ついに、白旗を上げたクルーグマン(2)前編
This is my site Written by admin on 2015年11月29日 – 10:00

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おはようございます。急に寒くなりました。最大級のエルニーニョ
で、西から東にむかいまっすぐに吹いている偏西風が、ヘビのよう
に蛇行していることが、世界の酷暑、厳冬、豪雨、嵐などの異常気
象の原因とされています。今年は(今年も)、厳しい寒さの冬と言
う。

前号でもすこし触れたNYタイムズ(15.10.20)のクルーグマンの論
文『Rethinking Japan』の拙訳が、インターネットに掲載され、相
当な引用と、論議を呼んでいるようです。私もGoogleで検索して見
つけました。難しい内容なのに、見た人の「いいね」は、1600に増
えています。経済学者も多いようです。
http://www.mag2.com/p/money/6246

上記のサイトに掲載されているのは、11月11日に有料版として送っ
たものの一部(70%くらい)です。公開されるくらいなら、無料版
を購読されている方々には、お送りせねばならないと思い、送る次
第です。

1998年の『流動性の罠』論で、日本が陥っている「金利ゼロ」であ
っても貸付が増えず、経済が成長しない状態を経済理論的に分析し
て、日本にインフレを目標にしたリフレ論を奨めたのがクルーグマ
ンでした。

この時もインターネットで見つけ、「日本は、クルーグマンの奨め
に従い、リフレ策をとることになるだろう」と紹介したのを記憶し
ています。

当時はまだ翻訳はありませんでした。現在は山形浩生氏が翻訳して
公開しています。『復活だぁっ!日本の不況と流動性トラップの逆
襲』(2001年の翻訳)
http://cruel.org/krugman/krugback.pdf

内閣府参官房参与(2012年12月~現在)に就任した、元エール大学
教授の浜田宏一氏は、安倍首相に『流動性の罠(わな)』を分かり
やすく説明して、この政策を採るべきだと紹介しています。安倍首
相は、これを「日銀が円を増刷すれば、日本経済は成長する」と理
解し、政権の政策になったのです。

簡単に言えば、「日銀が国債を大量に買ってマネーを増発すれば、
それが投資と商品需要の増加を生んで、デフレから脱却できて、日
本経済は成長に向かう」というものです。

安倍首相は、これを政策として採用し、量的緩和に消極的だった白
川方明(まさあき)総裁に変えて、浜田氏が推薦していた黒田東彦
氏(はるひこ)と、学習院大の教授だった岩田規久男氏を日銀に送
り込みました。黒田総裁、岩田副総裁の体制で始まったのが、
2013年4月からの異次元緩和です。

これは、「2年をめどに、マネタリー・ベースを2倍に増やし、消費
者物価を2%程度は上げる」というリフレ策でした。リフレ策とは、
物価が上がるインフレにもって行く政策を言います。

黒田総裁が、「2年、2倍、2%」と書いたフリップをもって、記者
には馴染みのなかったマネタリー・ベース(ベース・マネーとも言
う)を説明していたことを記憶しています。

マネタリー・ベースは、(1)現金紙幣と、(2)銀行・証券・政府
が日銀にもつ日銀当座預金の金額を言います。日銀が債券市場で国
債を買ったとき代金を振り込む口座が、日銀当座預金です。このマ
ネタリー・ベースを増やすことを、マネーの増発と言っています。
マネタリー・ベースは基礎的なマネーというべきもので、主なもの
は銀行が日銀にもつ、金利ゼロの当座預金です(08年以後は0.1%
金利を特別に付与)。

(1)この基礎的マネーを日銀が、銀行から国債を買った代金の振
込で増やす。
(2)銀行は、この金利ゼロのマネーを、金利をつけて貸し付ける。
(3)その貸付金で、投資と商品需要が起こり、物価が上がって経
済が成長するというのが、リフレ論です。

2015年11月4日では、現金紙幣が92.6兆円、当座預金が247.2兆円で
あり、両者を合計したマネタリー・ベースは、339.8兆円に増えて
います。確かに2年で2倍に増えました。

買い上げた国債は317.7兆円です。日銀は、すでに、国債・地方債
の総発行額(1022兆円:15年6月末)の31%を、金融機関から買い
切っています。

異次元緩和の開始前のマネタリー・ベースは、
・現金紙幣83.4兆円、
・当座預金58.1兆円で、141.5兆円でした。

2年7か月で198.3兆円のマネーが増発されています。
マネタリー・ベースだけは、2.4倍です。
https://www.boj.or.jp/statistics/boj/other/acmai/release/2015/ac151031.htm/

ところが、政府・日銀が、異次元緩和の目標としていた物価上昇
(総合)は2015年6月が0.4%、7月0.2%、8月0.2%、9月0.0%の上
昇でしかない。

価格変動が激しい食品と、原油の50%以上の低下で下がっているエ
ネルギーを除くコア・コア物価でも、6月0.6%、7月0.6%、8月0.
8%、9月0.9%の上昇に過ぎません。
http://www.stat.go.jp/data/cpi/sokuhou/tsuki/index-z.htm

岩田副総裁は、就任のときの記者会見で、「2年で2%の物価上昇を
果たせないときは責任をとって辞任する」とまで、はっきりと言い
切っていました。2年経った15年4月の記者会見で、そのことを質問
されると、「言葉が足りなかった」としどろもどろの言い訳をして
います。

リフレ派の理論的な総帥は、居住は米国ですが、クルーグマンでし
た。
浜田氏や岩田氏の著作を読んでも、クルーグマンが1998年に書いた
『流動性の罠』で提唱されたマネー増発の引き写しに過ぎないもの
だったのです。

浜田氏は、「これが国際標準の、現代経済学です」と自慢げに言っ
ていました。量的緩和の効果は経済論争でもあったのです。

そのクルーグマンが、15年10月20日のNYタイムズ紙に、
「Rethinking Japan(日本経済を考え直す)」と題したものを、
書いていたのです。

当方、普段NYタイムズ紙を購読しているわけではないのですが、量
的緩和の本家のクルーグマンは、日本の物価が上がらないことにつ
いて、最近どう言っているのかを探すと、見つかったのです。
http://krugman.blogs.nytimes.com/2015/10/20/rethinking-japan/?_r=0

流動性の罠と量的緩和は、マネー、金融、経済がからみ、相当に難
しい経済論です。ここで「Rethinking Japan」を翻訳しながら、
考えて行きます。クルーグマンの英語も難しく、理論も難しい。基
礎的なことから考えながら訳しつつ、解説を加えます。

結論を言えば、「日本の量的緩和策は、リフレ策としては失敗し
た」と読み取れます。クルーグマンは、最後のところで、果敢で大
胆な財政政策(一般会計や補正予算の拡張)による、リフレ策を行
えとしつつ、その政策は不可能だともしているからです。

日本のメディアは、ここ2年半の経済政策としてもっとも大きく、
現在も続いている量的緩和の結果がどうだったかを示す主唱者の重
要な論文を、なぜか取り上げません。不思議に思います。

一般的に言うと、安倍政権になって以降、大手メディアや新聞は、
政権の経済政策にとって都合の悪いことに対し、口をつぐむように
なっています。本稿で書く理由が、これです。

量的緩和が失敗したとき主唱者は、「認識不足があった、失敗だっ
た。診断と処方に間違いがあった」と言えば済むかもしれない。し
かし日本経済の中で所得を得て、生活しているわれわれは、その先
も、失敗した日本経済を生きなければならない。

この観点からも、書かねばならないという義務を感じています。

             *
訳文は、11月の11日の<有料版:797号:失敗した異次元緩和が向
かう決着点(1)>で翻訳したものを、改訂してします。原文を、
すこし読まれると分かりますが、クルーグマンの英語は、翻訳がと
ても難く感じます。それに、難しい経済理論の用語が、混じってい
ます。翻訳に間違いがあるといけないので原文と翻訳を並べていま
す(このため1.5倍くらいに長くなりました)。間違いがあれば、
ぜひご一報ください。

とくに、今回の論は、クルーグマンの言い訳が混じるため、論理が
分かりにくいものにもなっています。自分でも後で読んで、正確な
訳ではないと思えたところがあったので、今回、全面的に改訂しま
した。

簡単に結論部を言うと、クルールマンは以下のことを言っていると
読み取れます。

(1)日本のGDPの「自然成長率」が、生産年齢人口の減少から、相
当なマイナスを続けるという認識がなかった。この点を、自分は間
違えた。

(2)流動性の罠では、インフレ策を推奨したが、その目標は2%で
はまるで足りない。理由は、日本の自然成長率が、相当に低く、自
然金利もマイナスであるためである。

(3)日本には、異次元緩和だけでなく、劇的な財政支出が必要だ
が、「臆病の罠」にかかっている政府は、それを実行できないだろ
う。

クルーグマンは言っているのはここまでです。劇的な財政支出が必
要だが、それは日本政府には採れない政策だ。とすれば、異次元緩
和は、リフレ策としては失敗したということになるでしょう。経済
政策は結果だからです。

原文は30ページ以上なので、前篇、後篇の2回に分け、送ります。

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<797号:失敗した異次元緩和が向かう決着点(1)>
      2015年11月29日

【目次:前編】

1.日本経済における需要は、弱くなっている
2.日本経済は、何から脱却せねばならないのか
3.GDP成長率が、潜在成長力に近い日本で、なぜ、インフレ率の低
さが問題になるのか?
5.流動性の罠(わな)からの脱出

【目次:後編】
6.インフレの実現のためには何をするべきか?
7.日本の潜在成長力の低さの原因は、人口問題だった
8.急激な財政拡張策は、日本の政策にはならないだろう
9.日本に必要なインフレ率は、2%よりはるかに高い(4~6%)

【後記:財政破産】

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■1.日本経済における需要は、弱くなっている

It’s a bit self-centered, but I find it useful to approach 
this subject by asking how I would change what I said in my 
1998 paper on the liquidity trap. Hey, it was one of my 
best papers; and it has held up pretty well in many 
respects. But Japan and the world look different now, and 
trying to pin down that difference may help clarify matters.
(1)

http://krugman.blogs.nytimes.com/2015/10/20/rethinking-japan/?_r=0

<少し自己中心的に見えるかもしれないが、私が1998年の『流動性
の罠』で言ったことから、考えがどう変化したかを述べるのは、有
益だろう。あれは、私が書いたもののうち、ベストな論文のひとつ
だった。多くの点で、相当有効なものだった。
しかし現在、日本と世界の経済は変化した。その変化を究明するこ
とは、われわれが直面している諸問題を明確にするのに、役立つだ
ろう。翻訳(1)>

その後17年間で、経済の状況が変わった。状況が変わったから、
1998年の流動性の罠論の不適なところも出てきたと言うための準備
部です。

It seems to me that there are two crucial differences 
between then and now. First, the immediate economic problem 
is no longer one of boosting a depressed economy, but 
instead one of weaning the economy off fiscal support. 
Second, the problem confronting monetary policy is harder 
than it seemed, because demand weakness looks like an 
essentially permanent condition.(2)

<当時と現在では、違いは決定的であるように見える。第一に、
2015年の現下の経済問題は、もはや不況化した経済をもち上げるこ
とではなく、財政の支援から脱却することだからだ。二番目に、量
的緩和の効果が出ないという問題は、想定より大きいことである。
原因は、日本経済の需要の弱さが、本質に根ざす永続的な経済の条
件に思えることだ。翻訳(2)>

量的緩和が、目的とした効果、つまり2年で2%の物価上昇を招かな
かった理由は、日本経済の本質に根ざすようになってきた需要の弱
さによるのではないかという、クルーグマンの見解です。

量的緩和は、少しは需要を増やす効果は上げたが、日本経済の需要
が弱くなっていたため、需要超過によって物価を上げるところまで
は行かなかったということです。経済学で言う需要とは、商品需要
と企業と政府の投資を含むものです。

需要=GDP=民間消費+住宅+企業の設備投資+在庫増+政府消費
+公共投資+輸出-輸入、です。

この需要の合計が小さいとき、商品供給力が超過し、経済は不況に
なります。具体的に言えば、世帯の消費が増えないと、企業の商品
生産力に余剰が出て不況化します。

10億円は売ることができる店舗があるのに9億円しか売れないとい
う事態、100億円の生産能力があるのに、売れないため、85億円し
か生産できないということが需要不足です。輸出は外需と言われま
す。

クルーグマンは、日本は、1998年に比べると、2012年からの需要つ
まりGDPの弱さは、「本質に根ざす永続的な経済の条件」に見える
としています。ここが、今回のクルーグマンの論で、もっとも肝心
な点です。

■2.日本経済は、何から脱却せねばならないのか

▼The weaning issue:
Back in 1998 Japan was in the midst of its lost decade: 
while it hadn’t suffered a severe slump, it had stagnated 
long enough that there was good reason to believe that it 
was operating far below potential output(3)

<何から脱却するのか:
1998年にさかのぼると、当時の日本は失われた10年のただ中だった。
厳しい不況ではないにせよ、潜在生産力のはるか下の状態と思える
停滞した動きでしかなかった。翻訳(3)>

GDPにおける「潜在生産力」は重要な概念です。完全雇用で、企業
の設備が100%稼働したときの商品供給力を言います。1998年の日
本には、この「潜在生産力」は高かったのに、バブル崩壊後の金融
危機から、実際の需要が大きく減っていました。

(注)内閣府は、わが国のGDPの潜在成長力(実質)を、1981年か
ら1990は4.4%、1990年から2000年は1.6%としています。そして、
2001年から20010年は0.8%だったとしています。(2014年2月)
http://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/special/future/0214/shiryou_02.pdf

クルーグマンが『流動性の罠』論を書いた1998年には、日本では、
資産バブル崩壊後の金融危機が起こっていたのです。リーマン危機
よりはひどくなかった。それでも、金融機関には200兆円の不良債
権が発生していました。

▼This is, however, no longer the case. Japan has grown 
slowly for the past quarter century, but a lot of that is 
demography. Output per working-age adult has grown faster 
than in the United States since around 2000, and at this 
point the 25-year growth rates look similar (and Japan has 
done better than Europe。(4)

<しかし現在はもう事態が異なっている。日本の過去4半世紀は、
生産年齢人口は減ったが、労働者1人当たりの生産高は、緩やかに
成長していたからだ。
生産年齢人口1人当たりの生産高の増加を見ると、ほぼ2000年ころ
からは米国より高く、過去25年を見ても米国とほぼ同じである。そ
して日本は、欧州よりはいい。翻訳(4)>

過去四半世紀とは、1990年のバブル崩壊から2015年までです。この
間、日本経済は、生産年齢人口の減少から来る問題以外では、ゆる
やかな成長をしていたとクルーグマンは言います。


つまり、
・1人あたりGDPでは、米国や欧州より成長していたが、
・労働人口の減少のため、GDP全体の伸びが低いのが日本だった
のです。

GDP=1人当たりGDP×生産年齢人口(15歳~64歳)
×就業率(約78%)です。

働く現役世代になる生産年齢人口は、わが国の場合、世界でもっと
も早く、1998年の8726万人を頂点にして、減少しています。2015年
は7682万人です。

17年間で1044万人(12%)も減っています。就業率の78%には大き
な変化はないので、この生産年齢人口の減少が働く人の減り方を示
します。1年平均で61万人(0.7%)も減ってきたのです。
http://www.stat.go.jp/data/jinsui/2013np/pdf/gaiyou2.pdf
http://uub.jp/pdr/j/fp.html

直近の、2015年から2020年に向かう生産年齢人口の減少は、7682万
人から7341万人へと、341万人です。やはり1年に、〔341万人÷5年
=68万人(0.9%)〕の割合で減って行きます。

これは、1人当たりのGDPが年率2%という、21世紀にしては高い成
長をしても、GDP全体の実質成長は1%でしかないことを示します。

日本は、1990年から2015年まで、1人当たりGDPでは米国よりも早く
成長していた。当然、欧州よりも良かった。しかし、ドイツ、英国、
イタリアにも先駆けた産年齢人口の減少により、全体のGDPは低く
なっていたと、クルーグマンは言っています。この通りですね。

▼You can even make a pretty good case that Japan is closer 
to potential output than we are. So if Japan isn’t deeply 
depressed at this point, why is low inflation/deflation a 
problem? (5)

<日本は、米国よりも潜在成長力に近いケースであると見ることは、
極めて妥当なことだ。現在、日本がひどい不況でないとすれば、な
ぜ、インフレ率の低さ、あるいはデフレが問題になるのか。翻訳
(5)>

その国の経済の実力である潜在成長力とほぼ同じGDPが実現されて
いるときは、不況ではありません。不況とは、この生産力の実力が、
需要の少なさにより、発揮されていないときです。

需要が少ないときは、ケインズ的な有効需要を増やせばいい。これ
が、日本が1990年以降とっている、年間35~40兆円の財政の拡張政
策です。金融面では、赤字を補う国債の発行になります。

ところが日本は、生産年齢人口の減少で全体のGDPの伸びは低くは
なっているが、潜在成長力に近いGDPは実現している。

内閣府の試算では、現在の潜在成長力は1年0.6%です(2014年)。
日銀の推計では、2014年10月でのもっとも新しい潜在成長力は0.2
%と、内閣府より低い。

以上が意味するのは、日本のGDPは、実質で1年に1%成長すれば、
潜在成長力を超える好況であるということです。これは、個人の平
均所得の成長でもあり、物価上昇をマイナスした実質で1%の上昇
に相当します。

■3.GDP成長率が、潜在成長力に近い日本で、なぜ、インフレ率の
低さが問題になるのか?

では、なぜインフレ率の低さが問題だと言われるのか?

▼The answer, I would suggest, is largely fiscal. Japan’s 
relatively healthy output and employment levels depend on 
continuing fiscal support. Japan is still, after all these 
years, running large budget deficits, which in a slow-
growth economy means an ever-rising debt/GDP ratio:(6)

<答えは、財政的なものだと推測する。日本の比較的に健全なGDP
と雇用水準は、継続的に財政支出での支援を行っているからだ。日
本は、結局、近年はずっと、大きな財政赤字(年35~40兆円=国債
の新規発行額)を出し続けている。それは、低い成長率の経済の中
で、GDPに対する政府の債務比率を恒常的に上昇させている。翻訳
(6)>

日本経済は、不況とは言えず、経済の実力に近い実質GDPの成長率
を続けている。それが問題になる理由は、毎年の財政赤字が大きい
ことだ。GDPに対する政府債務の比率が、どんどん拡大すると、財
政危機を迎えるからです。(注)政府の総債務1209兆円÷名目
GDP500兆円≒240%:2015年6月末:日銀資金循環表

クルーグマンが言及した、2014年でのGDPに対する基礎的財政収支
(プイマリーバランス)の赤字は日本が6%、米国が2%の赤字、
ユーロは1%のプラスです。基礎的財政収支の赤字分、政府の債務
比率は大きくなって行きます。

日本は毎年の基礎的財政赤字の、GDPに対する比率が6%と大きいた
め、低い名目GDP成長では、たとえ「好況」であっても、足りない。
物価上昇を含む名目GDPの成長が6%以下の場合、GDPに対する債務
比率は、どんどん膨らんで行くからです。

■4.政府の、GDP対比の債務比率

▼So far this hasn’t caused any problems, and Japan has 
clearly been much better off than it would have been if it 
tried to balance its budget. But even those of us who 
believe that the risks of deficits have been wildly 
exaggerated would like to see the debt ratio stabilized and 
brought down at some point(7)

<しかし、今のところ、日本の財政赤字は、何ら問題になるもので
はない。日本は、財政赤字をなくした均衡財政をとったときより、
はるかにいい経済状態にあることは、はっきりしている。しかし、
財政赤字のリスクは大げさに言われ過ぎていると考えているわれわ
れですら、日本の債務比率が安定するか、あるいは下がって、ある
水準に落ち着くことを望みたい。(翻訳7)>

<日本の財政赤字は、何ら問題になるものではない>と言い切りな
がら、債務比率の上昇は問題だと匂わせています。今回の論文の、
分かりにくさが、こういった、「両論併記」にあります。つまり、
どっちつかずなのです。

GDPに対する政府債務比率が、現在の240%を超えて高まると、財政
危機に向かう可能性が高まります。現在の傾向では、毎年6%くら
いずつ増えて行きます。

クルーグマンは、論の後の部分で、日本には劇的な財政支出が必要
と言っていますが、わが国は現在でも、GDPの6.8%:34兆円)とい
う主要国で最大の、財政赤字での支出をしています。(注)米国は
2.8%、中国は2.7%、英国が4.4%、ユーロは18か国で2.1%です。
ユーロの中ではフランスが4.1%と財政赤字の支出が大きい。
(2015年:英economist誌巻末統計)

政府債務(1209兆円)÷名目GDP(499兆円)で計る債務比率の今後
は、2015年240%→2016年246%→2017年252%・・・・2020年270
%・・・2030年300%・・・と、どんどん大きくなって行きます。
どこまでもつかという感じなのです。(注)後述しますが、金利が
2%を超えると政府もしている2018年が危険です。

日本は、主要国で最大の財政赤字(拡張財政)続け、今後も続けざ
るを得ない。日本のGDPのうち6%から8%は、現在でも、赤字の財
政支出で支えられています。

■5.流動性の罠(わな)からの脱出

以上をまとめると、2000年代の日本経済の成長は、悪いものではな
かった。しかしそのGDPは、恒常的な財政赤字によるものであるた
め、政府の債務比率の大きさという、財政危機の問題が出てくる。

この条件の中では、日本は、物価を上げるリフレ策をとるべきだと、
クルーグマンは言います。

▼リフレ策の目的は、実質金利をマイナスにすること

▼And here’s the thing: under current conditions, with 
policy rates stuck at zero, Japan has no ability to offset 
the effects of fiscal retrenchment with monetary expansion. 
The big reason to raise inflation, then, is to make it 
possible to cut real interest rates further than is 
possible at low or negative inflation, allowing monetary 
policy to take over from fiscal policy.(8)

<政策金利がゼロにはりついている現在の状況では、日本は、赤字
をなくす緊縮財政から経済が縮小する結果を、マネーの増発で相殺
はできない。
インフレ率を上げるべき大きな理由は、低いインフレあるいはマイ
ナスのインフレのときより、「実質金利」を下げることが可能にな
るからである。インフレ率が上がれば、(財政危機を招く)財政政
策に変わる、金融政策の有効性が出る。翻訳(8)>

「政策金利がゼロにはりついている現在の状況では、日本は、財政
緊縮で経済が縮小する結果を、マネーの拡張政策で相殺はできな
い。」とは、若干理解が難しいことです。

クルーグマンは、政策金利(短期金利)がゼロのときは、日銀が量
的緩和によりマネタリー・ベースを増発しても、それが、企業や世
帯によって使われることにはならないということを書いています。
これも、確かにその通りです。日銀は、マネタリー・ベースを337
兆円(現金92兆円+当座預金245兆円:2015年11月25日)に増やし
ています。しかし、それが、銀行貸し出しを増やして、設備投資や
住宅ローンを増やすことにはなっていません。(この状態を『流動
性の罠』と言います)

日本にインフレが必要な理由は、インフレ率が高くなると、実質金
利がマイナスになるからだと言うのが、クルーグマンの『流動性の
罠』の治療法です。

リフレ派は、「物価を上げることで、実質金利をマイナスにする」
ことを、金融政策の目的にします。

「名目金利」は、われわれの預金や、借り入れの金利です。これは
0%が下限です。政府・日銀が、銀行預金の金利を例えば-2%にす
れば、100万円の預金で2万円とられるので、預金者は預金を引き出
して現金に換えてタンス預金にするでしょう。これでは、全銀行が
破産するからです。

金利を0%以下に下げる政策は取れないので、金利が0%のときは、
金融緩和で経済を浮揚させようという政策は、効果がない。

ゼロ金利のときは、現金需要(流動性選好と言う)が無限大に向か
って発散し、使われず退蔵されることを、ケインズは『流動性の
罠』と名付けたのです。

日本が陥っている「流動性の罠」から脱するには、経済をインフレ
にもって行き、実質金利をマイナスにすることです。

(注)「実質金利=名目金利-予想物価上昇率」です。この予想は、
近未来と未来への期待(prospect)とも言います。現代経済学と言
える「マクロ経済動学(DSGEモデル)」で基本になるのが「期待」
の考え方です。期待金利(予想金利)、期待物価(予想物価)など
の概念で展開されます。

事例で言います。住宅価格がインフレのため、年率で4%は上がる
と人々が予想したときです。このときのローン金利を30年固定で、
1.5%とします。実際の負担になるローンの、実質金利は〔名目金
利1.5%-住宅価格の予想上昇率4%=-2.5%〕です。

4%のインフレは、10年後の住宅価格では〔1.04の10乗=1.48倍〕
が予想される状態です。現在3000万円で買える住宅が、4440万円へ
と1440万円も上がることが予想されます。一方でローン金利は、年
率1.5%と低い。

〔住宅(3000万円×4%=120万円の値上がり期待)-ローン金利
(3000万円×1.5%=45万円)〕ですから、1年に75万円ものキャピ
タル・ゲインが予想できます。こうなると、1.5%の金利を負担し、
新しい住宅に買い替える人も大きく増えるでしょう。

このように、将来の物価に対する人々の予想を上げ、実質金利をマ
イナスにし、需要と設備投資を増やすのがリフレ策です。

▼実質期金利がマイナスになれば、政府の債務比率も低下する

実質金利がマイナスになれば、GDPに対する政府の債務比率を増や
し続ける財政拡張策の代わりに、金融策をとることができるとク
ルーグマンは言います。

財政の赤字を少なくし、政府が財政支出を減らしても、民需の増加
(世帯と企業の需要増加)が、財政支出の減少を補うことができる
からです。

需要の増加による予想インフレ率が4%になれば(クルーグマンの
従来のから主張は4%でした)、企業もインフレで売上が増えると
予想し、生産力、販売力を大きくするための設備投資を増やすから
です。

例えば、地域の消費需要が物価上昇により金額で4%も増えると小
売業が予想すれば、出店ラッシュが起こります。

▼I’d also add a secondary consideration: the fact that 
real interest rates are in effect being kept too high by 
insufficient inflation at the zero lower bound also means 
that debt dynamics for any given budget deficit are worse 
than they should be. So raising inflation would both make 
it possible to do fiscal adjustment and reduce the size of 
the adjustment needed.(9)

<もうひとつ、付け加える。ゼロ金利限界の中の不十分なインフレ
のため、実質金利が高止まりしている事実が意味していることは、
所与の財政赤字に対する債務ダイナミクスが、あるべき水準より悪
いことである。インフレ率を上げれば、財政赤字比率に適合し、調
整の規模も縮減することができる(9)

「債務ダイナミクス」とは、名目GDP成長率が金利を上回ると、政
府の、GDPに対する債務比率は下がって行くことを言います。

物価上昇を含む名目GDPの成長が例えば6%と高くなれば、分母の名
目GDPが大きくなるため、政府の債務比率はGDP比240%が、238%、
236%と下がって行き、懸念されている財政危機は雲散霧消します。

ところが日本は、予想インフレ率(=期待インフレ率)が0%近く
と低い。名目金利が短期金利で0%、長期でも1%未満と低くても、
実質金利は高い。実質金利が高いと、設備投資や住宅購入のための
借入れが増えず、GDPの成長は低いものになります。

GDPの成長率が低いと、毎年30兆円以上(GDP比6%以上)の財政赤
字があるため、政府の債務比率は大きくなり続けるのです。

               *

ここまでで、送ります。<■6.インフレの実現のためには何をする
べきか?>以降は、次稿とします。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
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<789号:世界金融危機は、100%の確率で、再来する(1)>
           2015年9月16日

【目次】      
1.金融資産と金融負債
2.金融資産は、持ち手以外の誰かの負債
3.迫る米国FRBの利上げと、日本の金利及び国債価格
4.金融資産は金融負債
5.わが国の金融負債と金融資産
6.金融資産の価値は、借り手の返済能力に依存している
7.経常収支の黒字の国は、資本収支では赤字になり、それは対外貸
付の増加になる
8.世界の経常収支の赤字と米国の累積赤字
9.資産のバブル的高騰のあとは、デフォルトが起こる
10.日本国債のバブル価格と、仮想的な崩壊
11.国債の金利にリスクプレミアムが組み込まれるとき
【後記】

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
<790号:ダブルテーマ:
(1)FRBの利上げの延期
(2)新しいチェーンストア理論、再考と展開>
       2015年9月23日:有料版

1.米国の利上げが意味するのは重大なこと
2.金利スワップでの、大きな利益と損が生じる
3.チェーンストア論の否定
4.生鮮(肉、魚、青果)の生産の零細と、地域取引という事情
5.チェーンストア非難論は、自らのPB開発の失敗からも起こってき
た

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