特集号:「健康」を売る次世代食品スーパー:ホール・フーズ・マーケットの品質保証経営(1)
This is my site Written by admin on 2007年11月17日 – 08:00

こんにちは、吉田繁治です。昨夜からNYです。今日のNYは寒い。
気温が10度でしょうか。ほぼ半年ごとになった定期出張。最近は、ビ
ジネスクラスの料金が安い大韓航空を使います。

マイレージがたまり、期限もあって、分不相応なファーストクラスに
アップグレード。席が完全水平になり、睡眠がとれます。4時間かかる
仁川空港でのトランスファーも、ブランド店がたくさんあり、銀座み
ゆき通りのように、退屈しません。

機内食で選んだビビンバが、日本で慣れているものと趣が違い、旨い。
東洋的礼節のサービスは、優れています。仕事は、その仕事に誇り
をもてる人が行うと、人に優しく接することもできる。

航空料金は、他より先駆け、グローバル・プライスです。日航が経営
難に陥る理由です。われわれは今、他の商品でも、国内価格が、次々
に、無効になって行く世界に生きています。価格競争の世界化は、イ
ンターネットの情報効果とも言えます。そして、交通の世界化です。

今、世界で同時に、食にからむ問題が大きくなっています。世界のベ
ストプライス帯での極めつけが、船場吉兆の賞味期限と食材の偽装で
しょう。招待でたまに行くこともありますが、驚き、痛切に感じまし
た。

企業存続すら、危うくなっています。経営陣の危機対応が、見え透く
逃れで、危機を深める逆結果をあおるという見慣れた展開です。い
たまれず、有料版で<痛恨の船場吉兆>というテーマで書いたばかり
です。
            *

米国には、実にいろんな考えで、ビジネスを行っている人がいます。
他とどう変えるかが、創業の起点になるからです。一様に向かうこと
が一般習性のわが国と違い、多様です。

さかのぼれば、答えはひとつとすることが多い教育の負の弊害でしょ
う。教科書ではこう書いている。あなたはどう考えるか。

これが米国で見かける教育です。根拠を求めるディスカッションと言
っていい。価値観の根源は、宗教ですが、その宗教が、一様でない。
したがって、高等教育は、教科書を素材にする議論です。

大学教育では、皆の前での、異なる見解・意見・見方・解釈の、パワ
ーポイントを使う発表(プレゼンテーション)を多用します。これは
ビジネスのプレゼテーションや、株主総会、投資家説明会にも通じま
す。同業とどう違うかを、強調し言う。

日本風:つきつめれば、人はみな同じ価値観をもつはずだ。
米国風:つきつめれば、みな異なる価値観をもっているはずだ。

テーマは、オーガニックを保証するホール・フーズ・マーケットです。
前半部では、品質保証の経済効果も検証できる「ゲーム理論(フォ
ン・ノイマン)」と関係させ、そのビジネスの意味を解いて行きます。
            *

最初、この自然食品(オーガニック)の大型スーパーを見たのは、19
95年ころ、ロスアンジェスで、でした。当時、米国視察研修の講師と
して、40名くらいの参加者を引率してバスに乗り、小売・流通を解説
していました。まぁ、バスガイドでしょうか。

マーケットサイズが大きく、そのため競争が激しい食品スーパーでは、
新技術が最初に実行されます。そのため米国に行けば、食品スーパー
をいつも注目することにしています。

共通コード、バーコード、QR(クイックレスポンス)、EDI、そ
して(今の米国では普通になった)サプライチェーンが、いずれも他
の業種の小売に先駆け、実行されています。

玄関の、フランスのレストランで見るような黒板に白いチョークで
「未来を担う子供たちに、添加物、保存料、着色料がたっぷり入った食
品を食べさせていいのか?」という挑戦的なコピーが書かれていまし
た。

【野菜・果物・肉にも保存料、添加物、着色料】
そのとき知ったのですが、スーパーで売られる生鮮である果物や野菜
にすら、色をきれいに見せる着色料や、鮮度期間を伸ばす保存料が、
農家から出荷のとき、使われていると言います。店内のPOPに書かれて
いました。

店内に入ると、りんご箱を大きくしたような粗い仕上げの木の平台に、
補色対比で並べた緑の野菜類、赤や黄色のピーマン、そして溢れる
ように並べられた果物が、鮮やかな色調と、1品超大量で陳列されてい
ました。当然オーガニックを保証します。

米国食品スーパーの、陳列においての色彩コーディネーションは、わ
が国の水準を、はるかに超えます。そのため美味しそうに、感じます。
インテリアを含め、カラーに白人は敏感です。比較すればわが国は、
墨絵でしょう。魚売り場も、です。色はあっても「彩」への配慮が
ない。備前焼風です。

店内には客が多く、一見で、繁盛店であることが察知されました。P
Bの商品価格は、一般のスーパーのほぼ1.5倍でしょうか。

【時流の価値観】
その後、ホール・フーズ・マーケットは、健康志向の高まりと、ベビ
ーブーマー(米国では8000万人とわが国の8倍:1946〜64年生まれ)の、
雪崩のような高齢化突入とともに、食の安全・健康・品質が重んじ
られる時流の価値観にのり、全米にどんどん店舗を増やしています。

悲惨だったミート・ホープをシンボルにするような食肉の偽装は、米
国にも多い。あからさまな狂牛病の隠蔽に見るように、米国の一部食
品工業には、安全と健康の軽視と倫理問題があります。業界と政府に
よって、抑えられている。政治との癒着が強い銃や兵器産業と似た問
題があります。

【ビジネス】
ホール・フーズは、北米と英国に193店舗、年商は8000億円、1店平均
売上は41億円です。米国では中堅の位置です。
http://www.wholefoodsmarket.com/

まず注目すべきは、利益率の高さです。粗利益率が35%です。米国の、
ナショナル・チェーンである大手食品スーパーは15%〜20%の粗利
益率です。それより、15〜20ポイントも高い。他の約2倍の値入率で
売れているということです。

【付加価値の評価】
この利益率はホール・フーズを選ぶ消費者が、品質保証という付加価
値を、そのコスト以上に認めていることを実証する。高い価格が、必
要な付加価値と、消費者から認められていることを示します。

売上対比の経費率(販売管理費率)は25%で、経費を引いたあとの営
業利益率が10%です。食品スーパーの中では次元の違う経営と言って
いい。食品スーパーで10%の営業利益率は、非常識に高い。

【方法(=戦略)】
こうした差異化戦略をとる経営には、他と異なる「方法」があります。
別の表現ではこれは「商品戦略」とも言いますが、一体、どんな方
法をとっているのか。これは、本シリーズで解明します。

【次世代スーパーの方向が見える】
ホール・フーズ・マーケットの経営法をとりあげるもうひとつの目的
は、アルバートソンやクローガーを第一世代、ウォルマートのスーパ
ーセンター(ディスカウント型)を第二世代とすると、第三世代に相
当すると考えられるからです。

食においては、雪印、不二家、赤福、吉兆のように、内部告発で露わ
になれば、驚愕する実態が隠れています。業界体質かとも思えます。

違法ではなくても、添加物、保存料、着色料の問題や遺伝子(DNA)
操作、食肉や鮮魚等における保存料は、聞けば吐き気を催(もよお)
す現実もあります。秋刀魚の鮮度(目の透明さ)を高いように見せ
る薬品もある。米国もわが国も、多くの食品スーパーが、品質保証に
責任をもっていません。

米国に限らず、わが国の農政や食品行政も変です。
米国の狂牛病は、どこに、どう消えたのでしょう。

大手食肉工場は激しい秘密主義で、特定の人にしか見学をさせません。
食肉工業の生産性を高めるため、犠牲(トレードオフ)にしたこと
が多い。産業と政治の陰謀を描いた映画「ペリカン文書」を思い出し
ます。ハリウッド映画は、時々「本当のこと」をストリーに仕立てま
す。

現在の推移を見れば、今後、人々の食への価値観(判断基準)が、ホ
ール・フーズ風に向かってに変わることも、予感できます。

【食の源流と流通問題】
雁屋哲氏の『美味しんぼ』は、新幹線のキヨスクで、新刊が出ていれ
ば、他の雑誌と一緒に買って読みます。食材と調理がドラマになるの
も妙ですが、高まったグルメ志向ではなく、外食の食材と料理法を含
め、製造と流通過程とロジスティクス(消費者起点の物流)が、世界
規模に長くなった食への、疑問や懸念を解くものと見ると、人気の理
由がわかる感じがします。業界は、都合の悪いことは、非難を受ける
まで黙しているからです。

豆腐や納豆は健康食として人気ですが、原材料はほぼ100%輸入です。
グローバル流通と食品スーパーの発達とともに、原材料、加工過程、
化学的な添加物、おいしく見せるための着色料、甘味料、保存料を、
なんら知らないものをわれわれは食べています。

「健康食品」や「健康商品」と言われるものの、(一部の)いかがわ
しさや、オカルト風の非科学性も目に付きます。

【責任】
食品スーパーは、仕入れて売った商品に問題が起こったとき、一様に
「知らなかった」と言います。仕入れと販売にともなうべき責任を回
避するものです。

売ることも、顧客に対し製造物責任を負うはずです。法からではない。
法は最小限しか決めません。小売業は、売るものの品質問題から逃げ
ているように思えます。

小売業にも品質責任は当然にあるはずですが、その面は、問われてい
ません。しかし、問われるようになります。品質保証は、販売者も負
うべきものです。目が届かなかったは、言い逃れです。

【品質保証の経済効果】
ホール・フーズは、売るものへの品質に関与し、保証する小売業です。

振り返れば、ウォルマートの成長のきっかけになった方法も、1960年
代(世界でほぼ最初の)「顧客満足保証」でした。

われわれは顧客満足を売る。したがって買って使った商品に不満があ
れば、無条件返品を保証する。なぜなら、ウォルマートはその商品を
売るのではなく、本当に売るのは使った満足だからだとした。

これは、わが社が売るものは何か?ということへの論理的なつきつめ
から生まれたものです。

ホール・フーズの成功は、他の大手食品スーパーチェーンが行わなか
った、源流までさかのぼった品質保証によるものです。他の食品スー
パーは、成分や製法にまでを含む品質保証は、行えていません。

わが国の焼き鳥や惣菜、カットフルーツ等の多くは、冷凍されて輸入
され解凍して売られているアジア製です。カットされたパイナップル
や刺身を見て、どこでどうカットされ、どんな工場でパッケージされ
たものか、想像しなければならない。ミートボールやソーセージも、
です。混じっているのは何の肉か? 添加物はどうか? 冷凍食材は
どうか。冷凍食品の加ト吉は、最大手です。

品質保証の利益効果は、ゲーム理論から証明できます。

実は今この、原料保証、成分保証、品質保証は、ほとんどの消費者が
抱くようになった食に対する不安を、解消し、ビジネスを成功に導く
カギにも思えるのです。

消費者の民度が、高まったためです。店舗は、消費者の代理購買を果
たすものでなければならない。生真面目に考える必要があります。

本稿を理解から、製造、卸、小売、サービス業にかかわらず、会社の
商品戦略が一変することもあるかもしれません。ただし実行が利益成
果を上げるには、守るべき条件があります。

以上で多少長い前段を終わります。

以降では、ホンモノの品質保証や最低価格保証が、どんな経済的効果
を生むのか、ゲーム理論を応用し、論理的に解きます。

(注)本稿は、07年7月のシリーズとして有料版として書き、送ったも
の(1号分)に、若干の付加・修正を加えています。A4で20枚分で
す。

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<Vol.253:特集号:「健康」を売る次世代食品スーパー:
      ホール・フーズ・マーケットの品質保証経営(1>
     
     2007年11月16日分:無料版

【目次】
1.品質保証のゲーム理論から
2.ビジネスの成功の鍵は、品質保証だった
3.品質保証の利益効果の証明から
4.シグナリング効果を理解する
5.ブランド効果

【以下次号】
6.シグナリングの他の形態
7.シグナリング効果を高めるにはどうするか
8.店頭価格競争が、卸価格維持になる戦略
9.最低価格保証のシグナリング効果
10・・・・・・

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■1.品質保証のゲーム理論から

▼ゲーム理論:シグナリング効果と囚人のディレンマ

ゲーム理論は、コンピュータ(自動計算機)のプログラム理論を作っ
た数学者フォン・ノイマン(1903−1957)が着想し、後にモルゲンシ
ュテインが理論化(1944年)したものです。

有名なのは「シグナリング効果」と「囚人のディレンマ」です。
(注)最初は、2003年8月のシリーズ「戦略的思考方法の展開」で示しまし
た。

●シグナリング効果:
結論を言えば、シグナリング効果は「競争関係にある企業では最初に
品質保証、または最低価格保証をしたほうが、利益効果を上げる」と
いうことです。

●囚人のディレンマ:
有名な囚人のディレンマは、相手を信頼せず、自己利益だけを図れば、
最終的にはお互いの損失を生み、逆に相手の利益を優先して思う信
頼の関係こそが、相互の利益を生むということを実証しています。

これは、メーカーや卸と店舗の取引におけるサプライチェーンのWin-
Winの関係を、論理的に実証するものです。

この2つは、科学的・数学的に、検証されています。実務で応用され
ることが少ないのは、ゲーム理論が一部の人にしか知られていないた
めでしょう。損なことです。

ホンモノの知識は利益効果をもちます。これを機会に、ゲーム理論を、
戦略的思考の武器にしてください。明日への商品戦略も一変させる
ことができます。

本稿は、ホール・フーズの経営を描きながら、ゲーム理論の成果を使
い、コストがかかる品質保証の、利益効果、他のとの差異化効果も示
します。

▼現在のホール・フーズの概要から

ホール・フーズは、5つの商品基準をもっています。
この基準を守るために、ビジネスを興したと言ってもいい。

【5基準】
(1)同業のどこよりも、厳格な品質基準を敷く。
(2)サステナブルな農業の支援に、責任もつ。
(3)地球環境、人類、食品スーパーの善循環と、共生を促す。
(4)最高品質の食品と生鮮を、自然のままに、提供する。
(5)PBでの化学添加物、甘味料、色づけ、防腐剤は完全排除する。

この商品基準は、店の壁のあちこちに書かれ、掲示されています。そ
のために、自社開発のPB(プライベートブランド)が多い。

実に、売上の90%(7200億円)はPBです。ナショナルブランドは残
り10%に過ぎない。このPB割合は、他の大手食品スーパーと、次元
が違う。

ナショナルブランドでは、店舗が品質保証をするのは、困難です。
ホール・フーズでは、食の生産現場(農家、漁場、食品工場)にまで
さかのぼったPB商品開発をしています。

【発祥】
創業は1980年、大学をドロップアウトした25歳のジョン・マッケイと、
ガールフレンドのレネ・ローソンのオースチン(テキサス州:現本
社所在地)による、たった40坪の自然食品店の開店でした。

家族と友人からの借金をした投資$4.5万(約500万円)であり、店名
はSafer Way(Safe Wayのもじり)でした。多くの人に、事業創造の希
望をもたせる初期資本です。

創業26年目になる06年会計年度の業容は、以下です。今、毎年、10店
舗〜15店を出店しています。出店の速度は、顧客の支持の厚さを示す
ものです。

【現在】
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
・年商8000億円:193店舗(北米と英国):1店平均売上41億円

・粗利益率35%、経費率25%、営業利益率10%と高収益である。
 高粗利益の原因は後で、その方法を述べるPBです。

・従業員数39,000名(1店平均200名:売上2050万円/人:粗利益720万
 円/人)

・標準店舗面積1,000坪
  1人当り売り場面積は5坪と狭い(参照 :Wal−Mart 15坪) 
  売上が400万/坪と高い。
  高い坪当たり売上、狭い1人あたりカバー面積。

・全米9箇所にRDC(1RDC平均で売価900億円:25店分の出荷をしている)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

マネジメント(経営管理)の方法では、
(1)現場に権限委譲(エンパワー)し、自己決定を促す。売り場の
   部門マネジャーが在庫管理する。このエンパワーメントはウォル
   マートの部門経営の方法と同じです。
(2)人事評価の公正を守り、成功へ動機付ける。
(3)食に情熱をもてる人を雇用する。
(4)人格を重んじる。
(5)店舗を収益が上がるようマネジメント(経営)する。
(6)地域社会に、利益分与をもたらす。

食に情熱をもてる人と、真正な人格が採用条件と知って、感じ入りし
ました。これが、企業の文化を創る。情熱は顧客までを巻き込みます。
販売とは、熱き情熱でしょう。わが国の企業の採用条件に欠落している
ことです。

エンパワーメントは、現場マネジャー(店舗の部門マネジャー)に、
(1)商品構成管理(カテゴリーと品目)、
(2)および在庫数量管理における判断基準(コンピュータ情報と部
   門の利益情報)を与え、
(3)売上責任(または利益責任)をもたせるという意味です。

(注1)方法を与えて、現場に利益責任をもたせれば、人はいい仕事
をするという信念は、今伸びている21世紀型企業に共通します。ここ
で重要なことは、方法を与えることです。

ここまでは現在の概要です。以降では、どういうことから、今のよう
な経営に至ったかを示します。

■2.ビジネスの成功の鍵は、品質保証だった

ジョン・マッケイと、ガールフレンドのレネ・ローソンが「ゲーム理
論」を知っていたかどうかは、わかりません。おそらく知らなかった。
二人は、食品スーパーへの疑問と、食への「信念」から、創業したと
言えます。以下は、いかにも21世紀の価値観でしょう。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
われわれは、地球環境に奉仕する。
(1)サステナブルな農業・畜産を支援する。そのために、有機栽培
を広め、殺虫剤、除草剤、殺菌剤の使用を減らし、土壌の生命を守る。

(2)廃棄資源を使わず、再生可能な資源を使う。リサイクルを促進
する。包装は再生可能な資源を使い、過剰包装、過剰な水とエネルギ
ーの使用をしない。

(3)環境に優しい清掃と店舗維持の方法を使う。

顧客満足を果たせば、顧客は、もっとも強力な宣伝者になってくれる
ことをわれわれは知っている。商品に不満があるときは、100%の返品
保証をする。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

あらゆるビジネスの最初は、実に小さい。しかし理念は大きい。信念
は強い。

ホール・フーズは、最初わずか40坪の、コンビニ並みの大きさでした。
店名はセーフ・ウエイ。投資額は家族と友人からから借りた$4万5000
(540万円)です。

小さなアパートが店舗兼住まいで、シャワーがない。
コイン・シャワーに通う生活だったと言います。

開店2年目に、ジョン・マッケイはクレイグ・ウェラー、マーク・スキ
ルズを事業パートナーとし、クラークスビル自然食品店を買った。こ
れが1980年、最初のホール・フーズになります。

店舗は40坪で、社員は19名だった。この狭い面積でも当時の自然食品
店としては大きかったのです。

(注)部門のカテゴリーキラー、つまり豊富な品揃えは、小売ビジネ
スの成功の必須要件です。1980年当時は、40坪でも自然食品という新
しい需要カテゴリーでは、比較上、大きかったという意味をもちます。
今のホール・フーズの標準店は、その25倍の1000坪です。

事業は順調でしたが、1981年にオースチンを70年来の洪水が襲います。
商品は流され、設備は破壊された。損害は40万ドル。保険はかけてい
ませんでした。普通は、ここで終わります。

ところが、店のお客と、近所の人たちが集まって、清掃と再建を手伝
ってくれた。債権者、ベンダー、出資者は債務支払いを待ってくれ、
店舗は、28日後に再開します。

この逸話を聞けば、ジョン・マッケイと、夫人のレネ・ローソンが小
さな店でどんな仕事をしていたのか、わかります。。なぜ、こうした
周囲の、無償の助力があったか。

ジョン・マッケイとレネ・ローソンの人格、信念、情熱でしょう。

二人が、農薬や添加物を使わない自然食品を売ることに使命(ミッシ
ョン)を感じ、顧客、債権者、取引先は人格と信念に共感していたか
らです。愛好者にとって、近所に「なくては困る店」だったからです。
大きくなって欲しい店だったからです。

顧客が、壊れた店舗に来て、力づけ手伝ってくれたときの、経営者の
感激は、言うまでもありますまい。この終生の感激が、ジョン・マッ
ケイとレネ・ローソンの信念を強固にしたはずです。顧客貢献を誓う。
店舗に行けば、今もそれがわかります。社員は丁寧に、商品作業を
行っています。

大きくなったビジネスは、どれも、仕事への精神がカギです。決して
潤沢な資本や知識資源ではない。信念に基づく情熱が、人を動かし、
資本も引きつける。原因と結果の関係がこれです。

信念は未来、つまり「まだないもの」への確信です。

強いビジョンと言ってもいい。情熱は、ハードワークと行動の原動力
です。情熱は、周囲に伝播します。無から有を生むのが、人の情熱で
す。人を動かすリーダシップの根底も、情熱です。

●囚人のディレンマでの実証。
「自己利益だけを図れば、最終的にはお互いが損失を生み、相手の利
益を優先して思う信頼の関係が相互の利益を生むということ」

(注)この論理的な証明は、後で行います。これに照らして、商人の
一般人格はどうでしょうか。顧客の目を信頼しているのか?

ジョン・マッケイとレネ・ローソンは、顧客の健康と、環境の健康(
つまり相手の利益のために)、「真性の自然食品を世界から探し、売
る。品質は保証する。」という方法で、ビジネスをはじめたと言えま
す。

製造、卸、小売、情報産業のすべてに通じるものです。
真性のものを作って売るということです。これが21世紀型です。

なぜ、ずっと以前から続いていた食品偽装やTVのやらせを、人々が、
激しく嫌うか。21世紀に人々の価値観が変わってきているのです。

■3.品質保証の利益効果の証明から

ゲーム理論ではこれを「シグナリング効果」と呼びます。シグナルと
は、信号や合図です。情報発信のすべてをシグナルリングと言います。

広告は、顧客に向かうシグナル。「最低価格保証」や「品質保証」を、
競争相手に知らせるのもシグナリングです。

【原則】
戦略的に狙いをもって、相手にシグナルを送ることで、狙いとする効
果を上げることができる。

すべてのシグナルが、効果をもつのではない。負の効果もあり、正の
効果もある。今、偽装は、一夜で企業を破壊するシグナルです。

効果を上げるシグナル、広告、広報には、どんな条件が必要かを、原
理的に研究するのが、ゲーム理論で実証された戦略思考と言えます。

■4.シグナリング効果を理解する

▼問い1:品質が判定できない骨董の価値

アラブや中国の伝統的商人は、(時には本人も)ホンモノ・ニセモノ
とわからないものを売ることも多いと言います。立派に見える店に行
くと、見事な骨董の壷に、60万円の値がついているとします。

ホンモノなら100万円の価値、ニセモノならゼロとします。
この壷を60万円で買うべきか、買わないほうがいいか? 

【答え】買わないほうがいい。

ホンモノのとき:価値100万円−価格60万円=40万円の得
ニセモノのとき:価値0円  −価格60万円=60万円の損

自分では価値の判定ができないとすれば、ホンモノとニセモノの確率
は50:50です。この確率で得失計算をします。

40万円の得×50%−60万円の損×50%=20万円−30万円
                 =−10万円

壷の買い物の確率的な価値は、10万円の損です。

(注)売価を値切って30万円なら、買うほうが確率的には得になりま
す。いくら得か、計算できるでしょう。
70万円の得×50%−30万円の損×50%=20万円の得

以上の買い物ゲームでの、確率的な価値である50万円が「確実な品質
保証がないときの商品価値」を示しているということができます。
(注)ここでは50%の確率で本物と仮定しましたが、この確率で異な
ります。

<ホンモノなら100万円の価値がある壷の、ニセモノ・ホンモノの確率
が50%であるときは、その確率的な価値は50万円で等価である。60万
円では高すぎる。40万円では安すぎる。>

以上は、当たり前のことです。
ゲーム理論が面白いのは、ここからです。

次の問い:<ここに、信頼できる品質保証のシグナリングが加われば、
その価値は、どう高まるか。> 

これはブランド価値の、科学的な根拠を問うことでもあります。

▼問い2:商品に、ホンモノであるという信頼できる鑑定士の証明書
をつけて売るとします。店舗が払う鑑定料は10万円。ホンモノの価値
は100万円とします。これはいくらの価格で売れるか? (注)保証と
は、返品に対する代金の全額返却です。

60万円で売る店舗はないでしょう。市場価値100万円+鑑定料10万円=
110万円で、店舗が50万円の損をするからです。

この壷は、110万円で、その価値と等価です。
したがって、110万円より少し安ければ、売れる。

●「ホンモノのものに品質保証が加える」と、その壷が将来もっと値
上がりするか、あるいは好きな人には110万円で売れるということにな
る。50万円だった価値の壷に60万円のブランド価値(信頼の価値)が
加わったことになります。

(注)【偽装】ホンモノでないものに、偽りの品質保証があるかのよ
うに見せかけるのが偽装です。偽装を行っていることが発覚すれば、
今の日本の空気(共通価値観)では、企業は一夜でつぶれます。

すぐ売るには、100万円より少しだけ安い価格をつければいい。

売る側は、
(1)100万円で以上で買うような、貴金属が好きな人を待つか、
(2)100万円より少し安い価格をつけるかという選択になります。

店舗は、鑑定料10万円を負担し、ホンモノのシグナルを、顧客に向か
って発信したことになります。これがシグナルの経済効果です。

10万円の鑑定料というコストをかけたシグナルがないときは、本物か
偽物か、買い手にはわからず、顧客にとっては、50万円の確率価値
しかなかった。100万円に近い価格では決して売れなかった。

まず、このシグナリングの原理を理解してください。
これが、信頼できる品質保証の経済効果です。

シグナリングには、本物であることを知らせるコストがかかります。
しかしこのシグナリングが、時代の価値観に合ったとき、その経済効
果は大きい。

●ホール・フーズは、食への不安を感じている人が増えてきたとき、
鮮烈な、オーガニックの品質保証というシグナリングをしたのです。

1970年代の創業では、おそらく無理だった。食の安全への意識が高い
人が、少数派だったからです。食の品質問題が多く起こり始めた1980
年代以降が、時流だった。調査では、今、所得層の高いほうから約30
%の人は、食の安全に、強い関心をもっています。多少高くても、安
心できるものを買うという消費者群です。

■5.ブランド効果への展開

ブランド効果とは、品質を自分では判定できなくても、他の人が評価
するから「価値があるだろう」と思わせる経済効果です。

エルメスのシャツが15万円とは、いかにも高い。ユニクロやギャップ
に陳列されていれば3000円にしか見えないかもしれません。

しかしエルメスには、認められている商品価値があると人々は判断し
ます。

品質の判定ができない人も、15万円で買うことがあるでしょう。一般
に、買うとき(使う前)は、品質の判定はできない。

エルメスやシャネルのブランド効果も、品質保証効果です。ゲーム理
論で言う品質のシグナリング効果と言えます。

多くの有名ブランドは、ブランド価値による品質のシグナリングがな
いと売れない。そのコストには、世界へ向かった広告費が含まれます。
高価な立地の豪華な店舗も広告費です。

【ニセのシグナリングへの嫌悪】
ニセのシグナリング効果が、品質偽装、学歴詐称、経歴詐称等です。
これがあると人は、その偽装を激しく断罪します。信用の裏返しです。
船場吉兆への非難が強烈なのは、他のどこよりも、吉兆がブランド
信用をシグナリングしていたからです。

老舗の偽装が社会問題になるのは、信用偽装に人が強く反応するから
です。一流の維持は、コストをかけねばならない。安易な、コストカ
ットが、内部告発を呼べば、命とりになるのが老舗です。顧客は、そ
のコストを知って、高い価格を払っているからです。

●ホール・フーズは、他のナショナルブランドを売る大手食品スーパ
ーが出し得ない「自然食品(オーガニック)、無添加物、無農薬、無
着色、保存料なし」を保証しています。

しかし自然食品の価値では、重んじる人と、そうでない人がいます。
そのため、2万人の小商圏では、1000坪の店舗ができない。

【必要商圏が広く都市部立地】
20万人の商圏で1000坪、40億円の平均売上になる。2万人商圏では獲得
できる需要が4億円(100坪)となって、多くの商品は置けず、商品の
選択肢の豊富さが少なくなるため4億円も売れません。

所得層が高く、商圏人口が多い都市部では、1000坪の大型店が繁盛店
になる。

ホール・フーズの単位面積(1坪)当たり売上は400万円で、米国食品
スーパーの平均200万円の2倍です。都市部に、自然食品の価値を認め
る人が多いためです。

食の安全・品質とその中身と作用が分からない添加物に不安をもつ人
は、わが国でも、日々増えています。わが国にも、時流の価値観の、
急激な変容から、ホール・フーズが誕生できる素地が整ってきたと言
えます。30%が食の安全の重視という結果は、わが国でも同じでしょ
う。いやもっと高いかもしれない。

しかし源流にさかのぼる品質保証は、今の仕入れととは一線を画しま
す。ホール・フーズが、その初期から始め、どういった方法で、今の
1000坪もの広さに展開する数万品目の、オーガニック化ができたのか、
その方法も解かねばなりません。

商品を仕入れるバイヤーのミッション(仕事の使命)と、実際の活動
が異なるのです。各部署の、仕事のミッションを決めるのは経営者で
す。経営者の考えと実行が重要です。
(次号に続く)

see you soon!

【後記】
無料版の発行が、一ヶ月余途切れてしまったこと、お詫びします。本
稿では、時事問題にもからめ、ホール・フーズを事例に、品質への、
コストをかけたシグナリングの経済効果を示しました。

シグナリング効果は、食品以外の、耐久財や医薬を含む全領域の価格
保証や他の商品戦略にも、応用できます。以下、次号で、次々に、方
法とその意味を示して行きます。併せて、ホール・フーズのビジネス
の全容にも迫ります。

今日、NYは寒かった。ビルの谷を寒風が吹きすさびます。
コートを持ってきていませんが、必要です。

新しい一眼レフカメラ(ニコンD40X)の性能は、コンパクトカ
メラとは次元が違います。ただ、大きいのが難儀です。

約7万円という価格は、その価値を考えれば、極度に安く思います。

夜も、空気感があって鮮明に撮れます。初心者ですが。
思いがけず、いい機械をもつと、なんだか仕合せです。

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るアンケートです。いただく感想は参考になります。

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ス書5冊を超える情報価値をe-Mailでお届けする」ことを趣旨に、ビ
ジネスの成功原則、関連事項、経済を原理からまとめ、明快に解いて
お届けしています。以下は、9月号〜10月10日号までの目次です。

<345号:2008年に向かい、壊れる金融資産の価値(1)>
        2007年9月19日分

【目次】
1.信用縮小
2.10倍のバレッジ金融があった
3.住宅金融のレバレッジがもたらしたもの
4.レバレッジが解消されるとどうなるか?
5.中央銀行の巨額マネー注入:管理通貨の価値下落
6.40日間で縮小した銀行間信用を、欧州中銀と米国FRBが補った結果
はどうなるか?
7.米国FRBは、どんどん利下げができるのか?

<346号:2008年に向かい、壊れる金融資産の価値(2)>
       2007年9月26日分

【目次】
 1.原因を確定させ、予測する
 2.米国の実質住宅価格から見れば
 3.グローバル・マネーフロー

 <347号:2008年に向かい、壊れる金融資産の価値(3)>
         2007年10月3日号

【目次】

1.ドルの価値
2.不換紙幣の価値(購買力)
3.通貨の相対価値
4.国際商品の価格
5.【重要】:中央銀行が政策金利を決める方法に問題がある
6.米国への資金流入と買われていた証券

<348号増刊+正刊:期待を売ること:及びドル基軸通貨体制>
        2007年10月10日号

【期待を売ること 目次】
1.少し長い随想:
商品への「期待」を買うのが顧客:期待を満足させるのが企業
2.購買を決める期待映像
3.買うのは使用価値への希望
4.小さな失望
5.常識の齟齬(そご)
6.品質表示の問題は、一般化できる

【ドル基軸通貨体制の危機】
1.「企業価値」を言う、90年代米国イデオロギーの問題
2.企業価値の乱暴な一面化を行った米国ビジネス思潮
3.経営者のミッションも限定された
4.ストック・オプションという鬼っ子
5.未来の利益を時間短縮し、今、実現する株価
6.証券化
7.ペーパー証券は価格が下落する
8.米国の国益は、世界の経済成長と一致
9.マネー経済、証券経済になった米国の債券を誰が買う?

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