紀行:海の上の蜃気楼 ベネチア
This is my site Written by admin on 2004年2月9日 – 08:00

こんにちは、吉田繁治です。8日間のイタリア。ミラノ・ベネチア・
フィレンツェ・ローマとあわただしくめぐり、数時間後のオーストリ
ア航空で、関空に帰ります。

ベネチアの心象風景をお届けします。
(昨日お送りした有料版からの一部抜粋)

「観光」とは一体何か? 何が滅び、何が残るのか。

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 <Vol.183 紀行:海の上の蜃気楼 ベネチア>

 海の上の蜃気楼、ベネチア
 近代の前の都市国家
 天使と悪魔が住むドゥカーレ宮殿
 ガラスという矛盾

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■海の上の蜃気楼 ベネチア

水上タクシーと呼ばれる20人乗りくらいの高速ランチで行く。

曇っていた空を映した翠(みどり)の波にゆれる船から見れば、アド
リア海の海面に、13世紀からの歴史そのものである石の建物は、土
台がなく浮かぶように建っていた。

約30分で着けば、そこはベネチアの中心、サンマルコ広場。ベネチ
アは商業の富と権勢の夢の痕(あと)を想わせる、海の上の蜃気楼だ
った。『東方見聞録』のマルコ・ポーロ(1254-1324)、そして素敵な
バロック音楽のアントニオ・ヴィヴァルディ(1678-1741)も生まれた
街。

大理石をふんだんに使った、石造りの建物が密集し、アドリア海の島
というには小さすぎる110余の干潟(ラグーナ)が、運河に架かる
400の小さな橋で結ばれ、何が違うのかと気がつけば、車が一台も
走っていない海市(かいし)でした。

アルク・アルタ(高潮)の時に、ベネチアは一階の床や道路が冠水す
ると言う。水面の高さが地面になっている。石畳が光るように磨耗し
た路地裏の道は狭く、並んでは歩けない。

彩色豊かなベネチアン・ガラスの食器・グラス・置物を売る小さな店
や、食べればお歯黒になるイカ墨スパゲティを名物にするレストラン
が並び、日曜日でもあったので、世界からの観光客があふれる。

13世紀から、西欧と中東やアジアの価格の地域差を利用した東方貿
易(重商主義)で富を蓄えた。

南欧の都市国家を終わらせたナポレオンによって、1797年にベニスの
商人によって栄華をほこったベネチア共和国も滅ぼされ、1866年には
イタリア王国に統合される。

■近代の前の都市国家

イタリアは、全域が都市国家の国。各地方の、文化的な独立性・異質
性が今も強い。陸続きの旧ベネチア共和国の地域に入るとき、バスは
今も通行証が要る。

イタリア人の多くは、生まれた地方にアイデンティティ、心のよりど
ころ、価値観や自己の存在証明にもなるものをもつと言う。

中央官庁による集権が行き着き、政府から税の配分、つまり地方交付
税を受け、地方は東京に従属する日本とは違う。わが国の近代は、武
士に代わる官の集権体制でした。戦後もずっと続いている。

イタリア人にとっては、歴史的に、国家は、城壁を備えた各地の都市
国家に対し、今も武力と権力で余計なことをするものに見られている。
中央集権を嫌う国民性がある。空気になった中央集権に慣れた日本
人に、イタリア論で理解されていない点の一つ。

都市国家、つまり王ではなく、当時の市民階級(下は人権のない奴隷)
である貴族による議会が選ぶ大統領制をとっていた共和国であった
ベネチアの城壁は、石の壁ではなく海だった。

異邦人のナポレオンはベネチアを侵略し、1797年にベネチア共和国を
崩壊させます。海から軍隊を送る侵略は、大型船の建造で容易になっ
ていた。

■天使と悪魔が住むドゥカーレ宮殿

サンマルコ広場を囲む、ベネチア共和国大統領が執務していたドゥカ
ーレ宮殿(今はサンマルコ博物館)を訪れた。説明はイタリア人の、
リズミカルではあっても早口でコロコロ転がる、日本語らしい言葉を
話す女性ガイドでした。イタリアは言葉をリズムにする。

宮殿は、東方貿易による巨額の富を集めたゴチック様式の、大理石の
旧い建物だった。建物そのものが石の彫刻であり、壁画、天井画の宝
庫だった。

宮殿には、豪商のボスたちでもあった貴族が集まった議会、ベネチア
共和国大統領の執政室、そして裁判室があった。

▼天国と地獄の連結

裁判室の裏階段は、有名な「ため息の橋」で監獄に通じています。

ため息の橋の由来は、刑の宣告を受け、幅10メートルくらいの小さ
な運河にかかった通路のような橋を渡るとき、受刑者がこれがこの世
の見納めと慨嘆し、最後に覗いたという小窓からです。

橋とは言っても、上下左右を石の壁で囲まれた地下通路に見まがう。
外界の明り取りの隙間である窓から、海が見える。 

石作りの牢獄は、約5世紀後の今も生々しく、外界への窓もなく密度
の高い空気が霊や怨念として匂うような、感覚に襲われる。

砂岩で作られた地獄に見える監獄は、穴倉のように狭く10畳くらい
の広さ。一室あたり10人以上を収容したという。多くは政治犯だっ
た。脱獄した猟色家カサノバもいた。

牢獄の表(おもて)である宮殿には、裁判のとき使った拷問の器具、
鈍く銀色に光る鉄砲や大きな刀剣、強力な殺傷力があった鉄の弓、サ
メの歯のような鋭利な爪がつき、2つの小さな穴があいた鉄の貞操帯
が展示してあった。

生理的な用は足せても、器官をそれ以外の用途には使うことができな
くなる。つけていた身体を想わせる痕跡がある展示品だった。象徴的
な意味しか持っていなかったかも知れない。しかし不意の強姦を受け
ることの防止にはなった。

女は戦利品であり、命をかけ過酷な生活をする兵士の、慰みの対象だ
った。今も戦場の集団レイプとして、世界の各地で繰り返される。

野蛮な本質を糊塗するのが抑制の倫理だが、戦争という極限状況では
人は露骨な心性をあらわにする。

富・豪華・権力・支配・天国の象徴である宮殿と、残虐・悲惨・圧政
・地獄を象徴する監獄を、裏の通路を介し隣接させる建物設計者とそ
れを受け入れた貴族たちの想像力は、どこから生まれたものか。

ベネチア的な天国と地獄の、対照があった。
あらゆる都市は、人の想像力が生む。
想像力は、人の本性を映す。

■交通と光

ゴンドラに乗った。

ベネチアの水路(=道路)を40分くらいかけ巡る。入り組んだ水路
を通って奥に行くと、瓦礫にも思えるレンガや石造りの壁が左右に迫
る。

濡れたように黒く豪奢に塗られ、磨けば黄金色の真鋳で装飾されたゴ
ンドラは、油のような水面を、滑らかに無音で進む。

ギターの伴奏で、肉声のカンツォーネが、両側の石の壁に反響し響く。
カンツォーネが活きる、吸音材としての水、石の壁のドップラーの
音響の効果、そして音が抜け消える空という環境がありありと見えた。

体が固くなり筋肉が震えるように寒かった。
突然、背筋が震えるような、感動が襲った。

交通路としての水路は、ベネチア人(びと)の命だったのではないか。
ベネチア人にとって紺碧のアドリア海は、中東やアフリカ、そして
アジアの異質な世界に通じ、商業の富をもたらす自由の象徴だったの
ではないか。

私は、一瞬、光を観(み)たように思った。

カンツォーネは家族と恋と仕事を謳(うたう)う漁歌だったのではな
いか。漁はベネチア人の東方貿易だった。法規制のない自由な海交通
路の海は、開明の志が強かったベネチア人に富をもたらした。
歌が意味をもった。

ベネチアの冒険家・文筆家マルコ・ポーロも『東方見聞録』で、ヨー
ロッパ人が誰も知らなかった日本を黄金の島、ジパングとして描いて
いる。

ベネチア半日いたおかげで「外部世界をつなぐ海の交通」という概念
が、とても生き生きとしたものに思えた。外部との交通を遮断したの
が、武力と政治権力が作った石の穴倉で地下生活を強いる牢獄だった。

露店が、張り子の精巧な仮面を売っていた。ベネチア人がカーニバル
(肉食文化の謝肉祭、農業文化では収穫祭)に被った伝統をもつもの
だという。

仮熱帯の、極彩色の鳥の顔にも見える精巧なものだった。
なぜ熱帯の鳥は、自由で、豪奢に綺麗なのか。

海を仕事の場にし、富をもたらす熱帯のジャングルと東洋を知ったベ
ネチア人は地上の富を集めた次は、天空を舞う鳥に憧れていたのでは
ないか。海より、もっと自由な場が空にあると幻想したのではないか。

世界の金融の富を集める米国が、宇宙にロケットを打ち上げる理由で
しょう。空間は、横と縦に広がる。

よく見れば鳥をモチーフにしている仮面を被って、サンマルコ広場の
周辺を徘徊している人たちがいた。色とりどりの貸し衣装のドレスに、
鳥の羽を、装飾にしていた。人間の、孔雀への変身願望にも思えた。

15世紀から16世紀のイタリアルネサンスが生んだレオナルド・ダ
・ビンチは、鳥を模し、羽を大きくした飛行機の想像図を、繰り返し
描いていた。

■ガラスという矛盾

赤、青、翠(みどり)の鮮烈な色のベネチアン・ガラスも、灰色の石
の建物と内装の背景に合う。

ボーという燃焼音が聞こえる灼熱の竈(かまど)から、赤く溶けた飴
のようになったガラスを取り出し、魔法の技術であざやかに形を作る
ガラス芸の職人は、偽物の宝石職人に思えた。これは、錬金術につな
がったものではないか。

地中にあれば無価値な石である桂石を加工し、価値ある富の生産にし
た人工のガラス工芸の過程によって、東洋から西欧への産物の移動で、
価格差による富を生んだ重商主義の、偽にも思える富の産出過程を、
シンボライズしているようにも見えた。

海上の都市国家ベネチアは、ナポレオンによってガラス細工が壊れる
ように滅んで、今も残る海上の蜃気楼になった。ミラージュだった。
すべては幻影であった。無言の大理石が、それを伝える。

確実に思える富はどこにある? 人はこれからもそれを探す。
(今は、知識差が富でしょうか)

ベネチアを見て死ねといった人々の想いがわかった。
近代が、急に、薄っぺらいアルミのように思えた。

私は、紛れもなくベネチアの光に照らされた観光をしていた。
時間の短さはなんら問題ではない。イタリアに来た価値があった。

想像力と幻影と、天使と悪魔がいて、天国と地獄が対照され、巨(お
お)きな富が滅び、どんな形をとって何を残したかが見える都市、ベ
ネチア。

いつか機会を作ってください。人間のイマジネーションが形をもって
分かる都市です。

また、ホテルの窓からは早朝の、教会の鐘の音が聞こえます。

■ご連絡事項

日本最大の小売り・飲食・サービス業界のセミナーと言われる<商業
界ゼミナール(第72回)(2月17日〜19日:シェラトン・グラ
ンデ・東京)>で、私は2月18日の午前中、2時間半の講演を行い
ます。詳細な案内は↓です。
     http://www.shogyokai.co.jp/
  
<米国先端流通業研究(4日間)>は、5月中旬〜6月上旬に、ニュ
ーヨークか、各社の最新店が集まっているラスベガスで行います。
詳細な内容が決定次第、このメールマガジンでご案内します。今のと
ころ、NYかなと60%くらい傾斜。どちらがいいでしょう?

『利益経営の技術と精神』(商業界:吉田繁治著)が2月23日から
全国の主要書店で、発売されます。400ページで2000円だそう
です。

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  <135号:形容詞と副詞の経済論を超えて(3)>

【目次】

 1.縦割り・短期・裁量行政で、結果責任は空白
 2.全体像がわかりにくい
 3.国家と自治体(「一般政府」という)の全体債務
 4.年収の20倍の借金
 5.デフォルトを避けるために
 6.国家財政の破綻が認識されれば
 7.騰勢を強めている世界の長期金利
 8.ユーローが米ドルと対抗する通貨に
 9.国家の貸借対照表
 10.実態は657.8兆円の不良債権

【趣旨】
国家財政を正確に認識し、すでに破綻であることを示します。なぜこ
こまできたのか、ここまで来て、更に悪化しようとしているのに、金
利の高騰もなくキャピタルフライトも起こらず、国家信用があるよう
に見えるのはなぜか。

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