金融の潮流が変わった。量的規制緩和解除の意味を解く(1)
This is my site Written by admin on 2006年3月14日 – 08:00

こんにちは、吉田繁治です。2回分をまとめ送ります。2006年
3月9日、日銀は量的規制緩和を停止することを決定しました。

3月9日は、新しいリーダシップ経営をテーマとする講演が終わり、
雑誌社の方と、初めて行くマンダリン・オリエンタル(東京日本
橋)の喫茶で、打ち合わせでした。

このホテルは、世界の高級ホテル戦争を、バブル風にシンボライズ
する建物と設備、そして内装です。
http://www.mandarinoriental.co.jp/tokyo/

38階のガラスの壁を通し、都心の全景を見渡すと、霧にけぶった北
の方角に新宿の高層ビルが見え、足下には緑青が吹いた銅板を張っ
た屋根の日本銀行が、地にへばりつくように建っています。

偶然のことでしたが、当日午前中の政策委員会での量的緩和解除の
決定が、この日にマンダリンから見た風景と重なり、心に残ったの
です。

本稿は、「量的緩和の解除」が意味するメッセージを解釈し、つぎ
に今後の経済への見通しへと展開します。

米国では、全米平均での住宅価格の上昇(05年10−12月期:+12.9
%)が続いています。

05年の1年間で115兆円相当を超えた、西欧・アラブ・中国・日本か
らの、米国債券(国債、社債)買いによるものです。

米国は経常収支(貿易収支+貿易外収支)で、90兆円相当くらいの
赤字国です。赤字とは、マネーの不足です。米国は海外からのマネ
ーの流入が、経済の伸びを支えます。

2月末に行ったNYでは、高額不動産や高級住宅に在庫増が見られ
ました。上がりすぎた物件の、価格下落の前兆に思えます。

「変化」は、見逃されるような部分の動きから始まり、支流を集め
川のような流れになって行きます。

昨年10月の(西欧の田舎と言われていた)スペインも、住宅と不
動産価格では信じられない高騰でした。マドリッド郊外の普通の住
宅(120平米)が6千万円〜8千万円(!)

生産、投資、消費という実物経済だけでなく、マネーの総量と流れ
の面から経済を見ておくこと、これが、いつもの視点です。投資決
定には、必要なことです。住宅の購入も同じでしょう。

英米で80年代に始まった金融自由化後、世界の金融は、通信でのマ
ネーの移動で、リアルタイムで世界につながっています。(注)金
融の領域では、法や税のような国境のある一国経済ではありません。

01年3月以降の日本銀行は、(1)短期ゼロ金利策と、(2)30兆円
余の量的緩和で「マネーをじゃぶじゃぶに注いだ」と言われます。

不思議に思うのは「マネーがーどこに注がれたのか? どこで増え
ていたのか?」ということでしょう。給料は変わらず、財布も重く
なっていないのに・・・

そして日銀による量的緩和の対象になった、これも一般になじみの
ない「日銀当座預金」が何であり、どんな機能を果たしているのか
ということです。

銀行なら、ある程度、分かります。給料は銀行に振り込まれ、いく
ばくかの預金がある。住宅ローンを借り住宅を買っている。勤めて
いる会社は融資を受け投資や資金繰りに使っている。

しかし銀行も、日銀との間ではわれわれの日常や仕事からは、わか
りくい機能も果たしています。まず、ここから着手します。

つぎに、銀行の銀行と言われる中央銀行(日銀)の機能です。

資産と負債の内容、言い換えれば貸借対照表を見ることが、その意
味を理解する近道です。会計の知識は、必要ありません。常識でO
Kです。可能な限り、文中の説明で補います。

基本的なことを、論の進行の都度、確認しながら進めます。最初は、
銀行の代表、東京三菱UFJの貸借対照表の内容からです。どう
なっているのか?

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 <Vol.230 金融の潮流が変わった。
           量的規制緩和解除の意味を解く(1)>

【目次】

1.銀行の基本機能の確認
2.銀行の資金運用=貸借対照表の左側
3.コールマネー、コールローン、コールレート
4.日銀が資金供給の調節に使う日銀当座預金
6.過激な量的緩和策の効果
7.日銀の資金供給を見る
8.日銀の量的緩和の解除は、今後の経済にとって何を意味するか?
9.ゼロ金利は保つというメッセージの意味

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■1.銀行の基本機能の確認

資金量でトップバンクである東京三菱UFJの貸借対照表を、主な
科目に単純化し、見て行きます。

目的は、銀行による「資金運用と調達の仕組み」を確認することで
す。(普段、銀行の貸借対照表を見ることはないでしょう。)

以下は、東京三菱UFJの貸借対照表(連結)をまとめたものです。

資産と負債の内容がすべて分かります。総資金量は110兆円(=総資
産)です。(注)銀行の基本機能に関わる項目は、◎で示していま
す。

▼東京三菱UFJの貸借対照表(連結2005年3月期)

【資産】           【負債及び資本】
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
◎現金・預け金  9兆円    ◎預金預かり    70兆円
◎コールローン  1兆円    ◎コールマネー
◎有価証券    30兆円      及び売渡し手形  9兆円
◎貸出金     46兆円    ◎社債        4兆円
債券貸借取引          その他負債    22兆円
支払保証金    6兆円     
特定取引資産   8兆円    ◎資本        5兆円
不動産      1兆円
その他資産    9兆円
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
資産合計   110兆円     負債及び資本合計110兆円

貸借対照表では、右側の【負債及び資本】が、資金の源泉(調達方
法)を示します。銀行は、企業が商品を仕入れるように「お金を仕
入れ、金利をつけて販売します。」

左側の【資産】は、その資金が使われた結果、資産として残ってい
る額を示します。

【銀行の基本機能】
銀行の基本機能は、たとえば東京三菱UFJでは70兆円の「預金預
かり」(=世帯や企業からの負債)を、企業への貸出金として運用
し、貸出しと預金の金利差で利益を出すことです。

しかし上記の貸借対照表では、貸出金は46兆円(預金預かりの65%)
に過ぎず、有価証券(国債や株)が30兆円(預金預かりの43%)
です。どうなっているのか? どう変化したのか?

■2.銀行の資金運用=貸借対照表の左側

東京三菱UFJは預金として、主に世帯から70兆円を預かっていま
す。他方、企業や個人への貸し出しは46兆円です。

預金に対し少ないと思われるでしょう。90年代中期以降の日本の金
融機関に共通する特徴です。後で述べるように、90年代以降の、す
べての銀行は、企業からは貸出しを回収し、回収したお金で国債を
買う「国債取引業」になっているのです。

90年代中期以降の10年間、東京三菱UFJだけでなく、全銀行が、
企業向けの貸し出しを、減らしています。

東京三菱UFJでは増えたのは有価証券の30兆円です。
その中身は、短期・長期の国債と株です。

東京三菱UFJでは、70兆円の預金に対し43%も占めています。

「貸付を回収し、国債を増やした運用」は、他の銀行にも共通しま
す。全銀行では100兆円分の企業への貸出が減り、その100兆円は、
国債に振り変わっています。

【重要な確認事項】
(1)80年代までの銀行は、世帯から預金を預かって企業に貸し付
けるのが基本機能でした。
 ↓
(2)97年以降の銀行(運用資金量約600兆円)は、
・企業への貸付を回収し、
・株は持ち合いの解消で売り越して、
・国債を買うという機能に変質します。

日銀が、金融機関に日銀当座預金に振り込んで供給したマネーは、
「国債買い」に振り向けられてきました。

ここ10年、こうしたことが当たり前になって、指摘がされなくなっ
ています。

▼銀行の資金調達=貸借対照表の右側

貸借対照表の右側(負債)から見ます。

表の右側は、東京三菱UFJの資金の源泉、言い換えれば「どうい
う方法で、資金を調達しているか」を示します。

東京三菱UFJの110兆円資金の元になっているものは、5種です。
(他の銀行も、金額は違ってもその構造は同じです。)

【資金調達:110兆円の内訳:貸借対照表の右側】
・個人と企業が銀行に預けた預金      70兆円
・短資市場での借り入れ(コールマネー)
   資金の過不足の調節に使う      9兆円
・社債での借り入れ(長期の資金運用や投資に使う)
                     4兆円
・その他負債               22兆円
   [以上の負債合計]・・・・・・・・105兆円
・株式の発行(資本勘定)         5兆円

以上の5つは、貸借対照表の右側(負債及び資本)に記載されます。

(注)資本は、株式会社にとって株主からの預託金(=負債)です
が、返済の義務がないため、自己資本とも言います。会社が上げた
利益は、資本に帰属します。従って利益は、資本の持ち主である株
主に帰属します。しかし会社名義の資産や商品は、株主のものでは
ありません。資本は、株主のものです。矛盾する感じですが、これ
が資本主義です。

■3.コールマネー、コールローン、コールレート

「コールマネー」の9兆円は、東京三菱UFJが他の銀行から、1日
の超短期で借りた資金です。

この金利を「コールレート(オーバーナイト金利)」と言います。
あらゆる金利のうちもっとも低い金利です。金利ゼロの意味を知る
にはコールレートを知らねばなりません。

銀行間には、企業融資の多い都市銀行がコールマネーを借り、企業
融資が少ない地方銀行が都銀に対しコールローンを出すという関係
があります。

コールは、電話をかけて借りる、貸すというのが原義です。

(注)資産の「コールローン」の1兆円は、東京三菱UFJが、逆
に、他の銀行に短期で貸したものです。

【短資のインターバンク市場がある】
コールマネーの市場が、わが国特有の「短資市場(インターバンク
市場)」です。「(金融村の)仲間内の貸し借り」です。

短資会社は、金融機関の間の、短期資金の仲介をしています。
セントラル短資、上田八木短資、東京短資の3社です。
http://www.ueda-net.co.jp/

▼金利ゼロ政策の意味と目的

日銀が政策にしている「金利ゼロ」は、インターバンク(銀行間)
のオーバーナイト(翌日もの)の金利が0%であることを意味します。

日銀は、インターバンク金利がゼロになるよう、今日も、資金供給
の調節を行っています。

目的は、銀行が企業への貸付金を増やし、国債を買うように誘うこ
とです。それによって経済にマネーを注ぎ経済を浮揚させることで
す。

【まとめ】
日銀のゼロ金利策とは、インターバンクのオーバーナイトの金利を
ゼロの維持することである。ゼロ金利策の目的は、銀行に融資を促
し、同時に国債を買うように誘うことである。

■4.日銀が資金供給の調節に使う日銀当座預金

預金以外の調達であるコールローンを理解したところで、つぎは日
銀が銀行に対し、マネーを振り込む「日銀当座預金」です。

日銀当座預金は銀行が日銀にもつ口座です。資金は銀行のものであ
り、預かる日銀にとって負債です。銀行から国債を買ったときの代
金は、この口座に振り込まれます。銀行は、法定準備金を超える額
の当座預金は、自由に使えます。

日銀当座預金は、マネーの総量をコンロールする日銀から、マネー
の振込を受け、銀行が一時的にストックしておく預金です。

東京三菱UFJの貸借対照表では、現金・預金の9兆円のうち、現金
を引いたものが、ほぼ日銀当座に預けたものです。

▼量的緩和策は過激なものだった

量的緩和とは、銀行が日銀にもつ「日銀当座預金」の金額を、
・法的準備金の、全銀行分の総額6兆円だけではなく、
・その5倍から6倍の、30兆円〜35兆円の幅に維持するということで
す。

その方法は、日銀による債券(国債)の買いオペレーションです。

法定準備金は、銀行の支払い準備金として、義務的に日銀に預託す
る預金です。

【法定準備金は6兆円】
銀行の金庫が空にならないように、不時の支出や預金引き出しに備
える(=準備する)ためのものです。そのために「準備金」と言い
ます。銀行の金庫が空になってしまえば、銀行は倒産するからです。
銀行倒産は、預金が払い出せない事態です。

日銀当座預金は金利ゼロであり、本来は「すぐ引き出て使う資金」
を一時的に置く場所です。

■5.過激な量的緩和だった

01年3月に始まった「量的緩和」によって、日銀のマネー供給は国債
買いの拡大で毎年大きくなります。

法的準備金を超える「余剰資金」は、常時24兆円から29兆円になり
ます。

使われない資金が24兆円〜29兆円余分にあることを目標に、日銀は
金融機関から「国債買い」を行い、代金を日銀当座の、銀行がもつ
口座に振り込んできました。

[ゼロ金利の日銀当座の巨額の余剰]という異常なことが5年も続く
と、異常には思えないという、認識の「茹で蛙現象」が起こります。

「日本の金利は、これからもずっと、金利ゼロ水準」という意識が
それです。今、金融関係者は「金利高騰リスク」を低く見ています。
証拠は、低利の国債が売れていることです。

これが、平時の世界の銀行史に稀な(事実上ない)わが国の「量的
緩和策」でした。

量的緩和という用語は、穏やかに聞こえます。しかしこれは過激な
マネー注入策です。(注)政策用語の常として、言葉が勝手な意味
で使われます。

日銀の、マネーの超緩和(=超供給)の目的は、3つです。

(1)対銀行:銀行倒産を避ける。預金取り付けに備える
(2)対経済:経済を浮揚させるために、金利を低く保つ
(3)対国家:大量発行される国債の、金利上昇を避ける

■6.過激な量的緩和策の効果

90年代以降の、量的緩和策で変わったことは、以下の6項にまとめ
ることができます。

▼(1)コールローン、コールマネーという銀行間の資金融通が、
ほぼ意味がなくなった。

銀行が「じゃぶじゃぶのゼロ金利資金」つまり「日銀当座預金」を
30兆円〜35兆円もつように、日銀が維持したからです。

各銀行に資金余剰があるため、銀行間の貸借であるインターバンク
市場は縮小しています。

▼(2)価格の騰落はあっても、財務省によってノンリスクの債券
とされる国債が、低金利で売れた。

銀行が、ゼロ金利の日銀当座預金を常に30兆円〜35兆円ももつこと
になったので、虫眼鏡金利でも買ったほうが得になるからです。

短期国債の金利(満期1年未満) 0.08%〜0.14%
長期国債の金利(満期1年以上) 0.54%〜2.28%

このため、
・100兆円の企業融資が減ったことと入れ替わりに、
・銀行は100兆円の国債を持つように変わっています。

▼(3)企業には「バブル期の過剰な借り入れ」が残り、負債を減
らす「バランスシート圧縮」が必要でした。

ここ10年間で、250万社の合計では100兆円(年平均10兆円)の借り
入れを減っています。

超低金利でも、企業の借り入れは増えなかったのです。
(注)06年2月になって、8年2ヶ月ぶりに銀行の貸し出し残高が0.2
%増えています。

▼(4)銀行側には「不良債権」のため、自己資本に不足がありま
した。これが、融資が増えなかった原因のうちもっとも大きな要素
です。

(1)国内業務銀行は、リスク債権(融資)に対する自己資本が4%
   以上、
(2)都銀等の海外業務も行う銀行はBIS規制(国際銀行協定)で8
   %以上の自己資本を持つ必要があります。

BIS規制は、豊富な資金量をもつ日本の銀行の、国際的なプレゼンス
を小さくするために、西欧と米国が要求したものです。その目的は、
日本の銀行のマネー・パワーを減らすためです。

国際業務を行っている都銀が1億円の貸付金を純増させれば、その8
%の800万円を、純益の中から自己資本として積まなければならない。
これは銀行にとって大変です。

そのため、自己資本に不安をもつ銀行では、貸付を増やすより、日
銀当座に余まる資金で、ノンリスクの国債を買うという行動でした。

【国債はリスク債券か?】
国債がリスク債券であるかどうか、ここで見解が分かれます。政府
は当然に、ノンリスク債券と言います。確かに、普通の発行額と残
高ならリスク債券ではないでしょう。しかし、国の借金1000兆円が
増える一方で減らないとなればどうでしょうか。

加えて、金融資産の元本である世帯の預金や年金基金は、今後、そ
の残高は増えないのです。

国債を買う資金が十分にあれれば、国債はリスク債券ではない。

しかし国の増加資金(世帯預金と年金基金の増加)がなくなれば、
金利は上昇し、国債も現在割引価値(NPV)が下がるリスク債券
に代わって行きます。

【銀行の融資総額】
銀行融資の総額は、1996年の536兆円を頂点に、山一證券や長銀が倒
産した金融危機の97年からどんどん減り、2005年5月には440兆円に
縮小します。

10年で約100兆円、1年で10兆円もの貸付金の減少です。

▼(5)預金金利もゼロに近くなったため、低い金利の国債であっ
ても、銀行は利益が出ます。

回収に不安が少ない優良な貸付であれば、金利差を得ることができ
ます。銀行にとって、資金コストがほぼゼロになったからです。

国債は、国家が支払いを保証するという根拠から、財務省は「ノン
リスク」に分類するという通達を出しています。

財務省は国家財政の運営者です。自治体を含む国家は、もっとも大
きな企業でもあるでしょう。その社員は約400万人の公務員です。

リスク債券ではないとされているため、貸付から回収した資金で銀
行が国債を1兆円分買っても、自己資本を積む必要はないのです

そしてゼロ金利による業務純益(=貸付金利+国債金利−預金金利
−事務経費)が溜まって、銀行は利益を回復します。

当期決算では、過去最高益になるところも出ています。

▼(6)ゼロ金利・低金利・量的緩和策の犠牲は家計でした。

負債をもつところにとって、ゼロ金利策は利益です。逆に、金融資
産をもっている世帯にとっては損失です。合計は、ゼロサムです。
金利は、所得移転です。

1991年のときの預金金利(6〜7%レベル)が続いていたとすれば、
4500万の家計が得ていた金利の総額は、15年で238兆円です。
世帯当たりで平均すれば、失った所得は528万円に相当します。
(日銀の試算) 
 
米国や西欧なら、家計が反乱を起こし、政府を何回もを変える金額
です。日本の世帯は、どんなに文句を言ってはいても、根底では政
府に協力しますね。

マネー・エクソダス(金利差を求めた海外へのマネー逃避)も、大
きくはなかった。実際す、ごい世帯であると思います。(注)今は、
預金の海外流出は、海外投資信託の買いで、増えています。

世帯の金融所得のなさが、90年代から現在に到るまで、消費が伸び
なかったもっとも大きな原因です。所得が増えねば、消費は伸びま
せん。日本の世帯は合計では、金融資産の額で超成熟国です。
(注)金融資産には、所得差より大きな格差がありますが・・・

1400兆円の金融資産(預金が700兆円+年金+保険+債券+株)をも
つ世帯は、2%の金利上昇があれば1年で28兆円の実質利益を得ます。

金融資産の絶対額が大きな、日本のような国の世帯では、給料の伸
びよりも「金利利益」が大きくなります。(この認識は大切です。)

しかしゼロ金利策のため、世帯は金融資産額でリッチではあっても、
金融利益では貧困なままでした。(注)米国の世帯は、住宅の値
上がり益を、1年で70兆円くらい得ています。

逆に、資金を借りる企業側(銀行、企業、国家)が、ほぼ同じ額の
264兆円を「超過利潤」として得てきました。

この264兆円の超過利潤があったことが、150兆円と見積もられた不
良債権の処理が進んだ理由です。

家計から企業・銀行・国(国債)への「264兆円の所得移転」が、企
業と銀行の財務収支を改善し、収益を回復させます。

これが日本の企業にとって、もっとも大きな「量的緩和+低金利の
恩恵」でした。

他方、家計にとっては「見えない課税」でした。

(注)官僚の天下りが非難される理由も、政府部門の借金である国
債の低金利から生じる恩恵を、自分達の給料や退職金に使うからで
す。国債を含む政府部門の借金は、総額で1000兆円です。

1400兆円の、世帯の金融資産のうち、
・1000兆円を国が使い、
・残り400兆円を企業が使っているというのが、
日本の資金循環の特徴です。

ここにも、普通の目でみれば、異常な構造があります。企業の設備
投資が生産性を上げ、経済成長(=個人所得の増加)をもたらしま
す。

設備投資に回るべき資金で国、の赤字を埋めても、経済成長はない
からです。

■7.日銀の資金供給を見る

銀行の資金の調達と運用を見ました。銀行の基本機能は、4500万世
帯の預金を借り、250万社の企業への有効な貸付で運用することです。

しかしこれが、「企業の返済100兆円」と「国の借り入れ増100兆円」
という異常な運用になっていたことを確認します。

▼世帯の貯蓄における重大な変化

2000年以降は、さすがの日本の世帯も、
(1)所得の伸びの低下・減少と、
(2)高齢世帯の増加という構造変化から、
   1400兆円の金融資産を上限に。増えなくなりました。

世帯主が50代半ば以降になると、貯蓄の増加は止まり、次第に金融
資産を取り崩すように変わります。

(余談ですが)団塊の世代は年金を受けとらず、健康であれば70歳
まで働くことになりますね。年金で支えるには、約1000万人は「数
が多すぎます」 今の年金の基本は、30年も前の設計です。

世帯の金融資産が増えないという、重大な変化が2000年代になって
起こっています。これは、わが国の資金循環において、後戻りしな
い刮目(かつもく)すべき変化です。

日本経済のもっとも重要な過去の前提は、
(1)世帯の貯蓄性向が高く金融資産を増やす、
(2)それを企業が設備投資に使い、経済が成長するということで
   した。

ところが今後は、日本の世帯も米国の世帯のように「貯蓄を増やさ
ない(増やせない)」ことを前提にしなければなりません。

これが今後の金融と経済を見るとき、もっとも重要な要素です。

日本では、国の毎年の赤字である国債、地方債を買う「元本資金」
を、世帯は出すことができなくなっています。金融や経済で重要な
のは、残額ではなくその増減です。

国の1年での資金不足は、総額で60兆円くらいです。

(世帯の預金を使う代理として)国債を買ってきた金融機関に代わ
り、企業が国債を買うか? これは、あり得ません。海外から買う
には、金利が低すぎます。

確かに、2000年代初頭は、250万の会社が、合計で年間10兆円〜20兆
円の資金余剰(=返済と預金増加)を出すことで、資金の出し手に
なっていました。しかしこれはもう続きません。

事実、06年2月には、250万社の企業の合計では、資金の使い手に変
わっています。これが8年6ヶ月ぶりの、企業融資の増加の意味です。

物価が上昇するようになると、企業は資金の需要者に変わって行き
ます。設備投資を、増やすからです。

世帯も企業も、政府赤字を補う余剰資金を出せない。

残るのはどこか? 
海外からの資金流入か、日銀です。
海外から日本の、低利の国債を買うことは極く稀です。

以降では、1997年から2006年3月までの、日銀のマネー供給を、貸借
対照表の変化から見ます。もっとも正確に示すからです。

▼【負債及び資本:資金調達の変化】

以下に示すのは、日銀の貸借対照表の、負債の変化です。

たとえば、現金(=1万円札)を印刷し発行すること(=発行銀行券
の増加)は、日銀にとっては、国民に対する負債の増加です。

通貨と言われる1万円札は、日銀が発行する小切手と見ていいでしょ
う。紙幣には「日本銀行券(=意味は日銀小切手)」と書いてあり
ます。

日銀がマネーを発行するときは、銀行がもつ国債を買って日銀当座
預金に振り込みます。銀行にタダで現金を渡すのではありません。

【日銀の負債及び資本の部】
       1997年10月→2006年3月  負債の増加額
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
発行銀行券    44兆円   74兆円    30兆円
日銀当座預金    4兆円   31兆円    27兆円
政府預金     0.6兆円   10兆円     9兆円
その他       3兆円   38兆円    35兆円
資本勘定      5兆円    5兆円   
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
負債・資本合計  57兆円   153兆円    96兆円
                        ↓
                    マネー供給の増加額

日銀の負債の増加は、マネー供給の増加です。

日銀は、発行銀行券(現金)の供給を44兆円から74兆円に、30兆円
増やしています。世帯あたりでは66万円(66枚)の1万円札の増加で
す。約20兆円分は「タンス預金」と推計されています。

日銀当座預金は、4兆円から31兆円へ27兆円増えています。
銀行がもつゼロ金利の資金が、今日現在で27兆円分増えていること
になります。

(注)政府預金が、3月は納税期でもあるので、10兆円に増えていま
す。これは一時的なものです。

あとは「現先取引」と言われる債券(主は国債)の取引によって、
35兆分円のマネー供給を増やしています。

この意味は、国債買いと同じです。(注)現先は、一定期間後に一
定価格での反対売買を約束し、行う債券の購入(または売却)の取
引です。

97年10月から06年3月までの8年5ヶ月に、以上の合計で、日銀は、国
民に対し、96兆円のマネー供給を増やしています。

日銀は毎月1兆2000億円分の国債(年間14兆4000億円)を、継続的に
買い続けています。1年間で日銀は、国債買い入れ額に相当するマネ
ーを、増加供給してきたと言っていいでしょう。

端的に言えば「日銀のマネー供給とは、国債買いのこと」です。

一旦は国債市場で金融機関が買った国債を「買いオペレーション」
の発動で、増加買いするによって、現金の供給を増やしてきました。

極めて、単純な活動です。
ここまで言えば、露骨で味もそっけもありませんが・・・

【日銀の資産内容の変化】
つぎに、負債に対応する資産内容の、同じ時期の変化を見ます。

      1997年10月→2006年3月 資産の増加額
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
国債      46兆円   93兆円   47兆円
買い入れ手形   4兆円   45兆円   41兆円
外国為替     3兆円    5兆円    2兆円   
その他      4兆円   10兆円    6兆円
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負債・資本合計  57兆円  153兆円   96兆円

負債の増加額96兆円と、資産の増加額96円は当然に等しくなります。

日銀に増えたのは、
・国債47兆円(残高93兆円)と、
・金融機関と国が発行する、短期手形41兆円です。

これらの手形の担保は国債です。従って96兆円の、日銀によるマネ
ー供給の増加の全額が、実質的には国債購入につかわれたと見てい
いでしょう。

日銀が、銀行から国債を買い、その代金を銀行に供給してきたので
す。

言葉になじみがないだけであり、その内容は単純です。日銀の、15
3兆円の資産のうち90%は、今、国債になっています。

これは政府への貸付金です。日銀の機能は政府への貸付です。
今の資産内容を見れば、それが分かります。

(まとめ)
日銀は、153兆円分の勘定科目をいろいろにわけていても、まとめれ

・国債を買い上げた見返りに、
・現金の供給し、
・日銀当座預金への振込を続けてきたということです。

ゼロ金利のマネーが「じゃぶじゃぶ」だったのは、銀行の日銀当座
勘定です。4500万世帯や、企業の財布や預金ではない。

高齢化と所得額の停滞を原因に世帯の預金が増えなくなってきたた
め、日銀が増発された国債を買い、01年3月以降、金利をゼロに保っ
てきました。

■8.日銀の量的緩和の解除は、今後の経済にとって何を意味する
か?

さて以上を前提に、つぎは06年3月9日からの、日銀の「量的緩和の
解除策」です。

予定では、06年6月か7月ころまでに、現在31兆円の日銀当座預金の
残高を、法定準備額の6兆円にまで減らすということです。

これが、量的緩和の解除の意味するところです。

減らす方法は、
・日銀がもつ国債や手形を、金融機関に売り戻し、
・その分の現金(つまり25兆円)を、銀行から回収する(=銀行か
 ら減らす)ことになります。

銀行にとっては、動かせる資金が今後数ヶ月で25兆円分減ることに
なります。銀行の手持ち余剰資金は、急に減ることになります。

推計では、全銀行が動かせる資金は、600兆円の総資産のうち、そそ
の10%の60兆円くらいです。60兆円から25兆円の回収ですから大き
な影響を与えます。

(注)銀行は、企業への貸し出しや債券の購入で、資金をすでに使
っているため、即刻に動かせる現金・預金は少ないのです。これも
当然のことです。現金を手許に置いておけば、金利はつかないから
です。

本稿は、金融のもっとも基本的なところを、
・代表的な銀行である東京三菱UFJの貸借対照表と、
・銀行に資金を供給する日銀の貸借対照表を元に、解きました。

マネー供給と調節の世界は、別の世界のことに思えるかもしれませ
ん。普通の人が日銀に行っても、古い紙幣を交換することくらいで
しか相手にしてもらえないからです。

・日銀が銀行を通じて行うマネー供給がどんなものか、
・どこにマネーが供給されてきたか、了解していただけたと思いま
す。

ここ5年間とは、一転することになる量的緩和の解除、つまり日銀に
よる25兆円の資金回収が、経済にどんな影響を及ぼすか、次稿で論
理的な推論を交え、検討します。

バブル崩壊以後の、わが国に固有だったデフレ経済から、世界的な
インフレと、金利上昇への潮流変化を示すマイルストーン(道標)
であるようにも思えます。

金利率は物価の上昇率を追うからです。

■9.ゼロ金利は保つというメッセージの意味

日銀が25兆円の資金を回収すれば、当然に、銀行の資金は詰まりま
す。これは金利の上昇を意味します。ところが日銀は、「量的緩和
は解除するが、短期金利は(当分の間)ゼロに保つ」と言っていま
す。

▼日銀の資金供給方法の変更を意味する

このメッセージが意味するのは、日銀の銀行への資金供給の方法を、
・01年3月から06年2月までの「銀行が持つ国債の買い(買いペレー
 ション)」から、
・公定歩合による銀行への貸し出しに変更するということです。

【ロンバート型貸し出し】
01年3月の「量的緩和策への転換」以降、ほぼ停止していたロンバー
ト型貸し出しの復活です。

この名称は、イタリア中世から近世のロンバルディア銀行の、商人
への貸し出しの方法に由来します。

これは、金融機関が日銀に借り入れを申し込めば、国債や手形を担
保として「公定歩合0.1%」で貸すということです。

そのため、銀行のマネーが急に減るということはなくなります。

そうすると、資源インフレ傾向への転換、資源価格の物価への波及、
物価上昇と金利の関係、不動産バブルの崩壊、そして今後の経済は
どう向かうかをロンバート型貸し出しの方向を含めて、考えねばな
りません。もちろん株価の動向も、含みます。

【日銀にとっての国債購入と、担保の違い】
日銀は、保有する国債が100兆円を超えるのを嫌っているように見え
ます。理由は、100兆円の国債価格(時価)が5%も下落するならたっ
た5兆円の資本がなくなって、債務超過になるからです。

(重要な視点)
国債を担保にした貸出しでは、今後、金利が上昇し国債価格が下落
したとき、日銀が蒙る損害を小さくできます。担保はあずかるもの
であって、日銀のものではないからです。

そうすると、低利の国債を買って保有する銀行が金利上昇による国
債価格の下落リスクを受けることになります。ここから、今後の、
金融機関の「国債買い」に大きな変化が起こることも想定できます。
これは、金利が上昇する可能性を、示唆するものです。

マネーと経済では、出まわる分の「増減」が問題です。世界のファ
ンドの肥大と、ソフトバンクが、携帯電話のボーダフォン・ジャパ
ンを約2兆円で買うのも、マネー量の増加が理由で生じます。

以下、次稿で・・・

see you next week!
【後記】
なじみのないことが多い金融とその仕組みを、可能な限り日常語で
説明しながら、解くことを試みました。そのため記述が長文になっ
ています。

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   最近5号分の、有料版の目次を紹介します。

<255号:新しく解釈する
       『イノベーションと企業家精神』(2)>
          06年2月8日号
【目次】

1.(前稿を振り返って要約・付加)発明と事業の違い
2.「価値」について
3.関連して商品価値について
4.ライフスタイルの価値を競う
5.中期のユニクロもライフスタイル価値へ
6.鋳物工場を例にイノベーションに必要な要素を考える
7.(事例展開)医療機関の変化するニーズで生まれる新しい市 
   場
8.イノベーションを起こすための7つの源泉
9.源泉1:予期せざるものの存在

<256号:新しく解釈する
       『イノベーションと企業家精神』(3)>
          06年2月15日号
【目次】

1.源泉:調和せざるものの存在
2.顧客の、商品の使用過程に着目する
3.不調和からくるイノベーションの開発と導入の過程
4.ドラッグストア・チェーン向けの価値提供
5.イノベーションの成功と失敗

<257号:臨時テーマ:戦略国家米国をめぐる極寒での随想>
          06年2月22日号

【目次】

 1.NYで感じられる
 2.歴史はめぐり、中国が最大の対米貿易黒字国になった
 3.イラク戦争は失敗した
 4.原油購買にドルが使われることの意味
 5.ドル経済圏の拡大は、金融植民地の拡大
 6.過去は日本というドルに忠実な国があった
 7.ドルを買う主体の変化が米国にもたらすこと
 8.米国にとっての懸念:中国バブルの崩壊
 9.米国の金融戦略

<258号:バリュー・イノベーションの方法(1)>
         06年3月1日号
【目次】

1.戦略
2.競争戦略の一連の概念
3.価値創造
4.顧客不満から出発する顧客満足
5.『ブルーオーシャン戦略』
6.分析ツール1:戦略キャンバス
7.ステップ3:新しい価値要素を盛り込ん戦略キャンバスを描

<259号:バリュー・イノベーションの方法(2)
                   +緊急時事問題>
          06年3月8日号
【目次】

1.使用価値の差異化を振り返りつつ、iPodのバリュー・イノベー
  ション
2.食品スーパーでは、ホールフーズ・マーケット
3.異なる価値観
4.前稿で整理したこと
5.競争市場での、慣れ親しんだ思考方法から脱する

【緊急時事問題】

1.量的緩和解除の意味
2.量的な超緩和の方法は、国債と債券の買い上げ
3.2005年末から、資金の潮流が変わった
4.量的緩和停止の意味
5.金利をゼロに維持し、穏やかな資金引き揚げができるのか?
6.日銀は、金融市場をコントロールできない

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