日常語と算数で解く金融工学(1)
This is my site Written by admin on 2006年6月5日 – 08:00

こんにちは、吉田繁治です。通産省出身の村上世彰氏が率いるファ
ンドが、政治家の汚職や経済事件を摘発する地検特捜から、事情聴
取を受けています。疑いは、インサイダー取引です。

(用語注)インサイダー取引とは、市場に公開される前の企業情報、
売買情報等、株価を変える情報を何らかの方法で知って、皆が知
らないうちに有利に売買し、不公正に利益を上げることです。

村上氏には、ライブドアがニッポン放送株の大量購入をする計画が
あるというインサイダー情報を知って売却をし、不当な利益をあげ
たのではないかとの疑惑がかかっています。実は、インサイダー取
引は立証が難しい。「ほのめかし」の証拠集めは困難だからです。

地検の証拠は、ライブドアの会計と財務を仕切り逮捕されて完落ち
した宮内氏等からの証言と、サーバーを押収した電子メールです。

数千億円規模のファンドは、公的機関から捜査を受けたという事実
だけでも、崩壊します。

自分のお金の運用ではなく、年金基金や機関投資家から預かった
(=借りた)資金の運用だからです。投資家は犯罪をもっとも嫌いま
す。

ついさっき、村上氏がインサイダー取引を認めたという速報がはい
りました。(06年6月5日早朝)

6月5日午前の記者会見で、村上氏は、「意図はなかったが、金融の
プロとしては、恥ずかしいミスのインサイダー取引を行ったことに
なる。迷惑をかけた。ファンドからは手を引く。今までの利益蓄積
と、2000億円をかけた阪神株の売却での利益があるので、投資家に
迷惑はかけない。」 

驚くほど率直でした。使い切れないくらい儲けた。もういいという
感じです。集まったファンドの規模が4000億円になって、その後に
20%(800億円)の投資収益を上げ続けるのは、容易ではない。有罪
ではあっても、狙いは、執行猶予です。

当事者なら、手仕舞いの好機と思うはずです。金利も上がり、株価
は下落傾向・・・村上氏の立場に自分をおけば、了解できますね。

(注)本稿は、2回分をまとめて送ります。
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    <Vol.234 日常語と算数で解く金融工学(1)>

【序論部の目次】

1.崩壊する村上ファンド
2.価格の歪み
3.金融工学の方法は日常化している
4.株価の騰落の程度(=ボラティリティ)を計る
5.ヘッジ・ファンド、先物、オプション、デリバティブ
6.増えすぎた世界の金融資産

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■1.崩壊する村上ファンド

(今日の村上ファンドのニュースの前に書いたものです。あえて、
そのまま示します)

村上ファンドは、最初オリックスの宮内氏がスポンサーになって出
資した40億円の預かり金から出発し、今、約4000億円の受託元本を
もちます。その8割は、米国の年金と大学基金の運用です。

一般に、
・ファンドは手数料として預かり金の1%〜2%をもらい、
・投資利益(利益配当)のうち20%くらいを収益とします。

1000億円を預かり、株や債券売買で200億円の利益を上げれば、10億
円+40億円=50億円がファンドの収益になります。

有罪か無罪かに係わらず、スキャンダルを嫌う米国年金等の機関投
資家は、一斉に手を引きます。

村上ファンドは、終わりました。マネーは用心深い。信用の剥落(
はくらく)や犯罪を、もっとも嫌います。

ファンドの清算は、村上ファンドが買っていた株を、そのまま、投
資家に渡すという方法でしょう。大量に売れば、市場に波乱が起こ
り、損をする可能性があるからです。

(注1)1人の判断で、数年で何十億、何百億の利益(同じ確率で同
額の損失)を得られるのが、ファンドやヘッジ・ファンドの世界で
す。

経済世界の空気は、80年代の金融工学以降、一変しています。
ファンド資本主義とも言う。

▼価格の歪みを見つける

村上氏の方法は、「純資産が大きな会社の株価が、十分な高さでな
いことの価格の歪み」を狙って大量取得し、株価上昇を待ち、買収
で脅し、有利に売ることでした。

ニッポン放送はフジテレビの持ち株で、阪神は不動産で純資産額が
大きく、その割に、株価は安かったのです。PBR(株価/純資産
倍率)が低かった。

数百億〜1千億で、市場が正当に評価していないと思う株や債券を探
し、買う。

株価は上がる。異変が起こったような急騰の値動きを見て、個人が
買う。買収をちらつかせ、時期を見て、有利に売り抜けるという方
法です。乱暴で、決してスマートではない。恨みも買います。

■2.価格の歪み

「価格の歪み」に先駆けて鈴をつけ、多くの人がそれに気がついて
連れて買い、株価が「正常化」する過程で利益を出すのがファンド
とヘッジ・ファンドの基本手法です。

「価格の歪みと価格の正常化」は、本稿の主要なテーマです。

価格が歪むとはどういうことか。なぜそれが、利益の機会になるの
か・・・ヘッジ・ファンドは、歪んだ価格は、いずれ正常化すると
いうことを信念にしています。市場の、効率化仮説とも言います。

後で述べるヘッジ・ファンドの、基本的な方法は、株・債券の価格
の歪みを他より早く認識し、価格の「正常化」を待つことです。

(注)村上氏の、企業買収という「単純な方法」でも、数百億円の
利益を上げることができた日本市場は、米国のファンドから見れば
「価格の歪み」が大きかったということができます。

▼本稿のテーマと目的

本稿は「日常語と算数で解く金融工学」です。

60年代〜70年代に米国で発達し、80年代以降は、様々な「金融商品
」が世界で売られ、今日も有利さを競い売られています。多くの人
にとって、その意味は、理解ができないでしょう。

すぐ、金融商品の仕組みと内容を説明しろと言われても、無理です。
順を追い、本質と思われるところを解いて行きます。

読了後は、なるほど、ヘッジ・ファンドやデリバティブはこんなこ
とを行っているのか、金融商品とはこれか、そして、世界が抱えて
いる金融リスクを理解していただくことが目標です。

(注)記述法では、誤解が生じない程度に、単純化をします。

使うのは日常語と中学1年までくらいの算数です。

平均値からの、平均的なバラツキを示す「標準偏差」だけがどうし
ても欠かせない例外です。ここでは、標準偏差は平均値をもっと有
効にし、未来を確率で推計するための方法と理解しておいてくださ
い。(この意味は、身長を例に後述します)

■3.金融工学の方法は日常化している

金融工学は、もっとも短く言えば「金融(ファイナンス)にともな
うリスク計算の方法」です。

ファイナンスとは、資金の貸し借りと、金融商品の売買のことです。

金融工学の方法を使って作られる金融商品が、多様なデリバティブ
(金融派生商品)です。その総額は1京6500兆円です。天文学的な数
字であり、誰にとっても現実感はありませんね。

地球を、ずっと上空から見れば、ほぼすべての金融資産と金融負債
が、全部、つながっている状況です。

まず、保険の仕組みから。

▼飛行機事故の保険

飛行機に乗るとき、自動販売機で売られる死亡傷害保険を見かけま
すね。保険も「金融商品」です。保険をかけた人は、金融商品を買
ったことになります。

この保険は、過去の「10万飛行時間あたりの死亡事故件数が0.07件
(輸送キロ数1億人キロ当たり死亡0.07件)」というような統計を
根拠にしています。それによって事故の確率と補償金額を設定し、
事務費と利益を加えたものを保険料にしています。

保険はもっとも単純な構造をもつデリバティブ(金融派生商品)で
す。

保険料=事故の補償金支払いの確率(現在価値)+事務費+利益

仮に事故が100万分の1であれば、1億円の保険金の「現在価値」は、
1億円×100万分の1=100円です。

【確率的な未来を想定する】
1人が1億キロ(世界一周を2500回)フライトしたとき、死亡事故に
遭ったのは0.07件だったという過去の事実を、「未来も同じ事故の
確率」と見て、差益が得られるよう保険として商品化したものです。

飛行機で地球一周旅行を3万500回すると、事故の確率が100%になり
ます。1周するのに丸2日はかかるでしょうから、7万日間(191年間)
ずっと飛行機に乗り続けると、事故の確率が100%です。

普通は191年も生きられません。生まれてから自然死するまでの85年
間、飛行機に乗り続ける不自然な生活をして、事故で死ぬ確率が28
%です。まぁ、普通、飛行機の死亡保険は、保険会社を儲けさせる
だけですね・・・。

デリバティブは、そうした性格をもっています。事象を確率として
計算し、事務費と利益をとって、売る。不安が、商売の種です。

▼金融工学の要所

【ポイント】
保険は「事故の将来確率は、過去の統計から得られる事実とほぼ同
じであろう」ということを前提にします。ここが、重要なポイント
です。すべての保険は、デリバティブ(金融から派生した金融商品)
です。

この保険も、事故の確率が、想定外に高まれば破産します。

【保険の方法を使う】
この保険のような方法が、金融商品、株・債券相場、原油のような
国際コモディテイの先物相場にも、多く適用されるようになったの
が、80年代後半からです。

死亡や事故の確率の代わりに、例えば株価なら、価格変動の確率を
使います。

分かりにくいデリバティブの方法が、急に身近になったでしょう?

もとになったのは、あの有名な「ブラック・ショールズ公式」です。
開発されたのは、1973年です。普及したのが、80年代以降です。

これが有名になったのは、開発者が参加したLTCM(Long Term
Capital Management)が1998年8月に、想定確率としてはいれてい
なかったロシアの国債デフォルトが起こったときです。

http://homepage3.nifty.com/asagaya_avenue/apl/practice/bs.pdf

▼(注)以下の用語と内容は、今は理解しなくてOKです

過去の株価、オプションの行使価格、期間、価格の変動率(ボラテ
ィリティ)、金利という誰もが入手できる数値を使い、妥当な「オ
プション価格」を計算する偏微分法方程式です。

オプションは選択権という意味です。ある金融商品(為替、株式、
債券)を将来の定めた期日に、契約した価格(オプション価格)で
買う、または売ることができる「権利」の売買をオプション取引と
呼んでいます。(この意味は、次号で詳述します)

その権利を買う価格が、オプションの値段(一種の保険料)です。
このオプションの価格を計算する方法が、ブラック・ショールズ公
式です。

(注)ブラック・ショールズ公式は、在庫管理で、安全在庫のコス
ト計算をする数式を、もっと精密化したものにも類似します。

■4.株価の騰落の程度(=ボラティリティ)を計る

明日の株価が、どの程度変動するか。
その計算には、平均値と「標準偏差」といわれるものを使います。

▼標準偏差の性質

【身長の例】
日本人の男子成人の平均身長が172センチとします。あなたの身長が
180センチなら、平均値との偏差(平均値からの偏り)は8センチで
すね。これで、「偏差」の意味がわかるでしょう。

各個人の身長はいろいろです。平均である172センチと、各人の身長
の差(絶対値)を、全部平均したものを「平均偏差」と言います。
(注)この平均偏差の2.5倍が、ほぼ標準偏差です。

身長の分布図を描くと、平均値である172センチ付近に、もっとも多
くの人がいます。度数分布のグラフを描けば、平均値付近を富士山
の頂点にして、190センチ以上となると少なく、同様に154センチ以
下となると少ない。

身長以外の多くの統計でも、「値の度数分布」を描くと、中央が山
の頂点になって、中央から遠ざかると次第にグラフが低くなる図を
描くことができます。

【正規分布】
こうした、数学で計算可能な規則性のある分布を、正規分布(ノー
マルな分布)と言います。身長、体重、品目別売上数、個別銘柄の
株価等は、正規分布に近い変動をします。(グラフの型に、偏りは
あります)

身長の標準偏差を計算したとき、3センチと出たとします。

【標準偏差の重要な意味】
意味することは、平均値172センチ±標準偏差3センチ=169センチ〜
175センチの幅に、68.3%の人がいるということです。

(注)平均身長172センチの値と標準偏差は、仮のものです。

(標準偏差の性質)
http://homepage1.nifty.com/QCC/sqc2/sqc-2.html

▼標準偏差は、確率的な未来をあらわす

標準偏差では、ここからが重要なことです。

(計測した結果)
1.身長の単純平均値 172センチ
2.標準偏差      3センチ

この意味は、175センチから169センチの幅の身長の人が、(およそ)
「68.3%」であるということです。

以上のことを知って、明日、はじめて会う人の身長に賭けをしたと
します。知らない人より、有利な賭けができますね。

平均身長と標準偏差を知っていれば、「明日、あなたがはじめて会
う人は、175センチから169センチの間である確率が68.3%」という
ことができるからです。

この標準偏差の2倍の6センチという幅をとって、172センチ±6セン
チ=166センチ〜178センチの間である確率は、「95.4%」であると
も推測できます。これを知っていれば、賭けに勝つ確率は高くなり
ますね。こうしたものが「知識の経済効果」です。

もしある銘柄の株価が、身長と同じような価格の度数分布なら、今
日が1720円だったとすると、明日の株価は、1660円から1780円であ
る確率が95.4%であるということになります。

同様に、A商品の過去の日曜日の売上数が、身長と同じような度数
分布であって、今週は172個売れた。来週の日曜日は166個から178個
の間である確率が95.4%である。

178個売れても在庫欠品を起こさないように置いておけば、欠品の確
率は2.3%に押さえることができます。これが安全在庫の原理です。

行ったことは、
1.過去の調査データから、各値の頻度を統計的に計算し、
2.その頻度を、確率的な未来に延長する、ということです。

▼重要な前提

金融工学と金融(ファイナンス)では、「過去は、同じ条件なら、
未来を確率的に示す」ということが、仮説的な前提になっています。

未来は、複雑系であり、確率であるという前提があります。

まとめれば、標準偏差は「不確定な未来を、確率として推定する手
がかり」を数値で与えてくれます。

【在庫管理でも、標準偏差を使う】
品目別・曜日別の売上数をデータに、平均値と標準偏差を計算し、
日曜日の最適在庫数を決める在庫管理と同じです。

売上を決める要因は、よく分からない。明日の売上も一種の複雑系
です。そのため、標準偏差で確率計算する。それによって必要な在
庫を決めるのが、安全在庫数を保険として含む、在庫公式です。

(突然の変化には無効)
この最適在庫数も、突然、100個をまとめて買うビッグバイヤーが現
れれば、無効になるのは分かりますね。標準偏差が有効なのは、過
去と未来の条件の間に、大きな変化がないときです。

ファンドやヘッジ・ファンドが破綻するのも、過去になかった大変
化が起こったときです。保険会社の破綻も、同じです。年金の破綻
も、金融のシステミックな連動した破綻も同じです。

▼標準偏差の基本性質

たとえば、過去の株価の平均線を引きます。その線からはずれた幅
(=各値−平均値)が偏差です。多くの値の、この偏差の程度は「
標準偏差」としてあらわすことができます。

以上が、幅をもった平均値である標準偏差の性質です。

【エクセルですぐ計算できる】
標準偏差は、エクセルに備わったSTDV(Standard Deviation)
の関数で、ワンクリックで計算できます。

誰でも知っている平均値はAverageです。平均値と標準偏差を表示し
ておけば、平均値からのバラツキの程度がわかります。

Windowsパソコンで確認してください。エクセルを開き、セルに何か
の数値を入れ範囲を指定して、[挿入]→[関数]を開いてくださ
い。STDV(標準偏差)があるでしょう。

(注)NPV(ネット・プレゼント・バリュー:金利等で割り引い
た現在価値)もあるはずです。

以前は、電卓計算で大変でした。そろばんの時代は事実上、無理で
した。多くの人が、コンピュータが使えるようになった80年代後期
に、標準偏差やNPVは瞬時でできるように変わります。

コンピュータによる標準偏差等の計算が、金融工学を実務化させた
理由です。

しかしそれとともに、標準偏差などの統計の意味と、高度な方程式
の利用法を知らない一般の人には、見えなくなってしまった。

金融工学によって、デジタル・デバイドが起こったのです。何がな
んだかわからない、しかし、体面上、わかった振りはすると思う人
が多数派になってしまっています。

米国のファンドが売りこみにきたデリバティブにごまかされ90年代
には日本の、かなりの数の銀行や保険会社は損をします。分かった
振りをしたからです。

▼株価のボラティリティ(変動幅)

標準偏差は、平均値と比較したときの日々の株価の、平均的な差で
す。(注)金融用語ではボラティリティ(変動幅)と言います。

ボラティリティという概念が、金融工学の中核です。

【リスクの意味】
金融用語で言うリスクは、危険という日常的な意味ではなく、株価
なら「株価の変動」を株価リスクと言います。

同様に、金利リスクと言えば「金利の変化」です。
価格リスクとは、価格の変化です。

株価、債券価格、金利の最新の変化データを使って、平均値と標準
偏差をコンピュータで瞬間に計算し、有利と思える売買をするのが
金融工学の基本的な方法です。

【前提】
<昨日の株価は、昨日までのあらゆる情報を組み込んでいる。今日
の株価は、誰もわからない確率的な「ランダム・ウォーク」をする
はずである。> これが、金融工学の前提です。

【ランダム・ウォーク】
ランダム・ウォークとは、規則性のない変化という意味です。昨日
までの株価から、明日の株価を確実に予測することは、できない。

しかし変化の幅は、標準偏差を使えば「確率」として計算できる。
確率は、およそ正しいということです。それが、ボラティリティ(
標準的な変動幅)です。

その変化幅を知っておいて、保険のような金融商品を作り、売買す
るということです。それが金融工学。

▼2つの未来

未来には、
・論理的な未来と、
・確率的な未来があります。

論理的な未来は、自然科学の法則や数式で予測される「確定した未
来」です。たとえば、来年の月や太陽の位置は、数式で予測できま
す。来年にならねば、わからないということではない。今日、(厳
密には「ほぼ」としかいえませんが)100%予測できます。

しかし、明日の株価、債券価格、金利、原油価格、ゴールド価格、
不動産、他の資産、品目別売上数量等は、予測できない動き、つま
り「ランダム・ウォーク」をします。

(注)60年等の超長期で見れば、一定の傾向は見えますが。しかし
こうした傾向線は、誰でも知っているので、知識差の経済効果は無
効になります。後進国に行くと、その国の人には見えない将来が見
える感じがするのは、この知識差のためです。

予測できない明日を、なんとか予測しようとするとき、手段になる
のが、平均と標準偏差です。

来年の今週の天気は、予測できません。天気は、変化の条件が複雑
に絡む「複雑系」だからです。

複雑系の現象の予測には、確率という方法しかない。変化す原因が
複雑で入り組んだ株価、債券価格、金利も同じです。

▼単純化した例

たとえば、現在の株価が600円、過去の株価の変動の標準偏差(平均
値から差の平均的な幅)が1日で30円であったとすれば、これはどん
な意味を含んでいるか。

(答1)68.3%の確率なら

株価形成の条件に、過去と大きな違い(たとえばライブドア強制捜
査という過去にない条件)が起こっていなければ、明日の株価は、
68.3%の確率で、600円±標準偏差30円=630円〜570円の幅にあると
言うことができます。

68.3%の確率で「平均値±標準偏差の範囲の値」をとる性質がある。
http://aoki2.si.gunmau.ac.jp/lecture/Bunpu/normdist/hyojunhensa.html

(答2)95.4%の確率なら

標準偏差の2倍をとって、600円±60円(標準偏差の2倍)=660円〜
540円の幅とするなら、95.4%の確率です

【不確定な未来に備えるための在庫管理も同様】
在庫管理で在庫数を設定するときも、この正規分布の性質を使って、
標準偏差を計算し、欠品の確率を、たとえば2%に抑えるために、
積み増しすべき安全在庫の、コスト計算をします。

確率は、未来のことです。過去のことではない。しかし、われわれ
は未来を想定するとき、過去の統計的な事実から類推します。

これが保険の方法であり、金融工学の基本方法です。
地震の確率も、天気予報の確率も同じです。

▼金融工学の重大な前提

「過去の、ほぼ同じ条件での変動のデータを調べ、それを、未来の、
価格の変動率として延長する。これが金融工学の、あえて言わな
い前提である」ということになります。

■5.ヘッジ・ファンド、先物、オプション、デリバティブ

株、債券、原油を含む商品(国際コモディティ)の先物、オプショ
ンを組み合わせ、デリバティブ(金融派生商品)とレバレッジ(信
用借り)使った投資法をとるのを、特にヘッジ・ファンドと呼びま
す。

ヘッジ・ファンドは、世界で元本総額が140兆円(06年)と言われま
す。個人トレーダーのように単純な、株や債券の売買ではない。デ
リバティブを駆使しています。

(注)先物、オプション、デリバティブ、レバレッジ、金利スワッ
プ、ヘッジ等の意味は、まだ理解しなくてOKです。順を追って、
仕組みを示します。数学的ですから、順を追うことが大切です。

今、およそすべての銀行・保険会社・機関投資家は、ファンド、ヘ
ッジ・ファンド、そしてデリバティブに深い関係をもっています。

▼住宅ローンの固定金利も金利スワップを使っている

われわれが借りる固定金利の住宅ローンも「変動金利と固定金利の
スワップ(金利交換)」と言われるデリバティブを使っています。

金利は予測できない変化をするのに、たとえば10年間も固定金利で
貸すのはリスクがあります。

そのため、金利交換というデリバティブを使い、銀行は保険料を払
って、金利変動のリスクを解消する保険をかけます。

あなたが支払う固定金利には、この保険料が含まれています。保険
をかける側のリスクは、保険を引き受けた側(他の金融機関やファ
ンド)に移ります。

【個人】住宅ローンの固定金利を払う人は、その固定金利の中に保
    険料と事務費を含んで支払う。
【銀行】変動金利と固定金利を交換(スワップ)する保険料を払っ
    て、安定した収益を得る。
【元請け】保険料を受け取って、確率計算した金利変動のリスクと
    保険料の差で利益を得る。

たとえば、来年、日本の長期金利が5%(確率的な予想外)に高騰す
れば、保険を引き受けた側は、膨大な損失を蒙ります。

地震保険をかければ、地震が起こる確率(地震リスク)が減るわけ
ではない。生命保険をかけても、自分が死ぬ確率(死亡リスク)は
同じです。

デリバティブを使ってもリスクの「全体」が減るわけではない。リ
スクが、金融機関やファンド間で売買されるだけです。つまり、リ
スクの、他者への分散です。

生命保険も、死亡の確率を使うデリバティブです。

天候の異変が起こったときの在庫や利益のリスクに保険をかける「
天候デリバティブ」、債権の元本の回収リスクをカバーする「クレ
ジット・デリバティブ」も有名になっています。

融資リスクを避ける保険であるクレジット・デリバティブは、今、
多くの金融機関の間で、多額にやりとりされています。

従って、金融の世界では、確率的には小さいこと(ある国の、突然
のデフォルト等)が起こったとき、関係のないところまで全面崩壊
する危機を、現代金融ははらんでしまっています。

▼1998年の有名な破綻

1998年にロシアの通貨危機(デフォルト=国家債務の支払い停止)
を起点に、たった数週間で破産した有名なLTCM(Long Term Ca
pital Management)は、元本資金が5000億円、レバレッジ(信用借
り)はその30倍(15兆円)くらいでした。

LTCMに、デリバティブで関係していた投資(エクスポジャーと
言います)は、総額110兆円相当と言われました。

LTCMは、ウォール街の伝説のトレーダー、ジョン・メリウェザ
ーが創設(1993)し、ファイナンス理論での2人のノベール賞受賞者
(マイロン・ショールズ、ロバート・マートン)、そして元FRB
副議長もパートナー(代表社員)として参加し、天才たちのファン
ドと言われていました。

ウォール街の主な金融機関は、天才たちに、競って、低い金利で資
金を提供していました。

『最強のヘッジ・ファンド、LTCMの興亡』(ロジャー・ウェス
タイン)は、LTCMが破綻へいたる物語です。

デリバティブの売買は、金融機関とファンドを相互連鎖の関係に置
きます。

LTCMの自己資本的な元本は5000億円くらいでした。しかし連鎖
の総額は110兆円でした。これは、世界最大の資金量である三菱東京
UFJに匹敵します。

LTCMの誤りは、ロシアのデフォルト(1998年8月)を確率として
計算にいれてなかったことです。つまり、デフォルトの確率をゼロ
としていた。

しかし、事実としてはそれが起こったのです。

LTCMは、関係した金融機関が不足する4800億円を拠出し、救済
され、拠出額に応じて買収されました。FRBが音頭をとりました。
金融機関がお金を出した理由は「LTCMの中身を調べると、110
兆円のデリバティブが大きすぎ、連鎖倒産、言い換えれば世界の金
融のシステミックな崩壊が起こる。だから・・・つぶせない。」と
されたからです。

LTCMの事例は、例えれば、複雑に入り組んだ債権・債務をもつ
世界の保険会社が一斉倒産するような事態でした。

(注)村上ファンドの投資方法は、レバレッジ(信用借り)も小さ
く、単純な買収的買い占めでした。破綻しても、大きな影響はあり
ません。集めた4000億円で買った株が、ほぼ全部、現物として残っ
ているからです。

その意味で単純です。単純な方法が、日本の株式市場では、数百億
円の利益を上げる方法として通用したという意味も持ちます。

LTCMのように、複雑に多額に、デリバティブとレバレッジ(信
用借り)を使っていれば、今、日本と世界の金融は、一夜でシステ
ミックな崩壊リスクにさらされたはずです。

LTCMは30倍のレバレッジ(信用借り)をし、加えて110兆円もの
デリバティブを組んでいました。

▼世界の株価は連動して同じ方向へ動く

06年5月、世界の株価は、連動して下げました。原因は、未来へ向か
ったインフレリスクの高まりからくる世界の金利の上昇予測です。
これは約10年ぶりの、世界の金利高騰です。引き金は、06年3月の、
日銀の「量的緩和の停止」でした。

以前は、さほど問題にならなかったわずかな金利の上昇でも、はる
かに重大な意味をもつように、世界経済が変わってしまっています。

理由は、金融資産の増加です。
金融資産は、裏か見れば、別の人の金融負債です。

例えば、日本人個人の金融資産(預金、債券、株、年金、保険の総
額)は1500兆円です。金利が3%上がれば、45兆円相当分が金利や
配当収入になって増えます。

他方、もっとも借金をしているのは政府部門(国、地方、特殊法人)
です。総額では1000兆円です。金利が3%上がれば、新しい市場金
利で借り替えるときは、30兆円の利払いが増えます。

個人が国債を買い国に貸し付けているわけではない。個人がもつの
は郵貯・簡保・預金・生命保険・年金基金です。しかし、これらの
金融機関、つまり郵貯、簡保、銀行、生命保険、年金基金が、多額
の国債・地方債・財投債で運用しています。

つまり、個人金融資産は、金融機関を経て、国に1000兆円貸し付け
られています。これが金融資産の正体です。貸し付けたお金の価値
は、相手が金利を払えるかどうか、返済ができるかどうかにかかっ
ています。

国が、金利が上がれば、金利は払えない。財政が20兆円赤字で、増
税しなければ返済できない。最終的にはインフレを起こすしかない
・・・とすれば、金融資産の将来の実質価値は、すでに小さくなっ
ていますね。

しかし、これは「全体のこと」です。自分は今国債をもっていても、
価値下落のリスク(=金利上昇)がすこしでも見えれば、自分だ
けは有利に売り抜けられると皆が思っています。

しかし、そのとき、大量に売られる国債を買うのは、世界の誰でし
ょうか? 

そうした膨大な貸し借りのリスク構造を、日本、米国、西欧、中国
の経済が、等しく含んでしまったのです。

米国で住宅ローン金利が3%も上昇すれば、高騰した住宅価格は、急
落します。破産者が街にあふれ、米国の消費景気は超不況になって、
日本・中国を含むアジアの輸出経済は、崩落します。

インフレと金利の上昇は、今の経済の焦点です。

■6.増えすぎた世界の金融資産

今、世界の金融資産(預金、株、社債、国債)は120兆ドル(1京30
00兆円)に膨らんでいます。世界のGDP(経済規模:4000兆円)
の3年分です。

1995年からの10年間で増えた分が、67兆ドル(7370兆円)にもなり
ます。年率では9%近い増加です。

世界の経済規模の増加の、3倍の速度で増えてきたのが、金融資産の
総額です。

1995年以降の経済の大きな特徴は、世界(主は先進国)の金融資産
が、実物経済(GDP)の増加率を大きく上回って、増えたことで
す。

世界のGDPの増加は、せいぜい年率で3%です。
他方、金融資産の総額(=負債総額)は、年率9%で増えています。

そして今、世界の資源価格は、3倍の価格になった原油を筆頭に、金
融資産の増加に合わせるように価格が高騰しています。

他方、店頭の商品価格は、13億人の中国と10億人のインドが「工業
化」し、低い賃金で低価格の商品を作るようになったため、さほど
上昇していません。

▼世界の金融資産(資料マッキンゼー)

・預金   34兆ドル(3740兆円:うち日本約700兆円:19%)
・株    33兆ドル(3630兆円:うち日本約500兆円:14%)
・社債   35兆ドル(3850兆円:うち日本約 50兆円:1.3%)
・国債   18兆ドル(1980兆円:うち日本約750兆円:38%)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
合計    120兆ドル(1京3000兆円:日本2000兆円:15%)

(注1)これらの金融資産の運用に絡んだデリバティブ(金融派生
商品)の総額は、150兆ドル(1京6500兆円)と言われます。この数
字は以上の金融資産には当然、含まれていません。

(注2)このデリバティブの金融世界は、インフレが高まり、金利
の高騰があれば、いずれ、全面崩壊すると予測しています。膨らみ
すぎだからです。

留意すべきは、120兆ドルの誰かの金融資産は、金融機関や債券を通
じ、別の誰かの負債になっていることです。金融資産の増加は、金
融負債の増加と同じ意味です。

たとえば預金は、銀行によって誰かに貸し付けるか、国債を買うか
(国への貸付)になっています。株も、もち手である個人や金融機
関からの出資という、返済義務のない負債(=資本)です。

例えれば、年収600万円の世帯が1995年には、1.5年分、900万円を借
りていた。2006年には、所得はあまり変わらないのに、3年分、1800
万円の借り入れになっているということに似ています。

金融資産だけしかもたない世帯を想定すれば、年収600万円の世帯が
1995年には、1.5年分、900万円の金融資産だった。2006年には、所
得はほぼ変わらないのに、3年分、1800万円の金融資産になっている
ということに似ています。

これが、世界平均です。

本稿をお届けする目的は、特に90年代以降、リアルタイムの通信で
結ばれて単一市場に変わり、加えて、複雑にデリバティブが入り組
んで、緊密な連鎖構造にある世界の金融の、仕組みの基底を理解す
ることです。

巨額化してしまったデリバティブの仕組みにまで至るには、順序よ
く基礎的なところから考察することが必要です。

次稿では、
(1)金融資産運用の3つの方法から解いて、
(2)金融工学のポートフォリオ理論と、
(3)LTCMを含むヘッジ・ファンドの共通の方法であるサヤ取
   りの方法、
(4)そしてデリバティブの、基本的な仕組みに迫って行きます。

see you next week!

【後記】
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3.2006年を、世界の金利の面でどう見るか?
4.3年を振り返れば
5.株価の上げは、ガイジンの買い越しが原因
6.06年の3月期決算は最高益が多かった
7.04年〜05年のドル高の原因
8.資本収支の黒字と表現する米国政府
9.膨らみすぎた世界の債権・債務の転換点
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2.仕事のビジョンと倫理の喪失
3.経営体のモデル
4.ビジョンの階層
5.価値観の階層

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