ついに、白旗を上げたクルーグマン(3)後編
This is my site Written by admin on 2015年11月30日 – 14:00

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こんにちは、吉田繁治です。前号に続き、白旗を上げたクルーグマ
ンの後編をお届けします。クルーグマンが1998年に書いた『流動性
の罠』で示した金融政策は、ほぼそのまま、2013年4月からの「異
次元緩和」として展開され、現在も継続中です。

異次元緩和が目的の効果を上げてないことも示しているクルーグマ
ンの記事がNYタイムズ紙に載ったのは、15年10月20日でした。

現在そして今後の日本経済にとって、これ以上はないくらいの重要
なことが書かれているのに、当のわが国でどこにも報じる記事がな
かったので、有料版で訳して、お送りしました。

その後クルールグマンは、11月2日のNYタイムズの記事で、関連し
た釈明をして、IMFの会議(11月6日のフォーラム)でも、量的緩和
の効果予想について誤りがあったと、認めています。

(Liquidity Traps, Temporary and  Permanent:Nov.2 2015)
http://krugman.blogs.nytimes.com/2015/11/02/liquidity-traps-temporary-and-permanent/?_r=0

(クルーグマン氏、日銀のインフレ促進能力に自信を失う:WSJ紙:
2015年11月10日:日本語版)
http://jp.wsj.com/articles/SB11021942449448864116004581346062400283544?alg=y&mg=id-wsj

(IMF:量的緩和政策の将来についてのレッスン:nov.6.2015)
http://goo.gl/XHuCKz

この有料版には、直後から多くの反響があり、翻訳もインターネッ
トでのサイトに掲載されました。無料版の読者の方々にも、お送り
する必要があると思い、不適な部分が混じっていた先の翻訳を改訂
して、送ります。

日銀、政府、そしてリフレ派のエコノミストの人たちは、どう解釈
するでしょうか。本稿の内容には、潜在成長力、自然金利、長期停
滞、実質金利、流動性の罠、フォワード・ガイダンスなどの専門的
な用語が混じっています。

リフレ派の経済学者も間違えたくらいの内容です。当方の非力を顧
みず、予備知識がない方にも、可能な限り具体的にわかるよう努め
て解釈し、解説する方針で書きます。

【6つの用語】
(1)潜在成長力:日本では、3.5%の失業率以下の、完全雇用のと
き、無理なく達成されるGDPの成長率。

(2)自然金利:潜在成長率を達成しているときの、デフレにもイ
ンフレにもならない金利。潜在成長率≒自然金利率、になる。

(3)長期停滞:ある国で、潜在成長率がゼロやマイナスの状態を、
数年以上~数十年も続けること。生産年齢人口が減るか横ばいで、
技術進歩と資本の増加がないとき、GDPが増えないかマイナスする
長期停滞になる。

(4)実質金利:実質金利=名目金利-予想物価上昇率。名目金利
がゼロでも、人々の物価下落予想が2%なら、実質金利は2%になっ
て、借りる人や企業の金利負担が重くなる。

逆に、物価が2%上がる予想になると、実質金利は─2%になり、投
資はキャピタルゲインを生むと予想されるので、借り入れ需要が増
えて、投資が増える。投資が増えれば、GDPは成長する。

(5)流動性の罠:名目金利がゼロになった場合、人々は、金利が
ゼロ付近で、下落リスクがある債券より、現金を選好する。このた
め、現金需要が拡大し、いくら金融緩和を行っても、景気の刺激に
ならない。この状態を流動性の罠(わな)と言う。

この流動性の罠は、潜在成長力がゼロ付近か、マイナスの時起こる。

流動性の罠の状態であっても、イフレを起こして、「名目金利0%
─予想物価上昇率2%」とすることができれば、実質金利がマイナ
ス2%に下がって、資金の借り入れ需要が生じ、投資も増えるとし
たのが、クルーグマンの『流動性の罠』の論でした。

(6)フォワード・ガイダンス:中央銀行が、相当先の将来の金融
政策を示唆すること。例えば、物価が恒常的に2%上がるようにな
るまで、大きな金融緩和を続けるという中央銀行の約束。

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<Vol.342:ついに、白旗を上げたクルーグマン(3)後編>
      無料版:2015年11月30日
【前号目次:前編】

1.日本経済における需要は、弱くなっている
2.日本経済は、何から脱却せねばならないのか
3.GDP成長率が、潜在成長力に近い日本で、なぜ、インフレ率の低
さが問題になるのか?
5.流動性の罠(わな)からの脱出

【本号目次:後編】
6.インフレの実現のためには何をするべきか?
7.日本の潜在成長力の低さの原因は、人口問題だった
8.急激な財政拡張策は、日本の政策にはならないだろう
9.日本に必要なインフレ率は、2%よりはるかに高い(4~6%)
10.クルーグマンの結論

【後記:日銀はいつまでも、大量の国債を買い続ける】

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■6.インフレの実現のためには何をするべきか?

ここで、クルーグマンは、1998年に日本に提案した『流動性の罠』
論を振り返ります。

But what would it take to raise inflation?
(インフレのためには何を行うべきか)

Secular stagnation and self-fulfilling prophecies
(長期停滞と自己達成的な予言)

▼Back in 1998, when I tried to think through the logic of 
the liquidity trap, I used a strategic simplification: I 
envisaged an economy in which the current level of the 
Wicksellian natural rate of interest was negative, but that 
rate would return to a normal, positive level at some 
future date. (10)

(元の記事:Rethiking Japan oct.20.2015  NYT)
http://krugman.blogs.nytimes.com/2015/10/20/rethinking-japan/

<1998年にさかのぼって言えば、私は、流動性の罠の論理を通じて
考えようとして、戦略的に単純化していた。
つまり、当時の日本の、
・ヴィクセル言った自然金利をマイナスとは見ていたが、
・将来のいつか、自然金利は正常になって、プラスに戻ると想定し
ていたのだ。翻訳(10)>

戦略的に単純化したというのは、クルーグマン流の言い訳です。他
にも、金融・経済的な要素はあるが、それらを捨象し、量的緩和の
効果を強調したという意味のものだからです。

〔2つの予備知識:潜在成長力と自然金利〕
ヴィクセルの自然金利とは、インフレもデフレも起こさないレベル
の金利です。この金利率は、その国のGDPの、潜在成長力に近い値
になります。

潜在成長力は、完全雇用(日本では失業率3.5%付近)のときの、
実質GDPの成長率です。自然成長力とも言います。

クルーグマンは、ここで、『流動性の罠』を書いた1998年当時の、
日本経済への認識を言っています。

・1998年は、(金融危機のため)日本の自然金利はマイナスになっ
ている。
・しかし将来は、潜在成長力はプラスに戻り、それにつれて自然金
利もプラスに戻ると想定していたということです。

ここがクルーグマンの間違いでした。異次元緩和が始まった2013年
以降でも、日本の潜在成長力が、ある程度のプラスになり、自然金
利がプラスに上がることはなかったからです。

●日本経済の潜在成長力はプラスに戻るという1998年当時の認識か
ら、量的緩和の政策を導いたと回顧しています。この部分も、肝心
です。以下のように書いています。

This assumption provided a neat way to deal with the 
intuition that increasing the money supply must eventually 
raise prices by the same proportional amount; it was easy 
to show that this proposition applied only if the money 
increase was perceived as permanent, so that the liquidity 
trap became an expectations problem(11).

<日本経済の潜在成長力がプラスなら、マネー・サプライを増やせ
ば、物価は、最終的に、マネー・サプライの増加量に比例して上が
るという考えになった。
そして、マネー量の増加は永久的であると人々に受け取られたとき
のみ、物価が上がるとい命題が成立することは、容易に示せる。以
上の考えから、流動性の罠は、人々の将来への予想(期待)の問題
になった。翻訳(11)>

潜在成長力とは、既述のように、完全雇用で設備稼働が100%のと
きのGDPの成長力です。日本では、職業の移動期間と想定される失
業である3%台の失業率です。自然失業率と言います。12年勤務で、
4か月くらいは職業移動のための失業があるのが平均的でしょう。
日本人は、平均で言うと生涯に3回会社を変わります。(2015年4月
の、わが国の失業率は、3.3%です:総務省)

不況とは、GDPが潜在成長率に達していないことが続くことであり、
失業率が、自然失業率より高いときです。しかし1998年当時の失業
率は3.5%であり、ほぼ完全雇用でした。

2015年の失業率も、完全雇用と言える3.3%です。完全雇用のとき
のGDP成長が潜在成長率です。2015年11月の実質経済成長は、0%~
0.6%程度でしかない。つまり、日本の潜在成長力は0%台に低いま
まです。

●クルーグマンが、将来は高くなると見ていた日本経済の潜在成長
力は、実は、低いものでした。この点に事実誤認があったと本人が
述懐したのが、論の「さわり」です。

潜在成長率が低いため、日銀がマネタリー・ベースを増やしても、
企業と世帯が新たに借り入れることによって増えるマネー・サプラ
イの増加に波及しなかったのです。

マネタリー・ベースとは、日銀が発行した紙幣と、金融機関が日銀
に預ける当座預金です。日銀の営業毎旬(じゅん)報告に、旬が示
す、10日ごとの金額が出ています。

直近の15年11月10日では、紙幣が92.1兆円、当座預金が244.7兆円
です。合計では、336.8兆円に増えています。日銀は、この2年半、
月平均で、7兆円~8兆円の国債を買って、主に当座預金を増やして
います。
https://www.boj.or.jp/statistics/boj/other/acmai/release/2015/ac151110.htm/

異次元緩和を開始する前の13年3月末は、83.3兆円と58.1兆円であ
り、合計141.4兆円でした。

基礎的なマネーであるマネタリー・ベースは195.4兆円も増え、2年
7か月で約2.4倍になっていますが、それが、企業と世帯の預金が主
であるマネー・ストックの、過去の傾向(約2%増加)を超える余
分な増加になっていません。

これが、需要が引っ張る形の、デマンド・プル型のインフレが生じ
ていない理由です。(注)経済学的に言う需要は、投資と商品需要
の合計です。

量的緩和開始後2年半では、需要が供給を上回ることによって起こ
る、好ましい物価上昇、つまりデマンド・プル型のインフレを引き
起こすことはできませんでした。

マネタリー・ベースは、異次元緩和前の2.4倍である336.8兆円に増
えています。ところが、企業と世帯が実体経済で使うマネー・スト
ックは、前年比で2.9%しか増えず1227兆円(M3:2015年10月)で
す。

マネー・ストックは、従来のマネー・サプライと同じ概念であり、
わが国では郵貯を含むM3(エム・スリー)で計ります。
https://www.boj.or.jp/statistics/money/ms/ms1510.pdf

2%台のマネー・ストック増加なら、異次元緩和の前とほとんど変
わらない。つまり、日銀約200兆円を増発した異次元緩和は、マ
ネー・ストックの増加においては、効果を上げていないのです。

マネー・ストックの増加が4%以上でないと、わが国では、デマン
ド・プル型のインフレにはならないとされています。(異次元緩和
を推進している岩田規久男副総裁が書いた『デフレの経済学』よ
り)

■7.日本の潜在成長力の低さの原因は、人口問題だった

▼The approach also suggested that monetary policy would be 
effective if it had the right kind of credibility ? that if 
the central bank could “credibly promise to be 
irresponsible,” it could gain traction even in a liquidity 
trap(12).

<これは、マネーの増加政策が、それにふさわしい信頼をもたれた
とき、効果を生むことも示している。その意味は、中央銀行が、通
貨の増発において無責任になるという約束が、人々に信頼されるな
ら、流動性の罠の中でも、物価を上げる効果を生むということであ
る。翻訳(12)>

credibly promise to be irresponsible(通貨の増発において無責
任になるという日銀の約束が、人々に信頼される)とは、クルーグ
マン固有の、入り組んだ難しい表現です。

具体的には、「イフレになった後も、無責任になって、量的緩和を
続けるのが日銀だ」と、国民から予想されることです。もっと具体
的言えば、黒田総裁なら、インフレ目標2%が達成されたあとも、
無責任に量的緩和を続けるだろうと、国民から予想されることです。

クルーグマンは、量的緩和が物価上げる効果を生むには、日銀が、
通貨の価値を守る番人としては無責任になり、インフレになっても
通貨増発を止めないと予想されることが必要だと、ことあるごとに、
言い続けています。これが「流動性の罠から脱するのは期待の問
題」になったということの、クルーグマン的な意味です。

これは、消費者物価が2%上がったあとも、日銀が量的緩和を続け
ることを示唆することなので、「フォワード・ガイダンス(金融政
策の将来を示すこと:欧米)」、あるいは、「時価軸政策:日銀」
と呼ばれるものです。

クルーグマンは、IMFでのレクチャーに立ち、「フォワード・ガイ
ダンスは、少数の参加者に対してしか有効ではなかった。多数に対
しては無効だった。」とクリアに、自己否定しています。つまり量
的緩和はその目的を達しなかったのです。以下に、動画があります。

(IMF:量的緩和政策の将来についてのレッスン:nov.6.2015)
http://goo.gl/XHuCKz

更に、量的緩和が、物価上昇に対して効果を上げる別の重要な要件
(条件)として、日本経済の潜在成長力が、数%のプラスでなけれ
ばならないとも言う。

(注)わが国の潜在成長力は、1%以下です(2014年:内閣府と日
銀)。内閣府は、01年~07年の潜在成長力を0.7%、08年~12年を
0.8%と推計しています。日銀は、これより低く、0%付近としてい
ます。いずれにせよ、相当に低い。
http://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/special/future/0214/shiryou_02.pdf
http://www.jcer.or.jp/column/iwata/index760.html

このあと、クルーグマンは1998年の『流動性の罠』で間違えた原因
は、日本の生産年齢人口の減少から来る、潜在成長力のマイナスを
意識していなかったからだと述懐します。

▼But what is this future period of Wicksellian normality 
of which we speak? Japan has awesomely unfavorable 
demographics:(13)  

<しかし、ヴィクセルが言う潜在性成長力が正常になる日は、いつ
来るのか。日本は生産年齢人口の減少という、ひどく好ましくない
人口構造をもっている。翻訳(13)>

▼Which makes it a prime candidate for secular stagnation. 
And bear in mind that rates have been very low for two 
decades, fiscal deficits have been high that whole period, 
and at no point has there been a hint of overheating. Japan 
looks like a country in which a negative Wicksellian rate 
is a more or less permanent condition.(14)

<この人口問題こそが、日本経済を「長期停滞:secular 
stagnation」にしている原因でもある。普通の経済なら金利が上が
るはずの、大きな財政赤字がずっと続く中でも、日本は、20年も超
低金利だったことを思い起こせば、資金需要の過熱の時期は、来そ
うもない。日本では、多かれ少なかれ、ヴィクセルが言ったマイナ
スの自然金利が、永久に続くように見えるからだ。翻訳(14)> 

ヴィクセルの自然金利とは、その国のGDPの潜在成長率(自然成長
率ともいう)が発揮されたときの、インフレにもデフレにもならな
い中立的な金利率です。「自然金利≒潜在成長力」になります。

ここが、リフレ論で、クルーグマンが誤ったポイントです。日本経
済のGDPの潜在成長力が、生産年齢人口の減少のため、マイナスな
ら、日本の自然金利もマイナスになります。

しかし、それにしても、ここは変ですね。

1998年に、65歳以上の退職者が増える生産年齢人口の減少が始まる
というのは、わが国の人口動態から、どの経済学者にとっても周知
の事実だったからです。それを認識せず、日本経済の成長力を予測
していたのかと、とても変に思えます。普通、ありえないことです。

長期停滞とは、その国の潜在成長率が、ゼロやマイナスの状態を長
期間(5年以上~数十年)続けることです。

(注)GDP=1人当たりGDP×(15歳~64歳の生産年齢人口)×就業
率、です。就業率はほぼ78%です。このため、生産年齢人口が減る
国では、その減少率以上の1人当たり生産性の上昇がないと、GDP縮
小します。

日本は、1998年を頂点にして、生産年齢人口は、年率1%弱という、
人口では大きな率で減少しています。

[参考]1人っ子政策だった中国でも2012年ころから生産年齢人口の
減少が始まりました。先進国ではない中国でも、生産年齢人口が減
少すると、GDPの成長率は大きく下がります。中国の2012年以降の
GDP成長力は、公称の7%や6.9%ではなく、4%台でしょう。

【実質金利の問題】
金利0%という限界をもつ中でも、物価が2%上がると期待されるよ
うになれば、〔実質金利=名目金利0%-予想インフレ率2%=-2
%〕となります。

潜在成長力がプラスなら、実質金利がマイナスになると、民間の資
金需要の増加が起こり、世帯と企業が使うマネー・ストックが増え、
物価が上がり、実質経済も成長するようになるはずです。

しかし日本経済の潜在成長率(=自然成長率)が、人口問題からマ
イナスであり、自然金利がマイナス1%なら、どうなるか。例えば、
日本の自然金利がマイナス1%なら、実質金利のマイナス2%程度で
は、資金需要を増やす効果は、ほとんどないでしょう。

【住宅の事例】
住宅を例にとると、住宅価格が2%下がると予想されている国では、
ローン金利が最下限の0%であっても、住宅需要を増加させる効果
はありません。買った住宅が2%下がると、0%ローン金利が実際に
は(実質金利では)+2%になるからです。

他方、住宅価格が2%上がるときは、同じ0%の金利が、2%のキャ
ピタルゲイン(住宅の値上り益)を生み、ローンの借り入れ需要が
増えます。これが、インフレ効果です。

<日本は、多かれ少なかれ、自然成長率がマイナスで、マイナスの
自然金利が永久に続くように見える(クルーグマン)> 

おそらくこれです。住宅ローン金利が1%を割っても、住宅需要で
の、金利の低さと言う要因からの増加はないからです。

(注)消費税が3%上がる前の、駆け込み需要はすこし見られまし
たが(4万軒:4.4%:2014年)、実際のローン金利が1%以下と低
いのに、その後、85万軒(2年前比で-7%)に落ち込んだままです。

2016年の新築需要は82万軒と3万軒減少する予想です。これは、世
帯が、将来の住宅価格が値下がりするという予想をしていることに
なります。なお、1980年代末の新築は166~167万軒で、現在の2倍
でした。

【住宅価格が上がっていた時代】
1980年代では、ローン金利は7%と高くても、住宅購入は増加して
いました。住宅価格は、年率10%付近は上がると予想されていたか
らです。このため住宅ローンの実質金利は、〔名目金利7%-住宅
価格の予想上昇率10%=-3%〕でした。

▼If that’s the reality, even a credible promise to be 
irresponsible might do nothing: if nobody believes that 
inflation will rise, it won’t. The only way to be at all 
sure of raising inflation is to accompany a changed 
monetary regime with a burst of fiscal stimulus.(15)

<マイナスの自然金利が続くことが実際なら、日銀が無責任になる
という約束が人々に信用されても、何も起こすことはできないだろ
う。インフレになると思う人がいなければ、インフレは起こらない
からだ。このとき、唯一インフレを起こすことができるのは、変更
した金融政策の体制に、爆発的な財政刺激を伴わせるようにするこ
とだ。翻訳(15)>

クルーグマンの変節は、ここです。

21世紀の日本は、潜在成長力の低下から、マイナスの自然金利にな
っていた。このため、日銀が、量的緩和で無責任になるという約束
が信頼されても、何も起こらない。

<インフレになると思う人がいなければ、インフレは起こらないか
らだ(クルーグマン)>

では、日本は、どうしたらいいのか?

<唯一インフレを起こすことができるのは、変更した金融政策の体
制に、爆発的な財政刺激を伴わせるようにすることだ。(同)>

現在実行されている年80兆円の異次元緩和では、まるで足りない。
クルーグマンは具体的には言ってはいませんが、「爆発的な財政刺
激」とは、以下の具体策になるでしょう。

【爆発的な公共事業】
GDP比で6%(30兆円)の公共事業の追加とします。30兆円(GDP比
6%)の追加なら、爆発的な財政刺激と言えるからです。このとき、
政府の財政赤字は、現在の35兆円に30兆円が加わり、65兆円になり
ます。

道路、河川、ダム、公共の箱物などの土木や建設工事、子育て支援
金などの家計援助の大幅な総額、介護事業の支援になるでしょうか。
これを行えば、確かに需要増から物価は上がるようになるでしょう。

この場合、新規国債の発行は、現在の35兆円から65兆円へとほぼ倍
増します。全部を日銀が買いとる。日銀は、現在、年間80兆円の国
債を買い増しています。30兆円が加わり、1年に110兆円の国債買い
切りになるでしょう。

以上が、クルーグマンが奨めている、爆発的な公共事業を追加した
「リフレ策」になります。いかがでしょうか? 

これは、『流動性の罠』で日本に奨めた異次元緩和の失敗を、認め
る論に思えます。すぐに続くところでも、この財政刺激策が実現す
る見込みはないとしているからです。

■8.しかし、急激な財政拡張策は、日本の政策にはならないだろう

▼And this in turn suggests something counterintuitive: 
while the goal of raising inflation is, in large part, to 
make space for fiscal consolidation, the first part of that 
strategy needs to involve fiscal expansion. This isn’t at 
all a paradox, but it’s unconventional enough that one 
despairs of turning the argument into policy (a despair 
reinforced by yesterday’s meeting …)(16)

<これは代わりに、直観に反することを示唆する。インフレ率を高
めることは、結局、多くの場合、財政の健全化の余地をつくること
であるのに対して、この政策では、最初に財政の拡張をしなければ
ならないからである。これはパラドックスということでは毛頭ない
が、こうした論を政策にすることは、日本では前例もなく、実現は
絶望的である。実際、昨日のIMFの会議で、この絶望感は強くなっ
たのだ。翻訳(16)>

リフレ策としての大きな財政拡張は、財政赤字をますます大きくし
ます。このため、日本政府が爆発的な財政拡張策をとることは絶望
的だと、クルーグマンは言っています。次は、仮定の話です。

■9.日本に必要なインフレ率は、2%よりはるかに高い(4~6%)

Suppose, bad instincts aside, that we really can go down 
this road. 

<(爆発的な財政拡張を政策にするのは、日本政府には)無理だと
いう直感はさておき、この道をとったと仮定してみよう>

▼How high should Japan set its inflation target? The 
answer is, high enough so that when it does engage in 
fiscal consolidation it can cut real interest rates far 
enough to maintain full utilization of capacity. And it’s 
really, really hard to believe that 2 percent inflation 
would be high enough.(17)

<日本は、インフレ目標をどれくらいの高さにすべきか。答えは、
財政の再建の中でも経済的能力のフル活用ができるように、実質金
利を下げることができる、インフレ率の高さである。それには、2
%のインフレ目標では、全くもって、不十分だ。翻訳(17)>

2%のインフレ目標では、デフレから脱するのは不可能だと言う。
想定は何%か? たぶん4%~6%です。別のところで、書籍にも書
いていました。

続いて、クルーグマンは、爆発的な財政刺激策の実行は、日本政府
には不可能と結論づけます。

▼This observation suggests that even in the best case 
Japan may face a version of the timidity trap. Suppose it 
convinces the public that it will really achieve 2 percent 
inflation; then it engages in fiscal consolidation, the 
economy slumps, and inflation falls well below 2 percent. 
At that point the whole project unravels ? and the damage 
to credibility makes it much harder to try again.(18)

<以上の観察から言えるのは、最良のケースでも、日本は、流動性
の罠から今度は「(政策の)臆病の罠」に直面することである。
国民に2%のインフレが確実と確信させた場合、日本は、財政の再
建に取り組むだろう。その時は、また不況になって、インフレ率は
2%から、相当に下がる。その時点に至ると、政策全体が破綻した
ように見えるから、政府政策への信頼は回復不能なダメージを蒙っ
て、続けることはできなくなる。翻訳(18)>

財政を拡張し、財政赤字を、現在のGDP比6.8%(35兆円)より、は
るかに大きくすることによる、2%を超えるインフレ目標は、政府
が臆病の罠に陥るため、政策化できないということです。

それじゃ結局、どうなるのか。いや、どうすべきか。

■10.クルーグマンの結論

以下は、論を微妙に混乱させながらも出した、クルーグマンの最後
の処方箋です。果敢な財政拡張策と提案した後、ここでも、実行は
不可能だろうと言っています。

▼What Japan needs (and the rest of us may well be 
following the same path) is really aggressive policy, using 
fiscal and monetary policy to boost inflation, and setting 
the target high enough that it’s sustainable. It needs to 
hit escape velocity. And while Abenomics has been a 
favorable surprise, it’s far from clear that it’s 
aggressive enough to get there.(19)

<結論部:日本に必要なのは、財政と金融を使い、インフレを高め
る、真に攻撃的な政策である。それによって、インフレ目標を、そ
れが維持可能なレベルに高くすることだ。そのためには、引力圏を
脱するような、金融・財政の速度が要る(米国と欧州も日本と同じ
道をたどることになるが)。 アベノミクスは好ましい驚きだった
が、それが、その速度に至れるような、財政での積極策がとれるか
どうかはまるで分からない。翻訳(19)>

引力圏を脱するロケットのような速度とは、形容詞的な表現です。
日本が巨大な財政支出をすれば、(自分が過去から言っていた)4
%インフレになるだろう。しかし、そのような果敢な財政拡張策は、
日本政府がとれるはずもないと、しています。

異次元緩和では、インフレにはならなかった。これは、『流動性の
罠』論で展開したリフレ策の失敗を意味しています。2013年4月か
らは年70兆円、14年11月からは、追加して80兆円の異次元緩和は行
ってきたからです。失敗とは、目的を達しなかったことだからです。

日本政府と日銀は、クルーグマンが『流動性の罠』で展開した金融
政策を、2013年4月から実行しました。ところが、クルーグマンは、
ここへ来て、金融政策ではダメだったと白旗を上げたと読み取れま
す。読者の方々は、どう解釈しますか。

【まとめれば・・・】
日銀がとってきた異次元緩和の、経済理論的な支柱は、クルールマ
ンの『流動性の罠』でした。

日本の21世紀のように、政策金利がほぼゼロに下がると、金融緩和
は効かなくなります。

しかし、人々が抱く期待インフレ率を、例えば2%に上げるような
リフレ策をとれば、本当の金利負担である「実質金利=名目金利
(0%)─予想物価上率(2%)」はマイナス2%に下げることがで
きる。実質金利がマイナスになれば、資金の借り入れ需要が増えて、
物価を上げるとともに、経済は成長する、というものだったのです。

ところが異次元緩和の開始後2年半経っても、予想していた物価上
昇と経済成長はなく、肝心な実質金利は、さほど下がってはいませ
ん。

異次元緩和は物価上昇と経済成長の両面で、効果を発揮していない
のです。

【大本営風になった日銀】
日銀の黒田総裁は「所期の目的の通り、順調である。2016年度の末
(17年3月期)には、物価は2%上がるようになる」としています。
第二次世界大戦のとき、軍の退却を転進と言い、無条件降伏を終戦
と言い換えていたことと似ている感じです。

クルーグマンは、まだ、爆発的な財政刺激策をとるという選択肢が
あると言いつつも、それが実現することは絶望的であると結論づけ
ています・・・以上が、この論の主旨です。

【後記:日銀はいつまでも大量の国債を買い続ける】
結局、グル─グマンは量的緩和の失敗を示唆しています。原因は、
日本経済の自然成長率は高いと、間違えたことだと言う。

それに、量的緩和を無責任に将来も続けるというフォワード・ガイ
ダンスが、少数の参加者相手なら有効であっても、国民経済のよう
な多数の経済主体を相手にした場合は無効だったとも言っています
(IMFでのレクチャー)。

これらは、自分が理論を作った日銀の量的緩和の失敗を、直接に認
めるもの以外ではないでしょう。

学者は間違えたで済むかもしれません。われわれにとっての問題は、
間違った量的緩和を日銀が、今後も続けることです。この決着は、
最終的にどうなるのか、次の考察が必要でしょう。

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<787号:通貨の信用の、根底にあるものは何か(1)>
          2015年9月2日
【目次】

1.中国の人民元発行の仕組み
2.ドルを原資産に人民元が発行されている理由
3.税収が根拠でない通貨は、通貨信用がなく、インフレを起こす
4.外貨準備にしてきたドル国債を売るようになった中国

【後記:ドル国債の問題】

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<788号:通貨の信用の、根底にあるものは何か(2)>
       2015年9月9日

【目次】
1.時事:中国の輸出と外貨準備の減少
2.2014年ころまでの米国新規債の買い受け
3.中国の外貨準備の減少の実態(可能性1)
4.可能性2:米国FRBの、秘密の米国債の買い
5.米国債の消化の問題
6.通貨と何か?
7.1971年以降の通貨は国債本位制
8.通貨は国債が、金利のない短期証券に変換されたもの

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