特別号:戦略理論を応用して思考すれば
This is my site Written by admin on 2008年1月8日 – 08:00

あけまして、おめでとうございます。多くの方は、昨日が仕事はじめ
の日だろうと思います。

繰り返し来る新年も、意識次第で、意味あるものになります。「おめ
でとう」を調べると、「お互いに愛(め)でるべし」から来ています。
新しい年を、意図して祝おうという呼びかけでしょう。

時の経過を表す「暦(こよみ)」は、歴史の「歴」に発することを知
りました。(『常用字解』白川静)

歴の原義は「戦争で立てた功績を、調べ数えること」という。古来、
時代を変えたものは、戦争でした。そこから転じ、人の世の移り変わ
りを表すことが、歴になる。歴史は、現在に至るまでの出来事を、因
果関係から示し記述したものでしょう。

「暦」である物理的な新年は、地球が太陽を廻ったという意味しかな
い。これには、人の意志や行動がかかわることができない。

人にとっては、「歴」つまり「人間と文化の時間」、言い換えれば人
の世の移りゆきと変化を示す時間がある。それが、象徴的なトピック
を記す歴史や時代とされます。

歴史は、人による時間認識です。経営や仕事も、当然に、人の意志と
行動がかかわるものです。どこかで、マルクスが言ったと記憶します。

<人は、自分自身の歴史を作る。自由に作るのではない。目の前にあ
る与えられた条件、過去とつながりがある条件のもとで、作る。条件
は選べない。誰にとっても、過去の死せる世代の伝統が、重くのしか
かっている。>

繰り返しの暦でなく、歴史で言えば新年も明日も今も、新しい。人に
は過ぎ去った過去が記憶にあるために、今日が新しい。われわれが作
るのは自分の歴史です。さぁ、新しい年へ。

              *

新年号の有料版(08年1月2日号)では、「ゲーム理論を応用すれば、
戦略が見え価値観が変わる」をテーマにした論考をお届けしました。
調べて書いているうちに、重要なことに気がつきました。

(1)ゲーム理論は、当初、人類のもっとも大きな戦略である核戦争の
最終帰結がどうなるかを考えるたために、「ランド研究所」で研究さ
れた。

ランド研究所は、米国陸軍のシンクタンク(従事者1600名)であり、
戦争を含む重要な国家戦略について研究する機関です。

(2)その驚くべき結論は、繰り返し行われる戦略ゲームでは、相手を
信頼し、相手の利益を思う戦略が、お互いの合計利得(ゲイン)を高
めるということです。
             *

われわれ日本人が思考停止することのひとつに、戦争があります。戦
後憲法が「戦争への参加を禁じている」こともあるでしょう。

戦争のなかで、最終戦とされるのが核戦争です。
核戦略は、当然に、国家前略の基底にあるものです。

ゲーム理論を調べているうちに、「指導者が、ゲーム理論の結論を知
り、戦略的に賢明なら、大国間の核戦争は起こさない。」ということ
を確信をもって言えることに気がついたのです。

これは、われわれ人類の人生観の基底も、変えるものです。

当初の私の関心は、前号で書いた米国食品スーパー「ホールフーズ」
の企業戦略(品質のシグナリング)の有効性を、ゲーム理論を応用し
て調べることでしたが、思わぬ鉱脈にも至りました。

本稿では、ゲーム理論における思考過程を、丁寧にたどります。戦争
のことだけではない。企業戦略の有効性の、根底を考えることでもあ
ります。

最初に、思考のための手続きからです。

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<Vol.254:特別号:戦略理論を応用して思考すれば>
        2008年1月8日号

【目次】

 1.ゲーム理論の発祥とゲーム的な状況
 2.現実をモデル化する
 3. 利得表を作り合理的に考える
 4.繰り返しの戦略ゲームではどうなるか?
 5.「しっぺ返し戦略」の効果
 6.「しっぺ返し」が有利だと知ったあとの戦略
 7.「しっぺ返し」が救いを生む

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■1.ゲーム理論の発祥とゲーム的な状況

「ゲーム」の意味からです。ゲームは、自分の戦略と相手の戦略が相
互に影響を及ぼす状況をいいます。状況は、置かれた場です。

ゲームである将棋、チェス、ポーカー、マージャンでは相手の手が、
自分の手の有効性に影響します。企業でも、まさに、競争企業の戦略
が、相互に影響します。

そのため(わからない)相手の手(戦略)を読んで、自分の戦略を考
える。戦略は、目標に至るための手段を言います。

【ビジョンと戦略】
企業経営にあっては、リーダーは有効な経営戦略とは何かを思考し、
決定するポジションです。

経営目標(またはビジョン)をつくる。その目標またはビジョンを達
成するための、有効な戦略(手段)を考え、決定する。

【リーダーとスタッフの役割】
これがリーダーたる人の、存在根拠です。企業経営や仕事では、今年
の目標(ビジョン)は何か。それを達成する有効な戦略は何かを、リ
ーダーが決めねばならない。

意思決定するトップマネジメントに対し、ビジョンと有効な戦略を起
案するのは経営スタッフの責任でもある。

◎お互い戦略が影響を及ぼしあう関係、つまりゲームの状況では、ど
んな戦略が有効かを研究するのがゲーム理論です。

企業経営でも「戦略」という戦争用語が普通に使われるようになった
のは、ゲーム理論が戦略を研究対象にしたことからでしょう。

▼ゲーム理論の発祥

ランド研究所は1946年に、米陸軍によって設立されています。当初の
研究対象は、米国の宇宙戦略でした。米国とソ連の戦略がからんでい
た。

米国の宇宙と核の戦略が、どうあるべきかを研究したと言っていい。

今の「宇宙」は、地球を俯瞰する「グーグルアース」で見ることがで
きるように、地上の微細な建物や施設の変化までがわかります。これ
は軍事目的の衛星写真から来ています。何という時代か・・・

(注)グーグルアースは、検索サイトの『Google』で無料ダウンロー
ドができます。地球上の自分の家までが航空写真で写っていることに
驚きます。当然に、北朝鮮やイラク・イランも見えます。

ゲーム理論で有名な「囚人のジレンマ(後で詳述)」は、最初、フォ
ン・ノイマンが着想します。その着想に触発された多くの学者が研究
を重ね、「ゲーム理論の体系」になっています。

しかし数学的なモデルでもあるため、一般には、知られていません。
本稿の役割は、数式を算数レベルに最小化し、言葉と論理で書くこと
です。数も言葉の一種です

今年の、私のテーマのひとつは在庫理論ですが、これも、統計理論を
使う数学モデルです。流通業に従事する人の多くが、数学というとい
う入り口で毛嫌いするのは残念です。金融工学も、確率論を使う数学
です。なぜ、文科系と理数系を分けたのか。論理が到るところは数学
ですから、それを抜きにはできないのですが・・・

▼ゲーム的状況

ゲーム的な状況は以下の3つです。状況とは置かれた立場です。

(1)複数の、(戦略を決める)主体が存在すること。

「主体」とは、意思決定が独立してできる人や組織、会社という意味
です。従属的な戦略しかとらないなら主体とは言えません。

戦後の日本は、国際戦略では主体ではなく、米国への追随という枠の
中での外交戦略です。円という通貨も、ドルへの追随です。国益のた
めの主体的戦略はない。

(2)各主体は、目的をもって、戦略を決めることができること。

目的や目標とは、最終的な帰結点(ゴール)です。企業の場合はこれ
がビジョンに相当します。戦略とは、繰り返せば、「目標にいたるた
めの方法、手段」です。

(3)各主体の戦略や、戦略の結果としてとる行動が、お互いの利得に
影響を与えること。

相互関係とも言います。自分の戦略の効果が、相手がどんな戦略や行
動をとるかで大きく左右される状況が、ゲーム的状況です。

以上3項が、ゲームということの意味です。

以上のようなゲーム的状況で、どんな戦略が有効かを研究するのがゲ
ーム理論です。

◎ゲーム理論は、各主体が、合理的で最適と考える戦略をとりあった
と想定したとき、どんな結果が生じるかを調べる。

■2.現実をモデル化する

考えるためには「モデル化」しなければならない。模型化です。あら
ゆる学では、現実を模したモデル化が行われます。小説は言葉で、映
画は映像と音声で現実をモデル化する。当然に、経済学でも医学でも
モデル化する。

▼モデル化1:「囚人のジレンマ」

【囚人を想定する】ゲーム的な状況では、相手のとる戦略がわからな
い。その状況を想定するため、2人の、お互いに連絡をとれない囚人と
いう主体を想定します。

囚人でなくてもよかったのですが、連絡をとれないという状況を想定
するため、囚人(囲われ人)を想定した。

【ジレンマ】ジレンマは板挟みの状態、つまり選択肢として与えられ
た2つの戦略のどちらを選んでも、望ましい結果には達しないときを言
います。

ゲーム理論は最初、社会悲観的な結論から出発しています。

共犯と思われる2人が逮捕された。検察は犯罪を立証する十分な証拠を
もっていない。そのため、検察は自白を促す。検察は2人の容疑者(A、
B)に、同じ条件を与える。AとBは、お互いに連絡がとれない。つま
り、相手の戦略がわからない。

以下は、自白に恩典を与える、米国の司法取引に類似しています。
Aを、自分として考えましょう。

【条件】
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(1)A、Bの両者が黙秘を続ければ、2人とも2年の懲役刑に処す。

(1)あなた(A)が共犯を自白し、Bが黙秘を続ければ、自白の恩典
  としてあなたを釈放する。黙秘したBは、罰として刑期10年にする。

(2)逆にあなたが黙秘を続け、Bが自白すればBを釈放し、あなたを
  刑期10年に処す。

(4)両名が自白すれば、両者の刑期は、若干の恩典を与え5年にする。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

容疑者2名が、どうすればもっとも有利になるか、自分の刑期を短くす
るための「最適戦略」は何かを、理性的に考えている場面を想定すれ
ばいいでしょう。

重要なことは、合理的・理性的に考えるということです。

さてどうするか? モデル化をすればいい。
ゲーム理論では「利得表」で考えます。

■3. 利得表を作り合理的に考える

以下のようなものが利得表です。

        Bが黙秘       Bが自白
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
Aが黙秘    A、Bとも2年    A10年:B釈放
Aが自白    A釈放:B10年    A5年:B5年
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

相手の戦略には不確実さがあります。不確実な状況の中での戦略策定
の際は、場合分けし、リスク(コスト)と利益(成果)を、想定して
作る方法をとる。これが思考法です。不確実な状況は、相手の手と結
果が見えない状態です。

場合分したときの確率を想定し、利得(または損害最少)を計算しま
す。(注)方法は金融工学と同じです。

▼(1)両者にとっての最適解

両方の刑期がもっとも短いのが、最適解です。
両方が黙秘したときの2年が最低です。

最適解に、相手の戦略がわからないとき、個人の合理的な思考で、至
れるかどうか。ここが課題になる。

AもBも相手の戦略がわからない。
自分にとってもっとも都合がいいことを考える。

(注)結論を言えば、両者が合理的に考えても、最適解に至らない。
そのため「囚人のジレンマ」と言われます。

▼(2)自分が黙秘戦略(協調戦略)をとったとき

選択肢は2つ。黙秘を続ける、または、共犯を自白する。

自分が黙秘を続ければどうなるか。相手(B)も「協調し」黙秘すれば
2年です。しかし自分だけが黙秘し、相手が「裏切って」自白すれば1
0年です。

非協調のゲーム的な状況では、相手の戦略がわからない。そのため、
Bの黙秘と自白の確率を50%:50%とする。

この確率で、利得計算をすれば以下です。
・相手が黙秘すれば自分の刑期は2年、
・自白なら10年の刑を受けます。

◇自分が黙秘したケースの予想刑期=(2年×Bも黙秘50%+10年×Bが
自白50%)=1年+5年=6年の刑期

自分が黙秘した結果の、確率的な刑期は6年です。

▼(3)自分が自白戦略(Bを裏切る戦略)をとったとき

逆にAが自白戦略をとれば、どんな結果が想定できるか。

自分が相手を裏切って自白し、相手が黙秘すれば、自分の刑期は0年で
す。相手も自白すれば5年になる。

◇自分が自白したケースの予想刑期=(0年×Bが黙秘50%+5年×Bが自
白50%)=0年+2.5年=2.5年の刑期

自分が裏切って自白した結果の予想刑期は2.5年です。

黙秘したケースの予想刑期は6年でしたから、Aが確率計算するなら2.
5年が得ですから、裏切って自白するでしょう。

Bも条件が同じですから、自白します。

●以上の条件では「相互の裏切りである自白」が合理的な戦略になる。
二人が黙秘で協調し刑期が2年という最適解には達しない。

経過は両方とも裏切って自白し、5年の刑になった。

このことから、ゲーム理論では、まず「ゲーム的な状況では、合理的
思考の結果、お互いが、相手を裏切る関係になる。」という結論を出
します。これが、囚人のジレンマといわれる理由です。

ゲーム理論は、最初、こうした社会悲観的な仮説を出します。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
【結論】ゲーム的な状況では、相手の戦略がわからないため、各主体
が合理的に考えた戦略では、最適解に達しない。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

そのためお互いを信頼(協調)する関係より、裏切りの関係になるこ
とが多い。

【囚人のジレンマから導く第一原則】
◎原則化すれば、「非協力の関係にある一回限りのゲームでは、お互
いが合理的に判断しても、両者の利得を最大化させることはできない。
相手の情報がない状況では、個人の合理的な判断が、逆にお互いの
利益を減少させる結果を生む。」ということです。

相手を信頼して黙秘すれば、自分の確率的な損害が大きい。
裏切って自白したほうが、確率的な損害は少ない。

一回限りの戦略ゲームでは、こうした結論が出ます。
しかし、戦略ゲームには、次回という機会もある。

■4.繰り返しの戦略ゲームではどうなるか?

ゲーム理論は、更に研究を進化させます。

一回限りでは、裏切りの自白戦略が正解になった。
しかし一般的には、戦略は繰り返される。
もう一回同じゲームがあったときは、どうなるか?

●両者は、前回のゲームでお互いが裏切ったという経験からの情報(
知識と言う)を得ています。

【利得表の再掲】
        Bが黙秘       Bが自白
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
Aが黙秘    A、Bとも2年    A10年:B釈放
Aが自白    A釈放:B10年    A5年:B5年
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

▼Aの思考に、前回の経験が生きる

Bはまた裏切って、自白する可能性が高い。(経験)
Bは自白すると想定しておかねばならない。(経験からの予想)

(1)Bが自白する。自分が黙秘すれば・・・自分の刑期は10年
(2)Bは自白する。自分も自白すれば・・・自分の刑期は5年

この場合、自分の刑期の確率可能性は(10年+5年)/2=7.5年と長い。

相手が自白するから、甘んじて10年または5年の刑を受ける方法しかな
いのか? (確率計算では7.5年)

ここまででの自分の合理的結論は、またも裏切りの自白です。そうす
れば刑期は5年。相手も前回と同じく裏切って自白すれば、10年ではな
く5年の刑で済む。

自分が相手のためを思って黙秘し、相手に再び裏切られれば、自分の
刑期だけが10年になる。これは、最高の損です。

▼相手の戦略を読む

しかし、ここでもう一段思考を深めよう。
相手のBも、同じ結論に達しているはずだ。
前回は、お互いが裏切り5年の刑で、2年という最適解に達しなかった。

Bも前回の経験から、私が裏切って自白する可能性が高いと思っている。
そうすると、Bも5年か10年の刑になる。

彼も、私と同じことを考えているに違いない。

<このジレンマから脱し、お互いの損害を少なくする唯一の方法は、
お互いが黙秘し、2年の刑に服することである。>

●相手が黙秘するか自白するかにかかわらず、自分は黙秘することを
想定してみよう。確率計算はどうなるか?

(1)自分は黙秘する。Bも黙秘する・・・・自分の刑期は2年
(2)自分は黙秘する。Bは自白する・・・・自分の刑期は10年

前回の知識からすれば、Bは裏切って自白する可能性が高いが、仮にB
が自分と同じように、お互いが黙秘したときの利益のケースまでを考
えていれば、黙秘することも想定はできる。

Bの、黙秘と自白の可能性を50%:50%にしてみよう。

想定結果は、2年×50%+10年×50%=6年になる。

黙秘すれば、自分は、2年か10年の刑である。確率では6年の刑であり
、こちらのほうが、両方がまた裏切って自白したケースでの刑期の確
率可能性である7.5年より短い。

(1)再び自白して、自分は5年か10年の刑を受けるか?
(2)自分だけは黙秘し、2年か10年の刑を受けるか?

確率では、黙秘したほうが得である。刑期10年のリスクもあるが、Bが、
自分と同じような思考プロセスで黙秘すれば2年になるので、今回は
黙秘しよう。

●以上をまとめれば、「相手の戦略を読むための情報、または知識が
あるときは、裏切りの非協力のゲームが、協力のゲームに転じる可能
性が出る」

核戦争でいえば、自分も先制攻撃しない、相手も攻撃しないという想
定です。

最初は不信の関係であっても、経験を積むことで、信頼の関係と同じ
結果も出すことができる可能性がある。

●「しかし繰り返し行っても、相手の戦略を読まないときは、いつま
でたっても非協力の裏切りゲームのままであり、最適解には達しない」

以上のような2回目の思考プロセスを経て、ゲーム理論は更に先に進み
ます。

終わりがいつかわからない繰り返しのゲームで、もっとも有効な戦略
は何か? 企業戦略では、前回の相手の戦略を読んで、次の戦略を決
めます。

■5.「しっぺ返し戦略」の効果

ゲーム理論は、多くの数学者によってモデル化され、戦略の利得が計
算されています。プログラム化し、モデルを作って利得を競わせるコ
ンテストが行われた。

◎繰り返しのゲームで利得を得る有効な策は、ロシア人のアナトール
・ラッポポート(1911-2007)が立証した「しっぺ返し戦略」です。

非協力型の繰り返し型ゲームでの、しっぺ返し(Tit For Tat)は、
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(1) 初回は、相手の利得を優先する協力策をとる。
(2) 次回は、相手がとったのと同じ戦略をとる、ということ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

これによって、自分の利得を最大化できるというものです。

しっぺ返しは極めて単純な戦略で、ラッポポートが作ったのはベーシ
ック(BASIC)のプログラムで4行だったそうです。

●囚人のジレンマで言えば、最初は裏切らず、黙秘して協力する。そ
して裏切られるか、黙秘での協調を受ける。

●次回は、前回に相手(B)がとった自白かまたは黙秘と同じ戦略で、
しっぺ返しをする。利得表を使い検証してみましょう。

【再掲:利得表】

        Bが黙秘       Bが自白
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
Aが黙秘    A、Bとも2年    A10年:B釈放
Aが自白    A釈放:B10年    A5年:B5年
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

以下では、しっぺがえしの戦略のプロセスをたどります。

▼(1)初回は、相手を信頼する協調戦略をとる

Aは、最初は相手を信頼し、黙秘することに決める。
結果は、以下になります。

(1)自分は黙秘し、Bも黙秘する・・・自分(A)の刑期2年
(2)自分は黙秘し、Bは自白する・・・自分(A)の刑期10年

Bの、黙秘と自白の可能性を50%:50%とすれば、自分の確率的な刑期
は、(2年×50%+10年×50%)=6年になります。

▼2回目のゲームでは「しっぺ返し」

次回のゲームでは、自分は、Bが前回とった戦略と同じ戦略にする。(
これが、しっぺ返し戦略を採るということ)

Bの前回が黙秘なら、Aは、今回も黙秘にする。

しかし、Bの2回目の戦略はわかりません。
以下の刑期は、自分(A)の可能性としての刑期です。

【しっぺ返しの黙秘戦略】
初回のゲームで相手が黙秘したときは、次回のゲームでは、今度は自
分が、その黙秘と同じ戦略をとります。

(1)2回目も自分は黙秘する。Bが黙秘すれば・・・刑期2年
(2)2回目も自分は黙秘する。Bが自白すれば・・・刑期10年

Bの黙秘と自白の可能性を50%:50%とすれば、自分の確率的な刑期は、
初回と同じく(2年×50%+10年×50%)=6年になります。

【しっぺ返しの自白戦略】
Bが前回は裏切りの自白なら、自分は、2回目は裏切りの戦略にする。
つまり相手が前回とった戦略を、2回目では自分もとる。

(1)2回目は自分は自白する。Bが黙秘すれば・・・刑期0年
(2)2回目は自分は自白する。Bが自白すれば・・・刑期5年

この確率的な刑期は、0年×50%+5年×50%=2.5年です。
相手が初回は裏切ったときは、しっぺ返しで、Aの確率的な刑期はもっ
とも短くなる。逆にBは刑期が長くなる。

【まとめ】
以上をまとめると、

◇初回の黙秘戦略(信頼:協力)での刑期の、確率的可能性は6年

◇次回の「しっぺ返し戦略」では、上記2つのケースがありますから、
(自分が黙秘のときの確率刑期6年×50%+自分が自白のときの確率刑
期2.5年×50%=3年+1.25年=4.25年)

2回のゲームでの確率的な刑期は、しっぺ返しをすれば、4.25年と短く
なることが想定できます。

ラッポポートが立証したこの「しっぺ返し戦略」は、ゲーム理論につ
いての多くのプログラムのコンテストで、勝利を得ています。これが
知識です。

この知識を得たあと、つまり両方が「相手はしっぺ返しをとる」と知
った後のゲームは、どう変化するか?

更に思考を深めます。

■6.「しっぺ返し」が有利だと知ったあとの戦略

●相手が2回目には「しっぺ返しをする」、つまり「ラッポポートが証
明した戦略が有利であるとお互いに知っていれば」、AB両者は、お互
いが相手を信頼し、相手の損害をもっとも少なくする戦略が有利だと
いう最適解に、2回目以降に達する可能性があります。

▼Aがしっぺ返しをするとき

(1)初回:しっぺ返し戦略をとるAは黙秘(協調)すると決めている。

Bは、2つの戦略がある。黙秘すれば2年の刑を受ける。自白すれば自分
だけは釈放され、Aが10年の刑を受ける。

Bは自分だけの有利さを求め、Aを裏切って自白する。
Aの刑期は10年、Bは0年になった。

(2)2回目:Aはしっぺ返しだから、2回目はBが初回にとった自白と決
まっている。

Aは自白する。Bが黙秘すれば10年の刑をうける。
したがって、Bは今度は自白し、5年の刑を受けるしかない。

結果はAもBも自白し、両方が5年の刑を受ける。

(3)3回目;Aは、2回目のBと同じく自白する。Bは自白するしかない。
お互いに5年の刑を受ける。

4回目、5回目・・・も同じです。AとBは、何回やっても、最小で5年の
刑を受けることが確定してしまう。

●Aがしっぺ返しをとったときは、Bがその都度、自分にもっとも有利
に思える戦略をとっても、両者の最短の刑期は5年ということ確定して
しまうのです。

つまり、Bがその都度、自分に有利と思える戦略をとっても、最適解に
は達しない。

以上のことは、相手がラッポポート風の「しっぺ返し戦略をとる」と
決めた時点で確定しています。

【重要な点】
ここでBも、以下のように考えるはずです。

▼Bの思考プロセス

●自分が、その都度、自分だけにとって有利と思う戦略をとれば、初
回は0年の刑期で済むが、後の回では5年の刑期になる。毎回5年の刑期
になってしまう。これは損である。

【間違い】自分の間違いは、最初に、Aが黙秘したとき、自分が自白し
たことだ。自分の初回の刑期は0年になるが、あとが5年になって、そ
れが何回も続く。

【解決策】初回はAは黙秘(協調)と決まっているのだから、自分も黙
秘(協調)し、2年の刑を受ければいい。

そうするとAは、次回も黙秘する。そのとき、また自分も黙秘すれば2
年の刑で済む。それ以後何回繰り返しても、2年で済む。裏切ったとき
の5年より有利である。

【結論】
相手が「しっぺ返しをする」と決めているときは、自分も協調し、初
回から黙秘したほうがいいい。

以上、ラッポポートが「しっぺ返し戦略」において証明したことです。

■7.「しっぺ返し」が救いを生む

このしっぺ返しを、核戦争に敷衍(ふえん)します。

核大国であるAもBも、先制攻撃(1回限り)では壊滅しない。攻撃力を
残し、報復する。

B国は先制攻撃では勝利する。しかし、A国からの後の報復(しっぺ返
し)でB国の次回の損害が甚大になる。そしてこのしっぺ返しが、両国
がすっかり壊滅してしまうまで続く。これは、お互いの戦略で、まっ
たくの損である。

相手が先制攻撃をしないと信頼し、こちらも攻撃を控えよう。
そうすると、相手も報復はしない。

仮に、A国が先制攻撃を宣言しても、「しっぺ返し」の効果を知ってい
れば、それは単に口頭でのブラフ(脅し)にすぎない。お互いにとっ
て不利な結果を招く先制攻撃はないと思っていていい。

しっぺ返しの戦略があることを、大国の軍事首脳が知っていれば、核
は、全面戦争の抑止力を持ちます。

◎核の5大国(米国、ロシア、英国、フランス、中国)が、「国家戦略
で賢明ならという条件付きで」、部分的な地域戦争は別にして、全面
核戦争は今後も起こさないと結論づけることもできます。

(注1)ただし先制攻撃で相手の軍事力が壊滅し、報復攻撃ができない
とすれば、裏切った先制攻撃が有利になります。これは、一回限りの
ゲームと同じです。

(注2)ある国の軍事首脳が、しっぺ返しの有効性を知らず、戦略的に
愚かなら、先制攻撃をしかけ、その報復で自滅することがあります。
日本の真珠湾攻撃や、米国の対イラク先制攻撃の失敗がこれです。

商取引の関係でも、同じことが言えます。同等の企業力をもつA社とB
社が、戦略的に、非協力のゲームの関係にあるとします。

A社が、ゲーム理論の結論を知っていて「しっぺ返しをする」と決めて
いるなら、A社の戦略は最初は協調ですから、B社もその最初から協調
したほうががいい。

これが、取引におけるWin-Winの関係になる。
裏切れば、両社は永久にlose-loseの関係になってしまう。

サプライチェーンにおけるwin-winは、お互いが相手の利益を想う策を
とることで、両社の合計利益を高める方法です。ここにも、ゲーム理
論の成果が生きています。

see you soon!

【後記】
今年も引き続き、いろんな論考をお届けします。ゲーム理論は、経済
学を含む社会科学の多くの分野に、広く応用されています。

企業の価格戦略が、どういう条件のとき、有利な結果をもたらすかも
予想できます。

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お届けしています。以下は、07年12月12日号〜08年1月2日号の目次で
す。

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<356号:高い基準での、ものづくりの国>
  2007年12月12日分

【目次】
1.アナログの、手の技術の町工場
2.他を調べ、付加価値をつける
3.重心の偏差への着目
4.自らに課す、完全という基準
5.今必要な、新しい社会設計
6.必要な制度変更

<357号:緊迫する世界の金融(1)>
2007年12月19日号

【目次】
1.振り返れば1945年のブレトン・ウッズ体制から
2.1971年以後:不換紙幣と変動相場制
3.通貨価値が継続的に下落してきた米ドルが基軸通貨を維持し
た理由
4.2003年から資源と資産価格高騰が始まった
5.ドルペッグ制があるが・・・
6.上げた住宅価格
7.株価の暴落後に住宅価格が上がった理由
8.CDO等の時価(07年11月)
9.鍵は今後の米国住宅価格

<358号:緊迫する世界の金融(2)>
        2007年12月27日号

【目次】
1.2008年度の日本政府の財政に関して
2.米国の貿易赤字は何を意味するか
3.米国の世帯の住宅ローン負債
4.米国の金融機関はどの程度の損失に耐えられるか?
5.米ドル証券、社債、株の流通価格低下へ
6.米国への資金流入で、異変が起こっている

<359号:「ゲーム理論」を応用すれば、
戦略が見え価値観が変わる>
2008年1月2日号

【目次】
1.有名な「囚人のジレンマ」から考える
2.囚人のジレンマを一般化させる
3.繰り返しの戦略ゲームのとき
4.「しっぺ返し戦略」の効果
5.長期の戦略では、ゲーム理論は何を立証したのか?

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