ドラッカーとの対論(1)
This is my site Written by admin on 2005年6月21日 – 08:00

こんには、吉田繁治です。お送りする間隔が空いて申し訳なく存じま
す。お詫びとし、本号は、有料版のバックナンバーから、<ドラッカ
ーとの対論(1)>を送ります。

ドラッカーのおもしろさは、自分は何をなすべきかという「個人の実
行」を中心にして考えることができることです。

個人の選択と実行がベースになっているので実行の手がかりが得られ
る。これが、おもしろさを生む理由でしょう。彼自身が1人で考え、
仕事をしてきたということから来ていると思っています。

ドラッカーの方法は私小説風です。私的世界から、顧客を含む外部世
界へ広げる方法です。(1人で仕事をしているせいか、私にはドラッ
カーは馴染みやすい。)

本稿は、個人の実行を主題にします。一部の引用は、手許にある『仕
事の哲学』(上田惇生訳・編)からです。(引用部は<>です。)

いろんな場面で、書いたり話したりしているとき、あぁ、これはドラ
ッカーがどこかで言っていたことだったと思うことがあります。その
意味での祖先探訪でもあります。

ドラッカーとの仮想的な対論です。ディアレクティック(弁証法)の
方法です。ドラッカーを素材に、考えます。

(注)以下では知識作業という言葉を使います。学者のようなことを
行なうということではありません。会社の中で、ものの運搬や加工、
そして定型作業以下のことを行なっている人は、すべて「知識作業者」
です。もちろんマネジャーは、全員が知識作業者です。PDCは、言
葉と数字による知識作業です。(PDC=plan-Do-Checkのマネジメントプロ
セス。)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

    <Vol.209 :ドラッカーとの対論(1)>

【目次】
 
 1.ドラッカーの立論の背景
 2.最初の検討
 3.実行と方法
 4.整備された環境のほうが仕事ができるか?
 5.大きな組織で歯車として働いたほうが仕事ができるか
 6.小さな組織で大物として働くほうが仕事ができるか。
 7.仕事に意味を加える

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

■1.ドラッカーの立論の背景

ドラッカーの立論の背景は以下です。この背景について、違うと思え
ば、論の方向が異なるように重要なことです。まず前提を確認してお
かねばならない。

▼ドラッカーが繰り返し言う前提

20世紀は大量生産の時代だった。大量生産は、設備を所有する資本
家や出資を募った大会社の時代であり、個人は量産・量販システムの
部品(ワーカー)として定型的な労働の提供をしていた。設備が富を
生んでいた。

20世紀も後半になると変化が現れた。「知識」が生産手段になった。
これは革命です。知識は個人に帰属するからです。

量産社会の後に来た知識社会では、個人の仕事、貢献、成長、自己啓
発が中心テーマになります。資本主義の「資本」が変わった。

知識資本は個人のものだからです。個人が仕事で使う知識は資本家の
ものではない。日本でも今起こっていることも、こうした社会の転換
でしょう。

まず問題になることが、この認識です。

量産システムに代わり、「人の組織」があるではないか。個人は相変
わらず、小さな部品ではないかということです。巨大な官僚組織(内
容は知識作業の、極めて細分化された分業)でもそう感じるでしょう。

確かに定型作業(あるいは標準作業)に従事していれば、個人は量産
・量販システムの部品、あるいは歯車に思えます。仕事には、こうし
たところがある。

トヨタの季節労働者(今は増産で約30%に増加)にとって、個人の
時代とは思えない。ファミレスのウェイターにとってもそうかも知れ
ない。

個人以前に、設備をもつ会社という存在がある。自分はだれとでも取
り替えが効く歯車だ。個人の役割は小さく思ええます。

他方、製品や商品設計の仕事に従事していれば、多少違います。製品
設計は、チームか個人で行う。NHKのプロジェクトX風の世界です。
これは確かに知識作業です。個人で専門知識や技術をもつチームメ
ンバーとチームマネジャーが果たす役割が大きい。

人は、択一問題のように白か黒かで理解しがちになります。

しかし、社会・会社・仕事は内容が徐々に変わっていく。マクロ経済
でドル危機とは言っても、日々の為替変動では、1円か2円の騰落を
繰り返すに過ぎない。しかし、その変化を2年や数年の期間で見れば、
大きな変化が起こっている。

量産の時代から知識社会への移行は、もっとゆっくりした、数十年の
スパンでの変化です。

ドラッカーは仕事についてどう言っているか?

<知っておくべき大事なことがある。緊張感や不安があったほうが仕
事ができるか、整備された環境のほうが仕事ができるか。大きな組織
で歯車として働いたほうが仕事ができるか。小さな組織で大物として
働いたほうが仕事ができるか。どちらでもよいという者は、あまりい
ない(同書)>

本稿ではこのことを、詳しく見てゆきます。すでに大組織でも、個人
が大きな役割を果たす知識社会型に変わっているからです。過去の量
産型では決してない。

大企業=過去の量産型という図式は、実態を観察すれば限りなく少な
くなっています。今後、ますますそうなる。合計した売上げや社員数
で大企業なだけです。(その点でドラッカーが言ったことには古さが
あります。)

■2.最初の検討

まず緊張感や不安があったほうが仕事ができるかどうか。少なくとも
私には嘘に思えます。期限がなければ、仕事はできないというのは本
当ですが、これは不安とは違います。むしろゴールです。

緊張感や不安が強いときはまともな仕事はできなかった。
外部に対し攻撃的にはなったが、要は遠吠えでした。

それが他者の否定、つまり無意味な自己肯定であることを意識の底で
は知っていました。隠すため、ますます暴論あるいは攻撃になってい
たように思えます。つまりは、仕事の手段と方法をもっていなかった。

蒲団にくるまって寝るとき本を読んだ。自分にとって肯定的に、つま
りは自分の考えの方向が正しいと思える部分のみを読み、それで慰撫
していた。

発想は様々に沸いたのですが、表現の実行が欠けていた。
理想的な仕事の環境を夢想した。待っているだけだった。

人は、本当に不幸なときは立ち上がれず、体を丸めうずくまると言い
ますが本当だった。体が、ではない。意識がうずくまっていた。

丸まって、読書燈の明かりの中だけで文字の世界に救いを求めた。

緊張と不安の中にあるときだった。馴染めたのがドラッカーだった。
個人に語りかけてくれたからです。そうした記憶があります。

▼当たり前のことの発見

いつだったか。知識作業は、他人に通じる文字、数字、図形にするこ
とだと思い至った。当たり前のことですが、発見したと言ってもいい
くらいのことでした。

頭の中で夢に見て反芻(はんすう)するだけでは、知識作業ではない。
文字、数字、図形に置き換えて生産物にし、「他者」とコミュニケ
ートできるものにしなければならない。つまり「生産」を実行しなけ
ればならない。

コミュニケーションは、知的生産物を有効にするために必要です。知
的生産物は、相手に理解されなければ、有効性がないからです。

これは、その前から、知ってはいたことです。
しかし実行をしていなかった。隔絶があった。

▼唯一の正解という幻想
うずくまっていた理由は、もっとすばらしい「方法」と「環境」があ
るに違いないと夢想していためです。ぴたっとした「正解」を求めて
いた。

なぜここから、表現の実行に移ることができたか? 正確に思い起こ
せば、「以前は想定していた、科学の真理のような唯一の『正解』は
ないのかもしれない」と考えたからです。

【実は仮説】
学校教育は問題を与え、「正解」を教えます。そのために、物事には
すべて正解があるはずだと思いこんでしまう。しかしその正解も、特
定の条件下で成立する「仮説」に過ぎないことが分かってきた。

【実行への飛躍】
毎日、こんなにたくさんの本が出る。これが皆に共通の「正解」がな
いことを証明すると思った。そうなら、不完全なものでも、実行しか
ない。

あらゆる真理は仮説である。そうであれば、自分も考えを表現できる。
これが、夢想から実行への飛躍をもたらしたアイス・ブレーク(氷
の壁が解けること)でした。

▼実行

読んだ他人が理解でき、議論や反論、または異なる見方を引き起こす
「表現」にしなければならない。これを実行する。表現法は本から学
ぶ。

知識作業の商品化です。論文形式で書く。それをテンプレート(設計
用の定規)を使って図形(フローチャート:流れ図)でもあらわす。
最初の仕事らしい仕事は、コンピュータシステム設計のまねごとでし
た。

A3の大きな、罫線(けいせん)のない白紙に書いた。罫線があると
思考の障害になるように感じた。業務を分析し、新しくより合理的な
手順を書いて、プログラマーに説明する。

慌てて、構造化設計手法の本は読んだ。内容は理解ができず、雰囲気
だけを感じ取った。書き方は我流でした。

プラスチックの、あずき色の軸の安物シャープペンシルで2Bの芯を
使った。これが手に馴染んだ。他のものでは肩が痛くなって書けなか
った。今も机の右引出にしまってあります。手の脂を、軸が吸い込ん
で黒ずんでいます。

その後、膨大に書いた。内容の説明のためです。
システムをわかってもらうため、ほぼ毎週講演もした。

それ以来、約20年、書くことが続いています。メールマガジンや雑
誌原稿もそのひとつです。量をこなせば、次第に自分の方法を作るこ
とができる。

書くことを習慣にし、表現し、説明するように変わってから、仕事へ
の道が開けた。これが自分流の突破口でした。(生涯この方法で行き
ます。他の方法は取らない。)

■3.実行と方法

私にとって、他人の方法は、自分の方法にならなかった。小説の書き
方や論文の書き方を読んでも、実行前は、一向に分からなかった。

まず不完全に実行した。実行している最中に、方法論や他の人が書い
た本を読み、あるいは人の話を聴いて、参照すればとてもよく分かる
ようになった。前には見えないことが見えてきたのです。

なるほど、こんなにうまい書き方、表現の仕方があったのか、感謝し
ます、形を変えて拝借しますと思えました。

表現の実行があれば、他の優れた人の方法が分かってきます。頭で考
えるだけでは「理想」を思ってしまい、実行につながらない。これは
鉄則でしょう。理想はないのです。

何かを作りたいと思っている実行家にとっては、以上のことはよく理
解されるはずです。

あらゆることに共通することのようです。完全な方法の確立の前に、
不完全な実行がある。(いつまで経っても不完全な実行かもしれませ
ん。)

「最初から自分の理想的な方法がある」のではない。

実行に踏み出さない人の多くは「最初に正しい方法がある、正解があ
る、真理がある、完全がある、それがわかるまでは実行できない」と
考えていることが多い。

しかし本当は、方法を作る前に実行です。

実のところを言えば、実行の過程で、方法ができる。実行の過程で、
先人が書いたことや先行事例の重要な意味が分かる。

はるかに次元が違う例えですが、ピカソが、晩年までずっとなぜあん
なにすごい速度で絵を描いたか。「まだまだ方法に至っていない。」
と思えたからでしょう。

多作だったモーツアルトもバッハも、同じだったかも知れない。
(もちろん私とは次元が異なる完成のレベルですが)

多作は、必要なことでしょう。不完全かもしれない多作から始める。

■4.整備された環境のほうが仕事ができるか?

これについては、私の経験では、何も言うことができません。整備さ
れた環境がどういうものか、考えてもわからない。整備された環境で
仕事をしたこともありません。

▼時間の制限

整備された環境の意味を、「受注があること」と言うのなら分かりま
す。受注には、納期という期限がある。

納期があると生産ができる。納期がないと、あれやこれや考えすぎ、
実行にいたらないことが多い。そして、受注はまず、自分から求めな
ければ得られません。(受注がなければ、自分で期限を決めることで
す。)

どんなに小さく思えるようなことでも、受注に対し、相手の期待レベ
ルを想定し、期待を上回るものを提出するよう心がける。そこから受
注拡大が始まる。まず、相手を驚かせねばならない。

整備された環境というものが、十分に時間があることを言うのなら、
それは嘘に思えます。時間があるほど、ムダに時間を使う。

期限が迫っていれば「きっとこれだろう」という直感からはじめるし
かない。それを根拠づけるために論証をする。論証の作業過程で納期
が来ます。

まだ不十分かと思えるところで、ギリギリに完全を目指す。

「完全」に至ることはない。しかし完全をめざさねばならない。時間
があれば完全になるのでもない。これが知識作業の不思議さです。企
画や開発でも同じでしょう。

手や体を使う作業は、必要時間が計量ができます。一瞬で家を建てる
ことはできない。必要な作業の総人時が計算できる。計算した総人時
が必要です。

▼知識作業は表現しなければならない

知識作業は違います。熟成とも違う。むしろ「思いつき」と言うほう
が正確です。いろんなことが、同時に一瞬で現れる。知的作業では未
だに、必要時間の見積もりができないのです。

しかし思考を生産物の「形(フォルム)」にするには、他人が理解で
きる言葉、文字、数字、図形でたどらねばならない。

これに時間がかかる。論理的な表現には、時間がかかります。
この過程はある程度、必要な時間が計算できます。

知識作業で整備された環境は、ワープロとエクセルだけがあればいい
。それで十分です。

映画監督の黒澤明は、ロケの旅館で、広告の裏に後で名画と言われる
シナリオをびっしり書いていた。

知的生産の現場では、それが真実です。誰もがもつ言葉との格闘です
。言葉は概念であり、言葉には、先人の思考がいっぱい詰まっていま
す。

「戦略」と書けば、マイケル・ポーターの思考や他の経営書の、戦略
についての記述が浮かびます。言葉は、自分以外のすべての人に共有
されます。

そうすると、言葉を使って思考するのは、自分の考えではあっても、
自分以外の人たちとの「共通世界」に飛躍したことにもなる。

個人の思考が、他の人に共有される。書かれたものを読む人は、言葉
という共通世界から、自分という私的世界を読んでいることにもなる。
これが読むや、聞くことです。

書くことはちょど逆です。自分だけの私的世界から、言葉に意味を与
え、言葉の共通世界へ飛躍する。そのためには、相手に伝わりやすい
表現法、言葉、論理展開をしなければならない。これが書くという実
行への飛躍です。

あなたの社内でも、あらゆる知的生産物は、なんらかの書きもの、ま
たは言葉での表現の形をとるはずです。これが過去の、肉体作業の仕
事との違いです。あらゆる労働が表現によるコミュニケーションを必
要としています。

知的な生産物とは本や論文のようなものだけではありません。会議で
の発言内容、ミーティングのでの意見、リポート、企画書、設計書、
起案書も、知的生産物です。あらゆるコミュニケーションは知的生産
物によって行なわれます。

▼整備された環境

入り乱れる思考の糸のからまりを解く思いつきは、得てして、まるで
他のことをしているとき浮かぶ。遊んでいるときでもある。静かに瞑
想するような、整備された環境の中で、ではない。

知的作業にとって整備された環境は、「期限に迫られること」でしょ
うか。どうしてもこれを解かねばならないと決めることが、環境整備
でしょう。

時間がない。だから知的作業が形になる。
これが、経験から言える真実です。

散歩はとてもいいでしょうね。京大のそばにある哲学の散歩道は理解
できます。(今は、観光客でまるで風情が違っています)

出張の汽車の中も、いい時間です。皆が出張を好むのは、この時間を
確保するためかと思えるくらいです。

講演やセミナーを聞きながら、派生した他のことを考えるのもいい。
会議でも同じでしょう。上司に怒られますか?

お風呂の中で、反芻しながら本を読むのもいい時間です。汽車の中と
同じで、何もやることがないので集中ができる。仕事場から階下へ降
り、考えながらパターをコツコツやるのもいい。

TVをぼんやり見るものいい。(注)見るのに集中したら思考が停止
します。

知的作業における整備された環境と言えば、以上のような貧困なこと
しか思いつきません。

(注)晩酌の習慣がある人は、積み重なれば膨大な時間ロスですから、
やめたほうがいいように思います。心おきなく酒を飲む会合は好き
ですが、晩酌はしません。1人で生活しているときもしませんでした。
結婚後も、お客様の訪問があったときと出張、あるいは外出のとき
以外では、正月のお屠蘇だけです。

■5.大きな組織で歯車として働いたほうが仕事ができるか

多くの人は、組織内で仕事をしています。歯車とは何か。他の人、ま
たは他の部署との連繋作業で、「部分に責任」をもつということです。
つまり工程、あるいはワークフローの中の、ひとつの作業を実行する。

分業で使われる歯車という表現はおもしろい。

時計を想像してください。時計の機能は時間を示すことです。歯車に
はムダなものはない。一個の歯車が機能を発揮しなければ、時計は、
時間を示すという全体機能を果たすことはできない。これが「システ
ム」の性格です。システムは、部分が他の部分と結びついて、全体の
機能を発揮します。

歯車は、機能では1つの部品ですが、時を示すという全体機能に係わ
る。歯車は、機能としては部分でありながら全体の成果(正確な時間
を示すこと)を左右します。

歯車は、自分の前工程の動きを受け、自分が回って、その動きを次に
伝える。これが生産ラインの長いベルトコンベアシステムでしょう。
部分作業に意味を与えるのが、最終生産物(製品という価値)です。

こうした、歯車の方法で仕事をしたほうが成果を上げることができる
と考える人はいる。自分が行っているのは単純なことに過ぎないが、
全体としての成果には、その単純作業が欠かせない。

こういった仕事の方法が、自分の気質に馴染むかどうか。「気質」は、
外面的な「性格」を形作るもとになるものを言います。

▼しかし歯車も変質した:部分ではない

歯車としての仕事の問題は、その歯車が必要なくなる技術革新(変化)
が起こったときです。時計がクオーツ(水晶発振)になったとき、
歯車が減った。過去の歯車はすっかり不要になる。

機能として不要になっても意味を主張するのが、機能組織ではなく、
生活共同体に堕(お)ちた官僚的な組織です。生活はしなければなら
ないからです。今の多くの大企業、そして官僚組織がそういった事態
に遭遇しています。

全体組織は大きくても、内部組織は、小さなビジネス・ユニットに変
わりつつある。歯車だけでは、高い付加価値(=国際比較での高い賃
金)を生むことができないように変わった。

親戚のおいさんは市役所の戸籍係でした。戸籍の変更届けを受け、そ
れを戸籍台帳に転記するのが生涯の仕事だった。

見事な筆跡の字を書き、盆栽が趣味だった。早く起き朝食の前に、縁
側の鉢の、植物の葉を一枚ずつ丁寧に磨いていた。とても立派に思え
た。大人って盆栽が大切なのかと思った。

幼稚園のころ、おじさんの家に泊まって、話を聞き、仕事ってすごい
なと思ったことを覚えています。こんなに細かいことが仕事になる。

でも大きくなって、自分たちが仕事をするようになるときは、何かが
違っているようにも思った。その異和を鮮明に記憶しています。社会
の生産性が低い時代のことです。

先ほど例を挙げた、トヨタの季節労働での組み立て工でも、今は最終
工程に結びつく熟練と多能工が必要なように工程が短縮されています。

生産性が高くなればこうなる。多くの工程に責任をもつ多能工になら
ねばならない。

例えばカスタマーサービス部門で、顧客からの電話(多くがクレーム)
を受ける。一見は部分としての仕事です。

電話を受けるカスタマーサービス部門は、クレーム内容を正確に聞き
、ソリューションをもたらす部門や担当に、正確に伝え、遅滞なく適
切な対策のアクションを起こさせねばならない。まるでマネジャー機
能です。

最近のサービス業では、定型的な挨拶や歓迎の言葉は、気持ちが悪く
なるくらい丁重なことが多い。しかし定型的なところをはみ出すと様
相が一変します。

突然、対応不能になってnot my businessと言い、その人の人格までが
疑われるような失礼な態度と応対になる。顧客の立場でなら、皆が経
験があるでしょう。

仕事をしていると、それは、自分の責任ではない、つまりnot my bus
inessと平気で行う。これは、顧客の立場のときと、仕事をする立場の
自己分裂です。

このときは、組織での歯車を思い起こさねばならない。前工程に不完
全がある。それをそのまま次工程に伝えれば、結果はどんでもないク
レーム、つまり不良品のサービスを生むことになる。

例えば、三菱自動車の欠陥車は、車もシステムになって、小さく見え
る部品が、全体の機能左右するようになったことを示しています。

ところが多くの人は最終成果(完成車)をnot my businessと考えてい
るところがある。

これは30年も古い、長い生産ラインにムダがある量産型組織の企業
文化(価値観:ものの見方)です。

今、歯車は部分であり同時に全体です。生産性の高い組織(=賃金を
高く払える組織)ではムダなものはない。歯車の数は少なくなってい
る。

言い換えればワークフロー、生産工程、流通工程が短くなっている。
部分は、一層全体になった。

今は、大きな組織で歯車として働くことも、小さな部分を受け持つこ
とではない。全体を受け持つことに等しい。

トヨタが30%にも増えた季節工に対し、部分の作業責任として仕事
を与えれば、三菱自動車のような、致命的な欠陥車事件を起こす可能
性すらある。そして、not my businessと皆が言うようになる。

車が、部品数を減らしてユニット化し、ドライビング支援で電子部品
を多用するようになって、ますますそうなった。ひとつの回路が暴走
すれば、ドライバーの生命にも及びます。

食品製造やスーパーでの生鮮・グロサリーも同じです。部分が全体を
左右する。部分で間違えば、企業の消滅にすら至る。

組織とマネジメントの方法を、根底から変えねばならない。消費者が
進歩し、品質要求の水準が極めて高くなったからです。

マネジメント方法は、現場に、全生産ラインあるいは全業務工程を止
めるような修正権を与えるエンパワーメントの分権型の組織です。

すべては社長責任という集権は、もう機能しない。賃金と生産性の高
い組織作りでは、個人を単能工から多能工にし、役割と責任を大きく
しなければならない。

(注1)エンパワーメント組織については、詳細に論じる必要がある
と思っています。ここでは、結論のみを述べています。CRM(顧客
との関係性維持)で必要なことでもある。わが国の会社は、組織デザ
インに弱いところが多い。

昨年末に、西武の軽井沢プリンスホテル(西館)に講演のために泊ま
りました。白樺と落葉の景観がすばらしい。早朝に起き、霜がおりた
白い芝の上を散歩した。

ロビーの絨毯が古く汚れていた。とてもケチな印象を与える擦り切れ
方と汚れ方だった。こんな絨毯を見ることは、今はもう安いビジネス
ホテルでも少ない。

ウェイターは丁寧な応対でした。単能工としては文句のつけようがな
い。皆、玄関ロビーの絨毯の異常な汚れと擦り切れに気がついている
はずです。

なぜこの会社では、現場からのカーペットの張り替えを要する意見が
取り上げられることがないのかを考えた。組織の作り方に、根本的な
欠陥があると思った。

ビュフェット・スタイルの朝食も、汚れた絨毯に釣り合いがとれ、不
味かった。食品スーパーで、もっとも安いもののうち、賞味期限ギリ
ギリのものを集めアソートしたように思えたのです。

ここで夕食をとる気分にはなれなかった。外でレストランを探した。

その後、例の株事件が報じられました。あぁ根本の原因はこれだ、裸
の王様がいた。極度の集権型組織だった。

現場の裁量権、提案権は極小だった。ホテルに、その王が来るときは、
赤絨毯が敷かれ、カーペットは隠されていた。

■6.小さな組織で大物として働くほうが仕事ができるか。

小さな組織では、もともと多能工である必要があります。
ところが問題は、中小企業と言われる企業群です。

この国では、金融そして税制で中小企業保護の政府政策があったため
か、未だに「われわれ中小企業は・・・」という論が幅を利かせてい
る。過去の大企業より硬直していることが多い。一種の自滅です。

こうした社長のいる企業の社員は不幸です。中小企業のほうが、多く
は、組織と仕事内容の改革に遅れている。中小企業というのは言い訳
であることが多い。

小さな組織=中小企業では決してない。

たった1人で仕事をしている経験から言います。1人だけですから、
これくらいしかできませんと言えば、一瞬で仕事を失う。当然のこと
です。相手は「価値」を求めているからです。

例えば講演のとき、主催者や担当から「中小企業ですから・・・やさ
しく」と言われることがまれにあります。そのとき聴衆ではなく、主
催者の頭脳の構造を疑います。「そう考えるあなたがこそが、問題な
のではないか・・・」

中小企業は企業のブランド名に依存できない。大企業より優秀な、言
い換えれば高度な仕事をしなければならない。そうした観点で話をし
ます。私の考えは変でしょうか? 普通のことに思えますが・・・

しかし使う単語は変えねばならない。テクニカルな用語は、極力使い
ません。可能な限り「国語」で説明します。内容は変えません。新入
社員対象のときも同じです

顧客から見れば、中小企業の商品も大企業の商品も、自分にとって価
値があると思えるから買ったのであり、品質・サービスを含め、中小
企業に甘えを許しているわけではない。この視点を忘れないことです。

今の、90年代を生き残った大組織では、各プロジェクトやビジネス
・ユニット(成果や利益管理の単位)は、組織としては中小です。ビ
ジネス・ユニットに数人しかいないことも多い。

頻繁に組織改革や変更を行うIBMは、以前から、個々人が売上責任、
成果責任、利益責任をもつ個人営業主の集団です。1人当たりの必
要生産性と賃金が高くなれば、そうした組織に向かうしか方法はない。

束ねたときだけ、IBMという今はまだ有効なブランド名を冠してい
る。ヨコの組織に、どんな人がいるかすら知らない。

皆、小さな組織の大物です。

形容詞で言うのでなく事実がそうです。現場の営業担当が、必要なと
きは、全組織を動かせるような組織体を守っている。

これに遅れているのは、過去型の大組織、そして金融や官でしょう。
時代錯誤の縦組織で、宮仕えのような封建文化と行動様式が残ってい
る。

未だに大きな組織の小物であるとすれば、すでに賃金はパート並みの
1000円〜2000円/時間になっているはずです。90年代はこ
うした賃金構造の面で激変が起こった。

 ・定型作業の単能ワーカーは、国際水準の賃金か、アウトソース
 ・多能工&マネジャーが高賃金(小さな組織の大物)

すでにこうした社会に変わっています。「社員」という平等な、事実
をカモフラージュする冠称があるため、見えないだけです。現場の実
態は、定型作業のワーカーと利益責任をもつマネジャーに分離してい
る。

日本の会社員にとって不幸なことは、横移動が可能な労働市場の発達
がなく、ほぼその会社の中の縦だけでしか賃金が上昇しないことです

会社内の縦系列から外れ、別の会社に横移動すれば、賃金が減る。同
じ会社にいるから「会社員」です。他社に移れば、最末端からその会
社特有の縦系列に入らなければならない。

理由は、仕事の方法と成果評価が、ドキュメント化(契約化)されて
いないからです。営業部長としてあるいはシステム課長として何をど
うマネジメントすべきか、方法は何か、成果は何かが明らにされてい
ない。

そのため、異なる組織の文化に馴染むのに時間がかかる。

各社で仕事の方法が異なるのではない。業務設計の視点で見れば、専
門職(スペシャリスト)でもあるバイヤーもマーチャンダイザー、営
業、商品企画、販売促進も変わらない。

当人だけが他社と違うと思っているだけです。多くの会社を見た実感
から言っています。

固有なのは、仕事の評価方法です。
これが企業文化、価値観、行動スタイル、企業風土です。
ここに、会社と社長の個性が表れます。

小さな組織で多能工の大物として仕事ができる人は、大組織でも十分
に大物です。なんら区別はない。

ドラッカーからの引用を、ホンネで以下のように変更します。

「知っておくべき大切なことがある。緊張や不安があれば、精神を痛
め、気だけを使ってしまい、仕事はできない。整備された環境にいれ
ば仕事ができるのでもない。大きな組織で歯車として働くような組織
は、高賃金な組織ではなくなっている。皆、小さな組織で大物として
の仕事をしなければならない。仕事の方法は共通である。どの会社に
行っても、仕事ができる人はできる。しかし同じ業種でも、仕事の成
果の評価法は、会社別に異なる。これが企業文化の相違である。」

■7.仕事に意味を加える

<指揮者に勧められて、客席から演奏を聴いたクラリネット奏者がい
る。そのとき彼は、はじめて音楽を聴いた。その後は上手に吹くこと
を超えて、音楽を創造するようになった。これが成長である。仕事の
やり方を変えたのではない。意味を加えたのだった(同書)>

組織で小さな分業を行う。クラリネット奏者は、数十人もいる奏者の
なかでクラリネットだけの部分を担当する。しかし、聴衆は、音楽の
全体を聴く。全体が、顧客にとっての商品です。

その音楽全体を作るのは指揮者だと考えれば、部分最適の思考になる
。他とのコーディネートや、各パート演奏で微妙にタイミングをずら
す指揮者の指示の意味が分からないからです。

部分がだけが、楽譜に忠実に走れば全体不適合を起こす。
楽譜では、演奏に必要な時間差が分からない。

指揮者は、指揮台では「音楽」は聴けないと言います。聴衆は、はる
か後方にいる。音波の伝わり方は1秒に340メートルと遅い。10
メートルの差があれば、0.03秒も違う。音楽のリズムと速度では
これは重大です。

指揮者は、楽器がまじかにある指揮台で聞こえるハーモニーに微妙な
ズレを作らないと、客席の「音楽」に不協和が起こることを知ってい
る。意図的にズラして指揮をする。

小澤征爾が言っていた。「指揮台は音楽を聴くには最悪の場所です。」

客席で聴けばわかる。しかし、クラリネットの演奏席で聴くだけなら、
その場で聞こえるハーモニーがあれば満足し、指揮者の指示の意味
が分からなくなる

音の大きさも同じです。当日の演奏の流れと顧客の反応で、練習のと
きと微妙に変わる。敏感な指揮者は、会場の空気や気分を瞬間に背中
で読んで、指揮やタイミングあるいは強調を変える。

仕事では、それを知らなければならない。奏者の全員が、自分は楽譜
に忠実に充分にやっていると部分最適で考えたとき、顧客が受けとる
音楽は壊れる。音楽はその場で生まれる全体です。

部分ではなく、顧客が受け取る「全体」の意味を理解したクラリネッ
ト奏者のような、仕事の仕方をしなければならない。チームワークで
す。顧客はクラリネットを聴きに来ているのではない。音楽を聴きた
いと思っている。それが商品です。

ホテルにとって、絨毯も商品でしょう。それは組織の他人が決めるこ
としたとき、商品価値を失います。

ドラッカーが言った「仕事の意味」については、何も付け加えること
はない。解釈しただけです。

あなたの今日の仕事で、コーディネートしなければならない相手はだ
れか。チームワークの相手はだれか。またはどの工程か。

自分は十分にやった。自分の責任は部分ということで満足する方法で
仕事をしていれば、会社の成長も、自分の成長もない。半商品を顧客
に売ることになる。

セブン・イレブンでは、自分が食べて満足できない弁当は、例え本部
や組織の上の人が店鋪に揃えると決めていても、店鋪現場のパートが
発注停止ができるという暗黙のルールがある。

品揃え権限のパートへの委譲です。全権と言ってもいい。

前工程の不良を見つけた担当が、生産ラインを止めることができるト
ヨタと同じルールです。三菱にこれがあれば、あんな事件はおこらな
かった。社長は知らなくても、担当者には欠陥を生んだ原因が分かっ
ています。

これが責任をもった仕事の方法です。以上まで言えば、居ても立って
もいられないように、全工程の業務の流れを点検したくなるのが普通
の神経でしょう。

企業は、内実から見れば部分の不良だらけの商品を売っています。心
すべきことです。現場に聴いて、現場を見て下さい。問いかけをすれ
ば、現場は問題だらけです。

倉庫に行けばわけのわからない在庫の山でしょう? 業務の流れが、
遅滞していることを示します。利益の損失です。厨房でも同じです。
工場でも変わらない。店鋪でもまったく同じです。オフィスは仕事の
内容が目に見えないのですが、更にひどく同じでしょう。利益を壊す
コストは内部で費やされています。

ロイヤルカスタマーである顧客層に聴いても、知らないでしょう。買
った顧客はいいと思っていることが多い。静かに去った離反客に聴く
べきです。もともと買わない人に聴くべきです。これがCRMの方法
です。

現場で起こっている問題、発見した問題を、ひとつずつ解決するのが
あなたの仕事です。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
     【ビジネス知識源 読者アンケート 】

読者の方からの意見や感想を、書く内容に反映させることを目的とす
るアンケートです。いただく感想は参考になります。

1.テーマと内容は興味がもてますか?
2.理解は進みましたか?
3.疑問点は?
4.その他、感想、希望テーマ等、ご自由に
5.差し支えない範囲で読者の横顔情報があると助かります。

コピーしてメールにはりつけ、記入の上、気軽に送信してください。
質問のひとつひとつに返信することはできないかも知れませんが、共
通テーマはメールマガジンで取り上げます。

↓著者へのメールのあて先
yoshida@cool-knowledge.com

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■以下は、有料版(週刊:1ヶ月で630円)の購読案内です。

▼ (1)有料版の最近号の、テーマと目次です。

<216号:仕事ができる人の習慣(1)>

【目次】

1.時間は短いか?
2.『経営者の条件』
3.executiveとmanagement、およびmanagerのつながり
4.仕事で成果をあげることが、当たり前のことではなくなって
  いる
5.知識労働者という概念
6.プレゼンテーション欠品という知識の事例

【最初の1ヶ月目は無料試読の特典があります】
新規の申し込み月の1ヶ月分は、無料で試読ができます。
無料期間の1ヶ月後の解除も、なんら拘束はなく自由です。

【申し込み方法】
(1)初めての会員登録で、支払い方法とパスワードを決めると、
(2)[まぐまぐプレミアム]から会員登録受付のメールが送って
   きます。
(3)その後、購読誌の登録です。
(4)バックナンバーの購読も月単位でできます。

↓会員登録の方法の説明
http://premium.mag2.com/begin.html

↓申し込み画面。
http://cgi.mag2.com/cgi-bin/magpre/frame/P0000018

↓購読誌の登録
http://premium.mag2.com/mmf/P0/00/00/P0000018.html

Comments are closed.