異次元緩和の失敗原因と、変えるべき方向(2)
Written by admin on 2016年8月1日 – 10:00
おはようございます。リオ・オリンピックの8月になりました。リ オでのオリンピックが決定した2009年前後は、新興の大国BRICS (ブラジル、ロシア、インド、中国)のGDPの成長率は高く、経済 力が強大になると見られている時期でした。 ブラジルの2007年のGDPの実質成長率は6.1%、08年が5.1%でした。 リーマン危機後は09年-0.1%でしたが、10年は7.5%成長と急回復 しました。とこが、その後がよくない。11年3.9%、12年1.9%、 13年3.0%、14年0.1%、15年-3.9%、16年-3.8%です。リーマン危 機以降BRICsの経済成長は低下しましたが、4国の中でロシアとブ ラジルがひどい。インドのみが成長しています。 マイナス3%台の経済成長は、失業が大きく増えて、警官等の公務 員の給料も支払われないという状況になります。2016年の公的統計 での、ブラジルの失業は9.2%ですが、実体では20%以上でしょう。 成長が止まったもっとも大きな原因は、2011年からブラジルの輸出 品である一次資源(原油、金属(主は鉄鉱石)、穀物(大豆等)) の、需要増加率の低下と価格低下です。 2007年までは、経常収支(貿易収支+所得収支)はプラスでしたが、 輸出が急減したリーマン危機の08年からは、8年間も続けて赤字に 転落しています。 近年、オリンピック開催の前後から、経済が悪化する国が多い。 2004年アテネ(ギリシア)の場合、2010年からの国債が暴落した財 政危機です。2008年の北京(中国)では、リーマン危機後、経済成 長の低下に見舞われています。2012年のロンドンでは、英国経済の 低迷、そして2016年は、所得のない人を増やしている経済危機を原 因に、治安が悪い中のリオデジャネイロでの開催です。警官も、給 料がもらえていないから警備はできないという。 2020年は東京です。2018年から、国債の価格バブル崩壊の危機を迎 えるでしょう。開催地については、その時の経済状況がいい国に票 が集まりますが、7年後に来る実行は、悪い時期になっています。 日本の2013年ではアベノミスク初年度であり、株価(日経225社先 物)が、前年の8000円台からほぼ2倍に高騰していました。 * 前号では、まず、 ・金融機関が日銀にもつ当座預金であるマネタリー・ベースと、 ・世帯と企業が、金融機関にもつ預金のマネー・サプライ(日銀は マネーストックという)の区分を述べました。 日銀が国債を買って現金を供給する金融緩和は、金融機関のマネタ リー・ベースは増加させます。しかし世帯や企業のマネー・サプラ イを、直接に増やすものではない。 (注)アベノミクスのリフレ政策では、「日銀によるマネタリー・ ベースの増加→世帯と企業のマネー・サプライの増加→世帯の商品 需要と企業の設備投資の増加→物価上昇と経済成長」と、間違えて 考えていたふしが見えます。 【金融資産としての国債と現金が、完全代替になっている】 1998年からの「ゼロ金利」の中では、長期国債の金利は、0.6%以 下と低く、短期債は0%に近い。このため0.1%の特例の金利がつく 当座預金と、10年以下の短期国債は、「完全代替」になっています。 金融機関にとっては、国債を持とうが、それを日銀に売って当座預 金に変えようが、変わらないということです。つまり、ゼロ金利の 中では、日銀が国債を買って、その代金としてのマネーを金融機関 に提供しても、金融機関が、それ以前より多く、貸し付けや債券を 買うという行動は起こさない。1.5~2%程度の金利が付く、米国債 を買うだけだということです。 金融機関が、企業と世帯への貸付金を増やさない限り、実体経済に 使われるマネー・サプライは増えません。マネー・サプライ(M3: 1260兆円:16年6月)の増加は、2016年6月で、前年比2.9%でしか ありません。わが国では、1年に4%以上マネー・サプライが増えな いと、消費者物価のインフレにはならない構造があります。(注) 理由は、1年にほぼ4%は預金が増えて、マネーの流通速度が低下す る傾向があるからです。 それを実証するように、消費税の増税後1年過ぎた2016年4月以降の 消費者物価(総合)は、再びマイナスに戻っています。2016年4月- 0.3%、5月-0.4%、6月-0.4%です。異次元緩和実行後、3年4か月 経っても、デフレ脱却は成功していない。日銀は2017年度中には、 インフレ目標2%は達成できると言っていますが、マネーの巫女 (みこ)が行う祈りのようなものです。雨乞いに似ています。 【本稿の検討事項】 本稿では、3年4か月で250兆円以上のマネーが供給されたのに、な ぜ、そのマネーが、設備投資と商品購入には使われず、実体経済の 成長と物価の上昇をもたらしていないのか、ここを検討します。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <Vol.361:異次元緩和の失敗原因と、変えるべき方向(2)> 2016年8月1日:無料版 【目次】 1.「ゼロ金利」が約18年も続いていることの意味 2.市場の金利の、均衡点 3.均衡金利が0%のときは、資金需要は増えない 4.リフレ派が、理論構築を間違えた理由 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■1.「ゼロ金利」が約18年も続いていることの意味 【短期金利】 日銀が誘導できる金利は、銀行間の1日の貸し借りであるオーバー ナイト金利や、短期金利です。長期金利は、この短期金利を参照は しますが、実際は、10年もの国債の市場での売買状況によって、決 まります。(注)銀行は、余剰資金が生じたときは不足の銀行に貸 し、不足が生じたときは借りるという短期資金の取引を巨大に行っ ています。 ・金融機関の国債への需要が多く、高く買われると国債価格が上が って金利は下がり、 ・国債への需要が少ないときは、国債価格が下がって金利は下がり ます。 この長期金利も、1998年以降は、短期金利の0%に近い1%以下また は0.6%以下です。これは金融機関が、貸し付けに回すより、1%や 0.6%以下の金利しかつかない国債であっても、高く買ってきたこ とを示すのです。 【10年債の長期金利】 10年債の金利は、1990年は6%台でしたが。1998年には1.5%に下が り、2002年には1%を割りました。2012年は0.9%台でしたが、 2014年には0.6%台に下がり、2016年2月には0%になって、2016年 6月は-0.24%です。この金利の低下は、国債価格の上昇を示します。 金利のつかない0%金利の国債が、貸し付けを増やせていない金融 機関から買われているのが、現在です。 ▼ゼロ金利が18年も続いている理由 なぜ、普通の時期にはありえない「ゼロ金利」が、18年も続いてい るのか。これを考える必要があります。(注)後述しますが、GDP が成長する時期は、借入金での設備投資が増えるので、借り入れる 資金需要が増えて、金利は3%や4%に上がります。金利水準は、商 品のように、資金の需給で決まります。 世界では、ユーロ18カ国も長期金利がゼロ%です。英国は長期金利 0.9%、米国は1.5%、中国は2.6%です。スイスフランの価値があ るとして、海外から買われるスイスは、スイスフランの海外からの 買いを抑制するため、国立銀行(Banque Nationale Suisse)が0% に下げています(16年6月)。 長期金利は、10年ものの国債が売買されるときの流通利回りで決ま ります。額面に対する金利が0%であっても、その0%の金利の長期 国債の需要が多いと、市場の金利も0%になります。 ■2.市場の金利の、均衡点 均衡点とは、マネーの需要と供給が一致し、金利が決定する地点を 言います。商品の物価も、需要と供給の一致点が価格になりますが、 それと同じように、お金も需要と供給の一致点で価格(=金利)が 決まるのです。 【GDPと物価の予想成長率が高いときは、資金需要が多く、 金利は高い】 将来のGDPが上がり、物価も上がると予想される場合、企業による 借り入れでの設備投資が増えるため、マネーの需要は増えて、金利 は上がります。この金利の均衡点は、〔長期金利=物価の予想上昇 率+実質GDP予想上昇率〕です。 例えば、国民の物価の予想上昇率が2%、実質GDP予想上昇率が2% のときは、長期金利4%が均衡点です。市場の金利が均衡金利より 低い3%なら、借入需要が増えて、金利は4%に向かって上がる傾向 が生じます。 他方、市場の金利が5%なら借入の需要は減り、金利は均衡金利の 4%に向かい下がる傾向が生じます。これが均衡点の意味です。 実際の金利は均衡点からずれることが多い。人々が経済についても つ情報には差異、歪み、不足があるからです。経済成長と物価の上 昇を大きく見る人と、小さく見る人が混在しているということです。 ▼ゼロ金利の、経済的な意味 長期金利で0%付近が続いていることは、人々の〔物価の予想上昇 率+実質GDP予想上昇率〕も0%近くであることを示しています。物 価の上昇が─0.5%付近、実質経済成長が+0.5%付近で、合計が0 %だったでしょう。 【ゼロ金利の中での貸出金利】 銀行の貸出では、審査や事務管理の手数料と、貸倒れ率も想定せね ばならず、実務では、融資金利で1%以下は困難です。このため、 市場の金利が0%のとき、下限の貸出金利は1%付近になります。 ■3.均衡金利が0%のときは、資金需要は増えない ▼リフレ派の、異次元緩和の理論 異次元緩和を推進したリフレ派は、以下のように言っていました。 <ゼロ金利の中で、日銀が大量にマネーを供給すれば、それが貸し 出しの増加になる。貸出が増えれば、マネー・サプライが増え、設 備投資が増えて商品需要も増えるようになる。その結果、物価は、 2%は上がるようになって行く。物価が2%上がる脱デフレが果たさ れれば、企業の売り上げはインフレ分増えるので、設備投資が増え て、成長する経済になる> これがアベノミクスだったのです。 日銀はこのリフレ派の理論を信じて、マネタリー・ベースを予定通 り(年70兆円:2014年10月以降は80兆円)に増やしました。異次元 緩和実行のあと、250兆円のマネーが、国債と振り替わって増発さ れています。 ところが、3年4か月経っても、世帯と企業のマネー・サプライの増 加にはつながっていません。これがなぜなのかという経済理論的な 問題を、追及せねばならない。 ▼マネー・サプライが増加するには 260万社の企業と5300万の世帯のマネー・サプライ(預金)の全体 が、過去の傾向線の2%~3%台より増えるのは、銀行の貸出の増加 によってです。 企業と世帯に貸し付けをするときは、企業と世帯の申しこみまたは 承諾がなければならない。 ●企業が借り入れをするときは、その借入での設備投資が利益を出 すということが必要です。 【GDPの期待成長率が低い】 ところが、先に、ゼロ%の均衡金利で述べたように、〔物価の予想 上昇率+実質GDP予想上昇率〕はほぼ0%です。物価の予想上昇率+ 実質GDP予想上昇率が0%場合、増加させた設備投資がRO1(予想利 益/設備投資額)でプラスになるどうか、企業は不安を抱えます。 【業界の売上成長期待が低い】 GDPの予想成長が0%ということは、業界での売上増は期待できず、 自社の売上の増加は、同業他社の売り上げの減少になるからです。 会社は、赤字になる売上減には激しく抵抗し、生産と供給の設備投 資が増えた業界では、価格の過当競争になります。 このため、金利が1%付近でこれ以下はないくらい低く、銀行が貸 し出しに積極的であっても、業界全体の設備投資額は増えないので す。 (注)個々の企業での設備投資は、増えることがありますが、経済 の問題は、マクロの全体です。設備投資を増やしている成長企業は、 100万店の店舗がある小売業では、上位5%(ほぼ20社に1社)の成 長企業のみです。成長企業は、衰退企業から売上を奪って成長して いますが、業界全体の売上は、GDPのゼロ成長のようにゼロサム (合計が0%成長)です。 まとめて言えば、 ・GDPの実質成長が0%付近と予想され(経済学の用語では「期待」 され)、 ・物価の上昇でも0%やマイナスが予想されている国では、金利も 0%になる。 ・このゼロ金利の中で、日銀が国債を買い上げ、その代わりに、金 融機関におマネーを大量に供給する「異次元緩和(3年4か月で250 兆円)」を行っても、この異次元緩和という要素での、貸付金は増 えません。 ▼マネー・サプライの増加率は、異次元緩和前と同じ これを示すのが、マネー・サプライの増加の2.9%という低さです。 2%台の増加は、異次元緩和前とほぼ同じです。つまり、異次元緩 和の効果が生じていないのです。このマネー・サプライの増加の低 さは、企業と世帯は、異次元緩和マネーを借りて使うことはしてい ないことをしめすのです。金融機関の当座預金が250兆円増えただ けなのです。 (注)金融資産を売買する金融経済の領域であるドル国債買い、株 買い、不動産のREIT、不動産の買い等には、なっています。これは、 商品の実態経済とは違う金融経済の領域です。 日銀はマネー・サプライを2004年からマネー・ストックと言い換え ていますが、内容は同じです。以下のM3がマネー・サプライです。 前年比で2%台(3%付近)の増加でしかありません。 このマネー・サプライが、少なくとも6%(金額では75兆円)は増 えないと、需要増による2%インフレには向かいせん。(注)円安 によって輸入物価が上がることによるインフレはありまあすが、そ れは、ドルに対する円相場の下落が止まると、なくなります。 https://www.boj.or.jp/statistics/money/ms/ms1606.pdf 政府、日銀を含むリフレ派はここを間違えました。なぜ間違えたの か? ■4.リフレ派が、理論構築を間違えた理由 【(1)国民が、将来の物価対して抱く期待インフレ率を、 政府と日銀が上げることができると考えた間違い】 政府と日銀が物価を2%上げるようにすると強く言うと、国民はそ れを信じると考えた。つまり、人々の期待インフレ率を、政府と日 銀が2%にすることができると考えた。実際は、人々の期待インフ レ率は高まらなかった。 【(2)実質金利が-2%になれば、 借入需要が大きく増えると考えた間違い】 貸し出しの金利は0%以下にはできないが、人々の期待物価上昇率 を2%に上げれば、実質金利=名目金利0%─期待物価上昇率(2 %)=-2%になる。つまり、企業が実際にお金を借りるコストは、 名目金利が0%であっても、実質では-2%にできる。実質金利が- 2%なら、実質GDPの成長が0%の予想の中でも、借入れ需要が植え て、設備投資は増える。 リフレ派は、以上のように、人々が将来に向かって抱く期待物価上 昇率が2%に上がれば、名目金利にゼロ%下限があっても、「実質 金利をマイナス」にすることができる。「実質金利がマイナス」に なれば、借り入れ需要が増えて、設備投資が増えるとしていたので す。 リフレ派は、まず、ゼロ金利の中でも、日銀がマネタリー・ベース を増やせば、借入が増えてマネー・サプライが増え、設備投資と商 品の需要が増えて、インフレに向かうとした点で誤っていました。 それに、国民が将来の物価に対して抱く期待インフレ率は、政府と 日銀が「インフレにする」と強くコミットすれば、上がるとも考え ていたのです。 そして、もうひとつ、致命的な間違いを犯していたのです。 本稿は、ここまでで送ります。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 【ビジネス知識源アンケート:感想は自由な内容で。 以下は、項目の目処です】 1.内容は、興味がもてますか? 2.理解は進みましたか? 3.疑問点、ご意見はありますか? 4.その他、感想、希望テーマ等 5.差し支えない範囲で、あなたの横顔情報があると、今後のテー マ と記述のとき、より的確に書く参考になります。 気軽に送信してください。感想やご意見は、励みと参考にもなり、 うれしく読んでいます。時間の関係で、質問への返事や回答ができ ないときも全部を読み、多くの希望がある共通のものは、記事に反 映させるよう努めます。 【著者へのひとことメール、および読者アンケートの送信先】 yoshida@cool-knowledge.com ◎購読方法と届かないことに関する問い合わせは、ここにメール → reader_yuryo@mag2.com ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ <826号:2016年:超金融緩和によるリフレ策の失敗> 2016年5月18日:有料版 【目次】 1.日銀のマイナス金利以降に、円高になった理由 2.1番目の要素:日本の経常収支の改善 3.2番目の要素:米国FRBの利上げの後退 4.2016年の円高(ドル安)の傾向 5.大震災の復興予算に照らしてみて 6.失敗したリフレ策 7.GDPの期待成長率が低い日本では、金融緩和のリフレ策は効果が なかったことが実証された 8.では、ヘリコプター・マネーか? <827号:年金の将来を具体的に語れば> 2016年5月25日:有料版 【目次】 1.わが国の、働く現役世帯所の世帯収入 2.年金受給無職世帯の収入と消費(年金のみが収入である世帯) 3.共通な国民年金(基礎年金)と、個人で異なる厚生年金 4.公的年金(国民年金+厚生年金)の財源と支給 5.マクロ経済スライドという、わかりにくい制度 6.公的年金の、将来見通し ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ■1.有料版のご購読の案内 新年にちなみ毎週、質の高い論を展開する有料版はいかがでしょう。 (↓)毎週水曜日に送信され、料金は月間648円(税込み)です。 http://www.mag2.com/m/P0000018.html (まぐまぐ有料版↓) http://www.mag2.com/m/P0000018.html (まぐまぐ無料版↓) http://www.mag2.com/m/0000048497.html 【↓まぐまぐ会員登録と解除の方法】 http://www.mag2.com/howtouse.html#regist ■2.「まぐまぐの有料版を解約していないのに、月初から届かな くなった。」との問い合わせが、当方にも多いのですが、ほとんど の原因は、クレジットカードの「有効期限切れ」です。 なお、登録情報は、まぐまぐの『マイページ ログイン』の画面を 開き、登録していた旧アドレスとパスワードでログインして出てき 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