年の、国債の償
還が増える暦年の第一四半期(3月まで)に、一層売られて、崩壊
するでしょう。

このときは、ユーロ債が売られ一層下がり(金利は上がって)、ド
ル債が買われ、ユーロに対するドルが上がることになります。

円は、(1)消費税の増税が、ねじれ国会と、民主党の意思分裂で
政治的に不可能とわかり、(2)福島原発の処理費で1ヶ月に1兆円
(3月以降で8兆円:東電はお金がないので政府資金)が出ていて、
福島県のほぼ1/2に及ぶ除染費用(山や畑を削り取る土木工事の見
込み)と、農林漁業と企業、世帯の保証が、見当もつかない巨額で
あることが知られれば、買う勇気がある人は少ないでしょう。(注
)原発対策費の全容は、政府が小出しにしかしないため、知られて
いません。

                            *
さて、以上に見える本質的なテーマ、中央銀行です。「中央銀行が
、金融危機や経済対策で、通貨を刷って投入することは、経済にと
ってどんな意味をもつか?」を考えるには、その発祥にさかのぼっ
て、どんな役割を担ってきたかを知る必要があります。

特に米国FRBです。基軸通貨を発行するFRBが、世界の中央銀行の、
通貨発行における権力の頂点にあるからです。(注)FRBは、FRS(
Federal Reserve System)とも言います。両者は同じです。

戦後、米国経済(GDP)は世界の50%でした。今は20%です。米国
経済の比重は、継続的なドル安(通貨安)のため、40%に比重を減
らしています。ところが、世界金融における通貨、つまりドルのシ
ェアは60%です。ここに矛盾があります。(注)ユーロは30%でし
た。

ユーロは、17ヵ国体制を解体せざるを得ません。そうなると、ドル
・シェアが、ふたたび70%~80%に向かい高まります。世界の金融
は1990年代のFRBの天下(パックス・アメリカーナ)に戻るのです
が、果たしてそうなるのか?

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<568号:紙幣を発行する中央銀行の敵は、
                ゴールド価格だった(2)>
           2011年12月14日号


【目次】

1.中央銀行は、なぜ作られたか?
2.民間銀行の、自己資本の乗数での信用増加(レバレッジと同じ
)が、マネーストックを増やす
3.1971年から1999年までの中央銀行とゴールド
4.1980年 金価格は、産油国の買いで850ドルへ
5.金価格が低迷した1990年代

【後記】

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■1.中央銀行は、なぜ作られたか?

金貨の時代は、金貨の現物は、誰からの負債でもないため、それ自
体が価値をもつものでした。政府も税収の範囲でしか、政府事業が
できなかった。しかし、封建時代や王制の政府には金貨が枯渇して
いました。そのときは、ほぼ必ず、金の含有を減らす「悪貨」を鋳
造し、金価格と物価をあげていたのです。

50%含有を減らせば、政府を経由した通貨量は2倍になって、物価
、資産価格は2倍になる。この関係を、示すのが、フィシャーのマ
ネーと経済の等式です。(注)マネーストックは、マネーサプライ
と同じです。

M(マネーストック量)×V(マネーストックの回転率)
                 =資産と商品の物価上昇率×実質GDPの増加率

金の含有量を50%減らせば、マネーストック量が2倍に増えます。
そのため、物価が2倍に向かい上がる。実質経済成長(=商品生産
と購買量の増加)は、急には2倍に増えない。年率増加で、近世は1
~2%、産業革命以降の近代で、3~5%でした。

政府が金の含有量を減らせば、比重を計って溶かせば、誰でもすぐ
分かるので、物価は、瞬時に上がっていました。錬金術はなかった
のです。

物価が2倍に上がると、政府が金貨を2倍に増やしても、1ドルや1両
での購買力は、1/2に下がりますから、なんら効果はない。

通貨の価値下落(=物価の高騰)によって、政府は転覆されてきた
のです。ローマ帝国が崩壊したのも、戦費で政府財政が破産し、政
府は悪貨を鋳造して物価をあげたからです。

フランス革命も、ルイ王朝が通貨(当時は金証券と不動産証券)を
発行しすぎ、フランの価値を下げたことが原因です。物価高騰によ
る国民の窮乏(特に食料の高騰)が、革命を生んだ。

江戸時代が明治に変わったのも、江戸幕府の財政の破産で物価(特
に米の価格)が上がって、武士階級(当時の官僚)が生活に困窮し
て脱藩し、商人(両替商)にお金を借りたからでした。マネーの力
が、階級を破壊したのです。マネーの価値変化は、時代を変えます
。戦争や革命はその結果です。

近代の銀行制度は、金準備制度でした。1913年に作られたFRBが未
だに、「準備銀行」という理由は、戦前はドルをもって行けば、金
1オンス(31.1グラム)と$25を交換していたからです。

ところが、実際に、金への交換要求をしたのは、兌換通貨発行量(
金と交換できるドルの発行総量)の10%でしかなかった。ここが肝
心な点です。

当時のマネー制度を誤って「金本位制」と呼んでいますが、実際は
、90%が金とは交換されないペーパー証券(法定通貨の紙幣)だっ
たのです。金貨の裏付けがあるとは言っても、事実上は交換要求を
しないパーパー・マネーが90%でした。

学説はこの重要な点を曖昧にしています。1913年に、民間銀行の出
資で作られたFRBが、いくらの金準備をもっていたか、明らかにさ
れていません。出資で所有していたと仮定しても、ドル発行量(通
貨発行金額)の1/10以下だったと推察できます。

(注)現在、FRBは8100トン(時価で36兆円)の金を保有するとさ
れていますが(WGCやIMFのデータ)、その量は、闇のなかで不明で
す。FRBは、米国議会も要請した金の保有高の調査には、一切応じ
ません。理由は、「空洞化」しているからでしょう。実際にあるの
なら、調査させても構わないでしょう。

中央銀行の金の所有量が不明であっても、通貨は、一定量の金と交
換できるとされていました。FRBを含む中央銀行は金の権威に、虎
の威を借りていたと言えます。

1913年に、兌換通貨を発行するFRB(中央銀行)ができたあと、起
こったのが、欧州を戦場とした第一次世界大戦(1914~1918)です
。戦争には、武器と兵士の雇用で巨額な戦費がかかります。税金で
は調達できない。

戦費として巨大な増税をすれば、国民は、戦争に出掛ける兵士には
ならない。そのため、中央銀行ができる前の戦争は、世界大戦には
ならなかった。政府に戦費が不足したからです。

中央銀行ができたあと、政府が戦費調達で行ったのは、増税ではな
く、国債をFRB等の中央銀行に買わせることです。これで戦費が、
国民に知られず、調達できてきたのです。

金の改鋳で、悪貨は作る必要なかった。代わりに、FRB、イングラ
ンド銀行、フランス国立銀行、ブンデスバンク(ドイツ)、そして
日銀は、国債を買い、通貨を印刷します。このため、戦費(武器製
造と兵士の雇用)で、経済はインフレになって、食と衣の工場も、
戦争物資の生産が加わってフル生産になった。結果は、大きなイン
フレでした。中央銀行が、通貨を刷ったからです。

兵器と生活物資の工場を破壊されて敗戦したドイツが、戦後ハイパ
ーインフレになったことは知られています。戦争では、物資のロジ
スティクスを破壊すれば、戦闘力がなくなります。竹槍では勝てな
い。日本の軍部は誤っていました。戦争には、マネーの力が必要で
す。第二次世界大戦も同じでした。日本は、物価が200~300倍に上
がった戦後ハイパーインフレを経験しています。

レーニンは言っています。「国家の崩壊は、通貨の増発によって起
こる」 通貨を増発して、物価が数倍に上がると国民が窮乏し、兵
器や燃料も買えず、戦えなくなるからです。

M(マネーストック量)×V(マネーストックの回転率)
                 =資産と商品の物価上昇率×実質GDPの増加率、
に戻ります。

中央銀行が、国債を買って、マネーを増発し、その結果、マネース
トックの金額が増えると、経済はインフレになる。金兌換通貨であ
ろうが、パーパー・マネーであろうが、結果は同じです。増発しす
ぎれば、マネー価値の下落(その現れが物価の上昇)になる。

(注1)マネーストックの回転率は、現在、世界で、ほぼ年間で1/
3回転です。このことの意味は、世帯と企業が、GDPの3倍の「金融
資産(預金、保険、年金、株、証券)」をもっているということで
す。

日本は1400~1500兆円の世帯金融資産に対し、名目GDPは469兆円(
11年8月)です。金融資産は、名目GDPの3倍です。世界も同じです
。世界の金融資産は1京5000兆円付近(マッキンゼーの推計)です
が、世界のGDPはその1/3の5000兆円です。日本の10倍が世界です
。

(注2)1京5000兆円の金融資産は、政府の債務(国債)、企業の債
務(株価)、保険会社の債務、世帯の住宅ローンの債務になってい
ます。債務が、借りた人の年収(=GDP)の3倍あると言えば、金融
資産がGDPの3倍という意味は、わかりやすいでしょうか。

年収の3倍もある借金の利払いと元本償還は、誰にとってもできな
い。このため、どこかで大きく債権(=金融資産)の不良化が起こ
って、ユーロ危機のようになる。価格が暴落したPIIGS国債は、そ
の持ち手の金融機関にとっては、預金や社債で買った金融資産です
。

この、危機の構造は、インフレで、金融資産つまり金融負債の価値
が、(たぶん)今の1/2に下がるまで、繰り返します。ユーロ危機
が、ECBによる通貨の増発で仮に収まったら、今度はドル危機、円
危機になるでしょう。CDSが次はドル、次は円をターゲットにする
からです。

米国では、年収の5倍、10倍もの住宅ローンを借りた人が破産して
、住宅証券(=持ち手にとっては金融資産)が、60%以下に下がる
ことからでした。

住宅ローン証券にかかったCDSは、数倍の価格に高騰しました。借
り手が住宅ローンの支払いができないため、ローンの回収を保証す
る保険証券であるCDS(金利=保険料率)が上がるのです。

欧州では、PIIGSが、財政赤字で借金を増やし続け、増加発行して
きた国債(=持ち手にとっては金融資産)の利払いと償還ができな
くなったために、ユーロに発火しています。ギリシア債にかかった
CDSは、債券額の50%の価格で、5%のときの10倍になっています。
イタリア債、スペイン、ポルトガル債のCDSは3倍付近です。

いずれも、これは、GDPの3倍に増えすぎた金融資産の価値の劣化で
す。マネーは、中央銀行が発行する負債性の通貨です。同様に、全
部の金融資産(世界で1京5000兆円)は、誰かが借りた負債性の資
産です。

危機を収めるために、中央銀行が、銀行の不良債券を買ってマネー
を刷れば、最後はインフレで負債の価値が下がり、物価が上がりま
す。

中央銀行が、金融機関がかかえている不良債券を買わず、マネーを
刷らないと、金融機関の負債にかかるCDSが上がって、銀行が破産
します。このときは、インフレと逆にマネーの総量が減って、物価
と資産価格が下がるデフレ型の経済危機になります。

デフレ型の経済危機は、物価と資産価格が下がり、金融資産(=金
融負債)の価値が上がります。そうなると、借りた側(国家、企業
、世帯)は、ますます、ローンと借金の支払いができなくなって、
金融は、全面崩壊になります。

これは金融資産の価値をなくすことですから、デフレ型恐慌の結果
も、インフレのときの金融資産の価値下落と、同じになるのです。
これが負債性通貨にいずれ起こる、価値下落です。

インフレ型恐慌と、デフレ型恐慌の、どちらが可能性が高いかと言
えば、インフレ型です。金融のシステミックな崩壊(信用恐慌と言
う)は、政府・中央銀行が避けるだろうからです。政府財政も破産
するからです。

■2.民間銀行の、自己資本の乗数での信用増加(レバレッジと同
じ)が、マネーストックを増やす

中央銀行が、国債を買ってマネーを刷っただけでは、マネーストッ
クは増えません。中央銀行が貸すのは、金融機関に対してです。そ
の金融機関(銀行)が、銀行システムの中で、信用創造しないと、
マネーストックは増えないのです。

銀行システムでの、信用創造の最大量は、自己資本の12.5%倍(
準備率が8%のとき=自己資本8%基準)です。この準備率を5%に
下げると、自己資本額が同じなら、総信用の創造量、言い換えれば
、その国のマネーストック量は、20倍になります。

逆に金融機関が、不良債券のため自己資本を減らす損失が、たとえ
ば50兆円になると、自己資本比率の規制基準が8%のときは、50兆
円×12.5倍=625兆円もの、リスク資産(貸し付金、証券、株保有
)を減らさねばならない。

日本は1997年の金融危機の後、日銀は50~100兆円を増発(日銀信
用の増加)しています。ところがマネーストック(主は、世帯、企
業がもつ金融資産)は、2000年以降、1400兆円から1500兆円で増え
ていません。
http://www.boj.or.jp/statistics/money/ms/ms1111.pdf

ふたたび、<M(マネーストック量)×V(マネーストックの回転率
)
                 =資産と商品の物価上昇率×実質GDPの増加率>

です。

マネーストックが増えないと、物価は下がります。これが日本型デ
フレです。マネーストックが増えない理由は、銀行が、今もたぶん
100兆円は抱えている、下落した不良債券のため、自己資本(預金
準備金)が十分ではなく、貸付金(リスク資産)の増加ができない
からです。

このため、2000年代の10年間、銀行・保険部門、郵貯、簡保、年金
基金は、リスク資産ではなく「安全資産」とされる国債を、300兆
円くらい増加買いしています。300兆円の貸付金を回収して、300兆
円の安全資産に振り替えたと言っていい。

国債を保有すると、自己資本(預金準備金)の計算のとき、リスク
資産の割合が減ったように計算されるからです。[銀行の自己資本
比率=中核的自己資本÷貸付金や化株式の保有等のリスク資産額]
とされるからです。

PIIGSやユーロ債のように、CDSが高騰して日本国債もリスク資産に
なると、日本の金融は崩壊し、国債が売られて政府財政は破産しま
す。

事実、BIS(国際決済銀行)は、銀行・保険・基金がもつ国債も、
時価での評価が必要なリスク資産に見なすという世界の銀行に対す
る自己資本規制を、発動することも示唆しています。

BISは欧州の金融機関に対して、自己資本比率の基準まず9%、つぎ
は11%にすると表明しています。現在のような危機の状況を見た上
でのBIS規制の強化ですから、世界の中央銀行の上の、中央銀行と
されるBISの意思は、欧州、米国、日本の金融と政府財政を、破産
にもってゆくことに思えます。

BISが権力をもつのは、BISが、各国の外為取引の、取引所であるた
めです。BISの、自己資本規制の基準を満たさないと、その金融機
関は、為替取引ができなくなります。

東京証券取引所が、企業に対し(日航で実施し、オリパスや大王製
紙で言われているような)上場廃止を通告するようなものです。上
場廃止なら、証券取引所での株の売買ができない。公募の株と社債
での資金調達ができなくなります。借りる金利も上がる。BISは、
世界の金融機関のもっとも肝心なところを抑えています。

時事に関連して中央銀行の機能を述べたため、テーマの金と中央銀
行の関係について述べる紙幅が減ってます。

■3.1971年から1999年までの中央銀行とゴールド

以降では、FRBによる金・ドル交換停止(ニクソン・ショック)の
後の、中央銀行とゴールの関係を述べます。FRBが1オンス$35で交
換していた金を、引き渡さなくなったのは、[金がもっとも価値を
保つマネー]と考えたからです。

FRBが言うように、金に価値がないなら、ドルと引き替えに、交換
要求していたドイツとフランスに金を渡せばいい。

渡さないという決定は、[金がもっとも価値がある]とFRBが認識
しているからです。これは、理の当然です。ところがFRBは[金は
単に金属の一種、マネーの価値はない]と言い続けて約30年、2011
年に至っています。その間、嘘を言い続けているのです。

(注)以下は、フェルナンド・リップスの『金戦争:いまなぜ金復
活なのか』の2006年版の邦訳を主に、他の情報も集め、単純化して
整理したものです。今日、アマゾンから原書が届きました。

邦訳と比較すると、重要な部分で翻訳されていないとろが相当にあ
ります。後日、読みこなして、お届けします。『Gold War』が、あ
るところはぼかして、あるところは別の論旨に変えつつも、一番の
真実を述べているように思えるからです。類書はありません。

現在の金価格は、1オンス(31.1グラム)で$1700~$1900の間を
波動しているということの前提で、以下を読んで下さい。FRBは、
常に、金については真逆を言っています。

▼1970年代・・・FRBは金を悪の金属と言っていた

1970年代・・・米国FRBが「金は悪の金属だ」と言いながら、打ち
負かそうとした10年。これが金戦争だ	った。

1971年 
米国のドル建て対外負債は、$600億に達した。三分の1を、海外の
公的機関が所有。	このため、アメリカの金準備は、実質的には
$97億(8000トン)に減少したことになる。

金	価格は、1オンス(31.1グラム)で$43.94の新高値を記録し
た。8月15日にニクソンは金兌換の停止。金デフォルトに	等しい。
ブレトン・ウッズ体制が崩壊した。ブレトン・ウッズ体制崩壊で変
動相場制へ。通貨ヘッジ(通貨スワップのデリバティブ)が誕生し
た。

1971年 
スミソニアン協定。(10カ国蔵相会議) 金1オンス=$38と決め
る。72年には1オンスの	公定価格は42ドル。市場価格は75ドルに
高騰した。

1973年
ロンドン市場で金は1オンス90ドル。1972年から1980年までに、軍
事費で財政が窮迫していたソ連(世界2位の産金国)がスイスで売
却した金の総量は2000トンだった。

1973年 第一次オイルショック。

原因はドル価値の下落だった。原油は、1バーレルで$2がまず$5
へ、つぎに$11へ高騰した。

(注1)2011年12月は、1バーレル$95である。原油と金価格は、同
調し、パラレルに動く。

(注2)2011年12月は、イランの核開発の継続を理由に、米国はイ
ラン原油を買わないと言い経済封鎖した。原油高騰(第四次石油危
機)のきっかけになる可能性がある。原発の開発が世界的に停止す
れば、原油と同じ値動きをする天然ガスが高騰するからである。

1974年
米財務省の金売り。金価格に打撃を与える目的だった。金の裏付け
のない紙幣を発行するFRBにとって、金は敵である。金が上がると
、ドルが下がったと思われてしまうからである。

	金を売り崩すため、米国のCOMEX(商品取引所)で、金の先物
証券の取引が開始された。先物証券は、金の現物を借りて売る。先
物証券は、「ペーパー・ゴールド」を増やしたような、市場効果が
ある。

1975年 
米国民への金保有を解禁した。40年ぶりだった。
しかし、同時に、なぜかエコノミストは金の有効性を否定した。

	アメリカ人は金否定のエコノミストに洗脳されていた。
アメリカは世界の金市場	で、金の売り崩しを画策していた。

紙幣の過剰発行を隠すためである。FRBがドルを過剰発行したため
、米国の物価は2桁も高騰していた。

先進国と	スイスは、自国とIMFの金準備高を増加させないこと
で協調した。これは、FRBの意思を受けたものだった。

1975年 
1オンス=128ドル、1976年=103ドルの底値。

	金鉱山は、先物のヘッジ売りをしていた。ヘッジ売りは、今年
度、生産予定の金を、先物として売ることである。これによって、
金の供給が増えたようになって、金価格が下がる。

1976年 
金価格103ドル(底値)。 金鉱山による先物売りの増加が原因だっ
た。
IMFも、金の競売をした。IMFによる金売却は1980年まで続	く。


奇妙なことであるが、IMFに加盟する国は、その国の通貨と金をリ
ンクさせてはならないという協定がある。

1979年 
イラン革命 第二次オイルショック(原油価格4倍)。産油国の中
央銀行が金を購入した。アラブは、債券や株式を理解していなかっ
た。

	9月の金価格1オンスが430ドルに高騰。米財務省の金競売にド
レスナー銀行が応札した。

10月 米財務	省は、なぜか、金売りの停止をした。

1979年11月 
米国は、原油の高騰で、FRBが預かっていたイランの金を、凍結し
た。

各国中央銀行は、米国のフォート・ノックス(現物金の保管所とさ
れるところ)に金	を預けることの危険を感じた。米国が、対イ
ランのように金を渡さなくなるからである。

■4.1980年 金価格は、産油国の買いで850ドルへ

金を失う恐怖に駆られたイランは、チューリヒで金を買う。同時に
、米国に金を預けることに不安になったアラブの湾岸国の王家が	
金購入に殺到した。

1980年1月 
アラブの買いで、金価格は1オンスの850ドルの高値へ 

1980年 
FRB議長のボルカーはプライムレート21%(優遇金利21%)に上げ
た、米国のインフレ率を14%から、3~4%に下げる目的だった。

FRBの強烈な金融引き締めで、米ドルは21%の高金利を理由に、世
界から買われた。このドル高のため、米国の製造業は空洞化した。
このとき、「グローバル生産」という考えが喧伝(けんでん)され
た。

1980年
強気相場の天井で、中東、東南アジア、インドネシアが金を売る。

1オンス600	ドルへ低下。

	南アフリカが世界の産金の70%を占めていた(675トン)。し
かし10年後は南アフリカの金鉱山は、枯渇し、生産シェアは	37%
に低下する。他方、アメリカの産金は、259トンに増加した。

1980年代は、米国の大減税の時代。最高所得税は70%→28%まで低
下)した。世帯は、住宅・耐久財をローンで	購入した。住宅投
資が景気を引っ張る。米国に信用膨張が発生した。

米国は、累増する貿易貿易のため、世界最大の純債務国	へ転落し
ていた。金価格は下落した。83年02月が$300だった。

1980年代は$350~400を波動した。90年代後期は$300だった。

1981年 レーガンは金委員会を設立。委員は、金を金融システムか
ら閉め出すという結論を出す。

国際コモデ	ィ(資源、穀物、金属)の価格は1981年がピークだっ
た。
新たなコモディティ・インフレは、18年後の1999年	から始まった
。

1982年 
米国株の上昇。この後、ダウは800ポイントから1万1000ポイントへ
14倍へ。株価の高騰によって、投資資産としての金は見捨てられた
。株価のほうがはるかに高騰したからである。

FRB(および御用エコノミスト)による金敵視戦略は、成功したか
のように思えていた。

1985年 
天井は金1オンスで500ドル。
500ドルは1982年、1985年、1987年。

米国はプラザ合	意で、ドル切り下げを行った。ドイツマルクと円
に対し、ドルは、1/2に向かい下落した。(注)1ドル250円が100
円台に。

	バリック・ゴールド社が、空売りや金ヘッジ取引(先物売り)
を開始。
価格低下で利益を出す。

1989年 金1オンスは401ドルに下がった。

■5.金価格が低迷した1990年代

1990年代半ば 
イタリアで1年間に加工される金は500トン(南アフリカの金鉱の1
年間	の産出額の相当)に増えていた。

オフショア金融のベネチアが本籍の、金融マフィア(首魁は、BIS
を事実上支配しているデル・バンコ一族)は、下がった金を買い続
けていた。1年に500トンの買いは、20年で、1万トンになる。この1
年500トンのイタリアの買いは、公的な統計にすぎない。

2011年現在は、世界のマネーの70%が経由するともいうオフショア
金融では、何をいくら買い、売ったのか不明である。

推計だが、90年代は金が安価で、中央銀行も金の保有で損をすると
言い、1990年代は売っていた。その量は、当方の推計だが、1年に1
000トンにはなるだろう。1980年代から20年の売りで、約2万トン(
現在の時価で90兆円)の現物金を、買い占めたところがあった。

1990年代の金価格低下原因:

(1)金本位だったスイス銀行の金売却があった。
(2)物価が上がらないデフレ基調の経済。
(3)金は高齢者	が選ぶ資産であったが、相続人は売却していた。


スイス銀行が金を放出したのは、IMFに加盟したからである。IMFに
加盟の条件は、前述したように、金と通貨のリンクを切ったパーパ
ー・マネー発行クラブに入ることである。

1996年11月
金価格386ドル:スイスが金売却とのニュース。
	
各国中央銀行、IMF、BISの金保有は、合計で3万4726トン(4180億
ドル相当)とされたが・・・(嘘が混じる公称である)
	
	中央銀行の役割は、銀行救済のための、債券買い取り・通貨発
行とされる。	FRBは銀行に際限なくマネーを供給する機関にな
って行った。

	金価格は、かつては銀行の財務体質を計る指標だったが、政府
紙幣化ではその警鐘がな	い。

金本位は、銀行の好き勝手を抑制する。通貨発行、信用創造の自由
を得たい	ため、銀行家は金を排除したがる。

FRB、銀行家、エコノミストは金の役割は終	わったとのイデオロギ
ーを流す。「金時代の終焉」を言う。

	産金量は1年2500トンだが、先物市場における取引は1日で800
~1000トンと	される。産金量の80倍から100倍の、取引がある
。

1975年以降、金は、先物のレバレッジで価格を上昇、下落させるこ
とができるよ	うになった。変動相場だった。
これが、先物売りによるヘッジの必要を生む。

	中央銀行は、金に金利がつかないので、金リース(貸し出し)
で金利をとった。	金鉱山に対し、年3~4%の利率でリースした
。

金鉱山は、低利での融資を受けたの	と同じである。採掘した金
で返済していた。先物市場で売却、あるいは現物市場で売却し	
て現金を得て、鉱山投資をしていた。

中央銀行が、金を取り扱う金融機関(ブリオン・バンクと言う)に
貸すゴールドローンの金利は、3%から4%と低かった。これに	
よって、金価格が引き下げられた。

	中央銀行は金価格を冷ますためにはリースを増やし、鉱山会社
に先物売	りでヘッジをするよう説得すればよかった。
	
この金投機(先物売り)で利益を上げたプレーヤーは、ゴールドマ
ンサックス、JPモルガン・チェー	ス、ドイツ銀行、ソシエテ・ジ
ェネラル、USB、クレディ・スイスなどの一流銀行だ	った。

1996年後半
スイス銀行(2590トンの金準備)は、通貨発行の40%を金で裏付け
るとい	う必要はないと発表。1997年に25%に引き下げが提案され
た。

	1992年に加盟したIMFは、協定で通貨に金保有を裏付けること
を禁じている。	スイスも、金本位を廃止した。

IMFは、1971年のブレトン・ウ	ッズ崩壊以後、米国の金融機関が利
益を得るための、途	上国支援の国際機関に変身していた。

スイスの金本位廃止で、金価格の下落操	作を行う者達が、勝利
した。通貨としての金が根絶したからである。後は、	金を下落
させることだけである。金価格は暴落し、1オンス376ドルになった
。

1998年
米国議会は、スイス銀行がナチスの金を保有していると非難。200
億スイスフランを要求する	賠償訴訟で、脅迫した。1996年時点
で、スイス(人口400万人の、1人当り換算の金	保有高は通貨115
%、米国21%、ドイツ20%だった。米国・英国は、スイスに金を保
有させない戦	略だった。

1999年 
英国の赤字を補填してきたイングランド銀行が、外債購入のために
715トンの金準備のうち、415トンの金売	却を行った。

金価格は、1オンス250ドルに下落(90年代の金の底値)した。
	50年前は世界の金の70%を中央銀行が保有していた。
現在は25%にすぎない。

過去は宝	飾用以外は中央銀行が買っていた。
1971年以降、中央銀行は金を売り越した。
	
ただし、1999年の中央銀行の金保有は3万350トン(公称)。1975年
比で300トン減少。	スイス、及びイングランド銀行の売却分を、
他国の中銀が買いとったためである。
	
	ヘッジ・ファンドは、金キャリートレード(当時の金の貸出料
は、金価格下落のため年1%と低かった)を開発し、金を売った。
金を	借りて売り、その現金で、国債や株を買う取引である。こ
れが金の下落圧力になる。金価	格下落で、金を売ってきた銀行
は、自信を深める。

ロシアの国債デフォルトで、破産したヘッジ・ファンドLTCMも、30
0トンから400トンの金キャリー・トレ	ードを行っていた。これら
が金の売却圧力になった。

	1990年代は、産金量が2500トンで、過去(1000トン)の2.5倍
に増えていた。

他方では、1オンス$250~280$付近(1グラムで、今の1/5の800
~900円だった)の安値で買ったところがあるということである。

この安値で買えば、1万トンでも、8兆円に過ぎない。10万トン買っ
ても80兆円で、大手金融機関の資金量とっては容易である。

1999年9月26日 
1971年からの28年間とは一転し、なぜか、各国中央銀行の金売却量
を制限するワシントン合意が結ばれた。

向こう5年にわたって、世界の中央銀行の金売却とリース	を400ト
ン(5年で2000トン以下)に制限する協定である。

理由は、(推計だが)1999年で世界の中央銀行が売ってきた金が、
無くなったからであろう。世界の中央銀行の金保有高3万トンは、
嘘である可能性が高い。1980年から、一貫して30年も売り続け、3
万トンが残っているはずもない。容易に推理できる。

金は1オンスで257ドルと	最安値だったが、ワシントン協定で330
ドルに上昇した。ゴールドローンの金利は9%まで	暴騰した。誰
もが危機を予感した。ゴールドロ	ーン金利高騰は、ファンドと金
鉱山と銀行のヘッジ取引(先物売買)を追い詰めた。

	IMFは途上国支援のために保有金を売却すると発表した。
これも価格操作と非難された。
	
	スイス銀行は、米欧に押され、金売却を決定(スイスフラン安
の決定)。(1300トン)	金価格は280ドル台。1300トンを安値で
買ったのは欧州の中銀(ECB)であり、この買いで過去のリース分を	
埋めた。

1999年には、統一通貨のユーロを準備していた欧州中銀(ECB:首
魁はドイツ銀行)が、世界最大の金保有になった。

1999年末 ユーロ圏の中銀の金保有は1万2457トン(うち金貸し出
し10%~12%)。欧	州の中銀はこのリース分を、スイスの放出を
買って埋めた。

以下、金が、一転して高騰した2000年代に続きます。

【後記】
スイスは、「ある世界像」を準備する機関によって、金を最低値で
売却することを余儀なくされたと、リップスは観測しています。

12年前の1999年でも、ペーパー・ゴールド市場(金の先物証券)は
、現物市場の100倍になっています。2000年代の金は、1オンス$28
0の安値から$1700~$1900まで、6~7倍に高騰しています(原油
と同じ高騰率)。

中央銀行による金の売却量を制限するワシントン条約は、2004年、
2009年と二回更新され、2014年までは続きます。

金も、需要と供給で価格が決まります。ドル不安、国債不安、通貨
不安から需要が増え、中央銀行が売却を減らせば(供給制限)、上
がるに決まっています。

当方の仮説は、中央銀行が売る金を売ってしまっているので、価格
を醒ます放出ができないということです。

他方で、現物金を、ほぼ30年に渡って、買い占めた機関があるので
しょう。次稿は、ユーロの崩壊、そして近々のドル崩壊、連れて円
崩壊に対し、金はどんなポジションを占めるのかです。これを論じ
ねばならない。

金では、FRBは30年、裏腹の嘘を言い続けていています。WGCやIMF
の公表データは信用できず、売買の数値論理による「推計」という
方法しかない。

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